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30.死体令嬢はお暇する
しおりを挟む「けれどね、ベッファ様。あなたがカタリナに惹かれてしまったこと、それ自体は仕方がないとわたくしも思っているのですよ。何も知らないままでは、あの子に抗うのは難しい」
「それは……どういう?」
「だから、カタリナを愛してしまったことは責めません。ただ、それとわたくしに対してした仕打ちとは別の話。わざわざ大勢の前で、あたかもわたくしが罪を犯したと吹聴したこと。確たる証拠もなしに、カタリナを唆してわたくしを牢に入れたこと。そして、あの薬を投げ入れたこと」
あれを投げ入れたの……間接的にだけど、エルバを殺したのはコイツだったのか!
「わたくしはあなたが思っていたより、ずっと弱い女だったのですよ。弱かったから、あんな薬にすがってしまった。そんな、とても弱い女なのです」
「私は、慈悲で――」
「お姉さまは弱かった。だから死んだの! だったら、もう一度死んでよ!!」
騎士の人たちも、もうどう動いていいのかわからなくなってるらしい。
上司だと思ってた人は実はそんな権限なんて持ってなくて、かといっていきなり現れた元上司はすでに死んでるはずの人。おまけの浮気野郎にはなにやら色々な疑惑浮上だし、誰の命令に従えばって感じ。
しかもちょっとでも動くと、即座にエルバの炎が襲いかかって来る。今ここは、エルバ以外誰も動けない。
「ねえ、ベッファ様。そんな弱い女よりあなたに、ひとつお願いがあるのだけれど」
「願、い? それを叶えたら、私は許してもらえるのか?」
「ベッファ! こんな死にぞこないの言うことに惑わされないで!!」
うっわ、ムカつくわ浮気野郎。こいつ、ほんとサイテー。なんでこんなヤツにエルバが……
「一度だけ、あなたのことを殴らせてはいただけませんか? それでおしまい。わたくしは、それであなたのことをきれいさっぱり忘れます」
エルバの言葉に、浮気野郎は壊れたオモチャみたいに首をぶんぶんと振った。隣でカタリナがギャーギャー言ってるけど、エルバも浮気野郎もまったく聞いてない。
「では、遠慮なく」
めっちゃ口角が上がる感じがした。これたぶん、エルバってばすっごいいい笑顔になってるんじゃないかな。
そしてエルバは拳を固く握って――
「ベッファ、ベッファァァァァ!!」
浮気野郎のお腹に、めちゃくちゃ重い一発をお見舞いした。
死なないように加減されてたみたいだけど、リビングデッドの強化されまくった一発はやっぱり強烈だったみたいで。浮気野郎、ビンタされるとでも思ってたのかな? 予想外のボディへの一発に、声も出せずに一瞬で地面に沈んじゃった。
ざまあみろ、地面にうつぶせでゲロまみれ。でも命はとられなかったんだから、エルバには感謝すべきだと思うよ。
「この……この、化け物!! あんたみたいな混ざりものの混色風情が、わたしたち人間を見下すなんて許さないんだから!」
涙でぐちゃぐちゃの顔で、怒りと炎の熱で顔を真っ赤にして、カタリナは私たちを強く睨みつけてきた。
でも、もうおしまい。どんなに泣いても怒っても、もう誰もカタリナを助けない。助けられない。狭いけど優しい世界で満足しとけばよかったのに、分不相応な世界を欲しがっちゃったから。
「わたくしは意地の悪い姉だから、あなたを殺してなんてあげない。真実を知り、きちんと罪を償ったあとは……あなたはあなたが見下していた人たちと同じ世界で、自分の力で生きていきなさい。さようなら、カタリナ」
燃え盛ってた炎の壁が消えていく。
そしていきなり、エルバから体の支配権が戻ってきた。同時にふわって、何かが体から抜けてった気配がして――
『ありがとう、ラーラ様。ふふ、ベッファ様にもカタリナにも言いたかったことをすべて言えましたし、わたくし今、とても清々しい気分です。このあとのことは、きっとアリーチェたちがなんとかしてくれるでしょう。ですからわたくしは、これでお暇させていただきますね』
え……ちょっ、待って。いきなりすぎる! なんでいきなり成仏しちゃった!? 余韻も何もないし、いきなり体返されたけどこれ、私どうすればいいの? エルバ、カムバーーーック!!
