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1巻
1-1
1、他称ビッチ、流される
なんか軽そう、それがおれの第一印象らしい。
中学生の頃からずっと、やれ誰それをもてあそんだだの、片手で収まらないくらいの彼女がいるだの、全員遊びで本命はいないだの、軽薄な噂がつきまとう。
それが嫌で高校は男子校を選んだら、今度はビッチとかいうあだ名までついた。
大学二年の今も呼ばれているから、もう四年強。不本意ながら長く付き合っているあだ名だけど、ちょっと言ってもいいだろうか。
――ヤリチンならまだしも、ビッチってなんだビッチって!
頼めばヤラせてくれるとか、一回いくらだとか、最高で三人までなら同時にいけるとか。
悪いがこちとら、キスさえ知らない清い身体だ!
当然童貞。もちろん処女!
男なのに処女ってなんだよ!
百歩譲って、女に飢えた男子校特有のノリだとしよう。
姫なんて呼ばれているやつもいたし、実際にカップルだって成立していた。女と縁がなさすぎて、手近にいる男を女扱いするのもよく聞く話だ。
その流れで行くと、おれがビッチなんて不名誉なあだ名で呼ばれるのもわからんでもない。
でも、ちょっと、もう一回叫んでもいいだろうか。
――な、ん、で、大学でもビッチ扱いなんだよ!
身に覚えのない痴話喧嘩に巻き込まれるし! 学祭で浮かれたやつに襲われかけるし!
ちょっと飯行こうぜ、ってくらいの気軽さで、性的に誘われるのはなんでなんだよ!
「なあ相原、一回でいいからヤらせろよ」
「あー、今そういう気分じゃないんで」
しつこい誘いにイラッとしつつも、それを隠してへらりと笑う。
入学したときから頻繁に声をかけてくる先輩。男。名前は知らない。
知っているのは、やたらとギラついた目をしていることと、うざいことと、しつこいことだけ。
何度断られても誘い続けるなんて、よっぽどモテないんだと思うけど――もしかして、このやんわりとした断り方がよくないんだろうか?
今はそういう気分じゃなくても、ビッチだしいつかはヤれんだろ、って思われているとか?
だからおれと顔を合わせるたびに、しつこいくらいに誘ってくるのか?
うわぁ、ありそう、とげんなりしつつ、落ちかかる髪を耳にかけた。
ゆるくウェーブした髪は染めていないのに茶色くて、肌はゆでたまごみたいにつるりと白い。
骨格は細く頼りなくて、それなりに整った顔は中性的……と主張したいけど、残念ながら女顔。
でも、アクセサリーはかゆくなるからつけないし、断じてチャラついた格好もしていない。
もちろんビッチだと誤解されるようなこともしていない。
それなのにビッチの汚名がつきまとうのはなぜなのか。
いい加減、汚名返上したいんだけど。
「いっつもそれだな。ビッチのくせに」
「こう見えて案外純情なんすよ」
「金か? いくらだ?」
スルーかー。そうかー。そんなことだろうと思ったよ。
「おれは見た目に反して軽くないし、なんなら貞操観念だって強いほうだ」なんて言っても、誰も信じないよなあ。
高校生の頃、見た目で誤解されるならイメージを変えるしかないと、頑張ってみたことがある。
でも、筋トレはかえって華奢になっただけだったし、長めの髪をばっさり切ったら、うなじがソソると言われまくった。
おれの背後に忍び寄って、気づかれないうちにうなじを撫でるっていう遊びが流行った。
それからは誤解を解くのを諦めて、長い髪も伸ばしっぱなしだ。
昔から美容院は好きじゃないし、どうせ軽く見られるなら、人に頭を触られる回数が少ないほうがいい。
頭に限った話じゃないけど、人に触られるとぞわっとするから嫌なんだって。
これもビッチっぽくないからか、誰にも信じてもらえないんだけどさ。
――でも、こうして誘いを断るのも、マジで疲れるんだよなあ……
性欲が絡んでいるせいで、しつこいしうざいし気持ち悪いし。かといって変に断って、逆上されるのはもっと困るし。
いっそ誰かと付き合っちゃえば、断る手間が省けるのか?
「どうしたらその気になるのか」とか「いくらならヤラせてくれるか」とか、変に食い下がられなくて済むようになるのか?
「じゃあ舐めるだけでもいいから」って、なんで名前も知らないやつのアレを舐めなきゃいけないんだよ!?
お前なら「はいそうですか」って舐めるのかよ!?
ってかビッチだって、ただ舐めるだけって嬉しくないんじゃねーの? 気持ちいいのが好きだからビッチなんじゃねーの?
相手のちんこを舐めるだけじゃ、何も気持ちよくないじゃんか。
――あー、もう、ほんとめんどくせー。
そんな内心を遠くに羽ばたかせながら、日差しが降り注ぐ中庭を眺める。
春も終わりに近づいた、過ごしやすい最高の季節。
食堂と校舎の間にあって、爽やかな風が吹き抜けていくこの場所は、学生たちの憩いの場だ。青々とした芝生にも木陰に置かれたベンチにもぽつぽつと人が座っていて、おれたちに好奇の目を向けている。
……なんでこんな気持ちのいい日に、こんなに晴れた空の下で、男に粘られているんだか。
ヤるとかヤらないとか舐めろとか舐めないとか、話すような場所じゃないと思うんだけど。
大学に入って一年ちょっとで、どれだけこんなことがあったっけ?
……数えるのもメンドいくらいとしか覚えていない。あやうく襲われかけたことだって、一度や二度じゃない。
マジでいつまで続くんだ、これ。
ため息をなんとか押し殺しつつ、遠くの緑を眺めていると、視界に大きな影が割り込んだ。
「振られたならどいてくれないか」
おお、救世主。
こっちに背を向けているから誰かはわからないけど、見上げるくらいにでかい男だ。低く響くようないい声をしていて、静かな口調なのに迫力がある。
でも、いったいどんな表情をしているのか。
さっきまで強気だった先輩が顔を見た瞬間たじたじになって、気まずそうに目を逸らしている。
おれに「気が向いたらいつでも言え」と言い捨てて、逃げるように去っていく。
――気なんか一生向かねーわ、ばーか。万が一すげーヤリたくなっても、お前にだけはぜってー言わねー!
