【完結】破滅フラグを回避したら、冷酷な公爵閣下が離してくれません

22時完結

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逃げたいのに、離れられない

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 夜も更け、月明かりが宮廷の石畳を淡く照らす頃、エリシアはひとり、静かな回廊を歩いていた。これまでの激しい感情の嵐と、クラウスとの深い語らいの日々が、彼女の心に刻み込まれた重い印となって残っている。冷たくも温かい、矛盾した愛の感情に押しつぶされそうになりながらも、エリシアは自らの意思で自由を求め、何度も逃げ出そうと試みた。しかし、どれほど心が叫んでも、彼の影はいつもそばに付きまとい、彼女の足取りを縛って離さなかった。

 その夜、エリシアは決意と恐れの狭間に立たされ、逃げ出すことを夢見ながらも、現実の中でその一歩を踏み出すことができずにいた。宮廷の中庭に広がる薄明かりの下、彼女は過ぎ去った日々を振り返る。かつては、婚約破棄という大胆な決断によって自らの運命を切り拓いた自信に満ちた令嬢であった。しかし、クラウスの執拗なまでの愛情と、独占的な思いが次第に彼女の心を捕らえ、逃れられない絆として絡み付いていたのだ。

 「私は、自由になりたかった…」
 エリシアは、自分自身に問いかけるように呟く。胸中に広がる孤独と、逃避したいという衝動。そのすべてが、かすかな震えとともに彼女の心に押し寄せる。だが、その一方で、クラウスの存在があまりにも身近で、逃れることができない運命の如く、彼女の歩みを阻んでいた。
 
 ふと、回廊の影から柔らかな足音が近づいてくる。エリシアは、背後に感じるその気配に気づき、振り返ると、そこにはいつものようにクラウスが佇んでいた。彼の表情は、厳しくもあり、どこか哀しみに満ちた眼差しを浮かべ、まるで「逃げたって無駄だ」と囁くかのようだった。
 
 「エリシア嬢、どこへ行かれるおつもりですか?」
 低く、しかし柔らかな声でクラウスが問いかける。その声は、まるで宿命の詩のように、エリシアの内面に響き渡る。
 
 彼女は一瞬、言葉を失い、胸が締め付けられるような感情に襲われた。逃げ出したいという衝動と、同時にその手から離れられない心の絆。エリシアは、ただ小さく息を吐くと、ゆっくりと答えた。
 
 「…ここから、離れたいと思うこともあります。でも、あなたがいる限り、どこへも行けないのです。」
 
 クラウスはその言葉に、一瞬目を細め、そして静かに微笑んだ。その微笑みは、厳しさと優しさ、そして独占欲が混じり合った複雑なものだった。
 
 「逃げることを望むその気持ちも、私には理解できます。しかし、エリシア嬢。私の愛は、あなたを見捨てたり、遠ざけたりするものではありません。むしろ、あなたがどんなに逃げ出そうとしても、私は必ず追いかけ、あなたの心を守り抜くのです。」
 
 クラウスの言葉は、夜風に乗ってエリシアの心に染み入り、彼女はその重みと温かさに、抗いがたいものを感じずにはいられなかった。だが、その一方で、彼女の中にはまだ自由への渇望がくすぶっていた。
 
 翌朝、エリシアは朝靄に包まれた宮廷の庭園で、一人静かに佇んでいた。昨夜の出来事が夢のように遠のいて見える中で、彼女は自らの内面と向き合う決意を新たにしようとしていた。薄明かりの中、庭園の薔薇や草花が、露に濡れた繊細な輝きを放つ。だが、その美しさとは裏腹に、エリシアの瞳には深い憂いと葛藤が宿っていた。
 
 「私は…本当に、逃げなければならないのだろうか」
 彼女は、心の奥底から湧き上がる叫びを感じながら、静かに呟く。過去の自分なら、誰にも頼らず、孤独な自由を貫くと決して妥協しなかった。しかし、今の彼女は、クラウスの温かな視線と、執拗な愛情に、どこか心が揺さぶられ、逃げることさえも意味を失いかけている。
 
 その時、庭園の片隅で、かすかな影が動くのを感じた。ふと振り返ると、そこには誰かの気配はなかった。だが、エリシアの心は、不意に「追われている」という感覚に襲われる。自らの足音が、静かな庭園にこだまする中で、彼女はかつて何度もこの宮廷を駆け抜けた記憶が蘇る。自由を手に入れたはずのその瞬間も、クラウスの存在は、あたかも宿命の鎖のように彼女の背後に常にあった。
 
 「逃げたい……でも、逃げたって結局、あなたの元へ戻ってしまうのね」
 エリシアは、独り言のように自らを責めるように呟いた。胸中で渦巻く感情は、孤独と愛情、自由と束縛という相反するものが激しく衝突し、彼女自身の意思すらも曖昧にしていった。
 
 その日の午後、宮廷では華やかな催しが続いていた。エリシアは、他の令嬢たちと笑顔で談笑し、誰もが羨む優雅な振る舞いを装おうと努力した。しかし、彼女の心はどこか浮き立ち、クラウスのことを考えずにはいられなかった。彼の独占欲は、まるで冷たい炎のように、彼女の自由への決意をじわじわと蝕んでいく。
 
 舞踏会が催される夜、宮廷の大広間は煌びやかな照明と音楽に包まれ、貴族たちの笑い声や談笑が絶えなかった。しかし、エリシアにとってその華やかな世界は、どこか虚しさと孤独を感じさせるものとなっていた。ドレスに身を包み、微笑みを絶やさずに歩む彼女の背中には、逃れたいという内心の叫びがひそかに隠されていた。
 
