悪役令嬢の判定厳しすぎません?婚約破棄を回避したい!

ちゅんりー

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「これは、私への貢ぎ物か? それとも、新たな脅迫の道具か?」

フレデリック殿下の顔が、すぐ目の前にあった。

麗しい黄金の髪、冷徹な知性を宿したアイスブルーの瞳。

その瞳が、私の胸に抱かれた「不審な包み」を射抜いている。

私はカチンコチンに固まったまま、ヒクヒクと口元を引きつらせた。

(ど、どうしよう……!)

この包みの中身は、昨晩徹夜で作った(というより錬成した)「黒いクッキー」だ。

本来なら、可愛らしく微笑みながら「殿下のために焼いてきましたの」と渡すはずだった代物。

しかし、今の状況は最悪だ。

リリナ嬢をカツアゲしていた(誤解)現場を押さえられ、さらに「脅迫の道具か」と疑われているのだ。

ここで「はい、クッキーです」と言って差し出せば、間違いなくこう思われるだろう。

『なるほど、中に毒針か爆発物を仕込んでいるのだな』と。

「……ミディア?」

殿下が訝しげに眉を寄せた。

「なぜ黙っている。やはり、私に見られては困るものなのか?」

「い、いえっ! 滅相もございません!」

私はブンブンと首を振った。

その勢いで、きっちりと結い上げた髪が乱れ、数本の後れ毛が顔にかかる。

ただでさえ怖い顔が、さらに「乱戦後の女戦士」のような凄みを帯びてしまった。

「ただの……その、ゴミです!」

私は苦し紛れに嘘をついた。

「ゴミ?」

「はい! リリナ様が落とされたゴミを拾って、処分しようと……」

「ほう。ゴミをわざわざ可愛らしいピンクのリボンでラッピングして持ち歩いていると?」

殿下の鋭いツッコミに、私は言葉を詰まらせた。

「そ、それは……趣味です!」

「変わった趣味だな」

殿下はふっと口の端を緩めた。

その笑みは、獲物を追い詰めた猛獣が、食事の前に舌なめずりをする瞬間に似ていた。

「まあいい。場所を変えよう。ここはギャラリーが多すぎる」

殿下は周囲を見回した。

遠巻きに見ていた野次馬たちは、殿下の視線を受けると「ひっ!」と悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

床にへたり込んでいたリリナ嬢も、いつの間にか姿を消している。逃げ足の速さだけは一流だ。

「ついてこい」

殿下は踵を返し、歩き出した。

私はドナドナされる子牛のような気持ちで、その後ろ姿に従った。

(処刑場……いえ、生徒指導室に連行される不良の気分だわ)

          ◇

連れてこられたのは、王宮の裏手にある静かなガゼボ(東屋)だった。

人払いがされているのか、周囲には誰もいない。

殿下は優雅にベンチに腰を下ろし、長い脚を組んだ。

そして、立ったままの私を、下からじっと見上げ――いや、見定めた。

「……」

無言。

ただひたすらに、無言で見つめてくる。

その視線の熱量が凄まじい。

(な、なんなの? この沈黙は……!)

私は直立不動の姿勢で、冷や汗を流していた。

殿下の視線は、私の顔、乱れた髪、震える指先、そして胸元のクッキーへと、舐めるように移動していく。

普通なら「熱っぽい視線」と表現するところだろう。

だが、私には「どこから切り刻んでやろうか」という品定めにしか思えなかった。

(怒ってる……絶対に怒ってるわ!)

先ほどの騒動。

王族である殿下の御前で、あんな恥ずかしい真似をしたのだ。婚約者としてあるまじき失態だ。

きっと今、殿下の頭の中では、私に対する罵詈雑言のリストが作成されているに違いない。

『品がない』『顔が怖い』『存在が迷惑』……。

私のネガティブな想像は膨らむばかりだ。

しかし、実際のフレデリックの内心は、私の想像とは百八十度違っていた。

(……可愛い)

フレデリックは必死に笑いを噛み殺していた。

目の前にいる婚約者。

普段は「氷の処刑台」などと恐れられ、周囲を威圧している彼女が、今は借りてきた猫のように小さくなっている。

そのギャップ。

強面で知られる彼女が、ピンクのリボンがかかった包みを、大事そうに抱きしめている姿。

そして、怯えながらも、上目遣いでこちらの様子を窺ってくる(睨んでいるようにしか見えないが)瞳。

(怯えている小動物みたいだ。いじらしい)

フレデリックは、特殊な性癖……ではなく、彼女の不器用な本質を見抜いていた数少ない人物だった。

周囲は彼女の顔の怖さにばかり注目するが、彼は知っている。

彼女が誰よりも真面目で、小心者で、一生懸命であることを。

(もっと見ていたい。この困った顔を)

フレデリックのサディスティックな一面が顔を覗かせる。

彼はわざと沈黙を続け、彼女をじっと見つめ続けた。

一方、私(ミディア)は限界を迎えていた。

(視線が痛い! 物理的に刺さりそう!)

もうダメだ。この重圧に耐えられない。

私は観念して、抱えていた包みを差し出した。

「も、申し訳ありませんでした!」

私はガバッと頭を下げた。

「ゴミだなんて嘘をつきました! これは、その……クッキーです!」

「クッキー?」

殿下の声が少し弾んだ気がした。

「は、はい。私が焼きました。……いえ、正確には『錬成』してしまった失敗作です。炭です。産業廃棄物です」

私は早口でまくし立てた。

「殿下に食べていただこうと思って作ったのですが、見ての通り真っ黒で、形も崩れていて……こんなもの、殿下のお口に合うはずがありません。ですから、これは私が責任を持って処分します!」

言い訳をしながら、私は包みを背中に隠そうとした。

しかし。

「待て」

殿下がスッと立ち上がり、私の手首を掴んだ。

「だ、殿下?」

「私がいつ、いらないと言った?」

「え?」

殿下は私の手から包みを強引に奪い取った。

「せっかく婚約者が焼いてくれたのだ。毒見もなしに捨てるわけにはいかないだろう」

「いけません! それは本当に見た目が……!」

私が止めるのも聞かず、殿下はリボンを解いた。

パラリ、と包みが開く。

現れたのは、昨日厨房を阿鼻叫喚の地獄に叩き落とした、あの「黒い塊」たちだ。

日の光の下で見ると、その凶悪さは倍増していた。

まるで呪いの依代。あるいは、古代遺跡から発掘された土偶の破片。

「……」

殿下の動きが止まった。

(ほら見なさい! 引いた! ドン引きしたわ!)

私は顔を覆いたくなった。

「……なるほど。これは確かに」

殿下は塊の一つをつまみ上げ、しげしげと観察した。

「独創的だな。これのモチーフはなんだ? 倒した魔物の心臓か?」

「ハートです!!」

私は思わず叫んだ。

「ハート!? これがか!?」

殿下はクッキーと私を交互に見て、肩を震わせた。

「くっ……ふふっ……」

「わ、笑わないでください! 近眼でよく見えなかったんです!」

「いや、すまない。……ハートか。そう言われると、確かに愛おしく見えてくる」

殿下は笑いを収めると、あろうことか、その黒い塊を口元へ運んだ。

「だ、ダメです! お腹を壊します!」

「構わん」

サクッ。

殿下は躊躇なく、それを齧った。

私の心臓が止まりそうになる。

(終わった……王子暗殺未遂で捕まる……)

私は目を瞑り、警備兵が飛んでくるのを待った。

しかし、聞こえてきたのは意外な言葉だった。

「……美味いな」

「へ?」

私は恐る恐る目を開けた。

殿下は驚いたような顔で、残りのクッキーを見つめていた。

「見た目は岩石だが、味は一流だ。カカオの香りが濃厚で、甘さも控えめ。食感も悪くない」

「ほ、本当ですか……?」

「ああ。私は嘘は言わん」

殿下は二口、三口と食べ進め、あっという間に一枚を平らげてしまった。

「お世辞……じゃありませんよね?」

「私は不味いものを美味いと言うほど、人付き合いの良い性格ではない」

殿下は二枚目に手を伸ばしながら、私を見た。

「それに、君が私のために、厨房で粉まみれになってこれを作っていたのかと思うと……」

殿下の瞳が、再び熱を帯びて細められる。

「最高のスパイスだ」

(ヒッ……!)

私は背筋がゾクッとした。

褒められているはずなのに、なぜか「お前も食ってやろうか」と言われているような恐怖を感じる。

「あ、ありがとうございます……」

私は蚊の鳴くような声でお礼を言った。

「さて」

殿下はクッキーを包み直し、それを大切そうに懐に入れた。

「これを食べて精をつけるとしよう。……ああ、そうだミディア」

殿下は私の耳元に顔を寄せた。

「今度からは、笑顔の練習をする時は私の前でするといい。庭師に見せるには、君の笑顔は刺激が強すぎるからな」

「ッ!?」

知っていた。

この人、今朝の騒動も全部知っていたのだ!

「そ、それでは! ごきげんよう!」

私は羞恥心で爆発しそうになり、脱兎のごとくその場から逃げ出した。

背後から、殿下の楽しげな笑い声が聞こえてくるのを、耳を塞いで振り切る。

(なんなのあの方! やっぱり性格悪いわ!)

走りながら、私は確信した。

婚約破棄は回避できたかもしれない。

けれど、別の意味で、とんでもない猛獣に目をつけられてしまったのかもしれない、と。

ガゼボに残されたフレデリックは、懐のクッキーを愛おしげに撫でながら、逃げていくミディアの背中を見送っていた。

「……逃がさないよ、私の可愛い悪役令嬢」

その呟きは、風に乗って消えた。
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