10 / 30
林の章
飛べ! 飛ばねぇ豚ども
しおりを挟むあの悪夢の中間テスト、そして一学期の期末テストを乗り越えて。いよいよ夏休みも目前となった七月某日――すっかりと通い慣れてしまった部室へと、私は風峯と並んで歩いていた。
「……んっ、そこ」
引き手に手をかけ、今まさに開こうとしていた扉の向こうから聞こえてきたのは……やたら色っぽい紫先輩の声だった。
「どうした、玲。何を固まってる?」
思わずぎょっとしてその場で固まっていた私の頭上から降ってきたのは、相も変わらず空気を読まない風峯の声。そしてあろうことか、ヤツはなんのためらいもなく引き手に手をかけた。
「ま、待って! 今はだ――」
私の必死の叫びも虚しく、目の前で開け放たれた扉。その向こうに広がっていたのは――
「はぁ……さすがゴッドハンド麗。私、もう麗以外のマッサージは受けつけられないわぁ」
長机を並べた上にどこからか調達してきたらしいマットレスを敷き、うつぶせで幸せそうにつぶやく紫先輩。そしてそんな彼女にマッサージをしている麗ちゃん先輩の姿だった。
思わず絶句、のち赤面する私を見て、風峯がニヤリと口角を上げた。あ、なんかすっごい馬鹿にされてる気がする。
「玲、お前ナニを想像してたんだ?」
ああ、やっぱり! くっそ、コイツわかってるくせにわざと聞いてきてるだろ!!
「な、何って……いいじゃん、別に! ほら、さっさと入ろうよ」
無理やり誤魔化し部室に入ろうとしたその時、私の前に第二の刺客が現れた。
「ねえねえ、僕も気になるなぁ。山田ちゃん、ナニを想像してたの? ねえ、詳細に教えて! 僕、山田ちゃんの口から、直接、聞きたいなぁ!!」
天使の皮を被った変態が大きな目をキラキラさせ、ふっくらしたほっぺたをピンクに染め、鼻息荒く私の目の前に迫ってきた。もうやだ。
「近づくな変態。玲が減る」
「おまえには言われたくないよ、ストーカー。僕は山田ちゃんと話してるの! お前があっち行けよ」
「玲は俺の嫁だ。男は近寄るな。特にお前みたいな変態は」
「減らないし嫁じゃないし! もういいから早く入れてよ!!」
私の言葉になぜか顔をそむけた風峯と悶える林くん。なんだよもう、気持ち悪いなぁ。
特に風峯、お前は何で耳まで真っ赤にして震えてるんだよ。あ、こっち見た。なんか言いたそうだな、おい。
「玲……それは俺と二人きりの時にだけ言ってくれ。いいか、他の男の前で軽々しく口にするんじゃないぞ」
「は? 意味わかんないんだけど」
そんなやり取りの合間、ふと私の耳に入ってきたのは軽い足音。たたたと軽快なそれは、あっという間に私たちのすぐそばまで来て――
「お姉さま!」
響いたのはハスキーボイス。直後、目の前を軽やかにすり抜けたのは、肩上できれいに切り揃えられたさらさらの黒髪。そして見上げた視界に入ってきたのは、お人形みたいにきれいな女の子の顔だった。
六花や黄龍院さんがビスクドールなら、この子は日本人形。紫先輩や風峯と同じ、和風の美人。
「げ! 白藤、ちゃん」
そんな和風美少女を見て奇声を上げたのは林くん。女でさえあれば、ゆりかごから墓場まで満遍なく罵られたい、あの林くんだった。
けれど白藤ちゃんと呼ばれた美少女は林くんをガン無視すると、まるで飼い主のもとへと駆け寄る子犬のように紫先輩のそばへ駆けていってしまった。
「林くん、あの子、知り合い?」
「うん、同じクラスの女子。白藤薫って子なんだけど……」
なんだか歯切れが悪い。いつもの林くんなら、性別が女でさえあれば誰彼構わず罵ってくれと突っ込んでいくのに。どうしたんだろ?
「お姉さま……やっと、やっとお会いできました!! ボクは一年の白藤薫って言います。演劇部所属で、今度やる劇のヒロイン役を勝ち取りました!」
半分寝ている紫先輩に白藤さんが一方的に話しかけてる。
「あの日、入学式の日、お姉さまを一目見てボク……もう、お姉さましかいないって思ったんです!」
突然の告白劇に、それも女の子から女の子への告白に私の度肝が抜かれた。当人である紫先輩は「あらあら」と半分寝たまま返事してるけど。
いいの? そんな日常会話みたいに流しちゃって大丈夫な話題なの、これ?
まあ、それはそれとして。白藤さん、入学式の日に一目惚れしたっていうんだったら、なんで今頃ここに来たんだろ?
