馬鹿でかわいい俺だけの魔族

桃瀬わさび

文字の大きさ
5 / 12

5休みをください 【リーノ】

しおりを挟む

「おい、リーノ、聞いたか? 勇者がとうとう魔王城まで攻め込んだらしいぜ」
「え、ってことは明日休みになるんじゃね!?」
「ならねーよ」

予想外に冷静なツッコミをくらって、ちぇーと口を尖らせる。
そりゃ確かに、城で何があっても俺らにはカンケーないかもしんないけどさ。
少しくらい夢を見たっていいと思うんだよ! 
勇者を打ち倒して戦勝記念に一週間休みとか、祝日が新たに増えるとか、可能性としてはなくはないじゃん!?

どうせ勇者が魔王様に勝っても、また新しい魔王様が就任するだけだし? 
魔国は完全実力主義だから、魔王様が負けたら二番目に強い将軍か宰相が魔王様になるんだろーなーとか読めちゃってるし? 
魔王軍の下請けの下請けの下請けの下請けの仕事を請け負うだけの一般市民としては、休みくらい増えなきゃやってらんないわけですよ。

だいたい戦争のせいで、遠くにあるちっこい村を燃やしにいけとか、遠征のための食料を調達してこいだとか、ちょっと勇者のいる町に行って様子を調べてこいだとか、やたらと変な仕事が増えたんだ。
休日だって何日も潰れたし、なのに給料は全然増えねーし、勇者が近くにいる場所で仕事するとかほんとこえーし、下っ端魔族には辛すぎた。

お願いだから、休みをください。
どっちが勝っても構わないから、パーッと一ヶ月くらい休ませてください。
もちろん給料はそのままで。
むしろ未払いの残業代とか危険手当とか、上乗せしてくれたっていいんだよ。

いつまで経ってもなくならない書類の山と向き合いながら、隈のできた目をこする。
勇者が魔界に攻め込んでからは出張もなくなって、こういう書類仕事が増えた。
危険がないのはうれしーけど、残念なこともいくつかある。

そのいち。
出張だとこっそりサボれるのに、書類仕事だとそうもいかない。

そのに。
そもそも書類仕事に向いてない。
自他ともに認める馬鹿にさせる仕事じゃないよね、これ。

そのさん。
ゼノとも会えなくなってしまった。

あ、ゼノってゆーのは、顔見知り以上友だち未満って感じのヤツだ。
魔族じゃなくて人間だけど、いろいろと助けてくれるかなりいいヤツ。
村を燃やす仕事のときに出会って、それからも出張のたびにちょくちょく会ってた。
出会ったときは俺より小さかったんだけど、今はすっかり大きくなって、勇者一行の下っ端の下っ端? みたいなことをしているらしい。

ええと、なんだったっけ……勇者と一緒に行動してる騎士団の、下請けの下請けの下請けの雑用係って言ってたかな。
俺よりは少しマシって感じの勤め先っぽくて、勝手に仲間認定してる。
下っ端は苦労するよな~、うんうん。

そんなゼノのおかげで助かったのは、実は一度や二度じゃない。
はじめて村を焼いたときも、村を焼こうとしたら勇者が来ちゃって困ったときも、ゼノが知恵をしぼってくれた。
勇者の動向を探れなんていう無茶ぶりも、ゼノが勇者情報を教えてくれたおかげでなんとかなった。
ゼノがいなかったら、情報を集めてるうちに勇者に見つかってバッサリいかれてたんだろーな……。
うう、こわいこわい。

二回目に助けられてからは、お礼としてお菓子を持ってって一緒に食べたりしてたけど、それだけじゃ返せないくらいに借りが大きい。
ゼノがいなかったら死んじゃってたかもしれないと思うと、本気でお礼を考えなきゃいけない。
いつかしっかりお礼したいと思ってたんだけど……次はいつ会えるんだろう?
いつか会える日は来るんだろうか。

今のところ勇者が優勢だって聞くし、ゼノはただの雑用係だし、たぶん怪我とかはしないと思う。
でも、戦争が終わって勇者が魔界から離れたら、ゼノだって国に戻るだろう。
そうなったらもう会う理由もないし、二度と会えなくなるのかも。
名前しか知らない人間にまた会う方法なんて、馬鹿な俺じゃ思いつかないし。

「元気にしてっかなぁ」

ずっと着けているゼノからもらった首飾りを、指先でいじいじと弄ぶ。
勇者と出会った証拠としてもらったやつは提出しちゃって、これはその次に会ったときにもらったものだ。
先についてる飾りはゼノの魔力結晶らしいけど、人間にも魔力の結晶化ができるなんてってびっくりした。

たしか学校では、魔力の結晶化は魔力量が多い魔族だからできることって教わった気がするんだけどな。
俺はフツーに落ちこぼれだったし、ただの記憶違いかな?

