【完結】冷酷な王太子は私にだけ甘すぎる

22時完結

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逃げようとしたら捕まりました

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薄明かりの中、夜の帳が王宮を包み込む頃、リリアナの心はこれまで以上に重く、そして切実な自由への渇望に苛まれていた。日々、レオンハルト王太子の異様なまでの執着と、温かくも束縛する愛情の中で、彼女は次第に自分の心が囚われていくのを感じ始めていた。誰にも頼らず、自らの意志で未来を切り開く――そんな思いが、胸の奥底から静かに、しかし力強く湧き上がっていた。

その夜、王宮の隅にあるひっそりとした回廊で、リリアナは自室でひそかに集めた小さな荷物を前に、深い呼吸を繰り返していた。窓から差し込む月光が、淡い銀色の光となって床に模様を描き出す中、彼女の瞳は一瞬、自由という未知の未来に輝きを宿した。「私には、もっと違う人生があるはず…」そう自らを奮い立たせるように、彼女は小さな決意を胸に秘めたのだった。

これまで“仮の婚約者”として王宮で生きることを強いられ、レオンハルトの過剰な愛情に甘えながらも、その重荷に押し潰されそうになっていたリリアナ。しかし、夜の闇に紛れて、彼女は自分自身の内に眠る本当の望み―自由と自立―に目覚め始めていた。数々の日記に綴られた切実な想い、そして時折ふとこぼれる涙。それらはすべて、彼女が生きる上での重荷であると同時に、真実の自分を取り戻すための小さな光であった。

その夜、誰にも気づかれることなく、リリアナは静かに決意を実行に移すことを決めた。寝静まった宮殿の中、彼女は密かに通じる裏通路の存在を知っていた。王宮の奥深く、誰もが用心深く見守る主要な通路からは外れた、薄暗い廊下の先に、小さな出口が隠されているという噂があったのだ。胸中に秘めた決意を頼りに、彼女はその裏通路へと足を踏み入れるため、何度も心を整えた。

足音を潜ませるように、冷え切った石畳を一歩一歩進む。耳をすませば、遠くで囁く風の音と、時折通り過ぎる下働きの者たちの声が響く。しかし、彼女の心は次第に静寂に染まり、まるでこれが自らの運命を変えるための唯一の瞬間であるかのように感じられた。自由へと続くその道は、薄暗い闇の中に微かに光る希望の糸のようで、彼女の内面に秘めた孤独と戦うための力を与えていた。

リリアナは、慎重に鍵のかかった小部屋の扉を確認し、ほんのわずかな隙間から外の空気を感じ取ると、心を落ち着かせながら一歩を踏み出した。小さな袋に詰め込んだ衣服や日記、そして何よりも自分自身への願い。すべてがこの一歩にかかっていると彼女は強く感じた。だが、その瞬間、どこからともなく、足音が近づいてくる気配がした。

リリアナが扉の隙間から外の闇を見つめたその時、背後から低い足音が近づく。冷たい汗が頬を伝い、心臓が激しく鼓動する。逃げ出す最後の瞬間を夢見たかのように、彼女は一瞬、背後を振り返ろうとした。しかし、そこで待っていたのは――

「リリアナ、どこへ行くつもりだ?」

レオンハルト王太子の低くも鋭い声が、闇夜に響いた。その声は、まるで甘い毒のように彼女の耳に届き、冷静さを一瞬にして奪い去った。彼は、夜の闇の中から現れ、彼女の前に立っていた。月光がその厳しい顔立ちを照らし出し、普段の冷徹さと共に、どこか哀しげな光をも放っているのが見て取れた。

リリアナは、思わず後ずさりし、心の中で「自由になりたい」と叫んだ。しかし、彼の瞳はまるで炎のように、彼女一人を捉えて離さなかった。「逃げようとしても、私からは逃れられない」と、彼は静かに、しかし断固たる口調で言い放った。その一言は、彼女の心に重くのしかかり、逃亡への決意を一瞬にしてかき消してしまうかのようであった。

「なぜ…あなたは…?」と、リリアナは戸惑いと恐怖、そして抗いがたい悲哀を込めた声で問いかける。しかし、王太子の返答はすぐさま、彼女の全存在を自分のものとする宣言に変わる。「リリアナ、お前は私のものだ。どんなに遠くへ逃げようとも、必ず私が見つけ出してやる」と、彼は囁くように、しかし確固たる意志を感じさせる口調で続けた。

その瞬間、リリアナは自らの無力さと、王太子の執拗なまでの執着に改めて打ちのめされた。逃げ出すために必死で計画を練った自分が、すべて無意味であったかのような虚しさに襲われ、心は乱れ、涙が頬を伝い落ちた。冷たい夜風が、彼女の頬をなでるように吹き抜けるが、その温もりすら、彼女の心の痛みを和らげるには至らなかった。

その後、王太子はリリアナを自分の部屋へと連れ戻すため、腕にしっかりと抱えながら歩み出した。彼の足取りは確固たるものだった。廊下に映る影は、逃れられぬ運命の象徴のように、二人の姿を静かに追いかける。レオンハルトは、彼女の体に触れるたびに、まるで彼女が自分の存在そのものであるかのような強い執着を示し、優しさと所有欲が入り混じった複雑な表情を浮かべた。

「なぜ、こんなことを…」と、リリアナはかすかに震える声で呟いた。彼女の内面には、自由への憧れと、自らを守るための必死の抵抗があった。しかし、王太子の瞳に映るのは、ただ彼女を心から愛してやまないという深い情熱であり、その情熱は時に、彼女の自由を奪うための鎖のように重く、逃れられないものとして彼女を包み込んだ。

