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第二章 Dance in the dark -闇のサーカス-
第8話 Gimlet
しおりを挟むそこは深い深い森の奥。
神出鬼没の一夜だけの秘密のサーカス。
さぁさぁ、寄っておいでよ。
覗いてご覧よ。
世にも奇妙な双頭の動物、4本足の少女、小人のような男が見られるのはここだけだよ。
さぁさぁ寄っておいで。
鏡張りの部屋で、ひたり、ひたりと滴り落ちる血液に、彼は自らの死を悟る。
「くそっ……、こんなやつ、……に……」
それが彼の最期の言葉だった。
「ふふふっ、少しは楽しめた。」
「だけどまだ足りない。」
彼の血液を指に絡め取ると、新聞の記事に載る男の写真を塗り潰した。
その指先は、忌々しげに、愛おしげに。
「次はお前だ。」
「そうだ、こいつがいい。」
さぁさぁ、寄っておいで。
覗いてご覧。
「サーカスの開幕だ。」
エルリア帝国軍の軍部。
主不在のヤマトの執務室には、レックスとフライ、そして一人の少年がいた。
「ほーら、レックスとフライー。」
2匹の目の前でボールをチラつかせる彼の名前はリヒト。
緩くウェーブがかった黒髪に、エメラルドグリーン色の大きな瞳。その表情にはまだあどけなさが残っている。
それもそのはず。
リヒトは今年、士官学校を卒業したばかりの15歳で、特別武装治安維持部隊に配属されたヤマトの部下だ。
そんな彼は今、2匹の気を引こうと躍起になっているが、当のレックスとフライは片目をちらっと開けてリヒトを一瞥しただけで、興味なさげに再び眠り始めた。
「むぅー、なんだよお前らー。いい加減に慣れろよなー?!」
「なんだ?また遊ばれてるのか?」
部屋に戻ってきたヤマトがリヒトを横目に捉える。
「隊長!レックスとフライ、全然オレに懐いてくれないっす!」
「お前の事は嫌いじゃないと思うぞ。警戒されてないからな。ただ単に馬鹿にされてるんじゃないか?」
「ええっ?!……そうなのか?こいつぅ……」
と言いながらレックスの体を揺さぶるも、「噛まれるぞ」と言われると「うっ」と手を引っ込めた。
ヤマトは執務机の椅子に腰掛けると、珍しく深いため息を吐いた。
「明日、少し留守にするから任せたぞ。」
「どっか行くんっすか?」
「急に葬儀に出なければいけなくなった。」
そう言いながら、手に持っていた新聞を机の上に軽く叩きつけた。リヒトが寄ってきて見出しを声に出して読み上げる。
「『アークレーの軍人、五人殺害』。……何なんっすか、これ……。」
リヒトが珍しく真剣な表情でヤマトを見上げる。その声色にはやり場のない怒りが込められている。
「詳細は分からん。私もさっき会議で聞いたくらいだ。三流記事では五人が殺しあったんじゃないかとも言われている……。馬鹿馬鹿しい。」
そう吐き捨てるように言うと、眼鏡の奥の瞳を神経質そうに閉じた。
「この事件と隊長に何の関係が?」
「死んだやつの1人が私の同期だ。気の毒だな。まだ結婚したばかりだったのに。」
「……。」
リヒトに背を向けて窓の外を見つめた。
あんなに青々としていた中庭の木の葉は、いつのまにか褐色に変色してしまったようだ。葉を揺らす少し冷たい風は、その先に確実に訪れる冬の気配を感じさせた。
南の都市、アークレーには帝都エルリアから連絡船を使えば一時間ほどで着く。帝都ほどではないが栄えているアークレーの街は、比較的治安も良く、何か大きな事件が起こること自体が非常に稀であると聞く。そんな街で軍人が5人も殺されたとなっては、市民の混乱は必至だろう。
船での道中、ヤマトは彼のことを思い出していた。
アルフレッド・デイヴィス。
士官学校の同期だった彼は、当時から体格のよさに似合わず気の優しい男だった。運動神経は抜群だったが、座学はからっきしで、よくヤマトを頼ってきては「お前は教え方が上手いから、士官学校の教官になれよ」と言われたものだ。
卒業後、彼がアークレーに配属されてからは会うのは年に数回程度だったが、何年経ってもあの人懐っこい笑顔は変わることはなかった。
だが、それももう。
アークレーの街に降り立つと、やはり事件の影響なのだろうか、ぴりりとした緊張感を僅かに肌で感じ取った。
その証拠に、やたらと住民の湿っぽい目線が刺さる。同僚の軍人の葬儀には軍服で参列するのが礼儀なのだが、同じ帝国軍とは言え、アークレーの軍人の軍服とはデザインが異なっているので、この街の人にとって見慣れないのは確かだ。
だがそのことを差し引いても、まるで何か災厄でも運んできたかのような目線で見られるのは気分の良いものではない。
そんな視線を避けるように、ヤマトは式典か葬儀くらいにしか着用しない制帽を目深に被り、街の外れの教会まで来た。
葬儀はいつ来ても慣れないものだ。
死と生の隣り合った雰囲気がどうしても好きになれない。いや、好きな者などいないだろうが。
軍人である以上、任務で死ぬことなんて百も承知だ。それは彼だって例外じゃなかっただろう。
自分もいつそうなってもおかしくないと毎日思っている。
だがやはり、同期の死を目の辺りにして無感情でいられるほど感覚が麻痺していないと自負している。
「気の毒になぁ。しかも犯人は分かってないんだろ?」