走り去る背中に内心でべーっと舌を出してから、改めて男に目を向けた。
すっげー、でけー。
ようやくこっちを振り向いたのは、身長が百九十センチ近くありそうな、筋肉質で強面の男。
おれだって一応百七十はあるのに、首を動かさなきゃ顔が見えない。
でもそこにいたのは意外なことに、おれでも知っている学内の有名人だった。
この体格で目立たないほうが無理だろうけど、柔道の試合中の鋭い視線がカッコいいとか、男の中の男だとか騒がれていて、『男が選ぶ! 抱かれたい男ランキング』で栄えある一位に選ばれていたはず。
……男なのに抱かれたいってなんなんだろうな。おれに聞くな。
ちなみにおれは『男が選ぶ! 抱きたい男ランキング』のほうの何位かに入っているらしい。
『いわずと知れたビッチくん! その色香に惹き込まれずにいられない!?』なんていういやーな煽り文句がついていたとかなんとか聞いた。
くそ、どうせ選ばれるなら、おれも抱かれたい男のほうがよかった。
この男みたいな硬派な顔つきで、肌もこんなふうに健康的に焼けていて、筋肉なんて鎧みたいで。
さらにいうと性格も、他称ビッチを助けちゃうくらいの男前?
くっそ、腹立つ。憧れる。
こういう男だったらきっと、変な噂とは無縁なんだろう。
軽薄な誘いも真剣な告白もバッサバッサと断るから、難攻不落って言われているらしいし、その硬派な言動からどんどんファンが増えているらしい。
歩いていただけでヤらせろって迫られるおれとは大違いだ。
えーっと、名前は……篠田、だったっけ?
「サンキュー篠田、助かった」
こいつが割り込んでくれなかったら、あとどれくらい粘られていたか。下手すると昼飯を食いっぱぐれることになっていたかも。
改めて感謝しつつ篠田にへらりと笑いかけると、その眉根がぐっと寄せられた。
む、なんだよ。
篠田と違ってビッチとかチャラいとかさんざんな言われようだけど、おれだってお礼くらい普通に言うよ。
「相原、付き合ってくれないか」
「いいよ。どこに行けばいい? 見ての通りひ弱だけど、役に立つかな?」
くてんと首を傾げると、篠田がまたぐぐっと眉間に皺を寄せた。
なんだろ、この顔。怒ってるのか?
やたらと険しくて迫力もすごいけど、おれなんか変なこと言ったっけ?
助けた代わりに、何か手伝ってほしいことがあるんだろ?
あんまり体力に自信はないものの一応これでも男だし、かさばるものを運ぶくらいならいけるって。
重すぎたらすぐギブアップするかもしれないけど、そのときはそのとき。人を呼んだり台車を借りたり、パシリとしてなら役に立てるって。
……で、話の続きは?
おれはどこに行って何を手伝えばいいんだ?
不自然に続いた沈黙にもう一度首を傾げた瞬間、篠田にがっと肩を掴まれた。
えーと、痛いんだけど、顔怖いんだけど、何?
「同行ではなく、交際のほうだ」
「こうさい? ……交際? おれと? なんで?」
「好きだからだ」
「はあ」
いや、気の抜けた返事とか言うなよ。
普通こうなるだろ。
常時五股と噂される他称ビッチに、真剣に交際を申し込むやつがいると思うか?
思わねーだろ?
それも「ちょっと付き合っちゃう?」みたいなかるーい感じの告白じゃなくて、緊張感ただよう真剣な告白。
「ちょっとちんこ突っ込んでいい?」とかならもう言われ慣れたけど、「好きだから付き合ってくれないか」なんて、マジで一度も言われたことねーよ?
こんな告白を受けるなんて、今まで考えたことすらねーよ?
しかも。しかもだ。
目の前にいるのは、ふわふわしたかわいい女の子でも、手当たり次第に声を掛けまくるチャラ男でもなく、硬派を絵に描いたような男なんだぜ?
こんなん、ぽかーんとしちゃって当然だろ。
「えーと、どっきり?」
「違う。急に言われても困るだろうが、友人から始めてくれないか」
やべえ。頭が混乱しててわけわかんねー。
付き合ってっていうのは同行じゃなくて交際のことで、どっきりでもなくて、友人から始めてくれないかって。
これってもしかして、もしかしなくても、告白っていうやつだよな?
他称ビッチが、この見るからに硬派な男に、告白されているんだよな?
――なんでこんな、男の中の男みたいなやつに告白されてんの?
そりゃ女の子に言い寄られるより、男に迫られるほうが圧倒的に多いけど。
「とりあえず試しに一回ヤッとく?」みたいなノリで声掛けられるし、いまさら男ってだけでびっくりはしないけど。
え、どっきりじゃなかったら夢かなんか?
実は心のどこかに、そんな願望を持っていたとか?
いや、でも、ぎりぎりと肩に食い込む指が痛いしなあ。
「……あー、ええっと、うーん、と? と、友達からなら?」
こら! そこ! 流されやすいとか言うな!
こんなん、これしか言えねーだろ!
顔が強張りまくっているせいですげー怖い顔になっちゃってるけど、眼光鋭くおれを射抜く瞳は、かなり必死な感じに見えるし。
話したことはないけど、いいやつそうだし。
何より、『緊張してます!』ってでかでかと顔に書いた相手に「友人から」って頼まれて、冷たく断るなんてさすがにひどい……よな?
だよな?
