悪役令嬢の判定厳しすぎません?婚約破棄を回避したい!

ちゅんりー

文字の大きさ
24 / 28

24

しおりを挟む
王宮のバルコニーは、夜の静寂に包まれていた。

会場の喧騒が遠くに聞こえる。

頬を撫でる夜風は冷たかったが、私の体は別の理由で震えていた。

「……」

私は手すりを背にして立ち、目の前にいるフレデリック殿下を見上げた。

殿下は、手すりに肘をつき、楽しげに夜空を見上げている。

その横顔は、彫刻のように美しい。

しかし、私は知っている。

この美しい造形の裏に、底知れぬ「黒いもの」が渦巻いていることを。

(ど、どうしよう……怒られるのかしら?)

私は胃のあたりを押さえた。

さっきの会場での大騒ぎ。

結果的に私の無実は証明され、リリナ嬢は改心(洗脳)し、貴族たちは私を崇拝し始めた。

けれど、王宮の夜会を「カオスな劇場」に変えてしまった責任は重い。

「あ、あの、殿下」

私は恐る恐る口を開いた。

「申し訳ありませんでした」

「ん? 何がだ?」

殿下はこちらを向き、不思議そうな顔をした。

「何がって……その、騒ぎを大きくしてしまって。リリナ様を気絶させたり、変な信者を作ってしまったり……王家の面目を潰してしまったのではないかと」

私が俯くと、殿下はふっと笑った。

「面目? 逆だよ、ミディア」

殿下は私に歩み寄った。

「退屈だったんだ。この国の夜会は」

「え?」

「いつも同じ顔ぶれ、同じ会話、同じお世辞。誰も彼もが仮面を被り、腹の探り合いばかりしている。……息が詰まるような退屈な世界だ」

殿下の瞳に、冷ややかな色が宿る。

「だが、今夜は違った。君のおかげで、ここ数年で一番笑ったし、スカッとしたよ」

「はあ……それは良かったです(?)」

「それに」

殿下は懐から、一枚の紙を取り出した。

「これを見てごらん」

「何ですか?」

私は眼鏡の位置を直し、紙を受け取った。

そこには、見覚えのある名前と、細かな行動記録が記されていた。

『リリナ・メルローズ男爵令嬢行動録』

『○月×日:学園にてミディア嬢の靴を隠す(未遂。ミディア嬢が素足で歩こうとしたため断念)』

『○月△日:図書室にていじめの証拠捏造を計画。男子生徒を買収』

『○月□日:階段落ちの練習を開始。受け身の失敗により軽傷』

「……これ」

「私の『影』が集めた調査報告書だ」

殿下は淡々と言った。

「君が知る由もない裏側で、リリナ嬢がどれほど涙ぐましい努力(悪事)をしていたか、全て記録されている」

「ぜ、全部知っていたんですか!?」

「ああ。彼女が動く前からな」

殿下は悪戯っぽくウィンクした。

「リリナ嬢が『断罪劇』を計画していると知った時、私はすぐに止めることもできた。この証拠を突きつけて、彼女を夜会から締め出すこともできたんだ」

「では、なぜ……」

「言っただろう? 見たかったんだ。君がどう切り抜けるかを」

殿下は私の頬に触れた。

「私が守ってやるのは簡単だ。だが、それでは君の『輝き』が見られない。君は、窮地に立たされた時こそ、予想もつかない力(天然ボケと威圧感)を発揮するからな」

(……やっぱり、遊ばれてたんだわ)

