婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー

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「……殿下。今日、私は『悪役令嬢』としての仮面を捨て、一人の女としてここに来ましたわ」

王宮の秘密の温室。リペは、今までのような大仰な態度ではなく、しとやかに背筋を伸ばしてカイルの前に立った。

その手には、これまで何度も突きつけてきた「挑戦状」ではなく、一枚の真っ白な便箋が握られている。

「やあ、リペ。今日の君は、まるで朝露に濡れた真珠のような清廉さを纏っているね。……して、その手紙は? 僕へのラブレターかな? それとも、ついに婚姻届にサインをしてくれたのかい?」

カイルは期待に満ちた瞳で、リペの手元を見つめた。

「いいえ。……これは、正式な婚約破棄の申請書ですわ。ですが、これまでの嫌がらせではありません」

リペは真っ直ぐにカイルの瞳を見つめ、静かに、しかし決然と言い放った。

「私は、自ら悪役を演じ、貴方を困らせ、挙句の果てに誘拐されるという大失態を演じました。王妃となるべき女性が、このような軽率な行動を取るなど……私は、カイル様の隣に立つ資格のない、不適合な女ですの」

リペの声が、わずかに震える。

「……だから、貴方の輝かしい未来のために、私との婚約を解消してください。これは、私が貴方を……愛してしまったからこその、最後のわがままですわ」

温室に沈黙が流れる。

背後で見守っていたセバスが、珍しく神妙な顔で「……お嬢様、ついに正攻法で来ましたか」と独り言を漏らした。

カイルは数秒の間、彫刻のように動かなかった。

そして――。

「……はっ、はっはっはっは!! あーっはっはっは!!」

突然、温室中にカイルの爆笑が響き渡った。

「で、殿下!? 私は真剣に……!」

「いや、済まないリペ。あまりにも君が愛おしすぎて、笑うしかなかったんだ。……セバス、聞いたか? 僕の婚約者は、自分の『誠実さ』を理由に婚約破棄を申し出てきたぞ!」

カイルは腹を抱えて笑った後、目尻に浮かんだ涙を拭い、リペに一歩歩み寄った。

「リペ。君は自分が不適合だと言ったね? だが、僕には今の言葉こそ、君が最高の王妃である証拠に聞こえたよ」

「どうしてですの!? 私は失敗したんですのよ!?」

「自分の過ちを認め、愛する者のために身を引こうとするその『謙虚さ』と『潔さ』。……これこそ、国民が最も王妃に求める資質じゃないか! 慢心せず、常に自分を律しようとする君こそ、僕の隣にふさわしい」

カイルはリペの手から申請書をひったくると、一瞬で紙吹雪にして宙に舞わせた。

「不適合? 笑わせないでくれ。君のような『良心の塊』が王妃にならないなら、この国の未来は真っ暗だ。……それに、君はさっき『愛してしまったからこそ』と言ったね?」

カイルがリペの頬を両手で挟み、逃げられないように固定した。

「愛している相手を、逃がす男がどこにいる? 君が僕を愛しているなら、なおさら離さない。君の罪も、失敗も、その可愛い勘違いも、すべて僕が一生をかけて背負ってやる」

「……殿下。貴方という人は、本当に……」

「僕という人は、君なしでは生きていけないただの男だよ。さあ、リペ。もう『悪役』なんて演じなくていい。僕の前では、ただの『僕に恋する可愛いリペ』でいてくれればいいんだ」

カイルの熱烈な視線に射抜かれ、リペはついに力尽きたように彼の胸に顔を埋めた。

「……もう、知りませんわ。殿下がそう仰るなら、私は一生、貴方の側でわがままを言い続けて差し上げますわ!」

「ああ、期待しているよ。君のわがままは、僕にとって最高の愛の囁きだからね」

二人が温室で抱き合う姿を、セバスは満足げに眺めながら、手帳の「婚約破棄成功率」の項目に『0.000001%』と書き込み、その上から大きくバツ印をつけた。

「お疲れ様です、お嬢様。……これにて、悪役令嬢ごっこは完全終了。明日からは『溺愛されすぎる王太子妃』としての、新たな地獄が始まりますよ」

セバスのツッコミすら、今のリペには幸せな予言にしか聞こえなかった。

リペの「最後の抵抗」は、カイルの「究極の肯定」によって、またしても輝かしい愛の誓いへと昇華されてしまったのである。
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