誰かそうだと言ってくれ。
なんとなく間違えたような気がしなくもないけど、こんなにも真剣に告白されたのは生まれて初めてだ。
その相手がおれよりゴツい男だっていうのは、まぁちょっと思うところもなくはないけど、真摯な想いを向けられるのは嬉しい……かもしれない。
と、思うことにしよう。そうしよう。
強張った顔から一転、はにかんだように笑った男に笑い返しつつ、ほんの少しだけ打算が働いた。
これで変な誘いも減るんじゃないか? と。
◇ ◆ ◇
結論。減った。
超減った。
むしろなくなった。
おれと篠田は清く正しく友達になっただけなんだけど、なんとこの男、それを告白してくる人に正直に伝えているらしい。
『相原に真剣に交際を申し込んで、今は友人から始めてもらっているところだ』って。まあ、何も間違ってはいないんだけどさ。
難攻不落と名高い篠田が他称ビッチに告白したなんて、学内トップニュース待ったなしなわけで。
結果としてその噂は光の速さで大学中を駆けめぐって、数日経つ頃には『二人は付き合っている。ヤリまくっている。ビッチが巨根に夢中になって、とうとうちんこを一本に絞った』なんていう尾ひれまでついていた。
何度も言うが、おれはまったくの清い身体だ。
ちんこを一本に絞るも何も、そもそも自分のしか知らないし、自分のだけで充分だ。
篠田のちんこにも興味はないし、連れションさえもしたことないから、あいつが巨根かどうかも知らない。
そんな篠田との関係を一言で言えば、仲のいいダチ。
これに尽きる。
例の告白からしばらくは『友達って何すんだ? おれと篠田の共通点なんてあるか?』とか思っていたけど、完全に無駄な心配だった。
柔道部と無所属、理系と文系。趣味は違うし、講義だって大教室でやるやつがいくつかかぶっているだけ。予想通り共通点も接点もほとんどないし、真面目な篠田といい加減なおれとは、性格だって全然違う。
でも、こんなに真逆なのに、一緒にいるのは悪くない。
というか、楽しい。
ウマが合うってこういうことなのかな?
篠田と遊ぶようになって、世界が広がった――って言うとちょっと大げさだけど、そう感じることも少なくない。
休日の過ごし方がお互いに全然違うから、遊ぶときは互いのやりたいことを交互にやる。
おれの提案で古着屋やセレクトショップをブラついた翌週は、篠田に誘われて山に登るっていう感じだ。
山に登ったのなんて遠足のとき以来だったし、道中はしんどくてへこたれそうになったけど、頂上からの景色は最高だった。
「休みのたびにおれと遊んでるけど、他のダチとは遊ばなくていーの?」
「問題ない。……相原は、その、いいのか?」
「全然おっけー」
誰とでも気軽に話すから顔見知りは多いけど、ダチと呼べるようなやつはかなり少ない。
友人関係は広く浅く、調子は合わせても心は開かず。男女問わずそこそこ仲良く話しながらも、深入りはしないように気をつけている。
それでも痴話喧嘩に巻き込まれるし、彼女持ちの男にヤろうぜって誘われるから、意味あんのかって感じだけどさ。
ダチだと思っていた相手に襲われそうになるよりは、まだ傷が浅いような気がするんだよな。
――だから、篠田といると楽なのかな。
篠田は見た目通りに硬派で真面目で、男の中の男って言われるようなやつだ。
他称ビッチが相手でも軽々しく『ヤろうぜ』なんて言ってこないし、痴話喧嘩うんぬんももちろんない。
ビッチに取られそうになって焦ったのか、告白される回数が増えたみたいだけど、期待も持たせずすっぱり断っているみたいだし。そのときにおれのことを悪く言われたら『俺が一方的に想いを寄せているだけだから、相原を悪く言わないでほしい』ってかばってくれているらしい。
中庭で偶然その場面に出くわしたときは、恥ずかしいわ、いたたまれないわで、全力で逃げた。
自己新記録が出せそうな速さだった。
篠田の硬派エピソードを語り出せばきりがないけど、個人的にツボなのが、おれとの連れションを避けているっぽいこと。
はっきりと言われてはいないものの、どうも『告白してきた相手とトイレに行くのは、相原が落ち着かないだろう』とか思っていそうなんだよな。
用を足したおれが戻ってくるのを待ってから、篠田もトイレに行くことがあるし。むこうが気を回しているんじゃなければ、この数ヶ月ほぼ毎日会っているのに、一度もトイレがかぶらないなんてないと思う。
とにかく篠田はいいやつだ。
あの真剣すぎる告白から始まった関係だから、普通の友達とはちょっと違う。
たまにおれのことを遠くから見つめていたりするし、何気ないときにむずむずするような視線を向けられたりもする。
おれの肩にゴミがついていたときも触れるのをためらっていたし、転びかけて支えてもらったときだって、慌てて手を離して謝られた。
なんでかはまったくわからないけど、篠田は本当におれのことが好きらしい。
それはこの数ヶ月で、充分すぎるくらいに感じている。
――でも、それが嫌だとは、不思議とまったく思わないんだよな。
肩に手を置かれただけでぞわっとくるやつもいるのに、篠田だと嫌じゃないのはなんでなんだろ。
首をひねって考えてみてもよくわからなくて、まあいいか、と諦めた。
◇ ◆ ◇
遊ぶ約束をした日に待ち合わせ場所に向かうと、必ず篠田が先にいる。
おれだって十五分前には着くようにしているのに、いったいどれだけ早く来ているんだろうか。
身長のせいか体格のせいか、シンプルな装いなのに目立つ男だ。
スマホにかじりつくように背を丸めている人が多い中で、一人だけスマホを触らずに、ぴんと背筋を伸ばしている。
周囲の人の視線を集めていても気にした素振りが少しもないのは、さすがというかなんというか。
篠田のことを知れば知るほど、かっけぇなぁ、という思いが強くなっていく。
「よっ、お待たせー」
だいぶ前からおれを見つけていた篠田に近寄り手を上げると、その目がわずかに細められた。
どことなく、眩しいものを見るような視線だ。
篠田に見つめられるとうなじのあたりがそわそわして、くすぐったいような気持ちになる。
嫌な感じじゃないんだけど、少し気恥ずかしいというか、落ち着かないというか。
よくわからない感覚をへらりと笑って誤魔化しながら今日の目的地を聞くと、意外な言葉が返ってきた。
「少し遠いが、郊外にあるゲームセンターはどうだ?」
「えっ、篠田もゲーセンとか行くの?」
「普通に行くが……相原は俺をなんだと思っている?」
何って……なんだろう……武士?
