学園戦隊! 風林火山

貴様二太郎

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序章

美少女とバズーカと変態と

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「じゃあ、話を戻すわね。変質者は若い男、出没時間は大体午後六時から七時の間、被害者は主に武田学園小等部の女子児童」

 武田先輩がホワイドボードに書き込んだ犯人の特徴を読み上げた。
 それにしても幼い子供を狙うだなんて、犯人はなんて卑怯者なんだろう。確かにこれは懲らしめてやりたいと思う。
 思う、けど私はただの女子高生。とてもじゃないけど、普通の成人男性に敵うとは思えない。

 その時、部屋を揺るがすような怒号が響き渡った。

「許すまじ、卑劣漢!!」

 いや、実際机が震えてた。それに耳がキーンってする。
 声の主を見ると、憤怒という言葉がぴったりな顔で仁王立ちしていた。

「か弱い乙女を狙うなんて最っ低! 絶対捕まえてやりましょうね、紫、玲ちゃん」

 声の主、憤怒の麗ちゃん先輩がこっちを見た。
 いや、捕まえてやりましょうねって言われても……

「あ、はぁ」

 思わず出た私の返事がいたくお気に召さなかったのか、麗ちゃん先輩は口をとがらせた。

「何よぅ玲ちゃん、そんなやる気のない返事して。相手は乙女の敵なのよ! 私たち乙女がやらないで誰がやるの!」
「えーと、警察、とか?」

 まっとうな私の回答に、麗ちゃん先輩はものすごく不満そうな顔をした。そんな私たちの間に武田先輩が割って入る。

「確かに警察に連絡するのが正攻法だと思うわ。だけど、それだと時間がかかるのよ。事件が起きれば別だけど、露出程度だと中々、ね」

 憤慨する麗ちゃん先輩、乗り気じゃない私、困り顔の武田先輩。
 確かに乗り気じゃないけど、露出狂が許せない気持ちは私も同じだ。力があるなら私だって、とは思う。

「私だって変質者は許せないですよ。だけど、やっぱり警察に任せた方がいいですよ」

 渋る私に武田先輩は憂いを帯びた綺麗な顔を近づけてきた。
 至近距離の美人の迫力に押され、ついつい仰け反ってしまう。そんな私に武田先輩は瞳を潤ませながら訴えてきた。

「早く犯人を捕まえて、かわいい後輩たちを安心させてあげたいの」

 両手を握りこまれ、涙ながらに訴えられた。美人の泣き落としなんて反則だと思う。それにこれで断ったら私が悪者みたいなんだけど。

「お願い、実績がないと部活に昇格できないの」

 一気に罪悪感が消え去った。そりゃあもう、きれいさっぱりと。

「武田先輩、そっちが本音ですか?」
「やだ、ついうっかり。でもまあ、後輩のことが心配なのも事実よ。さ、とにかく頑張りましょう」

 さっきまでの涙どこいった。
 結局武田先輩のごり押しで変質者退治決定しちゃってるんですけど。
 結局押し切られた私がふくれっ面をしていると、麗ちゃん先輩にほっぺたをつつかれた。

「玲ちゃん、可愛い顔が台無しよ。それにこの際、理由なんて何でもいいじゃない。乙女たちを守るのは、正義の味方の使命よ」

 麗ちゃん先輩は可愛くひとつウインクした。
 それをみたらなんだかどうでもよくなってきた。そもそも一年生の私の意見が通るわけないんだし。ううん、もし私が三年だったとしても、この人たちに意見が通るとは思えない。……うん、諦めよう。

「で、具体的にどうやって捕まえるんだ?」

 隣で麗ちゃん先輩に絡まれていた風峯が武田先輩に問いかけた。

「ふふ、それはね……」


 ※ ※ ※ ※


 薄暮の住宅街、少女は一人歩く。

 日が沈んで間もないこの時間帯、まだ明るさが残っていることもあってそこそこ人の動きはある。犬の散歩や塾に行く学生、家路を急ぐ者。
 一人、また一人と目的地に消えていく中、少女はなおも歩き続ける。そして彼女が薄暗い公園に足を踏み入れる頃には、少女以外の人影はすっかり消えていた。
 少女は「痴漢注意」の看板を一瞥すると、少しだけ歩みを早める。

