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王宮のバルコニーは、夜の静寂に包まれていた。
会場の喧騒が遠くに聞こえる。
頬を撫でる夜風は冷たかったが、私の体は別の理由で震えていた。
「……」
私は手すりを背にして立ち、目の前にいるフレデリック殿下を見上げた。
殿下は、手すりに肘をつき、楽しげに夜空を見上げている。
その横顔は、彫刻のように美しい。
しかし、私は知っている。
この美しい造形の裏に、底知れぬ「黒いもの」が渦巻いていることを。
(ど、どうしよう……怒られるのかしら?)
私は胃のあたりを押さえた。
さっきの会場での大騒ぎ。
結果的に私の無実は証明され、リリナ嬢は改心(洗脳)し、貴族たちは私を崇拝し始めた。
けれど、王宮の夜会を「カオスな劇場」に変えてしまった責任は重い。
「あ、あの、殿下」
私は恐る恐る口を開いた。
「申し訳ありませんでした」
「ん? 何がだ?」
殿下はこちらを向き、不思議そうな顔をした。
「何がって……その、騒ぎを大きくしてしまって。リリナ様を気絶させたり、変な信者を作ってしまったり……王家の面目を潰してしまったのではないかと」
私が俯くと、殿下はふっと笑った。
「面目? 逆だよ、ミディア」
殿下は私に歩み寄った。
「退屈だったんだ。この国の夜会は」
「え?」
「いつも同じ顔ぶれ、同じ会話、同じお世辞。誰も彼もが仮面を被り、腹の探り合いばかりしている。……息が詰まるような退屈な世界だ」
殿下の瞳に、冷ややかな色が宿る。
「だが、今夜は違った。君のおかげで、ここ数年で一番笑ったし、スカッとしたよ」
「はあ……それは良かったです(?)」
「それに」
殿下は懐から、一枚の紙を取り出した。
「これを見てごらん」
「何ですか?」
私は眼鏡の位置を直し、紙を受け取った。
そこには、見覚えのある名前と、細かな行動記録が記されていた。
『リリナ・メルローズ男爵令嬢行動録』
『○月×日:学園にてミディア嬢の靴を隠す(未遂。ミディア嬢が素足で歩こうとしたため断念)』
『○月△日:図書室にていじめの証拠捏造を計画。男子生徒を買収』
『○月□日:階段落ちの練習を開始。受け身の失敗により軽傷』
「……これ」
「私の『影』が集めた調査報告書だ」
殿下は淡々と言った。
「君が知る由もない裏側で、リリナ嬢がどれほど涙ぐましい努力(悪事)をしていたか、全て記録されている」
「ぜ、全部知っていたんですか!?」
「ああ。彼女が動く前からな」
殿下は悪戯っぽくウィンクした。
「リリナ嬢が『断罪劇』を計画していると知った時、私はすぐに止めることもできた。この証拠を突きつけて、彼女を夜会から締め出すこともできたんだ」
「では、なぜ……」
「言っただろう? 見たかったんだ。君がどう切り抜けるかを」
殿下は私の頬に触れた。
「私が守ってやるのは簡単だ。だが、それでは君の『輝き』が見られない。君は、窮地に立たされた時こそ、予想もつかない力(天然ボケと威圧感)を発揮するからな」
(……やっぱり、遊ばれてたんだわ)
私は確信した。
この王子様、私のことを「恋人」というより、「面白い観察対象」として見ている節がある。
「性格が悪いです、殿下」
私がジト目で睨むと、殿下は嬉しそうに目を細めた。
「よく言われる。だが、君だけには隠したくないんだ」
殿下の顔が近づく。
「他の誰の前でも、私は『理想の王子』を演じている。だが、君の前でだけは、ただの男でいられる。……君が、私以上に『規格外』だからだろうな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
私は溜息をついた。
「でも、殿下。私、本当に自信がないんです」
「何がだ?」
「だって、見てください、この顔」
私は自分の顔を指差した。
「目つきは悪いし、笑うと子供が泣くし、黙ってると人が道を開けるんです。こんな『悪役顔』の私が、キラキラした殿下の隣にいていいはずがありません」
私は本音を吐露した。
今日の夜会でも、皆が私を避けた。
「最強」とか「閣下」とか呼ばれて崇められたけれど、それは「愛されている」のとは違う。「恐れられている」だけだ。