今まで篠田の提案で行ったのは、山と釣り堀とでっかい図書館。SNS映えとはまったくの無縁で、大学生が行くにしては渋いところばかりだ。
山は初心者向けでなんにもなくて、本当に登って帰ってくるだけだったけど、澄んだ空気が気持ちよかった。
釣りは餌にするうにょうにょ動く虫がマジで無理だったけど、魚が釣れると楽しかった。あと、塩を振って焼いただけなのに、死ぬほど美味しくてびっくりした。
遠い街にあるでっかい図書館は、おれの知っているそれとはいろいろ違って……なんて言ったらいいのかわかんないけど、小難しい本で勉強させられるところじゃなくて、面白い展示で興味が引かれるところ、みたいな。
本を手に取ってみたくなる工夫がたくさんあって、落ち着いて読める場所も作られていて、気づいたら何時間も経っていて驚いた。
どこも篠田に誘われなかったら、たぶん行くことはなかったと思う。
それでもいつも想像以上の楽しさが待っているから、篠田プロデュースで遊ぶ日を、結構楽しみにしているんだけど……ゲーセンはなんか、普通すぎて篠田っぽくないような。ミスマッチ感が否めないような。
男子大学生の遊ぶ場所としては何もおかしくないはずなのに、篠田がゲーセンにって思うと意外性しかない。
寺で座禅を組もうって言われたほうが篠田っぽい。
それか柔道の一日体験とか。そんな体験イベントがあるのかどうかも知らないけど。
「なんだろ、なんか、渋かっけぇって感じ? 座禅組んでそう」
「それは、褒めているのか……?」
「すっげぇ褒めてる!」
硬派とか、渋いとか、カッコいいとか、言われてみたい言葉ランキングの上位に入る。
確実に入る。
おれがよく言われるのは、軽い、チャラい、エロいとかそんなんばっかだし。『誘ったらワンチャンヤれそう』とか『相原なら男でも全然いける』とか、マジでまったく褒めてねえし。
自分で言ってて悲しくなってきた。
いまいち納得いかない顔で首をひねっている篠田を見上げて、まじまじとその全身を観察する。
太い首に、太い腕。見上げるほどの身長に、男らしく整った顔立ち。
考えごとをしているときに眉間に寄る皺も、意思の強さを示す凛々しい眉も、引き結ばれた唇も、カッコいいとしか言いようがない。
まさに、おれがなりたかった男そのものって感じだ。
うらやましい。
篠田のマネをして眉間にぐっと力を入れて、高いところにある瞳をのぞき込む。
こうすればおれも少しは渋い雰囲気が……出せ、ては、いない、のか?
篠田の眉間の皺が深くなって、表情がぐっと険しくなる。
なのに目尻だけはほんのりと赤くて……これはどういう感情なんだ?
怒っているわけではなさそうだけど。
わっかんないなー、と首を傾げて、向かう先に視線を移す。
休日で混み合う駅構内。
行き交う人々が向けてくる視線が鬱陶しいけど、篠田との初ゲーセンは楽しみだった。
◇ ◆ ◇
篠田が連れていってくれた郊外のゲームセンターは、他のゲーセンと同列に並べていいのかと悩むようなでかさだった。
同じ館内には銭湯や映画館、ボーリング場まであるらしいし、レジャー施設と呼んでもいいのかもしれない。
あいにく今は観たいものがなかったけど、いつかまた映画を見に来るのも楽しそうだ。
心置きなく遊ぶために、ちゃんとバイト代を貯めておこう。
初夏とは思えない強い日差しから逃げるように、ゲーセンの自動ドアを二人でくぐる。
クレーンゲームの並ぶ通路を冷やかしながら通りすぎ、両替機でお金を崩して、対戦型のゲームのほうへ。
音ゲーはおれのほうが得意だったけど、シューティングゲームでは篠田に一歩及ばなかった――と言うと互角に戦ったみたいだけど、いい勝負ができたのはその二つだけ。
バスケのゲームとかパンチングマシンとかホッケーとか、身体を使うゲームはどれも勝負にならなくて、さすが体育会系と拍手するしかなかった。
そうしていい感じに汗をかいたところで、休憩を兼ねてメダルゲームへ。
難しい操作がないやつをだべりながらダラダラ続けるだけだけど、篠田とやると不思議と楽しい。
おれがどうでもいいことをあれこれ話して、無口な篠田が相槌を打つ感じなのに、ときどきぽろっと漏らす言葉が的を射ていて面白いんだよな。
ふいに落ちる沈黙さえも心地よいし、知らないやつに声を掛けられることもまったくない。
篠田自身も、あの告白以降は本当にただの友達として過ごしてくれていて、こんなにも居心地がよくていいのかと思ってしまうくらいだ。
サムライには下心なんてないのかもしれない。
「お互いに結構増えちゃったけど、このメダルどうする? 預けたりできるのか?」
「期限付きで預けることもできるし、併設のバッティングセンターでも使えると書いてあるな」
「ほうほう?」
メダルを交換したときに渡されたチラシを篠田がさっと取り出して、おれは横からのぞき込む。
遊ぶ時間はまだまだあるし、入ってきたのとは違う出口から出たら、バッティングセンターはすぐ目の前だ。
ずっと座っていて疲れた身体を動かすのは、なかなか気持ちよさそうな気がする。
ちらっと篠田を見上げると、どうやら同じことを思っていたらしい。
一見すると無表情にしか見えないけど、目が心なしか輝いている。
おれと目が合うといつもやんわりと細められるそれは、今日も優しい色をしていた。
「……行くか?」
「おう!」
照れを誤魔化すために勢いよく返し、篠田と連れ立ってゲーセンを出た。
バッティングセンターなんて何年ぶりだろう。
休日なこともあってか、バッティングセンターはなかなか混んでいた。
並びはしないけど空きもない、っていうくらいの混み具合だ。
ゲーセンついでに寄る人が多いからか、客層はほとんどが同年代。メダル分を使い切るとさくさく帰っていく人がほとんどのため、回転は早い。
考えることはみんな同じだなあと思いながら、中級のブースを確保する。
並びで二つ取るのはさすがに無理だし、別行動もつまらないから、篠田と交互に使うことにした。
なんか軽そう、それがおれの第一印象らしい。
中学生の頃からずっと、やれ誰それをもてあそんだだの、片手で収まらないくらいの彼女がいるだの、全員遊びで本命はいないだの、軽薄な噂がつきまとう。
それが嫌で高校は男子校を選んだら、今度はビッチとかいうあだ名までついた。
大学二年の今も呼ばれているから、もう四年強。不本意ながら長く付き合っているあだ名だけど、ちょっと言ってもいいだろうか。
――ヤリチンならまだしも、ビッチってなんだビッチって!
