【完結】冷酷な王太子は私にだけ甘すぎる

22時完結

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仮の婚約者のはずなのに

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華麗な大理石の廊下を歩むと、私の心は複雑な思いで満たされていた。朝の柔らかな光が窓辺に描かれた金色の模様とともに、王宮内の静謐な空気に溶け込み、あたかも過ぎ去りし時代の栄光と悲哀を同時に語っているかのようだった。私はこの豪奢な城の中で、誇り高き王家の血を引く者として生きる運命と、常に伴う孤独や重圧を、日々かすかに感じながらも、ただひたすらに前に進むしかなかった。

私の名はリリアナ。かつては平凡な庶民の娘であったが、運命のいたずらによって、今では冷酷な王太子レオンハルトとの婚約者として、その一角を担わされている。だが、この婚約は決して真実の愛に基づくものではなく、あくまで“仮”のもの。もし本命の婚約者が現れれば、私の運命は容易く打ち消されるはずだった。しかし、誰が予想しただろうか。あの冷徹な評判を持つ王太子が、私にだけは計り知れぬほどの優しさを注ぐのだと――

王宮の庭園に佇むと、青々と茂る樹々や整然と配置された花壇が、静かなる美しさを誇示していた。ところが、その美の背後には、常に厳格な掟と重圧が横たわる。そんな中、昨日の晩餐会で耳にしたあの言葉が、今なお私の胸に深く突き刺さっている。「リリアナ、お前は私のものだ。誰にも渡さない。」
 
その言葉は、王太子レオンハルトが私に向けた、普段は決して口にしないはずの、情熱と決意のこもった宣言であった。宴の席で、厳粛な儀礼と華やかな笑顔に包まれた中、彼は一際異彩を放つ存在として立ち、低く力強い声でこう告げたのだ。「リリアナ、お前が望むなら、王位すら捨ててやる。」その瞬間、会場の空気は凍りつき、私の心は激しく鼓動し、暖かい血潮が全身を駆け巡った。だが、同時に胸中に芽生えたのは、私が“仮の婚約者”に過ぎないという現実への苛立ちであった。

私は幼い頃、自由に森を駆け回り、仲間たちと笑い合った記憶を、ふと蘇らせる。あの頃は、心に重い宿命などなく、ただ自分自身でいられた。しかし、王宮に足を踏み入れてからは、常に誰かの目線が私を捉え、私の存在は決して自由ではなかった。冷酷な評判の王太子レオンハルト――その彼は、国中の者が畏敬する存在であり、敵国の使者さえも震え上がらせるほどの威厳を誇っていた。しかし、私と二人きりになると、彼の表情は柔らかく、そして、誰にも見せたことのない温かさに満ちていたのだ。

昨夜、王宮の大広間で行われた晩餐会では、壮麗なシャンデリアの煌めきの中、王太子はまるで舞踏会の主役のように堂々と振る舞い、私に対してもひと際優雅な態度を示した。彼の一挙手一投足は、冷徹な顔立ちの陰に隠された孤独や苦悩を、わずかにだけでもさらけ出しているかのようで、私はそのギャップに胸を打たれた。彼の一言一言、特に「お前の笑顔を見ると、全ての苦しみが消えていくようだ」という囁きは、私にとっては救いでありながら、同時に逃れられない運命の重みをも感じさせた。

その晩、帰路につく途中、私は城の回廊を一人歩きながら、自分自身の心と向き合った。果たして私がこの“仮の婚約者”として、王家の策略の駒に過ぎない存在であるならば、どうして彼は私にだけこれほどまでの愛情を注ぐのだろうか。もしかすると、彼自身もまた、王位という重責と孤独に苦しみ、その冷徹な仮面の裏に、ひそかに温かな情熱を秘めているのではないかと、思わずにはいられなかった。だが、それを認めることは、私にとってはあまりにも恐ろしい現実であった。

翌朝、王宮の厳粛な朝日に包まれながら、私は自室の窓辺に立ち、昨夜の出来事を反芻していた。柔らかな光が差し込むその瞬間、心の奥で再び、王太子レオンハルトの言葉が囁く。「お前は私のものだ。永遠に、誰にも渡さない。」その響きは、私の胸に温かな火を灯すと同時に、逃れがたい運命の鎖を感じさせた。私は、自分が本当に彼の愛を受け入れるべき存在なのか、それともただの一時の幻影に過ぎないのか、果たしてどちらなのか、答えを見いだすことができなかった。

日中、王宮での公式な会議が催され、厳粛な儀式が進む中、私はひそかに控えの部屋へと呼ばれた。そこには、普段の冷酷な表情とは裏腹に、私だけに見せる穏やかな眼差しのレオンハルトが待っていた。「リリアナ、今日は私と共に城内を巡る。王家の儀式を見届けるのだ」と、彼は低い声で告げた。その声には、重々しさの中にも温かさが宿っており、私の中に微かな安心感を与えてくれた。

城内を巡るその日、私たちは代々続く王家の歴史を物語る数々の部屋や回廊を訪れた。大広間の壁に掛けられたタペストリーには、先代の偉業や栄光が丹念に描かれ、その一つ一つが、かつてこの城で生きた人々の思い出と哀愁を今に伝えているかのようだった。レオンハルトは、各部屋の由来や歴史を淡々と語りながらも、ふと私の方へと微笑みかけ、まるで幼い頃の懐かしい記憶を共有するかのような、温かい眼差しを向けた。「ここは、私が幼少期に過ごした場所だ。お前にも、この場所が持つ温もりを感じてほしい」と、彼は静かに語った。その瞬間、私の心は、彼がいかに孤独な中で生き、また、どれほどの苦悩と戦ってきたのかを感じ取り、同時にその深い孤独に共感せずにはいられなかった。

昼下がり、城の中庭に出ると、風に揺れる花々の香りがふわりと漂い、まるで過ぎ去りし日々の安らぎを伝えるかのようであった。しかし、私の心の中は、昨日の晩餐会の一コマや、レオンハルトの優しい言葉でいっぱいで、同時に未来への不安が渦巻いていた。彼の冷酷な評判とは裏腹に、私にだけは見せるその温もりは、まるで氷の上に咲く一輪の花のように、儚くも美しい。だが、その美しさは、私がただの“仮の婚約者”として扱われる現実を、いっそう際立たせるものでもあった。

夕暮れが訪れる頃、城内の一室で、レオンハルトと私は再びひとときの静かな時間を共有した。暖炉の前に腰掛ける彼の横顔は、日中の厳格さを忘れ、柔らかな光に照らされると、どこか人間味あふれる優しさを漂わせていた。彼は、しばらくの沈黙の後、ゆっくりと私の手に触れ、低く囁いた。「リリアナ、お前の存在が、私にとっての唯一の救いだ。たとえこの世界が冷酷であろうとも、お前だけは私の心を温める光となる」その言葉は、私の内面に静かなる希望を呼び起こすと同時に、運命の重さを改めて感じさせた。

夜が深まる頃、私は自室に戻り、窓から差し込む月明かりを背に、過ぎ去りし日々とこれからの未来に思いを馳せた。暖かな光と冷たい影が交錯する中で、王太子の言葉――「お前は私のものだ。永遠に、誰にも渡さない」――が、私の心に深く刻まれているのを感じた。眠りに落ちる前、私は何度も自分に問いかけた。「本当にこれが、私の選ばれし愛なのだろうか?」しかし、答えは夜の闇の中へと消え、ただ不安と期待が交じり合う感情だけが、胸中に静かに渦巻いていた。

その夜、ふと私は机に向かい、淡い月光の下で日記を綴り始めた。ペン先が紙面を走るたびに、王太子との出会い、彼の優しさ、そしてその裏に隠された孤独――すべてが静かに私の心に刻まれていく。彼の言葉一つ一つが、まるで蜜のように私の内面に染み込み、そして、いつしか逃れられぬ運命へと導くかのように感じられた。だが、同時に、その温かさは、私に未来への一縷の希望を与えてくれるのだと信じたくもあった。

ふと、遠い日の記憶が蘇る。幼い頃、無邪気に笑い合った仲間たちと過ごした日々、自由奔放な心で走り回った森の風景。それらは、今の私とはかけ離れた、遥か彼方の記憶のかけらに過ぎない。しかし、王宮に入ってからの日々は、誰にも知られることのない内なる苦悩と、密かに胸に灯る希望の炎を同時に育んでいた。たとえ私が“仮の婚約者”として扱われ、誰かの都合の良い駒であろうとも、心の奥底では、真実の愛を求める純粋な願いが燃え続けていたのだ。

その後、夜の帳が下り、城外の秘密の庭園へと足を運んだ私。月明かりに照らされた庭園は、昼間の煌びやかさとは異なり、どこか幻想的で、儚い美しさを湛えていた。ひっそりと咲く一輪の花、夜風に揺れる草木の音。それらは、過ぎ去りし時の儚さと、これから訪れる未来への不安を象徴しているかのようだった。私はその庭で、空高く輝く星々に向かい、心の中で密かに願いを託した。「どうか、この苦しい運命から私を解き放ち、真実の愛を見出すことができますように」と。けれども、空はただ静かに、そして淡く輝くだけで、その答えを告げることはなかった。

庭園を後にし、城内へと戻る道すがら、背後から忍び寄るかのような足音に、ふと身震いが走った。振り返ると、月光に照らされたレオンハルトの姿が、静かにこちらに向かってくるのが見えた。彼の歩みは確固たるものでありながら、どこか優しさに満ち、その眼差しは、私の内面を鋭く、しかし温かく見透かすかのようだった。
 
「リリアナ、こんなところで何をしている?」
 
その低く、しかし優しい問いかけに、私は一瞬言葉を失い、ただただ彼の顔を見つめた。瞬間、私の胸には、逃れられぬ運命への不安と、彼に対する抗いが交錯し、熱い感情が溢れ出しそうになった。だが、彼はすぐに微笑み、その瞳の奥に秘めた孤独と情熱を、静かに私に託すように見せた。
 
その後、王宮に戻ると、また日常の厳粛な儀式が始まった。公式の会議、重々しい議論、そして静かなる儀礼の数々。だが、私の胸中には昨日庭園で交わしたひとときの記憶が、あたかも心の奥に小さな灯火のように、消えることなく輝いていた。どんなに厳しい現実の中でも、レオンハルトの一言一言は、私の心に温かな余韻を残し、未来への希望と同時に、抗いがたい宿命の重さをも感じさせるのだった。

夜が更に深まる頃、私は再び静かな書斎に身を沈め、これからの未来への想いを綴るため、心の中にある様々な感情を、一言一言、紙面に刻んでいった。王太子の微笑み、彼の低く優しい声、そして、あの一瞬の温かな触れ合い。それらは、決して私の心から消え去ることはなく、むしろ、どんな闇夜も切り裂くかのような光となって、未来への道を照らしているように感じられた。たとえ、今はただ“仮”の婚約者として生きる運命であろうとも、私の中に宿る真実の愛への願いは、いつか必ず実を結ぶと信じたい――。
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