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鶏卵的懐疑論
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瞬間、一定の律動を繰り返している千鳥足のステップが、予備動作もなく突然急停止した。養鶏場の中は私の同胞たちで溢れかえっていて、まるでいつかのテレビ番組で見た大都会の中心街のようである。コケコッコー、クックドゥールドゥーなど、甲高い喧騒で溢れる暖かい箱庭の中で私はふと思案に耽っていた。
…私の産んだ「卵」ってどこに行ったんだ?
…………?
感触の鈍い向かい風が私の顔面を打ち撫でた。
この世に生まれてきてから約半年ほどたったとき、私はある日を境にほとんど毎日子孫を残すために白く丸くて立派な卵を産んでいる。産んでいるはず…なのだが、不思議なことに私は我が子の誕生を一度もお目にかかったことがないのだ。
どうして? どうしてなのだ?
私は卵を出産した後、エネルギーを使い果たしたかのように深い眠りに落ちてしまうのだが、翌日になると綺麗さっぱり産んだ卵が跡形もなく消えてしまうのだ。
まさか、他の鶏が窃盗を働いたのか? だが、毎日毎日ルーティンワークのごとく卵が盗られてしまうのは私が余程恨みを買っていない限り難しいだろう。それに、こんなこと大っぴらには言えないが、私の同胞はあまり長期の記憶力保持が得意ではない(「三歩歩くと忘れる」とかなんとかいう言葉もあるらしいし?知らないが。そもそも言葉ってなんだ?)。そのため、彼らがずっと私の卵だけを執拗に盗み続けることは不可能に等しいであろう。
では、誰が?
…そういえば、最近気づいたことだが、この家にはたまに二足歩行の…にんげん?とかなんとかいう何かの布に身を包んだ動物が土足でずかずかと訪問してくる。彼らは足のほかに先端が五つに分かれた羽のない腕のようなものを持ち合わせているらしく、たまに訪ねてきては私たちの糞をなぜか掃除しそそくさと帰っていく。自分の出した糞でもないのに掃除をするのだ。実に奇妙な生き物だ。
そのとき、私は不意打ちの天啓を食らった。
…待てよ? 彼らなら私の卵を盗めるのでは?
彼らは毎日欠かさずここの掃除に来ている…ということはルーティンワークができるくらいの記憶力と知力を持っている。そしてあの五股の腕…あの腕を使って卵を持ち出すのは非常に容易なことであろう。つまり、私の卵を盗んでいるのはきっと彼らに違いない。
だが、己の眼で見るまでは断定はできまい。幸いなことにさっき生んだ卵が今、私の手中におさまっている。この卵を持ちながら明日の朝まで寝ずに過ごし、犯人が来るのを待とうではないか。そうしよう。
私は黄昏時の空気を大きく吸い込んで、固く誓った決意をみなぎらせた。
夜の帳が下りてから数時間が経過した。大地もろとも飲み込んだ黒い深淵は私の密かな努力など知らずに、刻一刻と呼吸を繰り返す。昼間の甲高い喧騒とうって変わって周囲の同胞たちはみな眠ってしまった。夜闇と私だけがこの場でひっそりと生きていた。
トバリは薄く薄く溶け切ってしまい、数時間振りの朝日が昇ってきた。
私は息を殺し、相手の登場を今かと待ち受けていた。
そのとき、背後に異様な気配がした。振り返ってみるとやはり、人間が私の目の前に突っ立っていた。彼は私の懐に隠していた私の卵目掛けてその長い手を伸ばしてきた。
私は必死に彼の腕に食らいついた。私はもうこれ以上私の子供を取られまいと躍起になっていた。
しかし、彼の腕力は想像以上に強く、私の卵は彼の手に渡ってしまった。
そして、彼はボソッと、
「これは立派な卵だなあ。朝食の卵かけご飯にでも使おうか…」
えっ?
私の卵って食べられてたの?
…私の産んだ「卵」ってどこに行ったんだ?
…………?
感触の鈍い向かい風が私の顔面を打ち撫でた。
この世に生まれてきてから約半年ほどたったとき、私はある日を境にほとんど毎日子孫を残すために白く丸くて立派な卵を産んでいる。産んでいるはず…なのだが、不思議なことに私は我が子の誕生を一度もお目にかかったことがないのだ。
どうして? どうしてなのだ?
私は卵を出産した後、エネルギーを使い果たしたかのように深い眠りに落ちてしまうのだが、翌日になると綺麗さっぱり産んだ卵が跡形もなく消えてしまうのだ。
まさか、他の鶏が窃盗を働いたのか? だが、毎日毎日ルーティンワークのごとく卵が盗られてしまうのは私が余程恨みを買っていない限り難しいだろう。それに、こんなこと大っぴらには言えないが、私の同胞はあまり長期の記憶力保持が得意ではない(「三歩歩くと忘れる」とかなんとかいう言葉もあるらしいし?知らないが。そもそも言葉ってなんだ?)。そのため、彼らがずっと私の卵だけを執拗に盗み続けることは不可能に等しいであろう。
では、誰が?
…そういえば、最近気づいたことだが、この家にはたまに二足歩行の…にんげん?とかなんとかいう何かの布に身を包んだ動物が土足でずかずかと訪問してくる。彼らは足のほかに先端が五つに分かれた羽のない腕のようなものを持ち合わせているらしく、たまに訪ねてきては私たちの糞をなぜか掃除しそそくさと帰っていく。自分の出した糞でもないのに掃除をするのだ。実に奇妙な生き物だ。
そのとき、私は不意打ちの天啓を食らった。
…待てよ? 彼らなら私の卵を盗めるのでは?
彼らは毎日欠かさずここの掃除に来ている…ということはルーティンワークができるくらいの記憶力と知力を持っている。そしてあの五股の腕…あの腕を使って卵を持ち出すのは非常に容易なことであろう。つまり、私の卵を盗んでいるのはきっと彼らに違いない。
だが、己の眼で見るまでは断定はできまい。幸いなことにさっき生んだ卵が今、私の手中におさまっている。この卵を持ちながら明日の朝まで寝ずに過ごし、犯人が来るのを待とうではないか。そうしよう。
私は黄昏時の空気を大きく吸い込んで、固く誓った決意をみなぎらせた。
夜の帳が下りてから数時間が経過した。大地もろとも飲み込んだ黒い深淵は私の密かな努力など知らずに、刻一刻と呼吸を繰り返す。昼間の甲高い喧騒とうって変わって周囲の同胞たちはみな眠ってしまった。夜闇と私だけがこの場でひっそりと生きていた。
トバリは薄く薄く溶け切ってしまい、数時間振りの朝日が昇ってきた。
私は息を殺し、相手の登場を今かと待ち受けていた。
そのとき、背後に異様な気配がした。振り返ってみるとやはり、人間が私の目の前に突っ立っていた。彼は私の懐に隠していた私の卵目掛けてその長い手を伸ばしてきた。
私は必死に彼の腕に食らいついた。私はもうこれ以上私の子供を取られまいと躍起になっていた。
しかし、彼の腕力は想像以上に強く、私の卵は彼の手に渡ってしまった。
そして、彼はボソッと、
「これは立派な卵だなあ。朝食の卵かけご飯にでも使おうか…」
えっ?
私の卵って食べられてたの?
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