「いつか、殿下も私の顔を見て、怖くなる日が来るかもしれません。……リリナ様みたいに」
私が弱音を吐くと、殿下は静かに首を横に振った。
「ミディア。眼鏡を外してごらん」
「え? でも、外すと何も見えなくて……」
「いいから」
殿下の指が、私の眼鏡のフレームにかかる。
抵抗する間もなく、スッと眼鏡が抜き取られた。
「あ……」
視界がぼやける。
殿下の顔が、光の輪郭となって滲む。
私は不安になり、焦点を合わせようとして、無意識に目を細めた。
眉間にシワを寄せ、じっと目の前の光を凝視する。
(……見えない。怖い)
私の顔は今、間違いなく「最高レベルの悪役面」になっているはずだ。
至近距離で睨みつけるような目つき。
普通なら、悲鳴を上げて逃げ出す場面だ。
しかし。
「……美しい」
殿下の吐息のような声が聞こえた。
「え?」
「その目だ。何かを見ようとして、必死に焦点を合わせる、その真剣な眼差し。……たまらなく愛おしい」
「で、殿下? 眼科に行かれた方が……」
「この鋭い三白眼も、不機嫌そうに引き結ばれた唇も、全てが私の好みだ」
殿下の温かい手が、私の頬を包み込む。
「世間の奴らは見る目がない。彼らは君の表面的な『恐怖』しか見ていない。だが私は知っている。君が誰よりも優しく、不器用で、そして……可愛いことを」
「か、可愛い……?」
「ああ。世界一可愛い」
殿下は、ぼやけた私の視界の中で、優しく微笑んだ(ような気配がした)。
「例えば、昨日のことだ」
「昨日?」
「君はリリナ嬢の企みを知って、彼女の教室に乗り込んだそうだな」
「は、はい。応援に行きました」
「応援、か。……普通、自分を陥れようとする相手を応援するか?」
殿下はクスクスと笑った。
「そのお人好しなところが、君の最大の武器であり、魅力なんだ。計算高いリリナ嬢が勝てるわけがない」
「はあ……」
「私はね、ミディア。君のそういう『矛盾』に惹かれているんだ」
殿下の声が、熱を帯びて低くなる。
「見た目は魔王、中身は聖女。……いや、中身は小動物か」
「小動物って」
「そのギャップが、私を狂わせる。……もっと見せてくれ、君の素顔を」
殿下の顔が、さらに近づいてくる。
吐息がかかる距離。
私は心臓が破裂しそうだった。
眼鏡がないから、殿下の表情はよく見えない。
でも、その声色、体温、匂い。全てが「愛」を訴えている。
(こ、これは……キスされる流れ!?)
私はパニックになった。
心の準備ができていない。
それに、こんな「睨み顔」のままキスされるなんて、ムードもへったくれもない。
「ま、待ってください殿下!」
私は殿下の胸を押した。
「な、何か……心の準備と言いますか、その、遺書とか……」
「キスするのに遺書がいるのか?」
「私にとっては命がけなんです!」
私が叫ぶと、殿下は吹き出した。
「ふっ……ははは! やはり君は最高だ」
殿下は私を抱きしめたまま、お腹を抱えて笑った。
「ああ、駄目だ。愛しすぎて苦しい」
殿下はひとしきり笑った後、私の額にコツンと自分の額を押し当てた。
「……キスは、君がちゃんと私を見られるようになってからにしよう」
「え?」
「君に眼鏡を返そう。……君の瞳に、私がどう映っているか、確認してからにしたい」
殿下は私の手に、眼鏡を握らせた。
私は震える手で、眼鏡をかけ直した。
視界がクリアになる。
そこには。
月明かりの下、とろけるような甘い笑顔を浮かべた、フレデリック殿下の顔があった。
いつもの「腹黒王子」の仮面はない。
ただ一人の男として、私を愛おしそうに見つめる、優しい瞳。
「……っ」
私は言葉を失った。
怖い顔なんてしていない。
意地悪な顔でもない。
ただただ、綺麗で、優しくて……。
「……殿下、かっこいいです」
私が思わず呟くと、殿下は耳まで赤くして照れた。
「……不意打ちは反則だ」
「事実ですもの」
私は少しだけ勇気を出して、殿下の袖を掴んだ。
「あの、殿下。……私、殿下のこと、誤解していたかもしれません」
「ほう?」
「ただの性格の悪い王子様だと思っていました」
「否定はしないが」
「でも……今は、少しだけ……好きかもしれません」
私の精一杯の告白。
蚊の鳴くような声だったが、夜の静寂には十分に響いた。
