I SAVE ME (アイ セイブ ミー)

夏風涼

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CASE 山岡卓

第十三話 激突

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 談話室のテーブルの前の椅子を静かに引き、僕は座った。
 目の前には烈火の如く怒りを露わにした山岡卓がいる。

「で、お前は何のつもりだ。どこまで聞いていた?」
「……全部」
「何っ!?」
 
 僕は胸倉を持たれて、吊り上げられる。
 
 ――恐い。でも僕は言うんだ! 言うんだ! 怒っているのは僕も同じだ。
 
 しかし、ここは病院である。さすがに、山岡卓はすぐに離した。

「明日、学校で……」
 
 途中で、僕は遮る。


「「「お前は間違っているっっっ!!」」」」
 
 
 言えた。これを言ったなら、後は言い切るだけだ。
 山岡卓は細い目を目一杯、見開いた。

「いくらお姉さんのためだとは言え、誰かをいじめて金をとるなんて許されることではない!!」
 
 もちろん、彼の尊厳に関わることである、静かに言った。しかし確実に彼に強く訴えかけるよう。

「なんだと!! こら!!」
 
 彼は立ち上がる。
 もう、お前に話すことは何もないような様子だ。
 しょうがない、ここで、もう一言……。

「お前が僕と向き合わないなら、お姉さんに全部話す!」
「……」
 
 病院内だ、それにお姉さんがいる病室とは目と鼻の先だ。山岡卓はさすがに何もできず、自分の暴力的な衝動と葛藤しているのがよく分かる。
 僕は震える足をどうにかまともにして、お姉さんがいる病室に向かおうとした。

「……」
 
 山岡卓は息を吐き出した。
 僕の背中、後方にいる山岡卓に何か変化があったのか?

「分かったよ。訳だけでも話してやるよ……」
 
 そこには少し冷静になった彼の声があった。

 山岡卓は、病院から少し離れて、公園に連れて行った。
 辺りは、もう宵の口で、この公園に一つだけある電灯に明かりがつき、この公園を暗く照らしている。
 僕たちはブランコに座り、彼が話しを切り出すのを待っていた。

「姉さんは、白血病だ」
「……」
 
 僕はそれが、どんなに重い病気か、知っている。進行具合にもよるが、命に関わる可能性もあることも知っている。

「でも、治るはずだったんだ。ただ、金がないから、手術がずっと遅れてて、今すぐにでも手術を受けないと本当はいけない。そうしないと、本当に命に関わる」
 
 胸が痛くなる話しだった。
 だが、だからと言って……。
 確かに、そんな手術費と比べれば、僕が取られた金など、せいぜい十万ぐらいだ。
 しかし。それも、やはり大きいのだろう。
 山岡卓がお金を稼ぐために、食べていかなければならない。その食費に使われたとすれば、軽視できる金額ではない……。
 
 でも、でもそれなら、事情を話して、お金を渡してもらえばいいんではないのか?
 他の人ならともかく、僕なら払う。

「……それで、同級生をイジメて、カツアゲしてるの? それは許されることではないよ」
「……松尾という奴がいた」
 
 僕はその言葉に反応して、身を強ばらせる。

「そいつは、姉さんの横の部屋で母親が入院していたんだ」
 
 ……。やはりか。やはり僕は知っていたのだ。山岡卓が何故病院に行き、誰の見舞いに来ているか知っていたのだ。
 だが、それは何故忘れていた? いや、僕はこの世界に来て、以前の僕を保てているのだろうか?
 また思考の渦に巻き込まれようとした瞬間、

『おいッッッッ!!』
 
 頭の声が鳴り響き、僕はハッとする。

『ちゃんと聞いてあげて……』
 
 すぐに僕は気を取り直して、山岡卓に注意を向ける。

「俺は旅館でバイトして、深夜は現場仕事をしている」
「うん」
 
 知っていたが、僕は知らないふりをする。

「お金の価値は誰よりも知っている。姉さんのために、姉さんの命を救うために必死なんだ」
「うん」
「だけどな、松尾という奴は、俺が医者に、お金がないので、入院費を払うのを待ってくれと頭を下げているのをどこかで知ったらしい。おそらく看護婦か誰かが、噂したんだろう……」
「……」
「だから、俺に五万円を見せてきやがった。僕が今出せるのはこれくらいだけど、受け取ってってな」
「……」
「許せない。金を自分で稼いだこともない、金の価値も知らない、あんなガキに哀れの目で、金を見せつけてくる。俺は心底頭にきた」
「……受け取ったの?」
「受け取らない訳にはいかないだろっっ!!」
 
