終日記

九条

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第一話 女学生と自尊心

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 溢れ出す幸せと一寸先の闇を照らし出す不幸とが相殺しあったような心持ちで、高校生の深雪は屋上に佇んでいる。都会の夜空は馬鹿ばかしいくらいに現在を照らし出し、反芻しかけた過去なんて代物は私たちが視認する前にみんな溶けていった。こんな安物のジオラマのような街で視界におさめることの出来るものは、恐らく崇高なふりをした生ゴミと頓痴気な思想をもったロボットくらいであろう。
 夜は辛うじて深雪の不安定な心を優しく抱きよせていた。
 深雪は烏のように黒い帳に肌を添わせながら、己だけが保存している過去を振り返っていた。

 深雪は高校生活の中でいつも死にたがっていた。その華やかな、彼女自身とは不釣り合いなセーラー服を身にまとい、その心のなかでは浮遊感のある希死念慮を大事そうに抱えていた。彼女は中学三年生のとき、地元では「進学校」「お嬢様学校」と呼ばれるA大学の附属高校を受験し、白熱した受験戦争のなかで見事合格を勝ち取った。
 深雪がこの高校を選び、受験したのはある理由があったからである。それは、己の中の高飛車な自尊心を豪華なサナトリウムで養おうとしたからである。彼女は生まれてから中学を卒業するまでの十数年間、平均を大きく逸脱する位の高慢な自我がぬくぬくと温室の中で大きく育っていた。医者の父と貿易会社の社長である母との間に生まれた彼女は、幼い頃から高価な愛と教育を受けており、周りの俗物たちは皆彼女を褒めそやし、そして尊敬の念を絶やさなかった。彼女は知識を得て賢者になったが、その心の中の道徳心は未成長のままだったのである。彼女のプライドは周りが気を遣うほど恥知らずであり、自分より能力の低い者を激しく侮蔑するような暗愚さを持ち合わせていた。彼女がこのような自尊心を持ち合わせてしまった原因の一つに、家族や先生からの期待も大きく関係しているであろう。大人は時として対して責任を持っていないのに、自分より立場の低い人間を大げさに褒める癖があるのである。無責任に人を応援したり、褒めたりすると人は自己を過大評価し自尊心だけが意固地になり、悪質な自己を作り出してしまう。彼女もこのような偽善の餌食となり、理想の自分ばかりを投影している愚者と成り果ててしまったのだ。
 だが、彼女の粗雑なつくりの心は高校に入ってから無残な姿に変形してしまう。要するに、彼女は油断したのである。中学のときとは比べ物にならない位の難解な授業、自分よりも数段階賢い同級生の存在、お嬢様高校独特の校風などの様々な要素によって彼女は徐々に疲弊していった。彼女はもう泣き出しそうであった。誰かに相談したかった。誰かに理解して欲しかった。彼女は生まれて初めて、誰かの助けを求めたのである。
 しかし、彼女には頼ることのできる他人などいなかったのである。周囲の気遣いをぞんざいに一蹴し、他人の不幸を嘲笑い、自分より低能な人間は見下していたからだ。結果、彼女は陰湿ないじめの餌食となっていた。下駄箱は荒らされ、教科書はよく無くなり、周囲からはごみを見るような目で見られていた。彼女は自分自身に陶酔するあまり、他人の人情を完全に阻害していたのである。

 都会の夜は馬鹿ばかしいくらいに現在を照らし出し、反芻しかけた過去なんて代物は私たちが視認する前にみんな溶けていった。彼女はそんな都会の夜にとても憧れていた。自分は一番忘れたい過去さえも嚥下することができないのに、夜は吐き出したくなるような不味い歴史も飲み込んでくれる。ただ機械的に昨日と今日を咀嚼し、そして明日を静かに差し出す。こんなに美しい生き物は他にいない、と彼女は思った。
 瞬間、深雪はビルの屋上から飛び降りた。
 夜は辛うじて深雪の不安定な心を優しく抱きよせていた。
(終)
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