殿下は目を見開き、そして、この世のものとは思えないほど嬉しそうに破顔した。
「……『少し』か。まあいい、伸び代があるということだな」
殿下は私の手を強く握り返した。
「覚悟しておけ、ミディア。これから一生かけて、その『少し』を『世界一』に変えてやるからな」
「一生……?」
「ああ。逃がさないと言っただろう?」
殿下は私の指先に口づけを落とした。
その仕草は、忠誠を誓う騎士のようで、同時に獲物を捕らえた魔王のようでもあった。
「さあ、戻ろうか。皆が『最強のカップル』のお帰りを待っている」
殿下は私をエスコートし、バルコニーの出口へと向かった。
私はその背中を見つめながら、覚悟を決めた。
この腹黒で、変人で、でも最高にかっこいい王子様と、これからも歩んでいく覚悟を。
そして、その道が、きっとまた「誤解」と「伝説」に満ちたイバラの道(爆笑街道)になるであろうことを。
◇
会場に戻った私たちを迎えたのは、割れんばかりの拍手と、「閣下! 殿下!」というシュプレヒコールだった。
リリナ嬢が先頭に立って、ペンライト(魔法の光)を振っている。
「……ねえ殿下。あれ、本当に私の信者になったのかしら?」
「洗脳完了だな。君のカリスマ性には恐れ入るよ」
私たちは苦笑いしながら、光の海へと戻っていった。
断罪の夜は明け、新たな「最強伝説」の朝が始まろうとしていた。
しかし、物語はここで終わりではない。
ラスボス(リリナ)を倒した勇者(ミディア)には、次なる試練が待ち受けているのが世の常だ。
それは、まさかの「物理的な戦闘」かもしれない。
「……ミディア様。大変です!」
翌朝、血相を変えたセバスが私の部屋に飛び込んできた。
「どうしたの、セバス? また新聞に変な記事が?」
「いいえ。……隣国の皇太子から、『果たし状』が届きました」
「は?」
「『噂の最強令嬢と手合わせ願いたい』とのことです」
「……」
私は天を仰いだ。
どうやら私の「平和な日常」は、まだまだ遠い場所にあるようだ。
会場の喧騒が遠くに聞こえる。
頬を撫でる夜風は冷たかったが、私の体は別の理由で震えていた。
「……」
私は手すりを背にして立ち、目の前にいるフレデリック殿下を見上げた。
殿下は、手すりに肘をつき、楽しげに夜空を見上げている。
その横顔は、彫刻のように美しい。
しかし、私は知っている。
この美しい造形の裏に、底知れぬ「黒いもの」が渦巻いていることを。
(ど、どうしよう……怒られるのかしら?)
私は胃のあたりを押さえた。
さっきの会場での大騒ぎ。
結果的に私の無実は証明され、リリナ嬢は改心(洗脳)し、貴族たちは私を崇拝し始めた。
けれど、王宮の夜会を「カオスな劇場」に変えてしまった責任は重い。
「あ、あの、殿下」
私は恐る恐る口を開いた。
「申し訳ありませんでした」
「ん? 何がだ?」
殿下はこちらを向き、不思議そうな顔をした。
「何がって……その、騒ぎを大きくしてしまって。リリナ様を気絶させたり、変な信者を作ってしまったり……王家の面目を潰してしまったのではないかと」
私が俯くと、殿下はふっと笑った。
「面目? 逆だよ、ミディア」
殿下は私に歩み寄った。
「退屈だったんだ。この国の夜会は」
「え?」
「いつも同じ顔ぶれ、同じ会話、同じお世辞。誰も彼もが仮面を被り、腹の探り合いばかりしている。……息が詰まるような退屈な世界だ」
殿下の瞳に、冷ややかな色が宿る。
「だが、今夜は違った。君のおかげで、ここ数年で一番笑ったし、スカッとしたよ」
「はあ……それは良かったです(?)」
「それに」
殿下は懐から、一枚の紙を取り出した。
「これを見てごらん」
「何ですか?」
私は眼鏡の位置を直し、紙を受け取った。
そこには、見覚えのある名前と、細かな行動記録が記されていた。
『リリナ・メルローズ男爵令嬢行動録』
『○月×日:学園にてミディア嬢の靴を隠す(未遂。ミディア嬢が素足で歩こうとしたため断念)』
『○月△日:図書室にていじめの証拠捏造を計画。男子生徒を買収』
『○月□日:階段落ちの練習を開始。受け身の失敗により軽傷』
「……これ」
「私の『影』が集めた調査報告書だ」
殿下は淡々と言った。
「君が知る由もない裏側で、リリナ嬢がどれほど涙ぐましい努力(悪事)をしていたか、全て記録されている」
