【完結】地味令嬢を捨てた婚約者、なぜか国王陛下に執着されて困ります

甘やかされすぎて困る日々

    リディアの日常は、王宮での生活が次第に彼女の心と体に深く根付き、かつての孤独や不安とは異なる、新たな感情に満たされるようになっていた。朝の光が静かに王宮の大窓から差し込むと、彼女は窓辺に立ち、淡い光の中でゆっくりと息を整えた。かつては控えめで地味な令嬢として過ごしてきた日々が、今では陛下レオナードによって細やかに彩られ、彼女の一挙一動は、王宮中の誰もが注目する対象となっていた。陛下の訪問は日常となり、朝の挨拶から晩餐に至るまで、彼の存在はリディアにとって避けがたい現実となっていた。

陛下は、国王としての厳粛な顔を保ちながらも、リディアに対してはまるで恋人のような甘い言葉と、思いやりに溢れた仕草を惜しみなく見せた。王宮の回廊や広間、さらには彼女専用の居室にまで、陛下は細やかな配慮を施し、彼女の好みを熟知していた。たとえば、朝の散歩では、彼の使者とともに、ふとした瞬間に現れる陛下の笑顔に、リディアは胸の奥で温かな喜びを感じる一方、あまりにも過剰なまでの優しさに戸惑いを隠せない自分もいた。彼女は、かつては自分がひとりぼっちであったこと、そして婚約破棄によって深い傷を負った自分を思い返しながらも、その傷が癒されつつあることに、微かな安心感を覚えていた。

ある日、王宮で催された小規模な舞踏会において、リディアは再び陛下の甘い接近に包まれた。広間に響く音楽と共に、陛下はそっと彼女の手を取って踊り始めた。周囲の貴族たちの視線が集中する中、彼の熱い視線は他の誰にも向けられることなく、ただひとりのリディアに注がれていた。その時、リディアは、かつて自分が「捨てられた令嬢」として扱われた過去と、今、陛下の前でただ無条件に甘やかされる自分とのギャップに、内心で複雑な思いが交錯するのを感じた。彼女は、陛下の愛情の深さと、同時にその独占的なまでの執着に、時折息苦しささえ覚える瞬間があった。だが、その一方で、彼女はその愛情の中に、本物の温もりと守られている安心感を見出していた。

日々の生活は、あまりにも甘美で、陛下からの贈り物や、些細な気遣いの数々が、リディアにとっては夢のような現実を創り出していた。彼女が目覚めるたびに、陛下の詩情豊かな手紙が枕元に置かれ、夕刻には、彼の命じた美しい花々が並べられたテーブルが、まるで愛の饗宴を演出するかのように部屋を彩った。リディアはその度に、これまでの自分が経験した孤独と比べて、まるで別世界に迷い込んだかのような幸福感に包まれ、しかし同時に、その贅沢すぎるほどの愛情に、少しばかりの戸惑いを隠せなかった。

朝のひととき、王宮の庭園にて、露に濡れる花々が静かに咲き誇る中、陛下はわざわざ彼女のために特別な散歩道を用意していた。彼の柔らかな声が風に乗って聞こえ、リディアはその声に導かれるように、ゆっくりと歩みを進めた。彼女の足取りは軽やかでありながらも、内心では「こんなに私を大切にして良いのだろうか」と自問する瞬間もあった。陛下の細やかな心遣いは、誰かにとっては理想的な愛情表現であったが、リディアにとっては、これまで知らなかったほどの過剰なまでの溺愛であり、彼女の自立心とプライドが、時折そっと囁くかのような声に、内面で反発する部分もあった。しかし、彼女はその感情を押し殺し、ただただ陛下の温もりに包まれる日々に、次第に心を委ねていく自分を見出していた。

陛下は、リディアが心を閉ざさないようにと、絶えず彼女に寄り添い、時には自らの身をかがめて彼女の目線に合わせ、真摯な眼差しで「君は私にとって唯一無二の存在だ」と語りかけた。その言葉は、王宮のどこか堅苦しい空気を一変させ、彼女の心にやさしい風のように吹き込んだ。しかし、あまりにも一方的なまでの甘やかしは、リディアにとって、時として重荷にも感じられた。彼女は、陛下の愛情が深すぎるがゆえに、自由な時間や自分自身だけの瞬間がどこにもないことに、ささやかな寂しさを覚えるようになっていた。王宮という舞台は、華やかでありながらも、どこか閉塞感を漂わせ、彼女は自分が誰かの所有物となってしまったような、かすかな違和感に苛まれる瞬間もあった。