 舞踏会の最中、ふとした瞬間にエリシアは、会場の隅で一人座る自分に気づいた。そこには、彼女の目には映らないはずの空虚さがあった。彼女は、遠くのガラス越しに映る自らの姿をじっと見つめ、胸中で葛藤が渦巻くのを感じた。
 
 「こんなにも、私はあなたに縛られている……」
 心の中でそう呟くと、エリシアは突然、席を立ち、会場から逃げ出すかのように控え室へと走り出した。華やかな音楽や談笑の声を背に、彼女はただただ自由を求め、逃げ出そうとした。しかし、廊下の先には、既にクラウスが待っているかのような感覚が、彼女の全身を覆い尽くしていた。
 
 控え室の扉が開くと、そこには一瞬の静寂が広がった。エリシアは、震える手で扉を閉めようとするが、背後からの足音がそれを許さなかった。ドアがゆっくりと開き、クラウスが優しく、しかし断固たる口調で語りかける。
 
 「エリシア嬢、どれほど逃げようとも、私の愛は貴女から離れはしません。たとえ、貴女が自らの自由を求め、どんなに走り出そうとも、私には必ず貴女の足音が届くのです。」
 
 その言葉は、エリシアの心に深い衝撃を与えた。彼女は、思わず目に涙を浮かべながら、クラウスの前に立ち尽くす。彼の存在は、彼女の逃れたいという衝動を完全に無力化し、どんなに必死に抵抗しようとしても、彼の強烈な愛情の力が全てを飲み込んでしまうかのようであった。
 
 「どうして…どうして私は、こんなにもあなたに引き寄せられてしまうの……」
 エリシアは、かすかな声で問いかける。自分の中で繰り広げられる自由への憧れと、逃避できない束縛の狭間。その答えは、ただ一つ、クラウスの深い眼差しの中にあった。
 
 クラウスは、ゆっくりとエリシアの手を取り、彼女の震える指先に温かさを伝えるように語った。
 
 「エリシア嬢。貴女が感じるその逃げ出したいという想いも、私にとっては大切な一部です。しかし、私の愛は、貴女をただ監視するためのものではなく、貴女自身の全てを守り抜くためのものなのです。貴女の心の奥底にある弱さも、恐れも、私には愛おしいのです。」
 
 その言葉に、エリシアは心の奥で、抗い難い感情が渦巻くのを感じた。逃げたいのに、どこかで彼の愛情に包まれ、守られたいと願う自分があった。理性と情熱、自由と束縛という相反する思いが、彼女の内面で激しくぶつかり合い、そのすべてが涙となって頬を伝った。
 
 その夜、エリシアはクラウスと共に、宮廷の片隅にある静かな庭園へと向かった。月明かりに照らされた庭園は、冷たい露に濡れた花々が静かに揺れ、まるで彼女の心情を映し出すかのような、儚くも美しい風景を作り出していた。二人は並んで歩きながら、しばしの間、何も語らずにただ互いの存在を感じ合った。
 
 「逃げたいという気持ちは、私にもあります。しかし、同時に…あなたのそばにいたいという気持ちも捨てがたいのです。」
 エリシアは、ふと立ち止まり、クラウスの顔を見上げながら、静かに告げた。その瞳には、かつての冷徹な自分が遠のき、今はただ、複雑な愛情と切なさ、そして救いを求めるような輝きが宿っていた。
 
 クラウスは、そんな彼女を優しく抱き寄せ、低い声で応えた。
 
 「エリシア嬢。貴女の心の叫びは、私のすべてです。逃げ出したくなるその瞬間、どうか私に手を差し伸べてください。私たちは、一緒にこの運命に抗いながらも、必ず新たな道を見つけ出すことができると、私は信じています。」
 
 その約束のような言葉が、夜の静寂の中に溶け込み、エリシアの心に小さな希望の灯をともした。逃げたいと思う気持ちは、決して消え去ることなく彼女の内に生き続けるが、同時にクラウスの絶え間ない愛情が、彼女を再びその場所へ引き戻す。
 
 月が高く昇る中、二人はしばらく語らいながら、互いの存在の意味を確かめ合った。エリシアは、これまで自らの理想とした自由の姿と、現実の中で感じる温かい愛情の間で、複雑な心境に悩みながらも、やがてそのどちらもが自分にとって欠かせないものとなっていることに気づき始めた。
 
 「私には、逃げる勇気も、あなたにすがる弱さも、どちらも捨てることはできないのね…」
 エリシアは、涙を隠すように微笑みながら、自らの運命と向き合う覚悟を新たにした。自由と束縛、逃避と愛情の狭間に揺れる心。それは、彼女がこれまで歩んできた運命の軌跡そのものであり、そしてこれから先も、彼女自身が選び取るべき道なのだと。
 
 夜明けが近づく頃、エリシアはクラウスの腕の中で、静かに瞼を閉じた。逃げたいという衝動と、どうしても離れられない愛情。その両方が、彼女の中で混じり合い、一つの確かな未来へと向かうための力となると、彼女は初めて自覚した。
 
 ――逃げたいのに、離れられない。
 それは、彼女がこれまで守ろうと必死に抱いてきた自由が、今や別の形の絆として、彼女自身に宿っている現実そのものだった。
 
 朝日が昇り始める頃、エリシアはゆっくりとクラウスの手を握り返し、二人は新たな一歩を踏み出す決意を胸に抱いた。逃避することの難しさ、そして愛に生きることの苦しさと喜び。そのすべてを内包したまま、彼女はこれからも自らの運命に立ち向かう覚悟を決めたのであった。
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