頼めばヤラせてくれるとか、一回いくらだとか、最高で三人までなら同時にいけるとか。
悪いがこちとら、キスさえ知らない清い身体だ!
当然童貞。もちろん処女!
男なのに処女ってなんだよ!
百歩譲って、女に飢えた男子校特有のノリだとしよう。
姫なんて呼ばれているやつもいたし、実際にカップルだって成立していた。女と縁がなさすぎて、手近にいる男を女扱いするのもよく聞く話だ。
その流れで行くと、おれがビッチなんて不名誉なあだ名で呼ばれるのもわからんでもない。
でも、ちょっと、もう一回叫んでもいいだろうか。
――な、ん、で、大学でもビッチ扱いなんだよ!
身に覚えのない痴話喧嘩に巻き込まれるし! 学祭で浮かれたやつに襲われかけるし!
ちょっと飯行こうぜ、ってくらいの気軽さで、性的に誘われるのはなんでなんだよ!
「なあ相原、一回でいいからヤらせろよ」
「あー、今そういう気分じゃないんで」
しつこい誘いにイラッとしつつも、それを隠してへらりと笑う。
入学したときから頻繁に声をかけてくる先輩。男。名前は知らない。
知っているのは、やたらとギラついた目をしていることと、うざいことと、しつこいことだけ。
何度断られても誘い続けるなんて、よっぽどモテないんだと思うけど――もしかして、このやんわりとした断り方がよくないんだろうか?
今はそういう気分じゃなくても、ビッチだしいつかはヤれんだろ、って思われているとか?
だからおれと顔を合わせるたびに、しつこいくらいに誘ってくるのか?
うわぁ、ありそう、とげんなりしつつ、落ちかかる髪を耳にかけた。
ゆるくウェーブした髪は染めていないのに茶色くて、肌はゆでたまごみたいにつるりと白い。
骨格は細く頼りなくて、それなりに整った顔は中性的……と主張したいけど、残念ながら女顔。
でも、アクセサリーはかゆくなるからつけないし、断じてチャラついた格好もしていない。
もちろんビッチだと誤解されるようなこともしていない。
それなのにビッチの汚名がつきまとうのはなぜなのか。
いい加減、汚名返上したいんだけど。
「いっつもそれだな。ビッチのくせに」
「こう見えて案外純情なんすよ」
「金か? いくらだ?」
スルーかー。そうかー。そんなことだろうと思ったよ。
「おれは見た目に反して軽くないし、なんなら貞操観念だって強いほうだ」なんて言っても、誰も信じないよなあ。
高校生の頃、見た目で誤解されるならイメージを変えるしかないと、頑張ってみたことがある。
でも、筋トレはかえって華奢になっただけだったし、長めの髪をばっさり切ったら、うなじがソソると言われまくった。
おれの背後に忍び寄って、気づかれないうちにうなじを撫でるっていう遊びが流行った。
それからは誤解を解くのを諦めて、長い髪も伸ばしっぱなしだ。
昔から美容院は好きじゃないし、どうせ軽く見られるなら、人に頭を触られる回数が少ないほうがいい。
頭に限った話じゃないけど、人に触られるとぞわっとするから嫌なんだって。
これもビッチっぽくないからか、誰にも信じてもらえないんだけどさ。
――でも、こうして誘いを断るのも、マジで疲れるんだよなあ……
性欲が絡んでいるせいで、しつこいしうざいし気持ち悪いし。かといって変に断って、逆上されるのはもっと困るし。
いっそ誰かと付き合っちゃえば、断る手間が省けるのか?
「どうしたらその気になるのか」とか「いくらならヤラせてくれるか」とか、変に食い下がられなくて済むようになるのか?
「じゃあ舐めるだけでもいいから」って、なんで名前も知らないやつのアレを舐めなきゃいけないんだよ!?
お前なら「はいそうですか」って舐めるのかよ!?
ってかビッチだって、ただ舐めるだけって嬉しくないんじゃねーの? 気持ちいいのが好きだからビッチなんじゃねーの?
相手のちんこを舐めるだけじゃ、何も気持ちよくないじゃんか。
――あー、もう、ほんとめんどくせー。
そんな内心を遠くに羽ばたかせながら、日差しが降り注ぐ中庭を眺める。
春も終わりに近づいた、過ごしやすい最高の季節。
食堂と校舎の間にあって、爽やかな風が吹き抜けていくこの場所は、学生たちの憩いの場だ。青々とした芝生にも木陰に置かれたベンチにもぽつぽつと人が座っていて、おれたちに好奇の目を向けている。
……なんでこんな気持ちのいい日に、こんなに晴れた空の下で、男に粘られているんだか。
ヤるとかヤらないとか舐めろとか舐めないとか、話すような場所じゃないと思うんだけど。
大学に入って一年ちょっとで、どれだけこんなことがあったっけ?
……数えるのもメンドいくらいとしか覚えていない。あやうく襲われかけたことだって、一度や二度じゃない。
マジでいつまで続くんだ、これ。
ため息をなんとか押し殺しつつ、遠くの緑を眺めていると、視界に大きな影が割り込んだ。
「振られたならどいてくれないか」
おお、救世主。
こっちに背を向けているから誰かはわからないけど、見上げるくらいにでかい男だ。低く響くようないい声をしていて、静かな口調なのに迫力がある。
でも、いったいどんな表情をしているのか。
さっきまで強気だった先輩が顔を見た瞬間たじたじになって、気まずそうに目を逸らしている。
おれに「気が向いたらいつでも言え」と言い捨てて、逃げるように去っていく。
――気なんか一生向かねーわ、ばーか。万が一すげーヤリたくなっても、お前にだけはぜってー言わねー!
走り去る背中に内心でべーっと舌を出してから、改めて男に目を向けた。
すっげー、でけー。
ようやくこっちを振り向いたのは、身長が百九十センチ近くありそうな、筋肉質で強面の男。
おれだって一応百七十はあるのに、首を動かさなきゃ顔が見えない。
でもそこにいたのは意外なことに、おれでも知っている学内の有名人だった。
この体格で目立たないほうが無理だろうけど、柔道の試合中の鋭い視線がカッコいいとか、男の中の男だとか騒がれていて、『男が選ぶ! 抱かれたい男ランキング』で栄えある一位に選ばれていたはず。
……男なのに抱かれたいってなんなんだろうな。おれに聞くな。
ちなみにおれは『男が選ぶ! 抱きたい男ランキング』のほうの何位かに入っているらしい。
『いわずと知れたビッチくん! その色香に惹き込まれずにいられない!?』なんていういやーな煽り文句がついていたとかなんとか聞いた。
くそ、どうせ選ばれるなら、おれも抱かれたい男のほうがよかった。
この男みたいな硬派な顔つきで、肌もこんなふうに健康的に焼けていて、筋肉なんて鎧みたいで。
さらにいうと性格も、他称ビッチを助けちゃうくらいの男前?
くっそ、腹立つ。憧れる。
こういう男だったらきっと、変な噂とは無縁なんだろう。
軽薄な誘いも真剣な告白もバッサバッサと断るから、難攻不落って言われているらしいし、その硬派な言動からどんどんファンが増えているらしい。
歩いていただけでヤらせろって迫られるおれとは大違いだ。
えーっと、名前は……篠田、だったっけ?
「サンキュー篠田、助かった」
こいつが割り込んでくれなかったら、あとどれくらい粘られていたか。下手すると昼飯を食いっぱぐれることになっていたかも。
改めて感謝しつつ篠田にへらりと笑いかけると、その眉根がぐっと寄せられた。
む、なんだよ。
篠田と違ってビッチとかチャラいとかさんざんな言われようだけど、おれだってお礼くらい普通に言うよ。
「相原、付き合ってくれないか」
「いいよ。どこに行けばいい? 見ての通りひ弱だけど、役に立つかな?」
くてんと首を傾げると、篠田がまたぐぐっと眉間に皺を寄せた。
なんだろ、この顔。怒ってるのか?
やたらと険しくて迫力もすごいけど、おれなんか変なこと言ったっけ?
助けた代わりに、何か手伝ってほしいことがあるんだろ?
あんまり体力に自信はないものの一応これでも男だし、かさばるものを運ぶくらいならいけるって。
重すぎたらすぐギブアップするかもしれないけど、そのときはそのとき。人を呼んだり台車を借りたり、パシリとしてなら役に立てるって。
……で、話の続きは?
おれはどこに行って何を手伝えばいいんだ?
不自然に続いた沈黙にもう一度首を傾げた瞬間、篠田にがっと肩を掴まれた。
えーと、痛いんだけど、顔怖いんだけど、何?
「同行ではなく、交際のほうだ」
「こうさい? ……交際? おれと? なんで?」
「好きだからだ」
「はあ」
いや、気の抜けた返事とか言うなよ。
普通こうなるだろ。
常時五股と噂される他称ビッチに、真剣に交際を申し込むやつがいると思うか?
思わねーだろ?
それも「ちょっと付き合っちゃう?」みたいなかるーい感じの告白じゃなくて、緊張感ただよう真剣な告白。
「ちょっとちんこ突っ込んでいい?」とかならもう言われ慣れたけど、「好きだから付き合ってくれないか」なんて、マジで一度も言われたことねーよ?
こんな告白を受けるなんて、今まで考えたことすらねーよ?
しかも。しかもだ。
目の前にいるのは、ふわふわしたかわいい女の子でも、手当たり次第に声を掛けまくるチャラ男でもなく、硬派を絵に描いたような男なんだぜ?
こんなん、ぽかーんとしちゃって当然だろ。
「えーと、どっきり?」
「違う。急に言われても困るだろうが、友人から始めてくれないか」
やべえ。頭が混乱しててわけわかんねー。
付き合ってっていうのは同行じゃなくて交際のことで、どっきりでもなくて、友人から始めてくれないかって。
これってもしかして、もしかしなくても、告白っていうやつだよな?
他称ビッチが、この見るからに硬派な男に、告白されているんだよな?
――なんでこんな、男の中の男みたいなやつに告白されてんの?
そりゃ女の子に言い寄られるより、男に迫られるほうが圧倒的に多いけど。
「とりあえず試しに一回ヤッとく?」みたいなノリで声掛けられるし、いまさら男ってだけでびっくりはしないけど。
え、どっきりじゃなかったら夢かなんか?
実は心のどこかに、そんな願望を持っていたとか?
いや、でも、ぎりぎりと肩に食い込む指が痛いしなあ。
「……あー、ええっと、うーん、と? と、友達からなら?」
こら! そこ! 流されやすいとか言うな!
こんなん、これしか言えねーだろ!
顔が強張りまくっているせいですげー怖い顔になっちゃってるけど、眼光鋭くおれを射抜く瞳は、かなり必死な感じに見えるし。
話したことはないけど、いいやつそうだし。
何より、『緊張してます!』ってでかでかと顔に書いた相手に「友人から」って頼まれて、冷たく断るなんてさすがにひどい……よな?
だよな?