「ぜ、全部知っていたんですか!?」
「ああ。彼女が動く前からな」
殿下は悪戯っぽくウィンクした。
「リリナ嬢が『断罪劇』を計画していると知った時、私はすぐに止めることもできた。この証拠を突きつけて、彼女を夜会から締め出すこともできたんだ」
「では、なぜ……」
「言っただろう? 見たかったんだ。君がどう切り抜けるかを」
殿下は私の頬に触れた。
「私が守ってやるのは簡単だ。だが、それでは君の『輝き』が見られない。君は、窮地に立たされた時こそ、予想もつかない力(天然ボケと威圧感)を発揮するからな」
(……やっぱり、遊ばれてたんだわ)
私は確信した。
この王子様、私のことを「恋人」というより、「面白い観察対象」として見ている節がある。
「性格が悪いです、殿下」
私がジト目で睨むと、殿下は嬉しそうに目を細めた。
「よく言われる。だが、君だけには隠したくないんだ」
殿下の顔が近づく。
「他の誰の前でも、私は『理想の王子』を演じている。だが、君の前でだけは、ただの男でいられる。……君が、私以上に『規格外』だからだろうな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
私は溜息をついた。
「でも、殿下。私、本当に自信がないんです」
「何がだ?」
「だって、見てください、この顔」
私は自分の顔を指差した。
「目つきは悪いし、笑うと子供が泣くし、黙ってると人が道を開けるんです。こんな『悪役顔』の私が、キラキラした殿下の隣にいていいはずがありません」
私は本音を吐露した。
今日の夜会でも、皆が私を避けた。
「最強」とか「閣下」とか呼ばれて崇められたけれど、それは「愛されている」のとは違う。「恐れられている」だけだ。
「いつか、殿下も私の顔を見て、怖くなる日が来るかもしれません。……リリナ様みたいに」
私が弱音を吐くと、殿下は静かに首を横に振った。
「ミディア。眼鏡を外してごらん」
「え? でも、外すと何も見えなくて……」
「いいから」
殿下の指が、私の眼鏡のフレームにかかる。
抵抗する間もなく、スッと眼鏡が抜き取られた。
「あ……」
視界がぼやける。
殿下の顔が、光の輪郭となって滲む。
私は不安になり、焦点を合わせようとして、無意識に目を細めた。
眉間にシワを寄せ、じっと目の前の光を凝視する。
(……見えない。怖い)
私の顔は今、間違いなく「最高レベルの悪役面」になっているはずだ。
至近距離で睨みつけるような目つき。
普通なら、悲鳴を上げて逃げ出す場面だ。
しかし。
「……美しい」
殿下の吐息のような声が聞こえた。
「え?」
「その目だ。何かを見ようとして、必死に焦点を合わせる、その真剣な眼差し。……たまらなく愛おしい」
「で、殿下? 眼科に行かれた方が……」
「この鋭い三白眼も、不機嫌そうに引き結ばれた唇も、全てが私の好みだ」
殿下の温かい手が、私の頬を包み込む。
「世間の奴らは見る目がない。彼らは君の表面的な『恐怖』しか見ていない。だが私は知っている。君が誰よりも優しく、不器用で、そして……可愛いことを」
「か、可愛い……?」
「ああ。世界一可愛い」
殿下は、ぼやけた私の視界の中で、優しく微笑んだ(ような気配がした)。
「例えば、昨日のことだ」
「昨日?」
「君はリリナ嬢の企みを知って、彼女の教室に乗り込んだそうだな」
「は、はい。応援に行きました」
「応援、か。……普通、自分を陥れようとする相手を応援するか?」
殿下はクスクスと笑った。
「そのお人好しなところが、君の最大の武器であり、魅力なんだ。計算高いリリナ嬢が勝てるわけがない」
「はあ……」
「私はね、ミディア。君のそういう『矛盾』に惹かれているんだ」
殿下の声が、熱を帯びて低くなる。
「見た目は魔王、中身は聖女。……いや、中身は小動物か」
「小動物って」
「そのギャップが、私を狂わせる。……もっと見せてくれ、君の素顔を」
殿下の顔が、さらに近づいてくる。
吐息がかかる距離。
私は心臓が破裂しそうだった。
眼鏡がないから、殿下の表情はよく見えない。
でも、その声色、体温、匂い。全てが「愛」を訴えている。
(こ、これは……キスされる流れ!?)
