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11.運命の女神は糸を繰る
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マイエスタの月十八日。
私とサートゥルヌスの元に、アブンダンティア様から舞踏会の招待状が送られてきた。
夜会が開催されるのは二週間後、ユーノーの月二日。
「どう思う?」
「どう思うも何も完全に罠だろ。こんなもん無視だ無視」
「王女からの招待を? パルカエ家の娘としてそれはできない相談よ。姉様やお父様の立場があるもの」
「クソ師……あの団長なら、どう考えても娘の命を優先すると思うよ」
実際お父様は私の命の方が大切だと言って、当日は病欠にしようと張り切っていた。サートゥルヌスも欠席する予定らしく、二人は楽しそうに当日の準備をしている。
お父様とサートゥルヌスって本当に仲いいのよね。バカなことばかりしている悪友という感じで、たまに二人の関係が羨ましくなる。
そして迎えた三度目の運命の日――ユーノーの月二日。
私は屋敷の自分の部屋にいた。一度目はサートゥルヌスに化けたアイアースに連れ出され廃墟で殺された。二度目は屋敷から攫われて廃墟で殺された。三度目は……
「今日を乗り切れたら、運命は変わる」
信じたくて、わざわざ口に出して自分へ言い聞かせる。けれど胸の奥から湧き上がってくる不安は正直で、その言葉を否定していた。
だって、私たちはアブンダンティア様から逃げていただけ。きっと、このままでは終わらない。終わらせられない。私はまた殺され、絶望したサートゥルヌスは巻き戻りの術を使い……どうしたらこの環から抜け出せる? どうしたらこの環を断ち切れる?
考え込んでいた私を現実に戻したのは、扉がノックされた音だった。
「失礼いたします。お嬢様、本日の夜会の準備を始めさせていただきます」
「何を言っているの? 私は今夜の舞踏会には行かないことになっているはずよ」
おかしい。使用人たちにお父様の指示が伝わっていないはずがない。だいたい夜会の準備にメイドが一人で来るなんてどう考えてもおかしい。
「あなた、誰? 誰か――」
「無駄よぉ」
ニヤリと笑ったメイドの顔に別の顔が重なった。サートゥルヌスのような艶やかな漆黒の髪に、輝く満月の瞳の美女。その人間離れした美貌は、まるで女神。
「あなたが……女神、ラウェルナ」
ぷつりと、灯りがおちたように視界が闇に閉ざされた。
※ ※ ※ ※
「モルタ・パルカエ! あんたとサートゥルヌスの婚約、今ここで破棄よ、破棄。あと、たかが男爵令嬢の分際であたしに嫌がらせした罪で死刑にするから」
気がつくと私は普段着のまま舞踏会の会場にいて、ホールの中央でアブンダンティア様の前にひざまずかされていた。ここへ来た記憶が全くなくて、何が起きているのか急には理解できなかった。
「なに、を……」
「あたしからサートゥルヌスを盗んだヒドインちゃんには、死刑か国外追放がお似合いよ」
何を言っているのかわからない。裁判もなく、ましてやありもしない罪を作り上げて死刑? そんなこと国が認めるわけないのに。アブンダンティア様――いえ、王女の中に入っている人はいったい何を根拠にそんな妄言を?
「じゃあね、ヒドインちゃん。サートゥルヌスはあたしがもらっといてあげるから、安心して消えちゃって」
また、だ。また、失敗した。
王女の取り巻きの男たちに引きずられ、私はそのまま地下牢へ放り込まれた。おそらくあと少し、もうすぐで終わりの時間になる。
「トゥルス……」
胸元のペンダントを握りしめ、愛しい人の名を呼んだ。けれど、当然ながら返ってくる声はない。
「どうすれば……どうすればいいの⁉」
もう嫌だ。もう、終わりにしたい。だって、どうしたらいいのかわからない。逃げても、抵抗しても、女神の前には私たち人の力はあまりに無力で。
「いっそ、忘れてしまえば……」
この繰り返しを引き起こしているのはサートゥルヌスだって言っていた。なら、サートゥルヌスが私のことを忘れてしまえば……
いえ、それはだめ。だって私のことを忘れたところで、この繰り返しが起こらなくなったところで、それでは救われるのは私一人だもの。私だけが死んで楽になるなんて、そんなのひどい裏切りだわ。
だって、それでは残されたサートゥルヌスはどうなるの? あの人に心を奪われ、尊厳を踏みにじられ、一生奴隷として弄ばれるの? そんなの、絶対に嫌。
「私を忘れてサートゥルヌスが幸せになるというのなら、それならば身を引いてもいい。私のことなんて、忘れてしまっていい」
でも、今のままではだめ。このままでは、サートゥルヌスが幸せになれない。
「思い出せ……今までのこと、全部。何かあるはず。何か」
ラウェルナはとても気まぐれな女神で、退屈しのぎで騒動を起こす。
でもその騒動が自分の意に添わなくなると、あっさりと手を引く。後始末など一切せず、まるでなかったかのように別のことを始めてしまう。
ラウェルナは人のつくる創作物、特に物語を好んでいる。
「女神の意に沿わない物語を作り上げて興味を失わせる? もしくは女神の好みに合わせて満足させる……?」
だって、ラウェルナは性格が悪い。
あの性格の悪さなら、自分が加護を与えた人間よりも私たちの方が面白いことをすれば、もしかしたら……
「……あっ、ぐ」
痛い。心臓が痛い。痛くて、痛すぎて息ができない。
時間がきた。痛い痛い痛い無理痛い痛い痛い――
「モルタ!」
最後の瞬間、サートゥルヌスの声が聞こえた気がした。
私とサートゥルヌスの元に、アブンダンティア様から舞踏会の招待状が送られてきた。
夜会が開催されるのは二週間後、ユーノーの月二日。
「どう思う?」
「どう思うも何も完全に罠だろ。こんなもん無視だ無視」
「王女からの招待を? パルカエ家の娘としてそれはできない相談よ。姉様やお父様の立場があるもの」
「クソ師……あの団長なら、どう考えても娘の命を優先すると思うよ」
実際お父様は私の命の方が大切だと言って、当日は病欠にしようと張り切っていた。サートゥルヌスも欠席する予定らしく、二人は楽しそうに当日の準備をしている。
お父様とサートゥルヌスって本当に仲いいのよね。バカなことばかりしている悪友という感じで、たまに二人の関係が羨ましくなる。
そして迎えた三度目の運命の日――ユーノーの月二日。
私は屋敷の自分の部屋にいた。一度目はサートゥルヌスに化けたアイアースに連れ出され廃墟で殺された。二度目は屋敷から攫われて廃墟で殺された。三度目は……
「今日を乗り切れたら、運命は変わる」
信じたくて、わざわざ口に出して自分へ言い聞かせる。けれど胸の奥から湧き上がってくる不安は正直で、その言葉を否定していた。
だって、私たちはアブンダンティア様から逃げていただけ。きっと、このままでは終わらない。終わらせられない。私はまた殺され、絶望したサートゥルヌスは巻き戻りの術を使い……どうしたらこの環から抜け出せる? どうしたらこの環を断ち切れる?
考え込んでいた私を現実に戻したのは、扉がノックされた音だった。
「失礼いたします。お嬢様、本日の夜会の準備を始めさせていただきます」
「何を言っているの? 私は今夜の舞踏会には行かないことになっているはずよ」
おかしい。使用人たちにお父様の指示が伝わっていないはずがない。だいたい夜会の準備にメイドが一人で来るなんてどう考えてもおかしい。
「あなた、誰? 誰か――」
「無駄よぉ」
ニヤリと笑ったメイドの顔に別の顔が重なった。サートゥルヌスのような艶やかな漆黒の髪に、輝く満月の瞳の美女。その人間離れした美貌は、まるで女神。
「あなたが……女神、ラウェルナ」
ぷつりと、灯りがおちたように視界が闇に閉ざされた。
※ ※ ※ ※
「モルタ・パルカエ! あんたとサートゥルヌスの婚約、今ここで破棄よ、破棄。あと、たかが男爵令嬢の分際であたしに嫌がらせした罪で死刑にするから」
気がつくと私は普段着のまま舞踏会の会場にいて、ホールの中央でアブンダンティア様の前にひざまずかされていた。ここへ来た記憶が全くなくて、何が起きているのか急には理解できなかった。
「なに、を……」
「あたしからサートゥルヌスを盗んだヒドインちゃんには、死刑か国外追放がお似合いよ」
何を言っているのかわからない。裁判もなく、ましてやありもしない罪を作り上げて死刑? そんなこと国が認めるわけないのに。アブンダンティア様――いえ、王女の中に入っている人はいったい何を根拠にそんな妄言を?
「じゃあね、ヒドインちゃん。サートゥルヌスはあたしがもらっといてあげるから、安心して消えちゃって」
また、だ。また、失敗した。
王女の取り巻きの男たちに引きずられ、私はそのまま地下牢へ放り込まれた。おそらくあと少し、もうすぐで終わりの時間になる。
「トゥルス……」
胸元のペンダントを握りしめ、愛しい人の名を呼んだ。けれど、当然ながら返ってくる声はない。
「どうすれば……どうすればいいの⁉」
もう嫌だ。もう、終わりにしたい。だって、どうしたらいいのかわからない。逃げても、抵抗しても、女神の前には私たち人の力はあまりに無力で。
「いっそ、忘れてしまえば……」
この繰り返しを引き起こしているのはサートゥルヌスだって言っていた。なら、サートゥルヌスが私のことを忘れてしまえば……
いえ、それはだめ。だって私のことを忘れたところで、この繰り返しが起こらなくなったところで、それでは救われるのは私一人だもの。私だけが死んで楽になるなんて、そんなのひどい裏切りだわ。
だって、それでは残されたサートゥルヌスはどうなるの? あの人に心を奪われ、尊厳を踏みにじられ、一生奴隷として弄ばれるの? そんなの、絶対に嫌。
「私を忘れてサートゥルヌスが幸せになるというのなら、それならば身を引いてもいい。私のことなんて、忘れてしまっていい」
でも、今のままではだめ。このままでは、サートゥルヌスが幸せになれない。
「思い出せ……今までのこと、全部。何かあるはず。何か」
ラウェルナはとても気まぐれな女神で、退屈しのぎで騒動を起こす。
でもその騒動が自分の意に添わなくなると、あっさりと手を引く。後始末など一切せず、まるでなかったかのように別のことを始めてしまう。
ラウェルナは人のつくる創作物、特に物語を好んでいる。
「女神の意に沿わない物語を作り上げて興味を失わせる? もしくは女神の好みに合わせて満足させる……?」
だって、ラウェルナは性格が悪い。
あの性格の悪さなら、自分が加護を与えた人間よりも私たちの方が面白いことをすれば、もしかしたら……
「……あっ、ぐ」
痛い。心臓が痛い。痛くて、痛すぎて息ができない。
時間がきた。痛い痛い痛い無理痛い痛い痛い――
「モルタ!」
最後の瞬間、サートゥルヌスの声が聞こえた気がした。
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