運命の女神は円環を断ち切る 〜死に戻り令嬢は恋も命も諦めない!〜

貴様二太郎

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 Ⅳ.時の翁は大鎌を納める

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 ユーノーの月六月二日。

 この二ヶ月半、悪霊女は俺の体とモルタの命を毎日のように狙ってきやがった。俺はディアナの守護で、モルタはクソ師匠の守護でなんとか今日まで無事生き延びることができた。
 あの日、ラウェルナに支配されたときから俺は徹底的にモルタを避けた。もし接触してモルタを傷つけるようなことになったら、後悔してもしきれないから。

 モルタ成分が不足しすぎて心が死にそう。毎日家でモルタに内緒で撮った写真を眺めて、モルタにもらったハンカチやその他色々の匂いをかいだり、ペンダントから伝わってくる位置情報を確認してモルタの行動を想像したり、そういうのでなんとか凌いでた。でも、もう限界。会いたい、会いたい、会いたい。会って抱きしめて、思いっきり匂い嗅いで、モルタに触れて感じたい。

 だけど、俺はまだラウェルナの支配下で。これが解決しないと俺はモルタに何をするかわからないから。会いたい、けど会えない。見たらきっと、俺はもう自分を抑えられなくなる。

 なのに。気づいたら俺はモルタの屋敷の前にいた。無意識なのかラウェルナの意志なのか。どっちにしてもろくでもねぇのは確かだ。
 久々に近くに感じるモルタの気配。目の前の屋敷の中、壁一枚隔てた場所にモルタがいる。意識したら、もうダメだった。それに、呼ばれた気がしたんだ。「トゥルス」って、あのオカリナの音みたいな優しい声で。
 心臓が爆発しそうな勢いで鼓動を刻み始め、だから、ダメだって思ってるのに振り向いちまった。

「……モルタ!」

 いつも見上げていた窓。モルタの部屋の窓。そこに、モルタがいた。俺のことを見てた。いつも凛としてまっすぐ前を向いてる瞳が、今にも泣きだしそうに曇ってて。
 ダメだった。もう抑えられなかった。ドアをぶち破り、驚いてる使用人たちの間を駆け抜け、通い慣れた廊下を抜けてモルタの部屋へと飛び込んだ。

「モルタ!」

 けど、そこには誰もいなかった。さっきのモルタは幻だったのか? いや、そんなはずない。だって、ペンダントはちゃんとモルタがそこにいるって位置情報を送ってきてた。
 そうだ、位置情報! 慌ててペンダントの気配を探ると、それはすでに屋敷の外に移動していた。
 

 ※ ※ ※ ※


「あなたたち、自分のことが情けなくならない? こんな小さな子ひとりに寄ってたかって」

 ボロボロに痛めつけられうずくまってた俺の前に現れたのは、薔薇色ローズピンクの髪の救世主だった。どう見ても強そうになんて見えない女の子は、自分よりも大きなクソガキたちの前に凛と立っていた。
 憶えてる。忘れるわけない。これは九歳のとき、初めてモルタと出会ったときのことだ。

「うるせぇ、生意気女! 気持ちわりぃやつに気持ちわりぃって言って何が悪いんだよ」
「この子のどこが気持ち悪いのよ。私から見たら、こんな小さな子を嬉々としていたぶっていたあなたたちの方がよほど気持ち悪いけど」
「うるせぇ、生意気ブス!」

 あの頃の俺は、魔力が体内をうまく循環できない魔力循環障害を患ってた。だから日常生活を送るのも一苦労で、ひたすら貧弱だったし、髪もそのせいで真っ白だった。
 この国の髪色では黒も珍しいけど白なんてさらに珍しい色で、そのうえ男なのに見た目女にしか見えなかった俺は、近所のクソガキたちのかっこうの獲物だった。

「か弱い淑女レディに手をあげるなんて……恥を知りなさい!」

 初めて会ったときのモルタは強かった。殴りかかってきたクソガキ――アイアース――の腕を取っていなすと、そのまま必殺の頭突きをお見舞いして一撃で沈めたんだっけ。
 モルタって見た目ではわからないけどめちゃくちゃ石頭なんだよな。俺もあの頭突き一度くらったことあるけど、昼なのに星が見えた。