ある夕暮れ、リディアはひとり静かな回廊を歩いていた。月明かりに照らされた石畳を踏みしめながら、彼女はかつて自分が望んでいた「自由」と、今目の前に広がる陛下からの絶え間ない愛情との狭間で、複雑な感情が渦巻くのを感じた。胸の奥に渦巻く喜びと同時に、どこかで自分が無理に甘やかされすぎているのではないかという疑念が、静かに心の中で囁いていた。しかし、その疑念を振り払うかのように、ふと陛下が現れ、柔らかな微笑みとともに彼女の頬に手を添えた。「君がここにいるだけで、私の世界は完全になる。君を大切にすることは、私の誇りであり、使命だ」と、低く穏やかな声で語るその瞬間、リディアはすべての不安が一瞬にして溶けていくのを感じた。彼の言葉は、ただの所有欲を超えた、真実の愛情そのものであり、彼女自身が今まで知らなかった温かな安心感と信頼を与えてくれるものだった。

しかし、日々の生活が進む中で、リディアは自分自身が本当に望むものは何なのかを、内省する時間もまた増えていった。陛下の甘やかしは、確かに彼女にとっては計り知れないほどの慰めと幸福感をもたらしていたが、その一方で、自分自身の意思や、かつての自分が抱いていた控えめな誇りを、どこか失ってしまいそうな気がしてならなかった。夜の静寂の中、ひとりで過ごすひとときに、リディアはかすかに自問する。「これは本当に私が望む愛なのだろうか。愛されることの喜びと、守られることの安心感が、私にとってどれほど大切なのか」と。彼女は、陛下からの甘い言葉や手厚い配慮を受けながらも、ふとした瞬間に自分自身の存在意義を問い直すようになった。だが、そのたびに、陛下の温かい眼差しや、日常のあらゆる場面で示される深い情愛が、彼女を再び包み込み、まるで遠い記憶の中の幼き日の安心感のように、心に染み渡った。

ある日、王宮の広間で開かれた晩餐の席において、陛下はあえてリディアを常に側に置くよう指示し、彼女の席を中心に据えた。周囲の貴族たちは、その情熱的な行動にざわめきながらも、どこか羨望と驚嘆の眼差しを向けていた。リディアは、まるで舞台の主役であるかのように、陛下の絶え間ない愛情を背負いながらも、心の中では自分自身の未来や希望、そしてやや複雑な感情と向き合っていた。彼女は、自らの弱さと強さ、そしてこれから歩むべき道について、ひとり深い思索にふけることが多くなった。陛下は、そんな彼女の心の葛藤に気付き、密やかにその不安を和らげようと、時折穏やかな言葉を投げかける。「君がどんな決断をしようとも、私は君の味方だ」と。その言葉は、リディアにとっては心の奥底で確かな支えとなり、たとえ自分が甘やかされすぎていると感じても、決して孤独ではないという強い信頼感を与えた。

このような日々の中で、リディアは陛下の過剰なまでの甘やかしに対して、徐々に受容と抵抗が入り混じる複雑な感情を抱くようになった。彼女は、陛下の愛情に触れるたびに、過去の痛みや傷が癒されていくのを実感すると同時に、自分自身が本当に何を望んでいるのか、どのような生き方を選び取るべきなのかを静かに考えるようになった。王宮という閉ざされた世界の中で、彼女は自分という存在の価値と、陛下が与える無償の愛情の意味を、ひとりひとりの瞬間に噛み締めながら過ごしていた。

そして、夜も深まるある晩、リディアは大広間の窓際に佇み、遠くに広がる星空を眺めながら、心の中で小さな問いをつぶやいた。「私は、この甘美すぎる愛に完全に委ねることができるのだろうか？」その問いは、これまでの孤高の自分と、今や陛下の絶え間ない愛情の中で揺れ動く自分との間で、微妙なバランスを保とうとするかのように、夜の静寂の中に消えていった。だが、ふと後ろから陛下が近づき、静かに彼女の肩に手を添えると、彼の温かな視線がすべての不安を溶かしていくような気がした。「君がここにいるだけで、私の心は満たされる。君の笑顔を守るためなら、私は何度でも君に愛を注ぐ」と、低く囁かれるその声は、まるで全世界を包み込むかのような力強さと優しさを帯びていた。リディアは、その瞬間、全ての疑念を一瞬にして忘れ、ただ陛下の愛情に委ねる決意を新たにしたのだった。