「えーと、白藤さん」
相変わらず寝たままな紫先輩だったけど、ようやくなんとか顔だけは白藤さんの方へ向けた。
「白藤さんなんてそんな他人行儀な! もっと気軽に豚とか犬って呼んでください!!」
…………ん? 今、後半なんか変なこと言ってたような気がしたんだけど。
「じゃあ遠慮なく。ねえ、白豚。お前、家畜の分際で私に何を言っているのかしら?」
「はぅん! やっぱりボクの目に狂いはなかった!! お姉さま~」
目の前で繰り広げられる茶番劇に思わず林くんを見てしまった。いつもならあの位置にいるのは林くんだったから。
うつむき、両の拳を握りしめているその姿は本当にいつもの彼らしくなくて。大丈夫かなって思って声をかけようとしたその瞬間、林くんが顔を上げた。
「無理! 女の子同士のいちゃつき大好きだけど、白藤ちゃんだけはなんかわかんないけどやっぱり無理ーーー!!」
半泣きで叫ぶと、林くんは白藤さんと紫先輩の間に割り込んだ。キャンキャンと吠えあう林くんと白藤さんを横目に、紫先輩は再び麗ちゃん先輩のマッサージを堪能し始めた。なんだこれ、どういう状況? ていうかもしかしてこういう状況、先輩二人とも慣れっこなの?
「ねえ、風峯……これ、どうしたらいいんだろう?」
「かまうな」
一言で片づけられちゃった。まあそれが一番、なのかな? 私が何をしたところでろくなことにならなそうだし。
しかし白藤さん、あんな美少女なのになんて残念な中身なんだ。もったいないなぁ。中性的できれいな顔、さらさらの黒髪、すらりとした体型……すらりとした、体型?
「か、風峯! あの子、あの子!!」
そう、白藤さんすらっとした体型なんだよ! 私が言うのもなんだけど、胸部もものすごくすっきりしてるんだよ!!
興奮する私に風峯が怪訝そうな視線を投げてきた。
「あの子、白藤さん。風峯の好みなんじゃない?」
興奮のあまりつい白藤さんの胸を指さしてしてしまったけど、そこは勘弁してほしい。だってあの子、紛うことなき完全なる絶壁なんだもん! これ完璧に風峯のストライクゾーンでしょ!! もしかしなくても風峯から解放されるチャンスでしょ!!!
「ない。ありえない」
「……え? いやいやいや、よく見なよ! だってあの子ほら、めっちゃ風峯好みの体型じゃない!?」
必死におススメする私に返ってきたのは、なぜだかかわいそうな子を見るような風峯の上から目線。なんか腹立つな。
「玲。お前、俺が乳だけで人を判断するような男だと思っていたのか?」
「うん」
一言で即答してやったらなぜか顔をしかめられた。いや、私間違ってないでしょ。お前、私への最初の一言、忘れたとは言わせないぞ。
「もう、紫さまの豚は僕だけで十分だから帰ってよ!」
「なんでお前に命令されなきゃいけないんだよ! ボクに命令していいのはお姉さまだけなんだから!!」
林くんと白藤さん、まだじゃれあってたんだ。そこでふとよぎったのはさっきの疑問。
「白藤さんってさ、入学式の日に紫先輩に一目惚れしたんでしょ。じゃあ、なんで今までここ、来なかったの?」
私の方に顔を向けると、彼女は瞳を潤ませうつむいた。そしてすぐに勢いよく顔を上げると、スポットライトを浴びた舞台女優のように滔々と語り始める。
「あの日、抗えない運命がボクとお姉さまを引き裂いたんだ。きっとこれは、すべてボクとお姉さまが美しすぎたから!」
うん、意味が分かりません。ていうかこの子、ドMなの? ナルシストなの? 厨二なの? しかもボクっ子ってやつだよね? 属性が大混線してるよ!
「きっと神様はボクとお姉さまを見て、その完成された美しさに嫉妬したんだ! だからボクだけでも天に攫って、それを壊してしまおうと――」
ごめんなさい、本当に意味が分かりません。白藤さんはいったい何を言ってるんでしょうか。誰か通訳してください。というか先輩方、よくその状況でマッサージ続けてますね。本当にガン無視ですね。
「その子、入学式の帰りに一人で歌い踊りながら裏門の階段降りてて、そのまま足踏み外したのよ。よりにもよって、私の目の前で。仕方ないから私が救急車呼んであげたの」
「六花!」
いつのまに来ていたのか、私たちのすぐ後ろの廊下に六花が立っていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】あやかし団地 管理人見習い日誌
双月ねむる
キャラ文芸
就活全滅で「自分には社会性がない」と思い込む凛は、遠縁の親戚に紹介され、昭和レトロな巨大団地・さくらヶ丘第一団地の『管理人見習い』として住み込みで働くことに。しかしその団地には、中庭の「靴鳴らし」、エレベーター表示盤に棲む狐など、団地限定あやかし達が当たり前のように暮らしていた。
最初は逃げ腰の凛だったが、すねた空き部屋や、ベランダの風鈴が告げるSOSなど、人とあやかしのトラブルに巻き込まれながら、少しずつ『共同体』に関わる勇気を取り戻していく。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる