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「粉砕(ミル)!」
「やめろシナモン! それは人類の遺産だ!」
古代遺跡の祭壇前で、歴史的暴挙が行われようとしていた。
私、シナモン・クラスツは、パンギルドから捜索を依頼されていた伝説の秘宝『始まりの種』を、石の台座の上にセットしていた。
そして、私の横には、先ほど手懐けたボス猿(キング・コング)が、巨大な岩を持ってスタンバイしている。
「いいですか、クラウスさん。パン屋にとって、この世に『食べてはいけない種』など存在しません。あるのは『美味しい種』か『すごく美味しい種』の二択です!」
「三択目に『文化財保護法違反』があるだろうが!」
クラウスが悲鳴を上げるが、背後では石像の守護者(ガーディアン)が「パン……ヨコセ……」とズシンズシン迫ってきている。
一刻の猶予もない。
「ボス! やっちゃって!」
『ウホッ!(任せろ!)』
ドゴォォォォン!!
ボス猿が岩を振り下ろした。
遺跡が揺れるほどの衝撃。
「ああっ! 種が! 数億G(ゴールド)の価値が!」
クラウスが顔を覆う。
岩をどけると、そこには……七色に輝く、美しい粉末が出来上がっていた。
「ビューティフル……! 見てください、この粒子! 宇宙の星屑(スターダスト)のようです!」
私は粉を指ですくって舐めた。
「甘い! 砂糖がいらないくらいの糖度! そして爆発的なエネルギーを感じます!」
「そりゃ『始まりの種』だからな! 生命の根源エネルギーそのものだろうよ!」
「さあ、こねますよ! 水はいらない……このジャングルの朝露と、私の愛(手汗少々)で十分!」
私は虹色の粉をこね始めた。
ギュッ、ギュッ。
生地が手の中で脈打つ。
ドクン、ドクン。
「生きてる……! 生地が呼吸しているわ!」
「怖いこと言うな! ホラーか!」
一方、石像ガーディアンは目前まで迫っていた。
巨大な石の拳が振り上げられる。
「シナモン、急げ! 俺が食い止める!」
クラウスが前に出て、剣(バゲット型)で石像の足を受け止める。
ガキィィィン!!
「ぐっ……重い! さすが古代兵器!」
「あと3分待って! 今、超高速発酵中!」
虹色の生地は、みるみるうちに膨らみ、発光を始めた。
「よし、成形完了! 焼くわよ!」
「どこでだ!? オーブンはないぞ!」
「敵の口よ!」
「はい!?」
私は膨らんだ生地を抱え、石像の正面に躍り出た。
石像の口がカッと開き、高出力の熱線(ビーム)を発射しようとしている。
「エネルギー充填……排除スル……」
「そこ! その余熱を利用させてもらうわ!」
私は石像の口の中に、虹色の生地をダンクシュートした。
スポッ。
「……?」
石像の動きが止まる。
口の中で、ビームの発射エネルギーと、生地の膨張エネルギーが衝突する。
ボフッ……ボフッ……。
石像の顔が赤熱し、蒸気が耳から吹き出した。
「な、何をしたんだ!?」
「『体内圧力釜焼き(インサイド・プレッシャー・ベイク)』です! 高圧ビームの熱を内側から利用することで、瞬時に芯まで焼き上げる荒技よ!」
ピピーーーッ!
石像の目が点滅する。
『エ、エラー……口内ニ異物……解析不能……オイシソウ……』
ボンッ!!