誰かそうだと言ってくれ。
なんとなく間違えたような気がしなくもないけど、こんなにも真剣に告白されたのは生まれて初めてだ。
その相手がおれよりゴツい男だっていうのは、まぁちょっと思うところもなくはないけど、真摯な想いを向けられるのは嬉しい……かもしれない。
と、思うことにしよう。そうしよう。
強張った顔から一転、はにかんだように笑った男に笑い返しつつ、ほんの少しだけ打算が働いた。
これで変な誘いも減るんじゃないか? と。
◇ ◆ ◇
結論。減った。
超減った。
むしろなくなった。
おれと篠田は清く正しく友達になっただけなんだけど、なんとこの男、それを告白してくる人に正直に伝えているらしい。
『相原に真剣に交際を申し込んで、今は友人から始めてもらっているところだ』って。まあ、何も間違ってはいないんだけどさ。
難攻不落と名高い篠田が他称ビッチに告白したなんて、学内トップニュース待ったなしなわけで。
結果としてその噂は光の速さで大学中を駆けめぐって、数日経つ頃には『二人は付き合っている。ヤリまくっている。ビッチが巨根に夢中になって、とうとうちんこを一本に絞った』なんていう尾ひれまでついていた。
何度も言うが、おれはまったくの清い身体だ。
ちんこを一本に絞るも何も、そもそも自分のしか知らないし、自分のだけで充分だ。
篠田のちんこにも興味はないし、連れションさえもしたことないから、あいつが巨根かどうかも知らない。
そんな篠田との関係を一言で言えば、仲のいいダチ。
これに尽きる。
例の告白からしばらくは『友達って何すんだ? おれと篠田の共通点なんてあるか?』とか思っていたけど、完全に無駄な心配だった。
柔道部と無所属、理系と文系。趣味は違うし、講義だって大教室でやるやつがいくつかかぶっているだけ。予想通り共通点も接点もほとんどないし、真面目な篠田といい加減なおれとは、性格だって全然違う。
でも、こんなに真逆なのに、一緒にいるのは悪くない。
というか、楽しい。
ウマが合うってこういうことなのかな?
篠田と遊ぶようになって、世界が広がった――って言うとちょっと大げさだけど、そう感じることも少なくない。
休日の過ごし方がお互いに全然違うから、遊ぶときは互いのやりたいことを交互にやる。
おれの提案で古着屋やセレクトショップをブラついた翌週は、篠田に誘われて山に登るっていう感じだ。
山に登ったのなんて遠足のとき以来だったし、道中はしんどくてへこたれそうになったけど、頂上からの景色は最高だった。
「休みのたびにおれと遊んでるけど、他のダチとは遊ばなくていーの?」
「問題ない。……相原は、その、いいのか?」
「全然おっけー」
誰とでも気軽に話すから顔見知りは多いけど、ダチと呼べるようなやつはかなり少ない。
友人関係は広く浅く、調子は合わせても心は開かず。男女問わずそこそこ仲良く話しながらも、深入りはしないように気をつけている。
それでも痴話喧嘩に巻き込まれるし、彼女持ちの男にヤろうぜって誘われるから、意味あんのかって感じだけどさ。
ダチだと思っていた相手に襲われそうになるよりは、まだ傷が浅いような気がするんだよな。
――だから、篠田といると楽なのかな。
篠田は見た目通りに硬派で真面目で、男の中の男って言われるようなやつだ。
他称ビッチが相手でも軽々しく『ヤろうぜ』なんて言ってこないし、痴話喧嘩うんぬんももちろんない。
ビッチに取られそうになって焦ったのか、告白される回数が増えたみたいだけど、期待も持たせずすっぱり断っているみたいだし。そのときにおれのことを悪く言われたら『俺が一方的に想いを寄せているだけだから、相原を悪く言わないでほしい』ってかばってくれているらしい。
中庭で偶然その場面に出くわしたときは、恥ずかしいわ、いたたまれないわで、全力で逃げた。
自己新記録が出せそうな速さだった。
篠田の硬派エピソードを語り出せばきりがないけど、個人的にツボなのが、おれとの連れションを避けているっぽいこと。
はっきりと言われてはいないものの、どうも『告白してきた相手とトイレに行くのは、相原が落ち着かないだろう』とか思っていそうなんだよな。
用を足したおれが戻ってくるのを待ってから、篠田もトイレに行くことがあるし。むこうが気を回しているんじゃなければ、この数ヶ月ほぼ毎日会っているのに、一度もトイレがかぶらないなんてないと思う。
とにかく篠田はいいやつだ。
あの真剣すぎる告白から始まった関係だから、普通の友達とはちょっと違う。
たまにおれのことを遠くから見つめていたりするし、何気ないときにむずむずするような視線を向けられたりもする。
おれの肩にゴミがついていたときも触れるのをためらっていたし、転びかけて支えてもらったときだって、慌てて手を離して謝られた。
なんでかはまったくわからないけど、篠田は本当におれのことが好きらしい。
それはこの数ヶ月で、充分すぎるくらいに感じている。
――でも、それが嫌だとは、不思議とまったく思わないんだよな。
肩に手を置かれただけでぞわっとくるやつもいるのに、篠田だと嫌じゃないのはなんでなんだろ。
首をひねって考えてみてもよくわからなくて、まあいいか、と諦めた。
◇ ◆ ◇
遊ぶ約束をした日に待ち合わせ場所に向かうと、必ず篠田が先にいる。
おれだって十五分前には着くようにしているのに、いったいどれだけ早く来ているんだろうか。
身長のせいか体格のせいか、シンプルな装いなのに目立つ男だ。
スマホにかじりつくように背を丸めている人が多い中で、一人だけスマホを触らずに、ぴんと背筋を伸ばしている。
周囲の人の視線を集めていても気にした素振りが少しもないのは、さすがというかなんというか。
篠田のことを知れば知るほど、かっけぇなぁ、という思いが強くなっていく。
「よっ、お待たせー」
だいぶ前からおれを見つけていた篠田に近寄り手を上げると、その目がわずかに細められた。
どことなく、眩しいものを見るような視線だ。
篠田に見つめられるとうなじのあたりがそわそわして、くすぐったいような気持ちになる。
嫌な感じじゃないんだけど、少し気恥ずかしいというか、落ち着かないというか。
よくわからない感覚をへらりと笑って誤魔化しながら今日の目的地を聞くと、意外な言葉が返ってきた。
「少し遠いが、郊外にあるゲームセンターはどうだ?」
「えっ、篠田もゲーセンとか行くの?」
「普通に行くが……相原は俺をなんだと思っている?」
何って……なんだろう……武士?
