悪役令嬢の判定厳しすぎません?婚約破棄を回避したい!

ちゅんりー

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「聞いてください、皆様! そして陛下、殿下!」

リリナ嬢の声が、広間に朗々と響き渡った。

彼女は震える手でボロボロのノートと布切れを握りしめ、悲劇のヒロインさながらに、その場に崩れ落ちた(ように見せかけて、優雅に膝をついた)。

「私は……私は、この数ヶ月間、地獄のような日々を送ってまいりました!」

おおっ。

私は内心で歓声を上げた。

(素晴らしい導入だわ! 「地獄のような日々」というキャッチーなフレーズで、一気に観客の心を掴んだ!)

私は特等席――つまり、フレデリック殿下の隣という、リリナ嬢の目の前――で、彼女の熱演を見守っていた。

昨日の教室で見た、あの必死な小道具作りとリハーサル。

その成果が今、ここで花開こうとしているのだ。

私は、彼女の努力に敬意を表するため、眼鏡の位置を直し、真剣な眼差しで彼女を凝視した。

『さあ、見せてみなさい。あなたの魂の叫びを』

私の目から放たれる「期待の眼光」。

しかし、漆黒のドレスに身を包み、腕組みをして仁王立ちする私の姿は、周囲にはこう映っていた。

『さあ、言ってみろ。その言葉が遺言になるぞ』

「ヒッ……!」

リリナ嬢は私と目が合うと、一瞬怯んだように体を強張らせた。

(うまい! あの「恐怖に震える演技」、とってもリアルだわ!)

私は心の中で拍手した。

リリナ嬢は深呼吸をし、再び声を張り上げた。

「私のささやかな幸せを壊し、尊厳を踏みにじり、命すら脅かした悪魔……それは、そこにいるミディア・ベルンシュタイン公爵令嬢です!!」

ビシッ!

彼女の人差し指が、私の鼻先を指す。

ザワッ……!!

会場がどよめいた。

「おお……言ったぞ……」

「公衆の面前で、ミディア様を名指しで告発するとは……」

「あの指、あとでへし折られるんじゃないか?」

私は、指さされたことに少し驚いたが、すぐに理解した。

(なるほど、観客参加型の演劇なのね! 私を「悪役」に見立てて、物語を進める演出なんだわ!)

斬新だ。

普通、観客はただ見ているだけだが、彼女はあえて実在の人物(私)を巻き込むことで、リアリティを追求しているのだ。

ならば、私も協力しなければならない。

「悪役」として指名された以上、期待に応えるのが公爵令嬢の務め(ノブレス・オブリージュ)だ。

私は、あえて不敵に、そして冷酷に見えるように、ゆっくりと顎を上げた。

「……ほう?」

たった一言。

低く、ドスの効いた声で相槌を打つ。

(どう? 今の「ほう?」、悪役っぽかったでしょ?)

私は自信満々だった。

リリナ嬢の顔が引きつる。

「そ、その態度! 反省の色が微塵もありません! これこそが、彼女が冷酷無比な悪女である証拠です!」

リリナ嬢は、手にしたノートを高々と掲げた。

「皆様、これをご覧ください! これは私が血の涙を流しながら綴った、苦悩の日記です!」

パララッ!

彼女はノートを開き、赤い文字で埋め尽くされたページを提示した。

「見てください、この赤い文字を! 彼女への恐怖と怨念で、手が震えてインクが飛び散るほどだったのです!」

(わあ、昨日のやつだ!)

私は身を乗り出した。

昨日の夕方、男子生徒が一生懸命書いていた「怨念日記」。

遠目に見ても、あの赤いインクの滲み具合が、まるで鮮血のようで実におどろおどろしい。

「(美術スタッフ、いい仕事したわね……)」

私は感心して、うんうんと深く頷いた。

その瞬間、周囲の貴族たちが息を呑んだ。

『……認めた』

『ミディア様が、「その通りだ」と頷いたぞ……』

『「私がやりましたが何か?」という余裕の態度だ……恐ろしい……』

リリナ嬢も、私の反応に驚いたようだ。

「……み、認めましたね!? 自分が私にした数々の仕打ちを!」

彼女は日記を読み上げ始めた。

「十月五日。ミディアに挨拶を無視された。彼女は私をゴミを見るような目で見下し、鼻で笑った」

(ああ、あれはコンタクトを落として探していた時ね。鼻が痒かっただけなんだけど)