石像の口が大きく開き、中から焼き上がったパンが飛び出した。
それは、太陽のように眩しく輝く、巨大なカンパーニュだった。
「焼き上がりッ!」
私が空中でキャッチし、着地する。
「完成! 『ビッグバン・ブレッド(天地創造パン)』!」
香ばしい香りが遺跡全体に広がる。
それは、花の香りであり、果実の香りであり、そして母のミルクのような匂いでもあった。
『……イイ匂イ……』
石像の動きが完全に止まった。
赤い攻撃色が消え、穏やかな緑色の光が目に宿る。
「さあ、召し上がれ。一万年もお腹を空かせていたんでしょう?」
私はパンをちぎり、石像の足元に置いた。
石像はぎこちなく身を屈め、巨大な指でパンをつまみ、口に入れた。
サクッ。
咀嚼音と共に、石像の全身にヒビが入る。
「ああっ! 壊れた!?」
「いいえ、脱皮です」
パラパラと石の装甲が剥がれ落ちていく。
中から現れたのは……エプロン姿の、優しそうな小太りのおじさん(の幽霊)だった。
『……ああ……うまい……』
おじさんの霊が、涙を流してパンを食べている。
『わしは……この種を守るために、自らを石像に変えて一万年……。まさか、種そのものをパンにして食わせてくれる者が現れるとは……』
「あなたは?」
『わしは古代のパン職人。……この種はな、いつか世界中の人が腹いっぱいパンを食べられるようにと品種改良した、最高傑作だったんじゃ』
おじさんは微笑んだ。
『だが、誰もこの硬い殻を割ることができず、料理法も失われてしまった。……お嬢ちゃん、よくぞ勇気を持って粉砕してくれた。種は、食べられてこそ種じゃ』
「そう言っていただけると、罪悪感が薄れます」
「俺はまだ法的な問題が心配だがな」
クラウスがボソッと突っ込む。
『礼を言うぞ。これでわしも成仏できる……。あ、そうそう。そのパン、よく見てみろ』
おじさんが指差した先。
私が焼いた『ビッグバン・ブレッド』の断面には、無数の小さな粒が輝いていた。
「これは……?」
『その粉はな、熱を加えると分裂して増殖するんじゃ。一粒の種が、一万個の種になったのさ』
「ええっ!?」
つまり、パンを食べれば食べるほど、種が増える?
「すごいわ! これなら世界中の人を満腹にできる! まさに『無限パン』!」
『さらばじゃ、未来のパン職人よ……』
おじさんの霊は、満足げに光となって消えていった。
遺跡には静寂と、大量の虹色のパン(と中の種)が残された。
***
「……なんとかなったな」
クラウスがへたり込んだ。
「ああ、心臓に悪い。新婚旅行で幽霊と石像とゴリラと戦うなんて聞いてないぞ」
「でも、お土産は確保できましたよ」
私はパンの中から種を回収し、袋に詰めた。
「これでギルドの依頼も達成です。しかも『種』は一万倍に増えましたから、報酬も一万倍かもしれません!」
「お前のその商魂には、古代人も脱帽だろうよ」
私たちはボス猿たちに別れを告げ、ジャングルを後にした。
帰りの船旅。
甲板で海風に当たりながら、私はクラウスに寄り添った。
「ねえ、クラウスさん」
「ん?」
「私、今回の旅で分かったことがあります」
「何だ? もう無人島には行きたくないということか?」
「いいえ。……どんな場所でも、どんな状況でも、あなたとパンがあれば生きていけるということです」
私が言うと、クラウスは少し照れたように視線を逸らし、それから私の肩を抱いた。
「……俺もだ。君が粉砕しようとするなら、俺が支える。君が焼こうとするなら、俺が火を点ける。……それが俺の幸せだ」
「クラウスさん……」
いい雰囲気になり、顔を近づける。
「……ところでシナモン」
「はい?」
「帰ったら、また『全粒粉生活』か? たまには白いご飯も食べたいんだが」
「……リリィ様の影響を受けてますね? 却下です」
私たちは笑い合った。
こうして、波乱の新婚旅行は幕を閉じた。
クラスツ領に戻った私たちを待っていたのは、懐かしいパンの香りと、そして……思いがけない「生命の神秘」だった。
帰国して数週間後。
私は厨房で、いつものように生地をこねていた時、ふと異変を感じたのだ。
「あれ? ……酵母の匂いが、いつもより酸っぱく感じる?」
「どうしたシナモン? つわりか?」
「まさか。パンの食べ過ぎによる胸焼けでしょう」
そう思っていた私だったが、マリー(侍女)の顔色が変わり、医師が呼ばれる騒ぎに。
「やめろシナモン! それは人類の遺産だ!」
古代遺跡の祭壇前で、歴史的暴挙が行われようとしていた。
私、シナモン・クラスツは、パンギルドから捜索を依頼されていた伝説の秘宝『始まりの種』を、石の台座の上にセットしていた。
そして、私の横には、先ほど手懐けたボス猿(キング・コング)が、巨大な岩を持ってスタンバイしている。
「いいですか、クラウスさん。パン屋にとって、この世に『食べてはいけない種』など存在しません。あるのは『美味しい種』か『すごく美味しい種』の二択です!」
「三択目に『文化財保護法違反』があるだろうが!」
クラウスが悲鳴を上げるが、背後では石像の守護者(ガーディアン)が「パン……ヨコセ……」とズシンズシン迫ってきている。
一刻の猶予もない。
「ボス! やっちゃって!」
『ウホッ!(任せろ!)』
ドゴォォォォン!!
