Great Factory シーズン1

まなびー

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新米厩舎とトップジョッキー

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「うーん、相変わらず真向かいの厩舎は騒動が絶えませんなあ……」



 180センチ以上の背丈とガッチリ体系の男が困惑した表情でつぶやく。



「どうせまたあのチンピラ絡みやろ?まったくどうにかならんものかなぁ。小倉橋さんもあんなのの元でよく顔色変えずに働けるものや」



 年齢は40代半ばくらいの厩務員が眉間にシワを寄せた表情でブツブツと愚痴をこぼす。



 この大柄な男性の名は本岡優伊知もとおかゆういち・35歳。開業して2年目の新米厩舎の調教師である。元々は獣医だったが数年前から調教師という職業に魅力を感じで3回目の調教師試験でようやく合格して馬房を持ったのである。調教師試験はとても難関な試験でだいたい合格するのは騎手として実績を残した者、厩務員または調教助手から受験した者がほとんどで、一般の人からの合格者は10回受験しても殆ど出ないのが普通である。それを3回で合格できたのは、唯一の競馬関係者のツテである岡西が他の現役の調教師に本岡のために傾向と対策を営業の合間に聞きまわったおかげでもある。現在は10馬房で7頭の競走馬を管理している。

 また愚痴をこぼしてる男性は大西厩務員で、本岡厩舎スタッフの中では最年長の45歳で腹心的存在。高血圧の持病持ちで押切みたいに怒鳴れない本岡に変わってお節介役をするのが彼である。元々は会社員をしていたが、自分が勤めていた会社の景気が悪くなり始めた頃に早期退職して競馬学校厩務員過程を履修終了して現在に至る。



「いや~、また真向かいの厩舎やりおったでぇ。今度はトラックCコースで3頭放馬や~!」



大笑いしながら一人の厩務員が入ってきた。



「西岡、笑い事じゃないんだぞ! ウチの競走馬やスタッフが巻き込まれたらどうなると思ってるんだ?」



大西は仏頂面の表情で西岡という厩務員を一喝した。



「まあまあ大西さんそんなに青筋立てなくても大丈夫でっせ。ウチのタンヤオトリオが調教中の馬はDコースで3頭併せ、姐さんの馬は坂路を単走で走ってましたので巻き込まれることはお天道様が西から上って東に沈んでもありませんで。あんま根詰めてると憤死しまっせ」

「誰が憤死だ馬鹿者!」

「わ~、くわばらくわばら……」



 西岡は逃げるように馬房のほうに走って行った。この西岡厩務員は本岡と同じ歳でスタッフの中ではムードメーカー的存在。お調子者のため時より口を滑らせてしょうもないトラブルを起こすときあるが仕事自体は要領よくこなす厩務員である。



 西岡と入れ替わるようにまた一人の厩務員が入ってきた。



「なんか慌てて西岡さんが飛び出していったんですけど……」

「ああ、西田か。西岡の奴がいらんことばっかり言いおるから……」

「いつものパターンですね」



西田は大西の一言で大西&西岡のやりくり漫才を即座に察知した。



 この西田厩務員はスタッフの中では最も寡黙な性格で「晴れ男」の異名を持つ。例えばレース当日に雨予報が出るとして西田が世話している馬がレースの時はなぜか一時的に晴れて馬場が回復するという。ちなみに彼が今世話してる2頭の馬はいずれも不良馬場を苦手としてる競走馬で1頭は今週出走予定のサロメ号(牝2歳)ともう1頭は先週人気薄ながら3着に好走したハイパーポリス号(牡4歳)である。西田は本岡にサロメ号の最終追切の報告に来た。



「先生、サロメ号の最終追切ですけど3頭併せで古馬2頭に怯むことなく先着しました。前走みたいに決め手を欠くことはないと思います」

「うん、ご苦労さん」



本岡は好内容の追切に穏やかな表情でねぎらった。



 しばらくして調教助手の3人が帰ってきた。この調教助手3人の名はそれぞれ二宮・三宮・四宮という。さきほど西岡が言ってたタンヤオトリオとは彼らのことで苗字の漢数字部分の順列から麻雀の役のタンヤオ(1・9・字牌抜きの役)になぞらえて西岡に命名されたものである。