「十月十二日。階段ですれ違いざまに、『消えろ』と囁かれた」

(あれは独り言で「(夕飯の献立)消えた(思い出せない)」って呟いただけよ)

「十一月三日。彼女の手作りクッキーを無理やり食べさせられそうになった。あれは毒殺未遂だ!」

(あれは……まあ、見た目は炭だったけど、殿下は美味しく召し上がったわよ?)

事実とは異なる解釈ばかりだが、劇の脚本としてはドラマチックで面白い。

「そして極めつけは、先日の学園での出来事です!」

リリナ嬢の声が熱を帯びる。

「彼女は私を階段から突き落としました! 私が転がり落ちて苦しんでいるのを、彼女は高いところから見下ろし、あろうことか猫を抱いて高笑いしていたのです!」

「……」

(高笑いはしてないわ。猫ちゃんを助けただけよ)

でも、この脚色が観客(貴族たち)の涙を誘うのだろう。

実際、何人かの令嬢が「なんて可哀想なリリナ様……」とハンカチを目に当てている。

「さらに!」

リリナ嬢は、もう一つの証拠品、ボロボロの布切れを取り出した。

「これは私が母の形見として大切にしていたハンカチです。それを彼女は……ハサミでズタズタに切り裂き、泥で汚して私に送りつけてきたのです!」

会場から悲鳴が上がる。

「なんて残酷な……」

「形見を切り裂くなんて、人の心がないのか……」

私は感心した。

昨日の男子生徒が、「踏まれた跡」までつけて加工していた布だ。

まさか「母の形見」という設定まで付与されていたとは。

(脚本、誰が書いたのかしら? 悲劇の盛り上げ方がプロ並みだわ)

私は、リリナ嬢の熱演に報いるため、ここで「悪役」としてのリアクションをとることにした。

『そうか、それは傑作だな』

そんなセリフを言うつもりで、私は口元を歪めてニヤリと笑った。

漆黒のドレス。

銀縁眼鏡の奥で光る冷徹な瞳。

そして、サディスティックな笑み。

「フッ……」

私の口から漏れた失笑。

それが、決定打となった。

「ヒィッ……!」

リリナ嬢が後ずさる。

「わ、笑った……! 自分の悪行を暴露されて、なお笑っている……!」

「ミディア……」

隣にいたフレデリック殿下が、私の耳元で囁いた。

「君、楽しそうだな」

「ええ、殿下。リリナ様、すごく練習されたみたいで」

私は小声で答えた。

「この脚本、なかなか面白いですわ。次はどんな展開になるんでしょう?」

「……君は大物だな」

殿下は呆れたように、しかし愛おしそうに笑った。

「よし。私もこの『茶番』に参加させてもらおう」

殿下は一歩前に出た。

「リリナ・メルローズよ」

王子の凛とした声が響く。

リリナ嬢はパッと顔を輝かせた。

「は、はい! フレデリック殿下! どうかご裁定を!」

彼女は勝利を確信した目つきで、私を見下ろした。

(やったわ! 殿下が動いた! これでミディアは終わりよ!)

殿下は、リリナ嬢の手にある日記と布切れを見下ろした。

「その証拠とやらは、確かに君が被害を受けたことを示しているようだな」

「はい! 全て真実でございます!」

「ふむ」

殿下は顎に手を当て、私の方を向いた。

「ミディア。君に弁明の機会を与えよう。……やっていないなら、否定してもいいのだぞ?」

殿下の目は「否定しろ」と言っているようにも、「もっとやれ」と楽しんでいるようにも見えた。

私は考えた。

ここで私が「やってません」と否定したら、リリナ嬢の劇は台無しになってしまう。

彼女はここまで必死に準備してきたのだ。クライマックスを盛り上げるためには、私が悪役として君臨し、最後に正義(リリナ嬢)に倒されるカタルシスが必要なのではないか?