私は確信した。

この王子様、私のことを「恋人」というより、「面白い観察対象」として見ている節がある。

「性格が悪いです、殿下」

私がジト目で睨むと、殿下は嬉しそうに目を細めた。

「よく言われる。だが、君だけには隠したくないんだ」

殿下の顔が近づく。

「他の誰の前でも、私は『理想の王子』を演じている。だが、君の前でだけは、ただの男でいられる。……君が、私以上に『規格外』だからだろうな」

「褒め言葉として受け取っておきます」

私は溜息をついた。

「でも、殿下。私、本当に自信がないんです」

「何がだ?」

「だって、見てください、この顔」

私は自分の顔を指差した。

「目つきは悪いし、笑うと子供が泣くし、黙ってると人が道を開けるんです。こんな『悪役顔』の私が、キラキラした殿下の隣にいていいはずがありません」

私は本音を吐露した。

今日の夜会でも、皆が私を避けた。

「最強」とか「閣下」とか呼ばれて崇められたけれど、それは「愛されている」のとは違う。「恐れられている」だけだ。

「いつか、殿下も私の顔を見て、怖くなる日が来るかもしれません。……リリナ様みたいに」

私が弱音を吐くと、殿下は静かに首を横に振った。

「ミディア。眼鏡を外してごらん」

「え? でも、外すと何も見えなくて……」

「いいから」

殿下の指が、私の眼鏡のフレームにかかる。

抵抗する間もなく、スッと眼鏡が抜き取られた。

「あ……」

視界がぼやける。

殿下の顔が、光の輪郭となって滲む。

私は不安になり、焦点を合わせようとして、無意識に目を細めた。

眉間にシワを寄せ、じっと目の前の光を凝視する。

(……見えない。怖い)

私の顔は今、間違いなく「最高レベルの悪役面」になっているはずだ。

至近距離で睨みつけるような目つき。

普通なら、悲鳴を上げて逃げ出す場面だ。

しかし。

「……美しい」

殿下の吐息のような声が聞こえた。

「え?」

「その目だ。何かを見ようとして、必死に焦点を合わせる、その真剣な眼差し。……たまらなく愛おしい」

「で、殿下? 眼科に行かれた方が……」

「この鋭い三白眼も、不機嫌そうに引き結ばれた唇も、全てが私の好みだ」

殿下の温かい手が、私の頬を包み込む。

「世間の奴らは見る目がない。彼らは君の表面的な『恐怖』しか見ていない。だが私は知っている。君が誰よりも優しく、不器用で、そして……可愛いことを」

「か、可愛い……?」

「ああ。世界一可愛い」

殿下は、ぼやけた私の視界の中で、優しく微笑んだ(ような気配がした)。

「例えば、昨日のことだ」

「昨日?」

「君はリリナ嬢の企みを知って、彼女の教室に乗り込んだそうだな」

「は、はい。応援に行きました」

「応援、か。……普通、自分を陥れようとする相手を応援するか?」

殿下はクスクスと笑った。

「そのお人好しなところが、君の最大の武器であり、魅力なんだ。計算高いリリナ嬢が勝てるわけがない」

「はあ……」

「私はね、ミディア。君のそういう『矛盾』に惹かれているんだ」

殿下の声が、熱を帯びて低くなる。

「見た目は魔王、中身は聖女。……いや、中身は小動物か」

「小動物って」

「そのギャップが、私を狂わせる。……もっと見せてくれ、君の素顔を」

殿下の顔が、さらに近づいてくる。

吐息がかかる距離。

私は心臓が破裂しそうだった。

眼鏡がないから、殿下の表情はよく見えない。

でも、その声色、体温、匂い。全てが「愛」を訴えている。

(こ、これは……キスされる流れ!?)