 アイアースが戦闘不能になった直後、残りのクソザコたちは捨て台詞吐きながら逃げてった。親分やられて助けもしないで逃げるとか本当にザコすぎ。アイアースのやつもざまあねぇな。
 しかしこんなやつらにも敵わなかった当時の俺、貧弱すぎてほんと涙出るわ。

「あなた、大丈夫?」
「…………ありが、とう」

 情けなかった。あんなクソ共にいいようにされてた自分が。初めて会った女の子に同情されている自分が。一目で惹きつけられた女の子から憐れみしか引き出せなかった自分が。

「いつか、絶対に追いつくから! そしたら――」

 モルタが微笑ましいという顔で俺を見下ろす。違う、俺が欲しいのはそれじゃない。

「奪いに行くから!」

 あの頃、まだ名前も知らなかった女の子に俺は一方的な宣言をつきつけた。
 それからは、ひたすらモルタのことを調べた。名前、身長体重、服や指輪の大きさ、住んでる場所、趣味嗜好、家族構成。で、クソ師匠捕まえて根負けするまで付きまとって無理やり弟子入りしてやった。
 俺、魔術の才能あってよかった。クソ師匠のおかげで魔力循環障害も治って、そのあと起きた戦争のおかげで爵位も手に入って。クソ師匠の課題全部突破してようやく婚約にこぎつけて……

 なのに、なんで俺は今、モルタを殺そうとしてるんだ?


 ※ ※ ※ ※


 頭にかかった靄が少し晴れて、ヤーヌス様の守護でちょっとだけ支配を逃れてる意識が目覚めた。でも体はまだラウェルナの支配下で全く動かせねぇ。

「ひさしぶりだね。ずっと会いたくて会いたくて会いたくなくて会いたくて」
「奇遇ね。私も会いたくて会いたくなかった」

 ああ、モルタだ! 目の前にモルタがいる。いちゃダメなのに、でもいるのが嬉しすぎる。

「あは、モルタだ! 俺、やっぱりきみのこと大好きだよ」
「あら、ありがとう。私もトゥルスのこと好きよ」
「モルタのこと殺したい。殺して、永遠にしたい」

 大好き。大好き大好き大好き大好き、殺したいほど好きなんだ。いや、殺したくなんてない。モルタが死んだら俺も死ぬ。俺が死んだらモルタも殺す。いや、だから違う……違う? わからない。俺は、モルタを……

「私は永遠になんてなりたくないし、トゥルスを永遠にもしたくない。私は限られた時間の中で、あなたと一緒に生きていきたい」

 ああ、モルタだ。強くて、優しくて、俺を惹きつけてやまない、俺が初めて欲しいと思った女の子。

「モルタ……モルタモルタモルタモルタ‼ 俺はモルタを殺し……ちがっ、俺は……モルタと」

 なのに、俺の手は心に反してモルタの細い首に手をかけている。モルタを傷つけたくない、失いたくないのに、体がいうことをきかない。でも心の奥底から、ほんの少しだけ、ほんの少しだけ悦びも湧いてきていた。モルタとふたり、このまま永遠になりたい……
 不意に、モルタの胸元で光る銀の百合が目に入った。

 ――違う! ダメだ、誘惑に負けてんじゃねぇ、俺‼

 瞬間、モルタのペンダントが反射の術を展開した。


 ※ ※ ※ ※


 俺の本性は歪んでる。そんなの知ってる。とうの昔に自覚してる。
 ひとつお気に入りを見つけると、それに死ぬほど執着した。それが俺を嫌っても、壊れても、絶対に離さない。壊れて動かなくなっても、きれいに処理して手元にずっと置いておいた。きれいで珍しい蝶、きらきら光る石、孤児院に住み着いてた猫……
 モルタもそれに加えたい、そういう思いがあるのは否定しない。否定したところで、俺の中にそれがあるのは事実だから。でも、モルタだけはそこに加えちゃダメだって理性もある。モルタをそこに加えたら、俺はきっと完全に壊れる。

 それに、俺が欲しいのはモルタの容れ物じゃない。容れ物だけあっても、そこにモルタの魂がないんじゃ意味がない。もしこのままモルタを殺しても、俺はモルタの魂を探して探して、いつか絶対に捕らえるだろう。
 そうなったらきっとモルタは笑ってくれなくなる。違うんだ、俺はモルタに笑ってて欲しい。泣き顔も好きだけど、泣かせたいし見たいけど、それ以上に笑ってて欲しいんだ。
 だから、殺したいけど殺したくない。殺したらそこで終わっちまうから。モルタだけは、生きて隣にいて欲しい。


 ※ ※ ※ ※


「無事だったかい、モルタ」
 
 動かない体、その中で耳だけが仕事をしていた。雑音ノイズまじりのクソ師匠の声が聞こえてくる。でも、この雑音は……

「……あなたは」
「どうしたんだい、モルタ。父親の顔を忘れてしまったのかい?」
「父を騙るのはやめて。アイアース、だったかしら。こんなところになんの用?」

 そうだ、アイアース。孤児院時代から散々俺をいたぶってくれた、俺の中で死んでもいい人間の一人。

「その忌々しい魔力の込められたネックレス……どうやら私程度の幻術では、貴女の耳目をくらますことはできないようだ」
「わざわざ姿を偽ってまでここへ来た理由は何かしら。ようやく再会できた恋人たちの逢瀬を邪魔しにでも来たの?」
「おや、慧眼ですね」
「それは無粋ではなくて? お帰り願えないかしら」
「申し訳ありませんが、私も目的があってここへ参りましたので」
 
 アイアースの足音が近づいてくる。どうやらヤツの目的は俺らしいな。くそっ、動けよ俺の体!

「待ちなさい! 待って‼」

 モルタの必死な声が聞こえてくる。自分を殺そうとした男を心配するなんて、モルタはやっぱりお人好しだなぁ。
 アイアースのクソ野郎、俺に何するつもりだ? どさくさに紛れて殺すとか? うわっ、ありえすぎて笑えねぇ。体動かねぇし、どうしたもんかな、これ。
 なんて考えてたら、モルタの軽い足音がして直後――

「アイアース!」
「なっ⁉……また……生意気ブス……が……」

 ゴッって鈍い音がしたあと、ドサッて重いものが落ちた音がした。
 これはあれだな、モルタ必殺の一撃が決まったな。さすがモルタ。あー、見たかったなぁ、モルタの雄姿!
 なんて和んでたのも束の間、来た! 来やがった‼ 全身に鳥肌が立つあの気配――女神ラウェルナ。

「モルタ、走れ‼」
「トゥル――」

 火事場のクソ力で叫んだ。けど、遅かった。間に合わなかった。

「サートゥル、ヌス……」

 崩れ落ちるモルタ。どんどん広がってく、流れ出ていくモルタの血。

「な、んで……トゥルス……」
「モルタ! ごめん、俺……なんで」

 なんで、肝心な時に動けねぇんだよ! なんで、守れなかったんだよ‼

「じゃあね、ヒドインちゃん。サートゥルヌスはあたしがもらっといてあげるから、安心して消えちゃって」

 うるせぇ黙れクソ女! 殺す、こいつだけは絶対に殺す。必ず報いを受けさせてやる。

「やだ! だめだ、逝かないで‼ 俺は、なんで……こんな結末、違う。俺は、こんな結末のためにやり直したんじゃない‼」 

 やり直した? 俺が?
 途端、頭の中に知らない記憶があふれ出してきた。なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ⁉
 
 ――誰よりも、何よりも大切だった。何を犠牲にしても失いたくなかった、俺の唯一。
 ――モルタがいない世界なんて意味がない。こんな世界いらない。

 そうか、俺は失敗したんだ。時を巻き戻したのに、術の代償に記憶をとられたせいで全部忘れて、また同じ結末に辿り着いちまったんだ。バカか俺は!
 なら、やることはひとつ。何度だってやってやる。

「過去と未来、出入り口と扉、物事の始まりを司る神ヤーヌスよ! 我が命と記憶を糧に、過去への扉を開きたまえ‼」

 モルタのいない世界なんて消えちまえ‼

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