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「ひぃぃぃ……高い……地面がない……」
「しっかりしてください、クラウスさん! 公爵としての威厳が空気より軽くなってますよ!」
上空3000メートル。
雲の上に浮かぶ巨大な岩塊――『天空のパン工房』に到着した私たちは、いきなり試練を迎えていた。
高所恐怖症のクラウスが、私の腰にしがみついて離れないのだ。
その姿は、ユーカリの木にしがみつくコアラのようであり、あるいは親鳥に縋(すが)る雛鳥のようでもある。
「無理だ……俺は大地に足をつけて生きる生物だ……。こんな鳥の領域でパンなど焼けるか……」
「大丈夫ですよ。落ちても下は海ですから」
「余計に怖い!」
私が彼を引きずって会場に入ると、そこは異様な空間だった。
天井も床もなく、ただ球体状の透明な結界の中に、調理器具がプカプカと浮いている。
司会者の声が響く。
「さあ、第二ラウンドの舞台は『無重力ゾーン』です! ここでは重力魔法が解除されており、全ての物体が浮遊します! この環境下で、最も美しい『球体パン』を焼いたチームが勝者となります!」
「球体……?」
「地上では、重力によってパンは必ず底が平らになります。しかしここでは、360度均等に膨らませることが可能! さあ、宇宙の真理(コスモ)を感じさせるパンを作ってください!」
対戦相手を見る。
宙を舞っているのは、背中に白い翼を生やした鳥人族(ハーピー)の青年だった。
『フフン、空は僕の庭さ。地べたを這う人間ごときに、この3次元空間料理ができるかな?』
彼は翼を羽ばたかせ、器用に浮遊するボウルを操っている。
「くっ、環境適応能力が違いすぎる……!」
私が歯噛みしていると、隣でクラウスが泡を吹いて気絶しかけていた。
「クラウスさん! 起きて! アシスタントがいないと粉が散乱して大惨事になるわ!」
「……うう……俺を……俺を何かに固定してくれ……」
「仕方ありませんね」
私は浮遊していた作業台(固定ベルト付き)にクラウスを縛り付けた。
「よし、これで安心ですね。さあ、始めますよ!」
「レディー・ゴー!!」
開始のゴングと共に、私は小麦粉の袋を開けた。
バフッ!
その瞬間、粉が煙幕のように空中に拡散した。
「わあ! 粉が! 粉が星雲(ネビュラ)のように!」
「遊んでる場合かシナモン! 回収しろ! 鼻に入る!」
「待って、水を入れるわ!」
私が水を空中に撒くと、表面張力で無数の水玉となり、粉の星雲と混じり合った。
「きれい……プラネタリウムみたい」
「現実逃避するな! どうやってこねるんだこれ!?」
無重力下では、力を込めてこねようとすると、作用反作用の法則で自分の体が吹き飛んでしまう。
私が空中でジタバタしていると、鳥人族のライバルが笑った。
『無様だねえ! 無重力こねはこうやるんだ!』
彼は翼で風を起こし、空気の圧力で粉と水をまとめ上げていく。
『エア・ミキシング!』
「なるほど、風圧で……! でも私には翼がないわ!」
絶体絶命かと思われたその時。
作業台に縛り付けられたクラウスが、青ざめた顔で手を伸ばした。
「……シナモン……俺の……俺の手を握れ……」
「えっ? 愛の告白ですか? 今はちょっと忙しいので後にして……」
「違う! 俺を『支点』にしろと言っているんだ!」
「支点?」
「俺は今、恐怖で体が硬直して岩のように重くなっている……! さらに『重力魔法』で自分自身を空間に固定した! 俺を軸にして回転しろ!」
「なるほど! 人間アンカーですね!」
私はクラウスの手をガシッと掴んだ。
そして、彼を中心にして、グルグルと円を描くように飛び回った。
「遠心力こねーーッ!!」
ビュンビュンビュン!!
クラウスを軸にして回転することで、遠心力が生まれ、擬似的な重力が発生する。
散らばっていた粉と水が、遠心力によって私の手に集まってくる。
「目が……目が回る……」
「我慢してください! 今、グルテンがつながってきています!」
私は回転しながら生地を叩き、伸ばし、そしてまとめる。
空中で踊るようなアクロバティックな製パン法。
名付けて『公爵回転(デューク・スピン)』!