 山岡卓は叫んでいた。

「俺がどんな思いで、受け取ったと思う。どんなに情けなかったと思う。あんな奴に、あんな哀れんだ目で見られた俺は、どんなに屈辱だったか、お前には分かるか?」
 
 それを聞いて、僕はようやく消えていた記憶が鮮明に思い出した気がした。
 そうだ、確かに僕は山岡卓にお金を病院で渡した。
 山岡卓は嬉しそうにしていたと思っていたが……。僕は彼のプライドを踏みにじったのだな……。
 
 でも……。

「でも、だからといって、いじめて良い訳ではないよ、しかも今の子は関係ないよ」
「うるさいな!! 俺は別にいじめようが、カツアゲしようが、お前には関係ないし、誰かからお金を奪うことも悪いなんて思ってないんだよ! 姉さんだよ! 姉さんさえ助かればなんでもいいんだよっ!!」
 
 僕はそれでも言い返そうと思った。だが、山岡卓はブランコから下り、一人で歩いて行った。

「お前にはもう、一切関わらない。俺に口を二度と利くな」
「待ってよ!! 話はまだ……」
 
 しかし、山岡卓は振り返らない、言葉を返さない。
 彼がもうこれから向かう夜の中に、寂しそうな背中を見せながら、紛れていくことが、何故か物悲しく感じていた。

『で、あんたどうするの? 山岡卓にどうしてあげたい』
 
 頭の中の声が話しかけてくる。

「決まってる。イジメを止める。彼ならきっと分かってくれる……」
『ふーん。だといいけど、頑張って……』
 
 僕はアメジストの宝石を握り閉める。きっと上手くいく、そう信じることにした。

 次の日、学校で二人とも黙って授業を受けた。
 だが、山岡卓は終始、不機嫌に見えた。 
 長身の不良や、他の不良仲間も、昨日とは違って、教室に入ってきた。
 なにやら、僕を見て、薄ら笑いをしているが、僕の関心はそこには一切なかった。
 ただ、山岡卓は僕に一瞬たりとも、目を合わさない。視界に一切入れようとしない、それが何より気掛かりだ。
 
 だが、山岡卓はただ無視している訳ではないように思えた。まるで、大好きな人が大っ嫌いになったため、それが憎らしく、恨めしく、同じ空気を吸うのも、嫌悪するとでも言おうか。
 自意識過剰かもしれないが、僕にはそう思えた。

『間違ってないよ……』
 
 僕が思案していると、頭の中の声が言った。
 だが、頭の中の声は酷く僕を心配しているように思える。
 でも、僕は揺るがない。本当はやめとこう。逃げよう。恐い。怖い。
 多種多様なネガティブな感情が襲いかかっている。
 けれども、僕は跳ね返した。
 それは、山岡卓を今なら信じられる。その思いの強さだった。

 放課後、案の上、山岡卓たちは、不良仲間とともに、行ってしまった。
 僕はしばらく、教室の机の前に座って待っていた。

『キミは今、なんでそうしてる? すぐ行かないの?』
「……時間だよ。確実にいじめてないと、動いても意味がない」
『それは、何故?』
「自己中心かもしれないけど、救いたいのはいじめを受けている人じゃない、山岡卓だ」
『……キミ、少し変わったね』
「そうかな……」
 
 そんな考えを巡らせている場合じゃない。僕は行かなければ。
 僕は階段を上がり、屋上に直行する。
 その時、以前記憶がよみがえった。
 そういえば、自分が今、野原光太郎だって、何でも心の中で唱えて入ろうとしたっけ……。
 それで、後ろから、山岡卓に話しかけられたっけ……。べ、べべ別に……、僕はクスりと笑った。
 そして、ドアをバーンと開けた。
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