私はパニックになった。
心の準備ができていない。
それに、こんな「睨み顔」のままキスされるなんて、ムードもへったくれもない。
「ま、待ってください殿下!」
私は殿下の胸を押した。
「な、何か……心の準備と言いますか、その、遺書とか……」
「キスするのに遺書がいるのか?」
「私にとっては命がけなんです!」
私が叫ぶと、殿下は吹き出した。
「ふっ……ははは! やはり君は最高だ」
殿下は私を抱きしめたまま、お腹を抱えて笑った。
「ああ、駄目だ。愛しすぎて苦しい」
殿下はひとしきり笑った後、私の額にコツンと自分の額を押し当てた。
「……キスは、君がちゃんと私を見られるようになってからにしよう」
「え?」
「君に眼鏡を返そう。……君の瞳に、私がどう映っているか、確認してからにしたい」
殿下は私の手に、眼鏡を握らせた。
私は震える手で、眼鏡をかけ直した。
視界がクリアになる。
そこには。
月明かりの下、とろけるような甘い笑顔を浮かべた、フレデリック殿下の顔があった。
いつもの「腹黒王子」の仮面はない。
ただ一人の男として、私を愛おしそうに見つめる、優しい瞳。
「……っ」
私は言葉を失った。
怖い顔なんてしていない。
意地悪な顔でもない。
ただただ、綺麗で、優しくて……。
「……殿下、かっこいいです」
私が思わず呟くと、殿下は耳まで赤くして照れた。
「……不意打ちは反則だ」
「事実ですもの」
私は少しだけ勇気を出して、殿下の袖を掴んだ。
「あの、殿下。……私、殿下のこと、誤解していたかもしれません」
「ほう?」
「ただの性格の悪い王子様だと思っていました」
「否定はしないが」
「でも……今は、少しだけ……好きかもしれません」
私の精一杯の告白。
蚊の鳴くような声だったが、夜の静寂には十分に響いた。
殿下は目を見開き、そして、この世のものとは思えないほど嬉しそうに破顔した。
「……『少し』か。まあいい、伸び代があるということだな」
殿下は私の手を強く握り返した。
「覚悟しておけ、ミディア。これから一生かけて、その『少し』を『世界一』に変えてやるからな」
「一生……?」
「ああ。逃がさないと言っただろう?」
殿下は私の指先に口づけを落とした。
その仕草は、忠誠を誓う騎士のようで、同時に獲物を捕らえた魔王のようでもあった。
「さあ、戻ろうか。皆が『最強のカップル』のお帰りを待っている」
殿下は私をエスコートし、バルコニーの出口へと向かった。
私はその背中を見つめながら、覚悟を決めた。
この腹黒で、変人で、でも最高にかっこいい王子様と、これからも歩んでいく覚悟を。
そして、その道が、きっとまた「誤解」と「伝説」に満ちたイバラの道(爆笑街道)になるであろうことを。
◇
会場に戻った私たちを迎えたのは、割れんばかりの拍手と、「閣下! 殿下!」というシュプレヒコールだった。
リリナ嬢が先頭に立って、ペンライト(魔法の光)を振っている。
「……ねえ殿下。あれ、本当に私の信者になったのかしら?」
「洗脳完了だな。君のカリスマ性には恐れ入るよ」
私たちは苦笑いしながら、光の海へと戻っていった。
断罪の夜は明け、新たな「最強伝説」の朝が始まろうとしていた。
しかし、物語はここで終わりではない。
ラスボス(リリナ)を倒した勇者(ミディア)には、次なる試練が待ち受けているのが世の常だ。
それは、まさかの「物理的な戦闘」かもしれない。
「……ミディア様。大変です!」
翌朝、血相を変えたセバスが私の部屋に飛び込んできた。
「どうしたの、セバス? また新聞に変な記事が?」
「いいえ。……隣国の皇太子から、『果たし状』が届きました」
「は?」
「『噂の最強令嬢と手合わせ願いたい』とのことです」
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