 続けて唯一の紅一点の菅野厩務員が戻ってきた。彼女は脅威のゴッドハンドを持つほどのくじ運の強さを持つ。例えばなんらかのイベントでの抽選の賞品は必ずといってもいいほど2等以上の賞品をゲットしてくるという。このくじ運の強さはレースの枠順決めの時も機能して常に絶好の枠を引っ張ってくる。菅野もさきほどの西田同様本岡に追切の報告に来た。



「先生、オンリーゴールド号は坂路強めで3ハロン40.2のタイムを記録しました。先生の指示した40.3を0.1秒早くゴールして絶好の気配になりました」

「おお、そうか。さすが岡西君だね。菅野さんもご苦労さん」

「あっ、岡西君は今洗面所で顔洗ってましたのですぐ来ると思います」

「うんうん」



 西田に続いて菅野からも絶好の追切の情報を聞いて本岡は目標に向けて手ごたえを感じていた。その目標というのは「厩務員全員に勝鞍」というものである。今のところ大西と西岡が2勝ずつしていて西田と菅野はまだ未勝利であった。西田の場合は2.3着が多く菅野は世話している競走馬が2歳牡馬のオンリーゴールドだけなのでレース数が全くなかったのである。



「ふう、本日の追切は終了」



そう言って一人の騎手が最後に入ってきた。



「岡西君、今日もありがとね」



本岡は岡西と呼ばれている騎手にねぎらいの言葉をかけた。



 この騎手の名は岡西摩那舞おかにしまなぶ・25歳で騎手8年目の美浦所属のフリーの騎手。すでに通算1000勝も達成していて今では関東屈指のトップジョッキーである。背丈は170弱と騎手の中でも背が高いほうで騎乗技術は逃げてよし追ってよしのトップクラスで特に飛びぬけてるのはレース中の斜行による騎乗停止がプロになってから一度もないところである。どんな騎手でも一度は最低でも過料などの制裁を受けたことはあるものだが岡西に関してはそれが全くないという。ちなみに現時点での彼のG1勝利数は4でうち障害G1が2つである。現在は障害免許は返上していて平場のみに騎乗している。

 岡西と本岡は本岡自身が調教師になる前からの付き合いがあり、本岡が調教師試験に3度目の正直で合格したときに岡西は大変喜んだ。本岡は一般からの合格のため競馬関係者との縁故というのが全くなく、唯一のツテは岡西だけであった。現在管理してる競走馬のほとんどは岡西の社交力でどうにか確保できたものである。今週は2頭が出走予定だがいずれも岡西が乗ることが決まっている。



「本岡先生、オンリーゴールドの追切が終わって気づいたことなんですけど、トラックCコースのほうがやけに騒がしかったんですけどなんかありました?」

「うん、真向かいの厩舎の競走馬3頭が追切中に落馬して放馬したらしいんだ」

「3頭もですか? そりゃまた物騒な……」

「まあ幸い怪我人は誰も出なかったからよかったみたいだよ」

「そうでしたか。確か真向かいの厩舎って押切厩舎でしたっけ?」

「そうそう、ちょっと変わった格好をした人だけどね」

「ちょっと今週日曜の阪神3レースの出走馬リスト見せてもらえます?」

「いいんだけどどうかしたのかな?」

「ちょっと気になる馬の噂を聞きまして……」



 岡西は本岡に渡されたリストを見て該当する馬を探した。そして一番下のほうにその馬名はあった。



「あった! 本岡先生、この馬です」



 岡西が指を差した先は押切厩舎所属のユーロステイテッドという名の競走馬だった。



「ユーロステイテッドかぁ。前々走・前走と1番人気ながらいずれも連対していない馬だね。まあこれだけ人気してて落としてるってことは距離が忙しいからじゃないかなあ? 今回はダートの1800だから注意しないといけないかもね。どうしてこの馬がそんなに気になるの?」

「はい、実は僕は一ヶ月前の未勝利戦で別の厩舎の馬に騎乗してこの馬と対戦したことがあったんですけど、その時のユーロステイテッドはパドックを見て明らかに他馬を圧倒していて馬体のバランスの良さ・踏み込み・毛ヅヤなどどれをとっても1番のデキだったんですよ。レースが始まってユーロは10馬身以上大逃げを打ってきてこの時点で僕は2.3着確保がやっとかなと思ってたんですよ。しかし残り200のところであっさり捕らえてしまって勝ってしまったんですよ。あれだけのデキの馬にあんなあっさり勝ってしまってその時からずっと気になってたんですよ」

「うーん、たぶんユーロの鞍上の乗り方に問題があったんじゃないかなあ?普通だったら勝ちパターンのはずだからねえ。まあ岡西君がいつも通りに騎乗して好結果さえ出せればわたしは満足だよ。いつも君にはお世話になってるし」

「いえいえ、僕はただ騎乗依頼を受けてたまたま結果を出してるだけですので……」



岡西は厩舎内の時計を見て用事に気づいた。



「あっ、すっかり話し込んでもうこんな時間だ。すいません、関東に帰らないといけませんのでこれで失礼します。レース当日にまた」

「ゆっくりしていけばいいんだけど岡西君もいろいろと忙しいみたいだね。ご苦労さん」

「ではまた」



 岡西は一礼して本岡厩舎を後にして行った。トップジョッキーになると平日は東西のトレセンを行き来することが日常になってくる。岡西が栗東から切り上げたのは翌日に美浦のほうで追いきりがあるからである。



岡西が去っていって本岡と大西は岡西について話していた。



「岡西君は騎乗に関しては抜け目がないんだが、完璧主義ゆえに一度なんらかの形で自論を崩壊されてしまった時の精神的ダメージが心配だ。もう少し楽な気持ちで挑んだらもっとG1勝てたかもしれないのに」



大西は淡々とした口調で岡西の心配事の内容を諭していた。



「うーん、まあそうですねえ。岡西君は平場のG1はまだ2勝しかしてないですけどそれでもG1以外でいろいろと記録は塗り替えてますからねえ。わたしが知ってる限りではまずルーキーイヤーに新記録の年間75勝をマークしてそのうち重賞勝ちが2つ。2000年には全10場重賞制覇と全障害重賞制覇を最年少記録で達成してます。継続中の記録として8年連続重賞勝ちというのもありますけどやっぱり岡西君自身の気持ちとしてG1勝ちが欲しいゆえにより究極を極めようといろんな面で勝負の鬼になってるんだと思います」



本岡は岡西についての推論を展開した。



「ふむ、まずは岡西君がさっき言って例のチンピラ厩舎の有力馬の謎解きができれば少しは彼も気分はスッキリするんではないだろうか?」



大西は本岡の理論もふまえてこのように結論付けた。



「そうですね」



話も一段落ついた時に馬房のほうにいた西岡が笑い転げて戻ってきた。



「わ~ははは、いや~超オモロいですわ~! 真向かいの厩舎の所属騎手がSP二人に拉致されて蒸し風呂に放り込まれてましたわ~! トレセン内にSPがおるって前代未聞ですわ~! でもやっぱりあの騎手の恐怖にひきつった表情がインパクト強すぎて笑いが止まりませんわ~!」



西岡が言ってる騎手とは前章で出てきたちゅんのことである。唐突なイベントに他のスタッフは唖然としていた。



「なあ、先生。西岡の爪の垢を煎じたのを岡西君に飲ませてはどうだろうか? そしたら岡西君も少しは柔軟になるんでは?」



大西は本岡にこっそり提案してきた。



「うーん、どうなんでしょう……」



本岡は大西の提案に困惑していた。



「たぶん岡西君飲まないと思いますよ。彼、かなりの美食家ですし……」



最後にツッコんできたのは菅野だった。





 個性派揃いの本岡厩舎の人達は常に雰囲気もよく目標に向けてコツコツと進んでいる厩舎であった。次章ではいよいよ真向かい同士の押切&本岡厩舎がレースで激突。













 登場人物コラム(本岡厩舎スタッフ一覧)



調教師  本岡

厩務員  大西・西岡・西田・菅野

調教助手 二宮・三宮・四宮



主戦騎手 岡西





 この章で出てくる登場人物は苗字に同じ漢字が被ってる人が多く混乱しやすいということで後書きを加えました。一覧から見て「岡」の漢字がついてる人が3人、「西」の漢字がついてる人が4人、「宮」の漢字がついてる人が3人で、唯一どれにも当てはまらないのが菅野厩務員だけというふうになってます。特に「岡西騎手」と「西岡厩務員」は漢字の位置が反対ということでわかりにくくなると思います。この先、本岡厩舎絡みの内容の話の時は上の一覧を参照しながら本文を読んでいくと便利だと思います。
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