今まで篠田の提案で行ったのは、山と釣り堀とでっかい図書館。SNS映えとはまったくの無縁で、大学生が行くにしては渋いところばかりだ。
山は初心者向けでなんにもなくて、本当に登って帰ってくるだけだったけど、澄んだ空気が気持ちよかった。
釣りは餌にするうにょうにょ動く虫がマジで無理だったけど、魚が釣れると楽しかった。あと、塩を振って焼いただけなのに、死ぬほど美味しくてびっくりした。
遠い街にあるでっかい図書館は、おれの知っているそれとはいろいろ違って……なんて言ったらいいのかわかんないけど、小難しい本で勉強させられるところじゃなくて、面白い展示で興味が引かれるところ、みたいな。
本を手に取ってみたくなる工夫がたくさんあって、落ち着いて読める場所も作られていて、気づいたら何時間も経っていて驚いた。
どこも篠田に誘われなかったら、たぶん行くことはなかったと思う。
それでもいつも想像以上の楽しさが待っているから、篠田プロデュースで遊ぶ日を、結構楽しみにしているんだけど……ゲーセンはなんか、普通すぎて篠田っぽくないような。ミスマッチ感が否めないような。
男子大学生の遊ぶ場所としては何もおかしくないはずなのに、篠田がゲーセンにって思うと意外性しかない。
寺で座禅を組もうって言われたほうが篠田っぽい。
それか柔道の一日体験とか。そんな体験イベントがあるのかどうかも知らないけど。
「なんだろ、なんか、渋かっけぇって感じ? 座禅組んでそう」
「それは、褒めているのか……?」
「すっげぇ褒めてる!」
硬派とか、渋いとか、カッコいいとか、言われてみたい言葉ランキングの上位に入る。
確実に入る。
おれがよく言われるのは、軽い、チャラい、エロいとかそんなんばっかだし。『誘ったらワンチャンヤれそう』とか『相原なら男でも全然いける』とか、マジでまったく褒めてねえし。
自分で言ってて悲しくなってきた。
いまいち納得いかない顔で首をひねっている篠田を見上げて、まじまじとその全身を観察する。
太い首に、太い腕。見上げるほどの身長に、男らしく整った顔立ち。
考えごとをしているときに眉間に寄る皺も、意思の強さを示す凛々しい眉も、引き結ばれた唇も、カッコいいとしか言いようがない。
まさに、おれがなりたかった男そのものって感じだ。
うらやましい。
篠田のマネをして眉間にぐっと力を入れて、高いところにある瞳をのぞき込む。
こうすればおれも少しは渋い雰囲気が……出せ、ては、いない、のか?
篠田の眉間の皺が深くなって、表情がぐっと険しくなる。
なのに目尻だけはほんのりと赤くて……これはどういう感情なんだ?
怒っているわけではなさそうだけど。
わっかんないなー、と首を傾げて、向かう先に視線を移す。
休日で混み合う駅構内。
行き交う人々が向けてくる視線が鬱陶しいけど、篠田との初ゲーセンは楽しみだった。
◇ ◆ ◇
篠田が連れていってくれた郊外のゲームセンターは、他のゲーセンと同列に並べていいのかと悩むようなでかさだった。
同じ館内には銭湯や映画館、ボーリング場まであるらしいし、レジャー施設と呼んでもいいのかもしれない。
あいにく今は観たいものがなかったけど、いつかまた映画を見に来るのも楽しそうだ。
心置きなく遊ぶために、ちゃんとバイト代を貯めておこう。
初夏とは思えない強い日差しから逃げるように、ゲーセンの自動ドアを二人でくぐる。
クレーンゲームの並ぶ通路を冷やかしながら通りすぎ、両替機でお金を崩して、対戦型のゲームのほうへ。
音ゲーはおれのほうが得意だったけど、シューティングゲームでは篠田に一歩及ばなかった――と言うと互角に戦ったみたいだけど、いい勝負ができたのはその二つだけ。
バスケのゲームとかパンチングマシンとかホッケーとか、身体を使うゲームはどれも勝負にならなくて、さすが体育会系と拍手するしかなかった。
そうしていい感じに汗をかいたところで、休憩を兼ねてメダルゲームへ。
難しい操作がないやつをだべりながらダラダラ続けるだけだけど、篠田とやると不思議と楽しい。
おれがどうでもいいことをあれこれ話して、無口な篠田が相槌を打つ感じなのに、ときどきぽろっと漏らす言葉が的を射ていて面白いんだよな。
ふいに落ちる沈黙さえも心地よいし、知らないやつに声を掛けられることもまったくない。
篠田自身も、あの告白以降は本当にただの友達として過ごしてくれていて、こんなにも居心地がよくていいのかと思ってしまうくらいだ。
サムライには下心なんてないのかもしれない。
「お互いに結構増えちゃったけど、このメダルどうする? 預けたりできるのか?」
「期限付きで預けることもできるし、併設のバッティングセンターでも使えると書いてあるな」
「ほうほう?」
メダルを交換したときに渡されたチラシを篠田がさっと取り出して、おれは横からのぞき込む。
遊ぶ時間はまだまだあるし、入ってきたのとは違う出口から出たら、バッティングセンターはすぐ目の前だ。
ずっと座っていて疲れた身体を動かすのは、なかなか気持ちよさそうな気がする。
ちらっと篠田を見上げると、どうやら同じことを思っていたらしい。
一見すると無表情にしか見えないけど、目が心なしか輝いている。
おれと目が合うといつもやんわりと細められるそれは、今日も優しい色をしていた。
「……行くか?」
「おう!」
照れを誤魔化すために勢いよく返し、篠田と連れ立ってゲーセンを出た。
バッティングセンターなんて何年ぶりだろう。
休日なこともあってか、バッティングセンターはなかなか混んでいた。
並びはしないけど空きもない、っていうくらいの混み具合だ。
ゲーセンついでに寄る人が多いからか、客層はほとんどが同年代。メダル分を使い切るとさくさく帰っていく人がほとんどのため、回転は早い。
考えることはみんな同じだなあと思いながら、中級のブースを確保する。
並びで二つ取るのはさすがに無理だし、別行動もつまらないから、篠田と交互に使うことにした。
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