悪役令嬢の判定厳しすぎません?婚約破棄を回避したい!

ちゅんりー

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「……リリナ様?」

私の腕の中で、リリナ嬢が白目を剥いて脱力している。

会場はシンと静まり返り、誰も動こうとしない。

(どうしよう。劇のラストシーンで主役が気絶するなんて、やっぱり台本にはなかったわよね?)

私は困惑した。

これはハプニングだ。舞台上の事故だ。

私が彼女を抱き留めた時の衝撃が強すぎたのか、それとも彼女が役に入り込みすぎて貧血を起こしたのか。

いずれにせよ、このままでは劇が「バッドエンド(主役死亡説)」で終わってしまう。

「誰か、お医者様はいらっしゃいませんか?」

私は周囲に声をかけた。

しかし、私の声は緊張で低く掠れており、さらに漆黒のドレスと眼鏡の反射光が相まって、

『誰か、(コイツの)死亡確認をできる者はいないか?』

という、冷酷な業務連絡に聞こえたらしい。

「ひぃっ!」

「ミディア様が……トドメの確認を求めている……」

「誰も近寄るな! 巻き添えを食らうぞ!」

貴族たちはサッと後ずさり、誰も助けに来ない。

(薄情な人たちね……。感動的な劇を見せてもらったのに、演者が倒れても無視なんて)

私は少し腹が立った。

一生懸命なリリナ嬢を見捨てるなんて、あんまりだ。

「……仕方ないわね」

私は溜息をつき、リリナ嬢を抱えたまま、ゆっくりと立ち上がった。

私の腕力は、日頃の(無自覚な)鍛錬のおかげで、成人女性一人くらいなら軽々と持ち上げられる。

いわゆる「お姫様抱っこ」だ。

漆黒のドレスを着た私が、ぐったりとしたピンクドレスのリリナ嬢をお姫様抱っこしている図。

それは、どう見ても「戦利品を抱える魔王」あるいは「生贄を祭壇へ運ぶ儀式」だった。

「う、ううん……」

その時、リリナ嬢が微かに呻き声を上げた。

意識が戻ったようだ。

「リリナ様! 気がつきましたか?」

私は嬉しくなって、覗き込んだ。

至近距離。

リリナ嬢が薄目を開ける。

彼女の視界いっぱいに広がるのは、心配そうに(眉間にシワを寄せて)覗き込む、私の顔。

「……ッ!!」

リリナ嬢の目がカッ! と見開かれた。

「ヒッ……いやぁぁぁ!!」

彼女は私の腕の中で暴れ出した。

「は、離して! 食べないで! まだ美味しくないわ!」

「食べませんよ。落ち着いてください」

私は暴れる彼女を落とさないように、さらに強く抱きしめた(ホールドした)。

「ぐえっ……!」

「大丈夫ですよ、リリナ様。劇は終わりましたから」

(もう演技しなくていいのよ、という意味)

しかし、リリナ嬢にはこう聞こえた。

『(お前の人生の)劇は終わりだ』

「ご、ごめんなさいぃぃ! 許してくださいぃぃ!」

リリナ嬢は半泣きで懇願した。

その騒ぎを見て、ようやくフレデリック殿下が近づいてきた。

「ミディア。彼女を下ろしてやれ。骨が折れそうだ」

「あら、ごめんなさい」

私は殿下に言われて、そっとリリナ嬢を床に下ろした。

リリナ嬢は、生まれたての子鹿のように震えながら、ズルズルと後退った。

「さて」

私はドレスの乱れを直し、咳払いをした。

この混乱を収めなければならない。

リリナ嬢の劇が誤解(証人たちが裏切ったりしてグダグダになったこと)を招いたまま終わるのは不本意だ。

私が、彼女の名誉のために、そして私自身の濡れ衣(悪役イメージ)を晴らすために、しっかりと説明しなければ。

私は深く息を吸い込み、会場全体を見渡した。

「皆様」

私の声が響く。

「少し、誤解があるようですわ」

私は努めて丁寧に、上品な言葉遣いを心がけた。

「リリナ様は、その……少々、熱が入りすぎてしまったようですの」

(演技に熱中しすぎて、やりすぎちゃったのよね)