(ここは、空気を読むべきよね)

私は覚悟を決めた。

「否定……?」

私は扇をバサッ! と閉じた。

その音が銃声のように響く。

「殿下。私がそのような無粋な真似をすると思われますか?」

「……ほう」

「私がやったこと(猫を助けたり、クッキーを焼いたり)は、すべて私の意志によるものです。それをどう解釈するかは、見る者の自由……」

私は含みを持たせた言い方をした。

嘘は言っていない。

しかし、この文脈では、完全に「罪の肯定」にしか聞こえなかった。

「聞いたか!? 居直ったぞ!」

「『私の意志でやった』と認めた!」

「なんてふてぶてしい……!」

リリナ嬢は狂喜乱舞した。

「聞きましたか、殿下! 彼女は認めました! 罪を認めました!」

リリナ嬢は玉座の国王陛下に向かって叫んだ。

「陛下! このような悪逆非道な女が、次期王妃にふさわしいはずがありません! どうか、今すぐに婚約の破棄を!」

会場中が息を呑んで、国王の反応を待つ。

国王陛下は、青ざめた顔で私を見ていた。

(目が……目が怖いよミディアちゃん……)

陛下は私の眼力に怯えて、言葉が出ないようだ。

すると、リリナ嬢はさらに畳み掛けた。

「さあ、ミディア様! 潔く罪を償いなさい! そして土下座して謝りなさい!」

彼女は私に近づいてきた。

勝ち誇った顔。

スポットライトが彼女を照らす。

今こそ、彼女が夢見た「悪役令嬢を断罪するヒロイン」の絶頂期だ。

私は思った。

(ここで私が土下座すれば、劇はハッピーエンドで終わるのかしら?)

ドレスが汚れるのは嫌だけど、まあ、演技だと思えば……。

私が膝を折ろうとした、その時。

カツン。

私の靴のヒールが、床の段差に引っかかった。

「あっ」

バランスを崩す。

倒れる!

私は反射的に、目の前にいたリリナ嬢の肩を掴んで体勢を立て直そうとした。

「きゃっ!?」

ガシッ!!

私の手(握力強め)が、リリナ嬢の肩を鷲掴みにする。

そして、倒れそうになった勢いで、彼女を自分の方へ引き寄せてしまった。

ドンッ!

至近距離。

私の顔が、リリナ嬢の顔の目の前に迫る。

眼鏡の奥の瞳が、彼女の瞳孔を覗き込む。

「……(危なかった)」

私は安堵の吐息を漏らした。

しかし、その吐息は、リリナ嬢の顔にかかり、彼女を恐怖のどん底に突き落とした。

リリナ嬢の目には、こう映っていたのだ。

土下座を要求された悪魔が、瞬時に距離を詰め、肩を粉砕するほどの力で掴みかかり、

『調子に乗るなよ、小娘』

と、ゼロ距離で殺害予告をしてきた、と。

「ひ……ひぃぃぃぃぃぃッ!!」

リリナ嬢の悲鳴が、ガラスを割るような高音で響き渡った。

「こ、殺されるぅぅ! 目が! 目が本気だぁぁぁ!」

彼女は腰を抜かし、私の手を振り払って(実際は私が離しただけ)、無様に床を這いずり回った。

「助けて! 食べられる! 魂を吸われるぅぅ!」

劇のシナリオにはない、あまりにもリアルな「敗走」。

私はキョトンとして立ち尽くした。

「え? リリナ様? まだ劇の途中じゃ……」

私が手を伸ばすと、会場中の人々が一斉に「下がれぇぇ!」と叫んで逃げ惑った。

「ああっ、逃げないで! まだクライマックスが……」

大混乱に陥る夜会会場。

その中で、ただ一人、フレデリック殿下だけが、腹を抱えて爆笑していた。

「あはははは! 最高だ! まさか『物理』で黙らせるとは!」

「物理じゃありません! つまずいただけです!」

私は抗議したが、もう誰も聞いていない。

断罪劇は、私の「意図せぬ威圧」によって、脚本崩壊の危機を迎えていたのである。
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