「戻ってきてもいいぞ?」という傲慢――許せませんわ。

ちゅんりー

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煌びやかなシャンデリアが、まばゆいばかりの光を放つ王宮の大広間。
今夜は建国記念パーティーの最中であり、会場には色とりどりのドレスを纏った貴族たちが集まっていた。

しかし、その華やかな雰囲気は、第一王子レモン様の怒声によって一瞬で凍り付いた。

「マーマレード・オレンジ! 貴様のような卑劣な女、もはや我が婚約者とは認めん。今この場をもって、婚約破棄を言い渡す!」

広間の中心で指を突きつけられた私、マーマレード・オレンジは、手に持っていた小瓶をそっと胸元に隠した。

「……殿下、今なんとおっしゃいましたか?」

「聞こえなかったのか? 婚約破棄だ! 貴様がシュガー嬢に行った数々の悪行、すべて把握しているのだぞ!」

レモン殿下の傍らには、守られるようにして男爵令嬢のシュガー・シロップ様が寄り添っている。
彼女は今にも消え入りそうな声で「殿下、もうおやめください……私が我慢すれば済むことなのです」と、これ以上ないほど見え透いたヒロイン仕草を披露していた。

私は深呼吸を一つして、ドレスの裾を整えた。

「その前に一つよろしいでしょうか。殿下、あと五分。あと五分だけ、断罪を待っていただけませんか」

「なに? 命乞いでもするつもりか!」

「いいえ。ちょうど、あちらの厨房の隅で煮込ませていただいている『新作・ほろ苦ビターな初恋オレンジマーマレード』が、一番大事な煮詰め時なのです。アク取りを怠ると、せっかくの風味が台無しになってしまいますの」

会場が静まりかえった。
レモン殿下は口をパクパクさせ、シュガー様は「アク……?」と呆然と呟いている。

「ふ、ふざけるな! この神聖な断罪の場でジャムの話だと!? 貴様、自分の立場が分かっているのか!」

「分かっておりますわ。でも、オレンジの旬は待ってくれないのです。それで、私に対する罪状とは一体何かしら? 手短にお願いします。温度管理がシビアですので」

私が小首を傾げると、殿下は顔を真っ赤にして叫び声を上げた。

「シュガー嬢に対する嫌がらせだ! 彼女の教科書を破り、私物の中に腐ったオレンジを詰め込み、あろうことか先日は、彼女のドレスにオレンジ果汁をぶちまけたそうではないか!」

「……腐ったオレンジを? あり得ませんわ。オレンジを腐らせるなんて、我がオレンジ伯爵家の名折れです。そんな不心得者がいたら、私自ら皮を剥いて天日干しにして差し上げます」

「論点がそこではない! 現にシュガー嬢のドレスは、今もその時のシミで汚れているのだ!」

シュガー様が、これ見よがしに真っ白なドレスの裾を広げた。
そこには確かに、オレンジ色の薄汚れたシミが点々とついている。

私はすたすたと彼女に歩み寄った。
シュガー様は「ひっ」と短い悲鳴を上げて殿下の背後に隠れる。

「そんなに怯えなくても取って食いはいたしませんわ。……ちょっと、失礼」

私は彼女のドレスの裾を掴み、そのシミの匂いを嗅いだ。
そして、人差し指でシミをちょいと拭い、ペロリと舌に乗せる。

「……合成着色料、ですね」

「な、なんですって?」

「殿下、これはオレンジのシミではありません。安物のイチゴシロップに、黄色い着色料を混ぜたものです。我が家のオレンジ果汁はもっと輝くような琥珀色をしておりますし、第一、こんなに安っぽいベタついた甘みはありませんわ。例えるなら、そう、煮込みすぎた砂糖水の成れの果てですわね」

シュガー様の顔が、一瞬で青ざめた。

「そ、そんなはずありませんわ! マーマレード様が、お茶会で私にオレンジジュースを……!」

「あの日、私がお出ししたのは最高級のダージリンです。オレンジなど一滴も入っておりません。お言葉ですが、シュガー様。私を嵌めるなら、もう少しマシな食材を使うべきでしたわ。オレンジに対する冒涜は、私が最も許せないことの一つです」

「黙れ! マーマレード、貴様はそうやっていつも詭弁を弄する!」

殿下は聞く耳を持たない。
それどころか、腰から剣を抜き放ち、私に向けて突きつけてきた。

「証拠は上がっているのだ。貴様のような嫉妬に狂った女、王妃にするわけにはいかん。大人しく罪を認め、修道院へ行く準備をしろ!」

「嫉妬……? 私が、殿下を巡って彼女に嫉妬を?」

私は思わず、本日一番の大きなため息をついた。

「殿下。私は殿下よりも、毎朝届く新鮮なネーブルオレンジの方が愛おしいと思っております。殿下の髪の色も、どちらかと言えばレモンというより、煮込みすぎて炭化したキャラメルのようですわね。最近、少し毛量も寂しくなっておいでですし」

「き、貴様ぁぁぁ!! 私の髪の話をするな!!」

王子のコンプレックスを突いた私に、周囲の貴族たちからクスクスと忍び笑いが漏れる。
もはや会場の空気は、断罪劇から喜劇へと変わりつつあった。

「いいでしょう。婚約破棄、喜んでお受けいたしますわ。そもそも、王宮の厨房は規則が厳しくて、大きな銅鍋を持ち込むのにも苦労していましたの。自由の身になれるなら、これ幸いです」

「ふん、強がりを! 今さら泣いて謝っても遅いからな!」

「泣く暇があるならオレンジを剥きますわ。あ、それから殿下。これまでの婚約維持費および、私が殿下の健康のためにと献上した特製ジャム代、三年間分。きっちり計算して後日請求書を送りつけますので、お覚悟を」

「ジャム代だと!? そんなもの、知るか!」

「オレンジの恨みは、オレンジでしか晴らせませんのよ」

私は優雅に一礼すると、踵を返した。
広間の出口へ向かう足取りは、羽が生えたように軽い。

「あ、そうだわ」

私は立ち止まり、振り返ってシュガー様に微笑みかけた。

「シュガー様、そのドレスのシミ。レモン果汁を垂らして叩けば少しは薄くなりますわ。……まあ、性格のシミまでは落ちないでしょうけれど。お幸せに!」

「なっ……! あ、あの女……っ!」

シュガー様の金切り声と、レモン殿下の怒鳴り声を背中で受けながら、私は大広間を後にした。

外に出ると、夜風が火照った頬に心地よい。
今夜の月は、まるで完熟したオレンジのような、見事な橙色をしていた。

「さて、まずは厨房へ寄って、私のジャムを回収しなくては」

私はドレスの裾をまくり上げ、王宮の裏手にある厨房へと走り出した。
婚約破棄されたばかりの令嬢とは思えないほど、私の心は次のジャム作りのことでいっぱいだった。

しかし、この時の私はまだ知らなかった。
厨房の陰で、一人の男が私の様子をじっと見つめていたことを。

そしてその男、隣国の公爵であるアールグレイ様が、実はとんでもない「重度の甘党」であるということも。

私の、波乱に満ちた(そして柑橘の香りに包まれた)新しい人生が、今幕を開けたのである。
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