手のひらできらきらと輝く結晶の色は、ひんやりとしたアイスブルー。覗き込むと中心に虹が散っていて、万華鏡みたいですごく綺麗だ。
こんなに綺麗な魔力の色は、世界中探してもそうそうないような気がする。
綺麗と言えば、成長したゼノもすんごくかっこよくなってた。
見上げるほどに高くなった身長に、雑用係とは思えないほど立派な体躯。
青みがかった銀色の髪はサラサラで、切れ長の目は結晶と同じアイスブルー。
いつもきりっとした顔をしていてあんまり笑わないんだけど、たまに笑うと破壊力がすごい。

初めて出会ったときは、銀髪は汚れてくすんで灰色に見えたし、顔は整っていても表情は暗く沈んでいたんだけどな。
それが数年であんなにかっこよくなるんだから、人間って不思議だと思う。
しかもあれで雑用係。
ビシッとした格好で綺麗なお姉さんをエスコートしてそうなのに、下っ端の下っ端の雑用係。
俺が名前を呼ぶとほんの少しだけ目元が和らぐんだけど、あの顔を見せれば男も女も虜にできそうなのにな。

「ゼノ」

って呼んでも、あの優しい顔はもう見られないかもしれないんだけど。 
もう二度と会えないのかもしれないんだけど。
……と思いながら、久しく呼んでいない名前を唇にのせたとき、手の中の結晶がまばゆく光った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

悪役のはずだった二人の十年間

海野璃音
BL
 第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。  破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。  ※ムーンライトノベルズにも投稿しています。

婚約破棄を提案したら優しかった婚約者に手篭めにされました

多崎リクト
BL
ケイは物心着く前からユキと婚約していたが、優しくて綺麗で人気者のユキと平凡な自分では釣り合わないのではないかとずっと考えていた。 ついに婚約破棄を申し出たところ、ユキに手篭めにされてしまう。 ケイはまだ、ユキがどれだけ自分に執着しているのか知らなかった。 攻め ユキ(23) 会社員。綺麗で性格も良くて完璧だと崇められていた人。ファンクラブも存在するらしい。 受け ケイ(18) 高校生。平凡でユキと自分は釣り合わないとずっと気にしていた。ユキのことが大好き。 pixiv、ムーンライトノベルズにも掲載中

何故か男の俺が王子の閨係に選ばれてしまった

まんまる
BL
貧乏男爵家の次男アルザスは、ある日父親から呼ばれ、王太子の閨係に選ばれたと言われる。 なぜ男の自分が?と戸惑いながらも、覚悟を決めて殿下の元へ行く。 しかし、殿下はただベッドに横たわり何もしてこない。 殿下には何か思いがあるようで。 《何故か男の僕が王子の閨係に選ばれました》の攻×受が立場的に逆転したお話です。 登場人物、設定は全く違います。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

世界一大好きな番との幸せな日常(と思っているのは)

かんだ
BL
現代物、オメガバース。とある理由から専業主夫だったΩだけど、いつまでも番のαに頼り切りはダメだと働くことを決めたが……。 ド腹黒い攻めαと何も知らず幸せな檻の中にいるΩの話。

弟勇者と保護した魔王に狙われているので家出します。

あじ/Jio
BL
父親に殴られた時、俺は前世を思い出した。 だが、前世を思い出したところで、俺が腹違いの弟を嫌うことに変わりはない。 よくある漫画や小説のように、断罪されるのを回避するために、弟と仲良くする気は毛頭なかった。 弟は600年の眠りから醒めた魔王を退治する英雄だ。 そして俺は、そんな弟に嫉妬して何かと邪魔をしようとするモブ悪役。 どうせ互いに相容れない存在だと、大嫌いな弟から離れて辺境の地で過ごしていた幼少期。 俺は眠りから醒めたばかりの魔王を見つけた。 そして時が過ぎた今、なぜか弟と魔王に執着されてケツ穴を狙われている。 ◎1話完結型になります

記憶喪失になったら弟の恋人になった

天霧 ロウ
BL
ギウリは種違いの弟であるトラドのことが性的に好きだ。そして酔ったフリの勢いでトラドにキスをしてしまった。とっさにごまかしたものの気まずい雰囲気になり、それ以来、ギウリはトラドを避けるような生活をしていた。 そんなある日、酒を飲んだ帰りに路地裏で老婆から「忘れたい記憶を消せる薬を売るよ」と言われる。半信半疑で買ったギウリは家に帰るとその薬を飲み干し意識を失った。 そして目覚めたときには自分の名前以外なにも覚えていなかった。 見覚えのない場所に戸惑っていれば、トラドが訪れた末に「俺たちは兄弟だけど、恋人なの忘れたのか?」と寂しそうに告げてきたのだった。 ※ムーンライトノベルズにも掲載しております。 トラド×ギウリ (ファンタジー/弟×兄/魔物×半魔/ブラコン×鈍感/両片思い/溺愛/人外/記憶喪失/カントボーイ/ハッピーエンド/お人好し受/甘々/腹黒攻/美形×地味)

処理中です...