ボス猿が岩を振り下ろした。
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「ああっ! 種が! 数億G(ゴールド)の価値が!」
クラウスが顔を覆う。
岩をどけると、そこには……七色に輝く、美しい粉末が出来上がっていた。
「ビューティフル……! 見てください、この粒子! 宇宙の星屑(スターダスト)のようです!」
私は粉を指ですくって舐めた。
「甘い! 砂糖がいらないくらいの糖度! そして爆発的なエネルギーを感じます!」
「そりゃ『始まりの種』だからな! 生命の根源エネルギーそのものだろうよ!」
「さあ、こねますよ! 水はいらない……このジャングルの朝露と、私の愛(手汗少々)で十分!」
私は虹色の粉をこね始めた。
ギュッ、ギュッ。
生地が手の中で脈打つ。
ドクン、ドクン。
「生きてる……! 生地が呼吸しているわ!」
「怖いこと言うな! ホラーか!」
一方、石像ガーディアンは目前まで迫っていた。
巨大な石の拳が振り上げられる。
「シナモン、急げ! 俺が食い止める!」
クラウスが前に出て、剣(バゲット型)で石像の足を受け止める。
ガキィィィン!!
「ぐっ……重い! さすが古代兵器!」
「あと3分待って! 今、超高速発酵中!」
虹色の生地は、みるみるうちに膨らみ、発光を始めた。
「よし、成形完了! 焼くわよ!」
「どこでだ!? オーブンはないぞ!」
「敵の口よ!」
「はい!?」
私は膨らんだ生地を抱え、石像の正面に躍り出た。
石像の口がカッと開き、高出力の熱線(ビーム)を発射しようとしている。
「エネルギー充填……排除スル……」
「そこ! その余熱を利用させてもらうわ!」
私は石像の口の中に、虹色の生地をダンクシュートした。
スポッ。
「……?」
石像の動きが止まる。
口の中で、ビームの発射エネルギーと、生地の膨張エネルギーが衝突する。
ボフッ……ボフッ……。
石像の顔が赤熱し、蒸気が耳から吹き出した。
「な、何をしたんだ!?」
「『体内圧力釜焼き(インサイド・プレッシャー・ベイク)』です! 高圧ビームの熱を内側から利用することで、瞬時に芯まで焼き上げる荒技よ!」
ピピーーーッ!
石像の目が点滅する。
『エ、エラー……口内ニ異物……解析不能……オイシソウ……』
ボンッ!!
