婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー

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「……リペ。君はさっき、自分のことを『不適合な女』だと言ったけれど、それは大きな間違いだよ」

温室を包む夕闇の中、カイルはリペの両手をそっと握り直し、これまでにないほど真剣な眼差しで見つめた。

いつもの「超ポジティブ脳」による爆走ではない。一人の男性としての、静かで熱い告白が始まろうとしていた。

「君は覚えているかい? 僕が君を初めて見た、十年前の舞踏会のことを」

「……十年前? そんな昔のことは、あまり……」

「僕は覚えているよ。君は、転んで泣いていた見知らぬ少年に、自分の大切なハンカチを差し出していた。……『汚れが目立つから、そのハンカチは捨てなさいな!』と、傲慢な口調で言い捨てながらね」

リペはハッとして顔を上げた。そんなこともあったかもしれない。

「君は昔からそうだった。誰かを助ける時、必ずと言っていいほど『悪態』をセットにする。……それが君なりの照れ隠しであり、相手に恩着せがましく思わせないための優しさだってことに、僕はその時気づいてしまったんだ」

カイルは愛おしそうに、リペの指先をなぞる。

「だからね、リペ。君が突然『悪役令嬢になる』と言い出した時も、僕はすぐに察したよ。……ああ、この子はまた、不器用なやり方で何かを守ろうとしているんだな、ってね」

「……気づいていらっしゃったのですか!? 私の、あの完璧な演技を!」

「完璧? ……ふふ。君の『毒入りスープ』は、僕が最近疲れ気味なのを知って、わざわざ滋養強壮に良い食材を激辛で隠したものだった。君の『浪費』は、潰れかけの工房を救うための寄付だった。……隠せているつもりだったのかい?」

リペは顔から火が出るほど赤くなった。

(全部……全部バレていましたの!? 私の渾身の悪行が、ただの『恥ずかしい親切』として実況見分されていたなんて!)

「僕はね、リペ。君が一生懸命に『悪い女』を演じれば演じるほど、その裏にある君の純真さに、何度も何度も恋をしてしまったんだ。……君が僕を困らせようとするたびに、僕は『ああ、彼女はこんなに僕のことを考えてくれている』と、狂おしいほどの愛しさを感じていたんだよ」

カイルの声が、少しだけ震える。

「ポジティブ変換? ……いいや、違う。僕はただ、君という真実を、誰よりも正しく見ていただけなんだ。……リペ。僕は君が『悪役』でも『聖女』でも構わない。……ただ、僕の隣で笑っていてくれるだけで、それだけでいいんだ」

カイルはリペを抱き寄せ、その髪に深く顔を埋めた。

「君が婚約破棄を望むなら、僕は地の果てまで君を追いかけて、何度でもプロポーズする。……君が僕を嫌いになろうとしても、僕は君を愛することをやめない。……これはもう、呪いのようなものだと思って諦めてほしい」

リペは、カイルの背中にそっと手を回した。

彼の心臓の音が、自分のものと同じくらい速く、力強く打ち鳴らされているのが伝わってくる。

「……殿下。貴方は、本当に……お馬鹿さんですわね」

「ああ。君に恋する、世界一の馬鹿だよ」

二人の間に、甘い沈黙が流れる。

それを破ったのは、温室の隅で鼻を啜る音だった。

「……ズズッ。……お嬢様。殿下のこの『確信犯的な溺愛』、もはや手遅れですね。私のツッコミすら、二人の愛のスパイスにしかならないようで、少々寂しいですよ」

セバスが、ハンカチで目元を拭いながら現れた。

「セバス! 見ていましたのね!」

「ええ、バッチリと。明日の王宮新聞の号外は『殿下の十年越しの片思い、ついに実る!』で決まりです」

「やめてくださいましーっ!」

リペはカイルの胸に顔を埋めて叫んだ。

しかし、その声にトゲはなかった。

カイルの「告白」という名の「真実」を知ったリペは、もう二度と、自分の気持ちに嘘をつくことはできないと悟ったのである。

「リペ。……愛しているよ」

「……私も、……私も、ほんの少しだけ、好きかもしれませんわ!」

「『ほんの少し』か。……よし、それを『一生分の情熱』に変換しておこう」

「結局変換するんですのねーっ!」

リペの幸せな悲鳴が、星空の下に響き渡った。

悪役令嬢への挑戦は、ここに完全なる「敗北」……いや、最高の「幸福」へと着地したのである。
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