「まとまったわ! 発酵へ!」
私はまとまった生地を空中に放り投げた。
無重力空間に浮かぶ、白い球体。
「ここからが勝負よ。地上では絶対に不可能な、完全なる球体焼き(ボール・ベイク)!」
「か、釜はどうするんだ?」
クラウスが目を回しながら尋ねる。
「釜なんていりません。……クラウスさん、あなたの魔法で『火の玉』を6つ作ってください」
「6つ?」
「上下左右前後。全方向から等距離で生地を囲むの!」
「……無茶を言う」
クラウスは震える指で印を結んだ。
「出ろ……『ファイア・サテライト(炎の衛星)』!」
ボッ、ボッ、ボッ……。
6つの火の玉が出現し、生地を取り囲むように配置された。
「回転させて! 均一に熱を当てるの!」
火の玉が軌道を描いて回転し始める。
まるで原子核の周りを回る電子のように。
あるいは、恒星の周りを回る惑星のように。
生地は中心で静止したまま、全方位からの熱を受け、均等に膨らみ始めた。
「すごい……どこにも焼きムラができない……」
鳥人族のライバルも手を止めて見入っている。
「これが……宇宙のパン作り……!」
香ばしい香りが漂い始める。
膨らんでいくパンは、まるで小さな惑星のようだ。
表面のクープ(切れ込み)が裂け、黄金色の大地が顔を出す。
「焼き上がりよ! 『プラネット・ブレッド・アース(地球)』!!」
私が空中でキャッチしたパンは、完璧な球体だった。
どこにも底がなく、どこにも潰れた箇所がない。
真の球体。
「で、できた……」
「おめでとう、シナモン……」
言い終わると同時に、クラウスは白目を剥いて気絶した。
「クラウスさーん! しっかりして! まだ試食が!」
***
「実食です!」
審査員たちが、空飛ぶ絨毯に乗って近づいてきた。
私の『プラネット・ブレッド』と、ライバルの『雲のパン』。
審査員長がナイフを入れる。
私のパンは、切った瞬間にプシュッ! と中の蒸気が均等に噴き出した。
「おお……! 中身(クラム)の気泡が、中心から外側に向かって放射状に伸びている!」
「重力の影響を受けず、酵母が自由に伸びた証拠だ!」
一口食べる。
「……軽い! しかし、存在感がある!」
「口に入れた瞬間、無重力体験! 噛みしめると、小麦の引力が私を大地へ引き戻す!」
「宇宙だ……私は今、銀河を食べている……」
審査員たちがトリップした。
結果は圧勝だった。
鳥人族のライバルも、私のパンを食べて脱帽した。
『負けたよ。僕のパンは「空」だったけど、君のは「宇宙」だった』
「ありがとうございます。でも、重力があった方がやっぱり楽ですね」
私は気絶しているクラウスを回収しながら言った。
「さあ、地上に戻りましょう。……次はどんな変な場所で焼かされるのかしら」
予選第二ラウンド通過。
しかし、息つく暇もなく、第三ラウンドの課題が発表された。
「次のステージは……『氷点下の洞窟』! カチコチに凍った氷の世界で、熱々のパンを焼いてもらいます!」
「また極端な!」
私は叫んだ。
「クラウスさん! 起きて! 次はあなたの得意分野、氷属性のフィールドよ!」
「……もう……おうちにかえりたい……」
うわ言のように呟く公爵様を抱えて、私たちは次なる戦地へと飛んだ。
世界一のパン屋への道は、険しく、そして気温差が激しい。
「しっかりしてください、クラウスさん! 公爵としての威厳が空気より軽くなってますよ!」
上空3000メートル。
雲の上に浮かぶ巨大な岩塊――『天空のパン工房』に到着した私たちは、いきなり試練を迎えていた。
高所恐怖症のクラウスが、私の腰にしがみついて離れないのだ。
その姿は、ユーカリの木にしがみつくコアラのようであり、あるいは親鳥に縋(すが)る雛鳥のようでもある。
「無理だ……俺は大地に足をつけて生きる生物だ……。こんな鳥の領域でパンなど焼けるか……」
「大丈夫ですよ。落ちても下は海ですから」
「余計に怖い!」
私が彼を引きずって会場に入ると、そこは異様な空間だった。
天井も床もなく、ただ球体状の透明な結界の中に、調理器具がプカプカと浮いている。
司会者の声が響く。
「さあ、第二ラウンドの舞台は『無重力ゾーン』です! ここでは重力魔法が解除されており、全ての物体が浮遊します! この環境下で、最も美しい『球体パン』を焼いたチームが勝者となります!」
「球体……?」
「地上では、重力によってパンは必ず底が平らになります。しかしここでは、360度均等に膨らませることが可能! さあ、宇宙の真理(コスモ)を感じさせるパンを作ってください!」
対戦相手を見る。
宙を舞っているのは、背中に白い翼を生やした鳥人族(ハーピー)の青年だった。
『フフン、空は僕の庭さ。地べたを這う人間ごときに、この3次元空間料理ができるかな?』
彼は翼を羽ばたかせ、器用に浮遊するボウルを操っている。
「くっ、環境適応能力が違いすぎる……!」
私が歯噛みしていると、隣でクラウスが泡を吹いて気絶しかけていた。
「クラウスさん! 起きて! アシスタントがいないと粉が散乱して大惨事になるわ!」
「……うう……俺を……俺を何かに固定してくれ……」
「仕方ありませんね」
私は浮遊していた作業台(固定ベルト付き)にクラウスを縛り付けた。
「よし、これで安心ですね。さあ、始めますよ!」
「レディー・ゴー!!」
開始のゴングと共に、私は小麦粉の袋を開けた。
バフッ!