魔術を使ってたエルバがいなくなっちゃって、炎の壁も何もかも全部消えちゃってて。しんと静まり返った広場の中で、私、めっちゃ注目あびてるんですけど。助けを求めてレナートを見たら、口パクで「逃げろ」って言われた。
でも、逃げろったってどうやって? 私、エルバみたいに魔術とか使えない。エルバの体は使える仕様でも、中身の私は魔術のまの字もわかんないんですけど!
でも、やるしかない。せっかくエルバがここまでかっこよく決めてたんだから、最後くらい私もがんばらないと。覚悟決めて、足に思い切り力を込めて――
「ではみなさま、ごきげんよう」
直後、跳んだ。思いっきり、全開フルパワーで。だって、私はリビングデッドの力技しか使えないもん。でもとりあえずは、こんなんでもやるしかないし。
広場の石畳をクレーターみたいにへこませて、呆然とする町の人や騎士たちを見下ろしながら役所の屋根の上に着地。そっからは全力ダッシュで逃げた。あとの処理はアリーチェさんたち有志一同に任せる! 領主不在の今、レナートのことも一時保留だろうし、とりあえず今は逃げる。あとでアリーチェさんとこに色々聞きに行かなきゃだけど。
とにかく今は、私とレナートは無関係だってことにしとかないと。エルバがあれだけ印象付けてくれたから大丈夫だとは思うけど。早く偽石人に戻って、レナートのリビングデッドとして迎えに行かなきゃ。それに、グリモリオくんにも連絡取らなきゃだし。
隠れ家でいつもの服に着替えてカラコンはめて、荷物を持ったらソッコー避難。いったん町の外の森の中に潜伏して、夜になるのをじっと待つ。そして深夜、誰にも見つからないように気をつけながらアリーチェさんのアパートへ。屋上から壁を伝って、アリーチェさん家の窓をコツコツと叩く。
灯りついてないけど、アリーチェさんどうか家に居ますように!
「お待ちしておりました」
すぐに窓が開いて、真っ暗な部屋の中へと入れてもらえた。アリーチェさん、私が来るの待ってたみたい。
「お嬢様は……もう、逝ってしまわれたのですね」
「はい。すっきりしたって、笑ってあっさり逝っちゃいました。あとのことはアリーチェさんに任せるって」
「そうですか。それを聞けて、私も安心しました。ええ、あとのことは当然なんとかしますとも!」
頼もしく笑ったアリーチェさん。ここからはもう、私の出る幕は一切ない。レナートの回収さえ終われば、私たちはシプレスを出ていく。そうしたらグリモリオくんを呼び出して、私は日本に帰るから。
「アリーチェさん、レナートってどうなるんでしょう?」
「数日はかかってしまいますが、おそらくは釈放されるかと。レナート様は、“エルバお嬢様の亡骸を盗み生ける死体にした罪”で捕らえられたのです。それがまさかのお嬢様本人に、『違う』とあれだけ大勢の前で証明されてしまいましたからね。お嬢様は、全部持って逝ってしまわれました……真実も、嘘も」
アリーチェさん、もしかしてレナートがエルバの体盗んだの気づいてた? でも、黙っててくれる……のかな?
エルバのはったりのおかげで、アリーチェさんの黙認のおかげで、結局レナートの犯罪はなかったことになっちゃった。本当はレナートのやったことだって立派な犯罪だったんだけど。レナートが帰ってきたらもう一度ちゃんと話して、二度とやらないように言い聞かせなきゃ。
だから早く帰ってきてね、レナート。
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