「こんばんは、お嬢さん」

 いつの間にか街灯の下に男が立っていた。
 少女は立ち止まり、男をじっと見つめる。しかし、まるで怯えた様子を見せない少女に男は少し苛つく。

「実はね、君に見せたいものがあるんだ」

 そう言うと、男はおもむろにコートに手をかけ――


 ※ ※ ※ ※


「そこまでよ、変態さん」

 出口への道を塞ぐように、私と武田先輩が男の背後に立った。
 武田先輩の声に振り返った男は不意に現れた私たちに最初こそ動揺していたものの、女二人とみるとニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。

「こんばんは、お嬢さん。そしてかわいいお坊ちゃん」

 違った!
 私だけ女だと思われてなかった。ジャージか、このジャージのせいか! やっぱり制服のまま来ればよかった。せめてスカートだったら小学生女子で済んだのに!
 武田先輩がジャージ着ないと駄目だって言うから嫌々着たんだよ。その当の本人は制服に白衣とかいう訳のわかんない格好だけど。

「笑顔だなんてずいぶんと余裕ね。逃げられると思っているの?」

 男は武田先輩を見ると不敵な笑みを浮かべた。

「いやいや、逃げるだなんてとんでもない。むしろ可愛らしい観客が増えて、さらに興奮してきたくらいだよ」

 そう言ってなぜか私の方を見る。

「気持ちわるっ」

 思わず軽蔑の眼差しで吐き捨てると、男はますます嬉しそうに笑った。
 こいつもか! こいつも林君と同じ属性か!! しかも私のことお坊ちゃんだと思ってるのに嬉しそうって、ますますたち悪いな。

「ははっ、ひどいなぁ。まあ、いっか。じゃあ、そろそろショーを始めようか」

 男はそう言うが早いか、一気にコートを脱ぎ捨てた。
 その瞬間、なぜか私の目の前が真っ暗になった。

「俺の嫁に汚いものを見せないでもらおうか」

 頭上から風峯の声がする。どうやらこいつに目隠しされたようだ。それにしても、いつの間に私の後ろに来てたんだろう。

「誰がお前の嫁だ! 断固拒否する。それより手どけてよ」
「だめに決まってるだろう。大丈夫、そのうち俺のを見せてやるから」
「断る!!」

 何さらりととんでもないこと言ってんだ、こいつ。やばい、本当に早く誤解解かないと、なにげに私の貞操に危機が迫ってきてるんだけど。
 それにしても風峯のせいで何も見えない。これじゃ私だけ蚊帳の外じゃないか。さっきから取ろうとしてるんだけど、全然動かない。

 そうやって四苦八苦していたその時、カシャッという音が鳴った。そして風峯がいかにも面倒そうに変態に話しかける。

「さて、見苦しい証拠写真も撮らせてもらったし、そろそろ観念して捕まってくれ」
「ふざけるなよ、クソガキ。その携帯をよこせ!」

 見えないけど、何か変態が怒ってる。
 察するに、変態の全裸写真を証拠としてスマホに収めたってとこかな。
 そこへ武田先輩のいかにも呆れたという声が聞こえてきた。

「いやだわ。まったく何様のつもりなのかしら、この変態。そもそも、そんな粗末なものを人様に見せるなんて、馬鹿にするのも大概にしてほしいわ。臨戦態勢でその大きさしかないなんて、期待はずれもいいところよ」

 武田先輩、ガン見してるんですね。しかもボロクソですね。というか、何に期待していたんですか? ナニですか?
 なんとか風峯の手の隙間から覗くと、顔を赤くさせて屈辱に震える全裸の変態がいた。
 確かに筋骨隆々の身体に比べてバランスが悪い。不謹慎だけど、例えるならダビデ像。まあ、ダビデ像の方は理由があってのあの形状らしいけど。