その瞬間、粉が煙幕のように空中に拡散した。
「わあ! 粉が! 粉が星雲(ネビュラ)のように!」
「遊んでる場合かシナモン! 回収しろ! 鼻に入る!」
「待って、水を入れるわ!」
私が水を空中に撒くと、表面張力で無数の水玉となり、粉の星雲と混じり合った。
「きれい……プラネタリウムみたい」
「現実逃避するな! どうやってこねるんだこれ!?」
無重力下では、力を込めてこねようとすると、作用反作用の法則で自分の体が吹き飛んでしまう。
私が空中でジタバタしていると、鳥人族のライバルが笑った。
『無様だねえ! 無重力こねはこうやるんだ!』
彼は翼で風を起こし、空気の圧力で粉と水をまとめ上げていく。
『エア・ミキシング!』
「なるほど、風圧で……! でも私には翼がないわ!」
絶体絶命かと思われたその時。
作業台に縛り付けられたクラウスが、青ざめた顔で手を伸ばした。
「……シナモン……俺の……俺の手を握れ……」
「えっ? 愛の告白ですか? 今はちょっと忙しいので後にして……」
「違う! 俺を『支点』にしろと言っているんだ!」
「支点?」
「俺は今、恐怖で体が硬直して岩のように重くなっている……! さらに『重力魔法』で自分自身を空間に固定した! 俺を軸にして回転しろ!」
「なるほど! 人間アンカーですね!」
私はクラウスの手をガシッと掴んだ。
そして、彼を中心にして、グルグルと円を描くように飛び回った。
「遠心力こねーーッ!!」
ビュンビュンビュン!!
クラウスを軸にして回転することで、遠心力が生まれ、擬似的な重力が発生する。
散らばっていた粉と水が、遠心力によって私の手に集まってくる。
「目が……目が回る……」
「我慢してください! 今、グルテンがつながってきています!」
私は回転しながら生地を叩き、伸ばし、そしてまとめる。
空中で踊るようなアクロバティックな製パン法。
名付けて『公爵回転(デューク・スピン)』!
「まとまったわ! 発酵へ!」
私はまとまった生地を空中に放り投げた。
無重力空間に浮かぶ、白い球体。
「ここからが勝負よ。地上では絶対に不可能な、完全なる球体焼き(ボール・ベイク)!」
「か、釜はどうするんだ?」
クラウスが目を回しながら尋ねる。
「釜なんていりません。……クラウスさん、あなたの魔法で『火の玉』を6つ作ってください」
「6つ?」
「上下左右前後。全方向から等距離で生地を囲むの!」
「……無茶を言う」
クラウスは震える指で印を結んだ。
「出ろ……『ファイア・サテライト(炎の衛星)』!」
ボッ、ボッ、ボッ……。
6つの火の玉が出現し、生地を取り囲むように配置された。
「回転させて! 均一に熱を当てるの!」
火の玉が軌道を描いて回転し始める。
まるで原子核の周りを回る電子のように。
あるいは、恒星の周りを回る惑星のように。
生地は中心で静止したまま、全方位からの熱を受け、均等に膨らみ始めた。
「すごい……どこにも焼きムラができない……」
鳥人族のライバルも手を止めて見入っている。
「これが……宇宙のパン作り……!」
香ばしい香りが漂い始める。
膨らんでいくパンは、まるで小さな惑星のようだ。
表面のクープ(切れ込み)が裂け、黄金色の大地が顔を出す。
「焼き上がりよ! 『プラネット・ブレッド・アース(地球)』!!」
私が空中でキャッチしたパンは、完璧な球体だった。
どこにも底がなく、どこにも潰れた箇所がない。
真の球体。
「で、できた……」
「おめでとう、シナモン……」
言い終わると同時に、クラウスは白目を剥いて気絶した。
「クラウスさーん! しっかりして! まだ試食が!」
***
「実食です!」
審査員たちが、空飛ぶ絨毯に乗って近づいてきた。
私の『プラネット・ブレッド』と、ライバルの『雲のパン』。
審査員長がナイフを入れる。
私のパンは、切った瞬間にプシュッ! と中の蒸気が均等に噴き出した。
「おお……! 中身(クラム)の気泡が、中心から外側に向かって放射状に伸びている!」
「重力の影響を受けず、酵母が自由に伸びた証拠だ!」
一口食べる。
「……軽い! しかし、存在感がある!」
「口に入れた瞬間、無重力体験! 噛みしめると、小麦の引力が私を大地へ引き戻す!」
「宇宙だ……私は今、銀河を食べている……」
審査員たちがトリップした。
結果は圧勝だった。
鳥人族のライバルも、私のパンを食べて脱帽した。
『負けたよ。僕のパンは「空」だったけど、君のは「宇宙」だった』
「ありがとうございます。でも、重力があった方がやっぱり楽ですね」
私は気絶しているクラウスを回収しながら言った。
「さあ、地上に戻りましょう。……次はどんな変な場所で焼かされるのかしら」
予選第二ラウンド通過。
しかし、息つく暇もなく、第三ラウンドの課題が発表された。
「次のステージは……『氷点下の洞窟』! カチコチに凍った氷の世界で、熱々のパンを焼いてもらいます!」
「また極端な!」
私は叫んだ。
「クラウスさん! 起きて! 次はあなたの得意分野、氷属性のフィールドよ!」
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