禁じられた逢瀬

スケキヨ

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背後

背後④

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 *****

 気が付くと、すぐ目の前に楠ノ瀬くすのせの顔があった。

「あぁ……」

 俺の目を見た楠ノ瀬が、安堵とも落胆ともつかない呻き声を漏らした。

「ん、楠ノ瀬? 俺、寝てた……?」

 寝惚ねぼまなこの俺の目をじっと覗き込んだ楠ノ瀬が、

「……よかったぁ」

 ほっとしたように大きく息をついてから、顔を綻ばせた。

 嬉しそうに笑う楠ノ瀬の様子から、俺は自分の目が元に戻ったことを察した。

 念のため鏡で確認してみると、先ほどまで青白い光を放っていた瞳はすっかり落ち着いて、何の変哲もない黒い目に戻っている。

「……よかった」

 ――けど、また楠ノ瀬の力に頼ってしまった。

 やっぱりまだ俺一人の力では、完全に制御しきれない。
 あの『声』に引きずり込まれそうになる俺を、いつも楠ノ瀬が引き戻してくれる。

 この間だってそうだ。
 甘い誘惑に惑わされそうになった俺を踏みとどまらせてくれたのは……楠ノ瀬だった。

「あの人……どうしてる?」

 俺は気になっていたことを尋ねた。

「……直之なおしさんのこと? いま、入院してる。何カ所か骨折してるんだって……。でも、命に関わるほどではないから」

「そうか……よかったな」

 俺は心の底からそう思った。





 ――あの時。

 あのまま、あの男を殺すこともできたのかと思うと……体が震えてくる。

 あの力を使えば……竜巻を起こすことも、湖を涸らすことも……おそらく簡単にできてしまう。自然の脅威の前に、ちっぽけな人間の命を奪うのも、きっと簡単な話だ。

 祖父じいさんも町の人も……みんなが恐れおののく理由がわかった。
 あれは簡単に使っていいものじゃない。

 あれは……罪だ。

 ベッドに腰かけたまま小刻みに震える俺を、

高遠たかとおくん……大丈夫?」

 楠ノ瀬が気づかわしげに見つめていた。
 隣に腰かけた彼女の手がやさしく俺の背中を撫でてくれる。

 楠ノ瀬の手が触れた辺りから、ぬくもりが広がっていくような気がした。

「楠ノ瀬……いつも、ありがとう」

 ごく自然に、彼女への感謝の言葉が口をついた。

「え、なに、いきなり改まって……」

 楠ノ瀬がどぎまぎと挙動不審になって、目を泳がせている。たぶん、照れているんだろう。

 ――かわいい。

「あ、えーと……高遠くん、落ち着いたみたいだから、私そろそろ帰るね」

 バタバタと立ち上がった楠ノ瀬が早口で言った。

「え、もう……?」

 もう少し一緒にいたい俺は、彼女を引き留めたくて、

「なんか飲み物持ってくるから! お菓子も!」

 食べ物で釣ろうとした。

「すぐ持ってくるから……ちょっとだけ待ってて!」

 遠慮しようとする楠ノ瀬を無理やり押し留めて部屋のドアを開けると――

「あ……。コーヒー、お持ちしました」

 お盆を持った使用人が立っていた。

 ――いつから、いたんだ?

 タイミングが良すぎないか!?
 しかもコーヒーの隣にはクッキーまで添えられている。

 俺と大して年も変わらなそうなのに気の利きすぎるその使用人に、

「……ありがとう。ちょうど今、取りに行こうと思ってたんだ」

 俺は少したじろぎながら、礼を言った。

「それは良かったです! いやぁ、キレイなヒトですね!」

 その若い使用人は明るい声でそう言うと、ニカッと笑ってみせた。タレ目がちで人懐っこい笑顔が、小動物を連想させる。

「いいなぁ。僕もあんなカノジョが欲しいですよ。では、ごゆっくりどうぞ~」

 俺が口を挟む隙もなかった。

 やけに馴れ馴れしい調子でまくし立てると、俺にお盆を預けて軽やかに立ち去っていく。

「なんだ、あの男……」

 飄々ひょうひょうとした男の背中を見送りながら、俺は首を捻った。





 ――この時。

 俺はまだ気付いていなかったんだ。

 俺の大切なものを……全て奪いさろうとする影が、すぐ背後まで迫っていたことに――。


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