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第二章 Dance in the dark -闇のサーカス-
第16話 Scarlet bouquet
しおりを挟むその男は、一目でブランド物とわかる高そうなスーツを身に纏っていた。
やたらと品の良さそうな男だが、それとはやや不釣り合いな煙草の匂い。
年齢は40代半ばといったところか。
肌や目元にはさすがに加齢の色が見えはじめていたが、それでも同年代のそれに比べるとはるかに保たれているほうだし、今でも十分に美男に分類されるだろう。
エルリア警察署の取調室に一人で入ってきたマクシミリアンが、スーツの上着のボタンを一つ外し、椅子を引いて席につく。
その瞬間、なぜか肌がぞわっと粟立つのを感じた。
無言で、ただじっと目を見つめられているだけなのに、心臓を鷲掴みにされているようなこの感覚。
それは、動物的本能が優れていないと嗅ぎ分けられないだろう。
こいつは明らかに危険な男、人間の皮を被った「何か」だということ。
内に秘めた狂気を上手く隠して人間社会に溶け込んでいるだけの。
面白い、これが帝国軍の総帥か。
「あの神経質そうな眼鏡が、オレをアンタのとこに連れて行ってくれるってお話だったが……、総帥閣下自らがお出ましとは光栄だねぇ。オレを拷問でもしにきたのか?」
「あいにく私はそこまで悪趣味ではない。さて、君が軍人殺しに関わった本人で間違いないのか?」
いかにも女好きのする顔、そして刺のない柔和な話し方は、軍人というよりかは人を食い物にする女衒のようで、生理的嫌悪感を覚える。
寒気がしたのはそのせいなのか、否か。
「ところで、君は母親がいるか?」
「なんだって?」
直前の会話を無視したかのような質問に、大袈裟に耳を手に当てる仕草をして聞き返す。
「……いや、いないだろうな。君からは、その歳になっても成人男性に対する激しい憎悪と恐怖の色が滲み出ている。私と同じ空間にいることすら苦痛だろう?幼少期から男から身体的にも性的にも虐待を受けて育ってきたからだ。それはつまり、普通なら庇護してくれるはずの母親がいなかったことが容易に想像できる。」
マクシミリアンが細い指を顎の下で組む。
「ディートリッヒ政権の落胤か。」
「……。」
約25年前。
当時、エルリア第一政党最高指導者のディートリッヒ・エルメ。
独裁的で資本家を優遇した政策のせいで、労働者は奴隷のような扱いを受け、社会に大きな格差が広がった。
貧困の犠牲になったのは、女性たちであり、そして子供たちだった。
家も裕福でなく仕事もなく、身体を売るしかなくなった女性の中には、どこの男が父親か分からない子供を身篭っても養う能力がなく、生まれた子供は孤児院に入れられることになる。
だが、それはまだ比較的良い方だった。
中には大人たちの欲望の捌け口、性的に搾取されるために売られる子供たちもいたからだ。
被害者の子供たちは成長過程で、殺人や強盗、薬物摂取など犯罪に手を染める傾向にあり、社会問題となった。
そして『ディートリッヒ政権の落胤』と、ある種、偏見めいた呼ばれ方をすることとなる。
「私はディートリッヒが生み出した社会の歪みには心を痛めていてね。君が軍人7人も殺したのは到底許すことのできる事案ではないが、それらの事情を鑑みると、個人的には同情の余地はあると言える。君の境遇は君のせいではない。おかしかったのは、この世界のほうだ。」
一見、寄り添うような言葉。
だがなぜか、マクシミリアンはその言葉とは裏腹に、口元には薄ら笑いすら浮かべていた。
そこから透けて見えるのは、あからさまな軽蔑の色。
その醜悪な思いを、隠そうともしていない。
「……何言ってんだ?お前は人間を人間とも思わねぇクズだろ。」
マクシミリアンは、否定とも肯定とも取れないような笑みを静かに浮かべるだけだった。
窓からの月の光が、マクシミリアンの姿を黒く曇らせる。
そうだ。
この男は獣だ。
闇に生まれ、闇に生き、人間を狩る獣。
「ところで、ヤマトとはどんな話を?」
「アイツに会いたくてお仲間7人を殺してやったと話した。白うさぎみたいなカワイコちゃんの話をしたら、血相変えて出て行ったぜ。」
「ほう?ヤマトが?」
「あんな情緒不安定な部下を飼ってて不安じゃねぇのか?アンタ、なんとなく恨まれてそうな感じがするから気をつけた方がいいぜ。」
「そうだろうね。だが私はヤマトに殺されるなら本望だよ。」
「はぁ……?気色悪ぃぜ、アンタ。」
呆れていると、意外な言葉が出てきた。
「ヤマトを殺してみたいか?」
ピエロはテーブルに乗せていた足を下ろし、目を細めた。
「……アンタ、さっきから何考えてんだ?」
生来待ち合わせた病質みたいなものだ。
問いただしたところで、他人に理解などできるはずがない。
「君が望むなら、手引きしてやろう。」
それは自分ですら持て余してる感情なのかもしれないのだから。
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