石像の口が大きく開き、中から焼き上がったパンが飛び出した。
それは、太陽のように眩しく輝く、巨大なカンパーニュだった。
「焼き上がりッ!」
私が空中でキャッチし、着地する。
「完成! 『ビッグバン・ブレッド(天地創造パン)』!」
香ばしい香りが遺跡全体に広がる。
それは、花の香りであり、果実の香りであり、そして母のミルクのような匂いでもあった。
『……イイ匂イ……』
石像の動きが完全に止まった。
赤い攻撃色が消え、穏やかな緑色の光が目に宿る。
「さあ、召し上がれ。一万年もお腹を空かせていたんでしょう?」
私はパンをちぎり、石像の足元に置いた。
石像はぎこちなく身を屈め、巨大な指でパンをつまみ、口に入れた。
サクッ。
咀嚼音と共に、石像の全身にヒビが入る。
「ああっ! 壊れた!?」
「いいえ、脱皮です」
パラパラと石の装甲が剥がれ落ちていく。
中から現れたのは……エプロン姿の、優しそうな小太りのおじさん(の幽霊)だった。
『……ああ……うまい……』
おじさんの霊が、涙を流してパンを食べている。
『わしは……この種を守るために、自らを石像に変えて一万年……。まさか、種そのものをパンにして食わせてくれる者が現れるとは……』
「あなたは?」
『わしは古代のパン職人。……この種はな、いつか世界中の人が腹いっぱいパンを食べられるようにと品種改良した、最高傑作だったんじゃ』
おじさんは微笑んだ。
『だが、誰もこの硬い殻を割ることができず、料理法も失われてしまった。……お嬢ちゃん、よくぞ勇気を持って粉砕してくれた。種は、食べられてこそ種じゃ』
「そう言っていただけると、罪悪感が薄れます」
「俺はまだ法的な問題が心配だがな」
クラウスがボソッと突っ込む。
『礼を言うぞ。これでわしも成仏できる……。あ、そうそう。そのパン、よく見てみろ』
おじさんが指差した先。
私が焼いた『ビッグバン・ブレッド』の断面には、無数の小さな粒が輝いていた。
「これは……?」
『その粉はな、熱を加えると分裂して増殖するんじゃ。一粒の種が、一万個の種になったのさ』
「ええっ!?」
つまり、パンを食べれば食べるほど、種が増える?
「すごいわ! これなら世界中の人を満腹にできる! まさに『無限パン』!」
『さらばじゃ、未来のパン職人よ……』
おじさんの霊は、満足げに光となって消えていった。
遺跡には静寂と、大量の虹色のパン(と中の種)が残された。
***
「……なんとかなったな」
クラウスがへたり込んだ。
「ああ、心臓に悪い。新婚旅行で幽霊と石像とゴリラと戦うなんて聞いてないぞ」
「でも、お土産は確保できましたよ」
私はパンの中から種を回収し、袋に詰めた。
「これでギルドの依頼も達成です。しかも『種』は一万倍に増えましたから、報酬も一万倍かもしれません!」
「お前のその商魂には、古代人も脱帽だろうよ」
私たちはボス猿たちに別れを告げ、ジャングルを後にした。
帰りの船旅。
甲板で海風に当たりながら、私はクラウスに寄り添った。
「ねえ、クラウスさん」
「ん?」
「私、今回の旅で分かったことがあります」
「何だ? もう無人島には行きたくないということか?」
「いいえ。……どんな場所でも、どんな状況でも、あなたとパンがあれば生きていけるということです」
私が言うと、クラウスは少し照れたように視線を逸らし、それから私の肩を抱いた。
「……俺もだ。君が粉砕しようとするなら、俺が支える。君が焼こうとするなら、俺が火を点ける。……それが俺の幸せだ」
「クラウスさん……」
いい雰囲気になり、顔を近づける。
「……ところでシナモン」
「はい?」
「帰ったら、また『全粒粉生活』か? たまには白いご飯も食べたいんだが」
「……リリィ様の影響を受けてますね? 却下です」
私たちは笑い合った。
こうして、波乱の新婚旅行は幕を閉じた。
クラスツ領に戻った私たちを待っていたのは、懐かしいパンの香りと、そして……思いがけない「生命の神秘」だった。
帰国して数週間後。
私は厨房で、いつものように生地をこねていた時、ふと異変を感じたのだ。
「あれ? ……酵母の匂いが、いつもより酸っぱく感じる?」
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