私はパニックになった。

心の準備ができていない。

それに、こんな「睨み顔」のままキスされるなんて、ムードもへったくれもない。

「ま、待ってください殿下!」

私は殿下の胸を押した。

「な、何か……心の準備と言いますか、その、遺書とか……」

「キスするのに遺書がいるのか?」

「私にとっては命がけなんです!」

私が叫ぶと、殿下は吹き出した。

「ふっ……ははは! やはり君は最高だ」

殿下は私を抱きしめたまま、お腹を抱えて笑った。

「ああ、駄目だ。愛しすぎて苦しい」

殿下はひとしきり笑った後、私の額にコツンと自分の額を押し当てた。

「……キスは、君がちゃんと私を見られるようになってからにしよう」

「え?」

「君に眼鏡を返そう。……君の瞳に、私がどう映っているか、確認してからにしたい」

殿下は私の手に、眼鏡を握らせた。

私は震える手で、眼鏡をかけ直した。

視界がクリアになる。

そこには。

月明かりの下、とろけるような甘い笑顔を浮かべた、フレデリック殿下の顔があった。

いつもの「腹黒王子」の仮面はない。

ただ一人の男として、私を愛おしそうに見つめる、優しい瞳。

「……っ」

私は言葉を失った。

怖い顔なんてしていない。

意地悪な顔でもない。

ただただ、綺麗で、優しくて……。

「……殿下、かっこいいです」

私が思わず呟くと、殿下は耳まで赤くして照れた。

「……不意打ちは反則だ」

「事実ですもの」

私は少しだけ勇気を出して、殿下の袖を掴んだ。

「あの、殿下。……私、殿下のこと、誤解していたかもしれません」

「ほう?」

「ただの性格の悪い王子様だと思っていました」

「否定はしないが」

「でも……今は、少しだけ……好きかもしれません」

私の精一杯の告白。

蚊の鳴くような声だったが、夜の静寂には十分に響いた。

殿下は目を見開き、そして、この世のものとは思えないほど嬉しそうに破顔した。

「……『少し』か。まあいい、伸び代があるということだな」

殿下は私の手を強く握り返した。

「覚悟しておけ、ミディア。これから一生かけて、その『少し』を『世界一』に変えてやるからな」

「一生……?」

「ああ。逃がさないと言っただろう?」

殿下は私の指先に口づけを落とした。

その仕草は、忠誠を誓う騎士のようで、同時に獲物を捕らえた魔王のようでもあった。

「さあ、戻ろうか。皆が『最強のカップル』のお帰りを待っている」

殿下は私をエスコートし、バルコニーの出口へと向かった。

私はその背中を見つめながら、覚悟を決めた。

この腹黒で、変人で、でも最高にかっこいい王子様と、これからも歩んでいく覚悟を。

そして、その道が、きっとまた「誤解」と「伝説」に満ちたイバラの道(爆笑街道)になるであろうことを。

          ◇

会場に戻った私たちを迎えたのは、割れんばかりの拍手と、「閣下! 殿下!」というシュプレヒコールだった。

リリナ嬢が先頭に立って、ペンライト(魔法の光)を振っている。

「……ねえ殿下。あれ、本当に私の信者になったのかしら?」

「洗脳完了だな。君のカリスマ性には恐れ入るよ」

私たちは苦笑いしながら、光の海へと戻っていった。

断罪の夜は明け、新たな「最強伝説」の朝が始まろうとしていた。

しかし、物語はここで終わりではない。

ラスボス(リリナ)を倒した勇者(ミディア)には、次なる試練が待ち受けているのが世の常だ。

それは、まさかの「物理的な戦闘」かもしれない。

「……ミディア様。大変です!」

翌朝、血相を変えたセバスが私の部屋に飛び込んできた。

「どうしたの、セバス? また新聞に変な記事が?」

「いいえ。……隣国の皇太子から、『果たし状』が届きました」

「は?」

「『噂の最強令嬢と手合わせ願いたい』とのことです」

「……」

私は天を仰いだ。

どうやら私の「平和な日常」は、まだまだ遠い場所にあるようだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?

桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。 生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。 (……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

王国最強の天才魔導士は、追放された悪役令嬢の息子でした

由香
ファンタジー
追放された悪役令嬢が選んだのは復讐ではなく、母として息子を守ること。 無自覚天才に育った息子は、魔法を遊び感覚で扱い、王国を震撼させてしまう。 再び招かれたのは、かつて母を追放した国。 礼儀正しく圧倒する息子と、静かに完全勝利する母。 これは、親子が選ぶ“最も美しいざまぁ”。

殿下、私以外の誰かを愛してください。

ハチワレ
恋愛
公爵令嬢ラブリーは、第一王子クロードを誰よりも愛していました。しかし、自分の愛が重すぎて殿下の負担になっている(と勘違いした)彼女は、愛する殿下を自由にするため、あえて「悪役令嬢」として振る舞い、円満に婚約破棄されるという前代未聞の計画を立てる。協力者として男爵令嬢ミリーを「ヒロイン役」に任命し、準備は整った。

旦那様。私が悪女ならば、愛人の女は何になるのかしら?

白雲八鈴
恋愛
 我が公爵家主催の夜会の最中。夫が愛人を連れてやってきたのです。そして、私を悪女という理由で離縁を突きつけてきました。  離縁して欲しいというのであれば、今まで支援してきた金額を全額返済していただけません?  あら?愛人の貴女が支払ってくれると?お優しいわね。  私が悪女というのであれば、妻のいる夫の愛人に収まっている貴女は何なのかしら?

永遠の十七歳なんて、呪いに決まってる

鷹 綾
恋愛
永遠の十七歳―― それは祝福ではなく、三百年続く“呪い”だった。 公には「名門イソファガス家の孫娘」として知られる少女キクコ。 だがその正体は、歴史の裏側で幾度も国を救ってきた不老の元聖女であり、 王家すら真実を知らぬ“生きた時代遺産”。 政治も権力も、面倒ごとは大嫌い。 紅茶と読書に囲まれた静かな余生(?)を望んでいたキクコだったが―― 魔王討伐後、王位継承問題に巻き込まれたことをきっかけに、 まさかの王位継承権十七位という事実が発覚する。 「……私が女王? 冗談じゃないわ」 回避策として動いたはずが、 誕生した新国王アルフェリットから、なぜか突然の求婚。 しかも彼は、 幼少期に命を救われた“恩人”がキクコであることを覚えていた―― 年を取らぬ姿のままで。 永遠に老いない少女と、 彼女の真実を問わず選んだ自分ファーストな若き王。 王妃になどなる気はない。 けれど、逃げ続けることももうできない。 これは、 歴史の影に生きてきた少女が、 はじめて「誰かの隣」を選ぶかもしれない物語。 ざまぁも陰謀も押し付けない。 それでも―― この国で一番、誰よりも“強い”のは彼女だった。

婚約破棄を申し込むも、殿下の説得がガチすぎて詰む?

ちゅんりー
恋愛
公爵令嬢リペは、厳しい王妃教育と窮屈な未来から逃れるため、ある画期的な計画を思いつく。それは、世にも恐ろしい「悪役令嬢」になりきって、完璧な第一王子カイルに婚約破棄を叩きつけること! さっそくリペは、高笑いと共に「不敬な態度」「無駄遣い」「嫌がらせ」といった悪行の数々を繰り出すが……。

婚約破棄されて追放寸前だったのに、なぜか冷徹なはずの氷の公爵様から世界で一番甘く愛されています。

黒崎隼人
ファンタジー
「リゼット・フォン・ヴァインベルク! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」 卒業パーティーの夜、公爵令嬢リゼットは婚約者の王太子から冤罪を突きつけられ、全てを失った。 絶望の淵に沈む彼女に手を差し伸べたのは、『氷の公爵』と噂される冷徹な美青年、キリアン・アシュフォード。 「ならば、俺が君を娶ろう」 彼の屋敷で始まったのは、戸惑うほどに甘い溺愛の日々。 不器用な優しさに触れるうち、凍てついた心は少しずつ溶かされていく。 一方、リゼットを陥れた偽りの聖女は王宮で増長し、国に災いを招き寄せていた。 やがて真実が暴かれる時、元婚約者は後悔の涙を流すけれど――もう、遅い。 これは、不遇の令嬢が本当の愛を見つけ、世界で一番幸せになるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるような溺愛があなたを待っています。

処理中です...