私は扇を口元に当て、困ったように眉を下げた。

「彼女の言葉(告発)は、事実とは異なります。……ねえ、リリナ様?」

私は同意を求めてリリナ嬢を見た。

「ひっ……! は、はい! 違います! 嘘です!」

リリナ嬢は首がもげるほど激しく頷いた。

「ぜ、全部私の妄想です! ミディア様は何もしてません! ただそこに立っていただけです!」

「ほら、ご覧の通りですわ」

私は満足げに頷いた。

「彼女も反省しておりますし、これ以上、騒ぎ立てることもありませんでしょう?」

私は「だから仲良くしましょう」という意味で、会場の皆様にニッコリと微笑みかけた。

しかし。

私の「誤解を解こうとする丁寧な言葉遣い」は、逆に恐怖を倍増させていた。

普段、無口で怖いと思われている人間が、妙に流暢に、丁寧語で話す時。

それは「静かなる怒り」の表現だと相場が決まっている。

『……聞いたか? 「誤解があるようですわ」って』

『あれは「私の慈悲深さを理解できない愚か者がいるようだな」って意味だ……』

『「熱が入りすぎた」っていうのは、「調子に乗ったから焼きを入れた」ってことか……』

『そしてあの笑顔……。「次は誰が誤解したい?」って聞いてるんだ……!』

貴族たちは震え上がった。

「も、もちろんですとも、ミディア様!」

最前列にいた伯爵が、脂汗を流しながら叫んだ。

「誤解などありません! 我々は最初から、ミディア様の清廉潔白を信じておりました!」

「そ、そうです! リリナ嬢が勝手に乱心しただけです!」

「ミディア様万歳! ベルンシュタイン公爵家万歳!」

なぜか拍手が巻き起こる。

それも、北朝鮮の軍事パレードのような、一糸乱れぬ恐怖と服従の拍手だ。

「……?」

私は首をかしげた。

(なんで万歳? まあ、誤解が解けたならいいけど)

私はリリナ嬢に向き直った。

「リリナ様。あなたも、そんなに怖がらなくてよくてよ?」

私は彼女の手を取ろうとした。

「これからは、仲良くしましょうね」

(演劇仲間として、また面白い企画があったら誘ってね)

私は友情の握手を求めたつもりだった。

だが、リリナ嬢は私の手を見て、泡を吹きそうになっていた。

「な、な、仲良く……!?」

彼女の脳内変換:

『これからは、私の監視下(下僕)として、死ぬまで飼い殺してやるからな』

「あ、ありがたき幸せぇぇぇ!!」

リリナ嬢は私の手を取るどころか、その場に平伏し、私の靴に額を擦り付けた。

「一生従います! 靴でも床でも舐めます! だから命だけは!」

「ええっ、汚いから舐めないで!」

私は慌てて足を引いた。

「もう、リリナ様ったら大袈裟なんだから」

私は苦笑いをした。

「……ミディア」

一部始終を見ていたフレデリック殿下が、笑いを堪えきれない様子で肩を震わせていた。

「君の『説明』は、実に効果的だな」

「そうですか? ちゃんと伝わったか不安ですけど」

「ああ、伝わったとも。君がこの国の『裏の支配者』であることが、骨の髄まで伝わったようだ」

「え?」

「冗談だ」

殿下は私の腰を抱き寄せ、耳元で囁いた。

「しかし、これで邪魔者は消えた。……いや、下僕になったか」

殿下は平伏するリリナ嬢を一瞥し、そして会場の貴族たちを見渡した。

「父上」

殿下は玉座の国王陛下に声をかけた。

陛下は、完全に石化していた。

「あ、ああ……フレデリックよ……」

「ご覧の通り、私の婚約者の無実は証明されました。リリナ嬢の虚言であったことも、本人が認めております」

「う、うむ。そうだな。ミディア嬢は……潔白だ。真っ白だ」

陛下は何度も頷いた。

「よって、婚約破棄などあり得ません。……そうですよね?」

殿下がニッコリと笑う。

「も、もちろんだ! 誰が破棄などするものか! ミディア嬢こそ、我が国の王太子妃にふさわしい!」

陛下は即答した。

(もし破棄なんて言ったら、私が消される)という本音が聞こえてきそうだ。

「良かったな、ミディア」

殿下が私を見た。

「はい、殿下。信じていただけて嬉しいです」

私はホッと胸を撫で下ろした。

(良かった……。断罪イベントは回避できたし、誤解も解けた。リリナ様とも仲直り(?)できたし、これ以上ないハッピーエンドだわ)

私は満足感に包まれていた。

会場中が私を「魔王」と崇め、リリナ嬢が恐怖で震え続け、国王陛下が私の顔色を窺っているという異常事態には、気づかないふりをして。

「さあ、夜会はこれからだ」

殿下は宣言した。

「音楽を! 今度はもっと明るい曲を頼むぞ。私の愛しい『最強の婚約者』とのダンスを再開したいからな」

殿下の命令で、楽団が慌てて演奏を始める。

今度は明るい曲だが、やはりテンポは速かった(指揮者が震えているため)。

私は殿下に手を引かれ、再びフロアの中央へと戻った。

リリナ嬢は、いつの間にかセバスによって回収(保護)され、会場の隅で温かいお茶を飲ませてもらっていた。

「……勝てない」

リリナは震える手でカップを持ち、虚ろな目で呟いた。

「あいつは……次元が違う。物理的にも、精神的にも、政治的にも……」

「お気づきになられましたか」

セバスが優しく声をかけた。

「我が主人は、天然素材の災害でございます。逆らってはいけません。巻き込まれるか、崇めるか。その二択しかないのでございます」

「崇めます……」

リリナは涙を流した。

「私、ミディア教の信者になります……」

こうして、かつてのライバル・リリナ嬢は、私の熱狂的な(恐怖による)信者へと転身を遂げた。

夜会の騒動は、私の完全勝利(不本意)で幕を閉じたのである。
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