「あぁ。何でも酷い拷問を受けたような跡があったらしい……。」
「まるで見せしめだな。軍になんか恨みでもあったのかねぇ。怖い怖い……。」
後ろからそんなような会話が聞こえてきてじろりと振り返ると、男たちはばつが悪そうに目を伏せた。
棺の中の亡骸に花を手向ける瞬間、彼の顔を見たが、穏やかな顔をしていた。席に戻る際、一人残された妻はヤマトと目が合うと深く会釈したが、掛ける言葉が見当たらない。何を言っても、気休めにもならないだろう。
墓地で棺が土中に収められる際には、それまで気丈に振る舞っていた妻が急に泣き崩れ、周囲の人に支えられて立っているのもやっとの状態になった。
その瞬間、突然フラッシュバックした。
白い花
土の匂い
残された者たちの涙
あの時と同じだ
誰一人として自分を責めなかった。
「なんで……」
お前のせいだと責められた方が、どれほど楽だっただろうか。
「……僕が死ねばよかったんだ」
ぐらりと視界が揺らぐ。
「っ……」
ヤマトはよろめきながら参列者の集団から離れる。
墓地に植えられた樹木に左手をついて息を整えていると、背後から「大丈夫ですか?」と声をかけられた。振り返ると、アルフレッドの部下だろうか、軍服姿の若い男が一瞬驚いたような表情を見せた。
よほど酷い顔をしているようだな、と自嘲する。
「顔色が優れませんよ?どこか、休めるところにお連れしましょうか?」
「いや結構だ……。ありがとう。奥様に、くれぐれもお身体に気をつけてと伝えておいてくれ……。」
ヤマトはその足で、海路で帝都へと帰ってきた。
その頃には、辺りはすっかり暗くなっていて、街は帝都の夜特有の猥雑な雰囲気に飲み込まれていた。
そしてなぜか、一番初めに寄ったのが、軍部でも自分の家でもなく、アヤメのもとだった。
「こんばんわ。」
そう微笑んで迎えてくれたアヤメを見て、思わず抱きしめてしまった。
「ヤマト様……?どうかされましたか?」
「いや……。なんでもないんだ。少しこのままにさせてくれ。」
アヤメは「ん……。」と短く返事をすると、ヤマトの背中に手を回す。
アヤメにとってその背中は、なぜかいつもより弱々しく感じられた。
「ねぇ、アヤメちゃん……って、あら?来てたの?このボウヤ。」
部屋を訪れてきたエリザが目にした光景は、ベッドの上でアヤメの膝に頭を乗せて眠るヤマトの姿だった。
軍服姿のままで寝息を立てている。
「呆れた……。ただ眠りに来たとはね。ちょっとボウヤ、ここをどこだと思ってるの?」
「ふふ。でも、悪い気はしないんです。」
「なに母性本能くすぐられてるの?でもこの子、寝顔だけは可愛いわね。ずっと黙ってたらいいのに。」
「ヤマト様は結構、可愛い人ですよ?」
それを聞いたエリザが「え?」と一瞬固まったが、同意を得られないことに不思議そうな顔をしているあたり、本気でそう思っているようだ。
「……ま、甘えさせてあげなさい。」
エリザはそう言い残して部屋を出て行った。
どうしてあの人は死んで、自分は生きているのだろう。
その思いが、いつまで経っても消えない。
薄っすらと目を開く。
「……お目覚めですか?」
耳触りの良い、透明感のあるアヤメの声。
「……。」
眠っていたのか。
赤い瞳が見下ろしている。
眼鏡を外された近視眼の中で見るそれは、まるで柘榴の果肉のよう。
「お前は不思議な女だな。あのレックスとフライが懐くのも分かる気がする。」
「えっと……?」
言葉の意味を理解しようとして、アヤメが2、3度瞬きをする。
「私は、薬がないと眠れないんだ。16の頃から、ずっと。この国に戻ってきてからだ。」
アヤメが少しだけ目を見開いた。
あの時のマクシミリアンの言葉と繋がる。
ヤマトは、決して表には出ない10年前の争乱の、たった2人の生き残りの1人だと聞いた。
それは、それだけ仲間の死を目の当たりにしたということ。
その出来事が今でも彼を苦しめ、眠れないほど病んでしまったのだろうか。
あの夜、自分を命懸けで助けてくれたヤマトは、目の前で誰かを殺させないことに必死だった。
人一倍、誰の死も望んでいない一方で、人を殺すことを何とも思わない自分に矛盾を感じている。
「自分は頭のおかしいただの人殺しだ。」
それはヤマトがかつて呟いた言葉。
この人は、正気と狂気の狭間で、揺れ動いている。
何か、脆くて壊れやすいものに触れているような気がして、指が震えたが、ヤマトの表情は穏やかに見えた。
「だけど、今日は久々に薬がなくても眠れた。お前が側にいると、なぜか落ち着く。」
「……。」
何があったのかは知らないが、今日のヤマトは明らかに様子がおかしかった。
だが、何があったかなんて、聞いてもきっと答えてくれないだろう。
それは、過去の出来事でさえも。
おそらく彼は、そういう男だ。
自分はただの娼婦だ。
ヤマトのために自分ができることなんて、それほどない。何か「してあげよう」なんて、おこがましくもなれない。
だからただ、
「ヤマト様が望んでくれるなら、私はいつでも側にいさせて頂きますよ。」
それだけ。
「……あぁ。そうしてくれ」
ヤマトが再び瞼を閉じた。
その瞼に、そっと唇を落とす。
「おやすみなさい。」
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