王太子は、リリアナを静かに見つめながら言った。「リリアナ、君は私にとって唯一無二の存在だ。逃げようとしても、私には到底届かない。君の心は、すでに私のものになっているのだから」その言葉は、ただの所有欲だけでなく、彼自身の孤独と苦悩、そして救いを求める叫びそのものであった。だが、リリアナにはその本質を受け入れることは到底できず、ただただ抵抗と悲哀が心に広がるばかりだった。

彼女は、無理やり振り払おうとするかのように、体を固く反らせた。しかし、レオンハルトは決してその手を離すことなく、むしろさらに強く彼女を抱きしめた。「逃げることはできない。君がどこへ行っても、私の想いは消えはしない」と、その低く熱い声は、リリアナの耳元でささやかれ、彼女の心に深い傷跡を残すように響いた。

王宮の一角、月明かりが差し込む静かな部屋の中で、リリアナは自分自身と向き合わざるを得なかった。逃亡の瞬間に感じた希望と、王太子の捕捉により一瞬にして打ち砕かれた自由への夢。彼女の心は、怒り、悲しみ、そして何よりも絶望の中で激しく揺れていた。しかし、その中には、ほんのわずかに残る自分を信じる小さな灯火もあった。
 
「私は…本当に、これでいいの?」と、涙を拭いながら呟くリリアナ。その問いに対する答えは、すぐには見つからなかった。彼女の内面は、王太子の愛と執着という激しい感情に翻弄されながらも、少しずつ自分自身の意志を取り戻そうとする戦いが始まっていた。今までは、ただレオンハルトの支配下で生きるしかないと思い込んでいたが、今回の逃亡の試みが、たとえ失敗に終わったとしても、自らの自由を求める決意の証であったのだ。

深い夜が更ける中、レオンハルトはリリアナを抱いたまま、彼女の苦悶する表情に目を伏せた。彼は、自分がどれほど彼女に依存しているか、そしてその愛情がいかに歪んでいるかを、痛感せずにはいられなかった。その胸中には、ただ彼女を独占したいという純粋な所有欲と、同時に自らの孤独を埋めるための切実な願いが交錯していた。
 
「リリアナ…君をこんなふうに苦しめたくはなかった」と、彼は低い声で呟いた。しかし、その言葉の裏には、逃れられぬ運命に抗う自分自身の無力さと、愛するがゆえの執着の強さが、まるで静かに滲み出しているようでもあった。

リリアナは、しばしの沈黙の後、かすかに震える声で答えた。「あなたの愛情が、私を包むと同時に、私の自由を奪っていく。逃げ出したいという思いは、今も心の奥でくすぶっているの。でも…私はもう、どうすればいいのかわからない」その言葉は、涙と共に部屋の静寂に溶け込み、二人の心に複雑な影を落とした。

その後、夜明け前のわずかな明かりが城内に差し込む頃、王太子は重い足取りでリリアナのもとを離れ、深い思索に沈んでいった。彼は、自分の中にある愛情のあり方を問い直しながらも、リリアナを手放すことなど決して許されないという、己の運命を再認識せざるを得なかった。リリアナもまた、胸に燻る自由への熱望と、彼に対する愛情との間で、どちらを選ぶべきか答えを見いだせずにいた。

夜明けが近づくにつれて、冷たい風が城壁を撫でる音が響き、静かに夜が明ける前の一瞬の静寂が訪れた。リリアナは、窓辺に佇みながら、昨夜の逃亡の試みとその結果に思いを馳せた。自由への渇望と、レオンハルトの執拗なまでの愛情という二つの対極が、彼女の心に深い影を落とし続けていた。
 
「私の未来は、どうなるのだろう…」と、静かに呟くその声は、夜の静寂と混ざり合い、未来への不安と希望が交錯する瞬間を物語っていた。たとえ今は、逃げ出すことすら叶わなかったとしても、彼女の心に宿る自由への小さな灯火は、決して消えることはなかった。
 
その朝、王宮の中は例によって厳かな儀式と日常の喧騒が戻ってきた。だが、昨夜の一件が、二人の間に新たな亀裂と共に、見えざる未来への問いを刻んでいることは明らかであった。レオンハルトは、いつもの冷徹さと共に、しかしその奥に潜む痛みを隠すように振る舞い、日常に戻らねばならなかった。一方、リリアナは、心の内で密かに自由への渇望を再び燃やし始め、いつかこの閉ざされた運命から抜け出すための力を蓄えていく決意を新たにしていた。

この夜、捕らえられた瞬間の苦悶と、逃げ出そうとしたその一瞬の輝きは、リリアナにとって忘れがたい記憶となり、同時に自らの未来への問いとして、心に深く刻まれた。たとえ王太子の愛情が、彼女を甘やかすように包み込みながらも、同時に彼女の自由を奪い続けるならば、彼女はいつの日か、真実の自分自身を取り戻すために立ち上がらねばならない――そう信じることが、唯一の希望であると。

夜明け前のわずかな静寂の中、リリアナは自らの内に眠る自由への願いと、レオンハルトへの複雑な感情を胸に、ゆっくりと涙を拭いながら心に誓った。「私には、自分自身で生きる権利がある。たとえこの愛が、苦しみであろうと、いつか必ず、私は自由になる」その決意は、夜の闇を切り裂くように、彼女の内面に静かなる光を灯し始めたのだった。

――そして、再び夜明けの光が差し込み、王宮の廊下を照らし出す頃、リリアナは自らの未来に対して新たな一歩を踏み出す覚悟を、心の奥深くで静かに育んでいた。レオンハルトの執着は、今も彼女を束縛し続けるが、その中に見えるわずかな隙間こそが、いつか自由を掴むための道しるべとなるかもしれない――そう、彼女は信じずにはいられなかった。

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