「短小」
「矮小」
「可哀想」

 私が呟いた一言に、無表情の風峯と笑いを堪える武田先輩が続く。そこで変態の怒りは頂点に達したようで、頭から湯気が出そうなほど真っ赤になっている。
 その時、最初に変態に襲われていた少女が変態の前に立った。
 そして彼女はおもむろにスカートを捲ると、変態にそっと囁いた。

「ねえ、おじさん。人に見せるなら、せめてこれくらいはないと。ね?」

 直後変態の顔が真っ青になり、膝から崩れ落ちた。

「要、もういいわ。完全に心折れたみたいよ。囮役、ご苦労様」
「はい! 頑張りました、紫様。ご褒美に罵ってください」

 武田先輩に褒められ、嬉しそうに振り向く少女。どこから見ても完璧な美少女だった彼女は、あのドМの林くんだ。

「……美少女に……バズーカ…………あぁぁぁぁぁぁ!」

 変態が訳のわからないことを叫びながら、突然走り出した。

「麗、お願い!」

 武田先輩が叫ぶと、隠れていた麗ちゃん先輩が飛び出てきて変態の行く手を塞いだ。

「どけぇぇぇぇぇ!」
「やだん、情熱的!」

 変態は麗ちゃん先輩を突き飛ばそうと突進したけど、麗ちゃん先輩は余裕の表情で変態を捉え、変態と両手の指を絡ませる。
 ガチムキ同士の肉と肉のぶつかり合い。うん、見てるだけで暑苦しい。

「紫、本当にいいの?」
「構わないわ。思う存分やって」
「了解よん。じゃあ、あっちで思う存分やりあいましょ」
「や、やめろ! 離せ、離せぇぇぇぇぇ!」

 両手を絡め取られ、麗ちゃん先輩に引きずられるようにして遠ざかってゆく変態。
 ほどなくして変態の断末魔が聞こえてきたのを最後に、公園には静けさが戻った。


 ――三十分後。

 すっかり暗くなった公園につやつやの麗ちゃん先輩と、引きずられ時々ピクピクしている変態が戻ってきた。なんか、「らめぇ、もう麗ちゃんにしか……」とか恍惚と呟いてたけど、一体何をされたんだろう。怖くてとても聞けない。

「とりあえずコートを着せて……縛って…………はい、完成」
「武田先輩、他の縛り方ないんですか?」

 全裸にコート一丁で、しかも亀甲縛りで転がされている変態を見下ろしながら武田先輩に聞いてみた。このまま警察に渡すと、私たちも変態認定されそうなんですけど。

「お巡りさん来たみたいだよ」

 林くんが公園の出口を指差すと、ちょうどお巡りさんが二人やって来た。どうやら縛り直す時間はないようだ。
 変態を引き渡す時、案の定お巡りさんの顔が引きつっていた。とにかく証拠の写真もあるし、なんとかこれで一件落着。
 引き渡しの手続きを終えると、すっかり夜になっていた。

 ものすごく濃い一日だった。本当に疲れた。帰ったらご飯食べてすぐ寝たいところだけど、宿題やらなきゃいけないんだよなぁ。予習復習もしたかったのに。
 私はひとつため息をつくと、すっかり暗くなった空を見上げた。そして、普段は信じてもいない神様に祈る。

 ――どうか、静かで平和な、普通の、ごく普通の高校生活を返してください。

「玲、帰るぞ」
「玲ちゃん、早く帰りましょ」
「山田さん、行くわよ」
「山田ちゃん、行こ」

 でも、楽しそうに私を呼ぶこの人たちを見ていたら、これも悪くないかもってちょっとだけ思ってしまった。
 ま、人生なるようにしかならないよね。明日は明日の風が吹く。こんな経験中々出来ないし、こうなったらとことん楽しんでやろう。

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