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本編
靴底4 〚マティアス〛
しおりを挟む目覚めたら、また、ひとりだった。
ただ違うのは、身体に残るたくさんの痕跡。
縄痕。鞭痕。自らの放ったものでかぴかぴと汚れたお腹。それから、立ち上がるとつつーと内腿を伝う大量の白濁。
―――こんなに、たくさん、
それから、ぐちゃぐちゃになったベッドも、床にこぼした白濁も、そのまま。
敢えて遺したのだろうそれらに、かぁっと頬が熱くなる。
「マティアス様。お支度のお手伝いを、」
「いい!入るな!」
こんなところ、見られるわけにはいかない。
いかに落ちぶれようと、机に、床に、ベッドに、激しく散る情事の跡を人に見せることはできない。
何か拭うものを……と見渡したら、ソファの上に黒い紙。
『またお会いしましょう。K』
へたり、とその紙を持ったままへたり込む。
その文字を見ただけで、昨日あれほどに精を放ったのにまた欲が頭をもたげた。
ふわりと香った香りは、例の神秘的なもの。深く繋がる間もずっと、鼻腔をくすぐっていた香り。
あの男の、香り。
かさりと指先に違和感を感じてもう一度手紙を繰れば、二枚目の紙。
『追伸:それまでは自慰は禁止です。』
何かと思えば、こんなこと…。
連絡先か、会う方法か、そんなものを期待していたのに、そんなに簡単ではなかった。
一夜の邂逅で知れたことは、このピアスが音を拾っているらしいことと、王城であろうと構わず侵入できてしまうということだけ。
指先で黒い紙を弄び、ゆるく反応する欲から気を逸らす。
自慰禁止。いったいいつまで。
………もし守ったら、今度は何をしてくれるんだろう?
ずくんと中心に熱が溜まって、痛いほどに張り詰めた。
つい癖でピアスをいじりながら、もう一度流麗な文字を眺める。
『また、お会いしましょう』
今度はいったいいつになるというのか。
きっと、俺は、犬のようにその時を待ってしまうのだろう。
何度も黒い紙に書かれた銀の文字を読み返していたら、もう一度外からノックされて我に返った。
「マティアス様、いかがなさいましたか?」
「なんともない、入るな!」
こうしてはおれない。はやく片付けなければ。
がくがくと震える脚を叱咤してよろよろと立ち上がり、浴室へと向かう。
片付けなどしたことはないが、何かで拭かなければならないことくらいはわかる。
リネンなら浴室にあったはず、そう考えて向かったのだが。
―――ない。ない。なにも、ない。
昨日の夜会前の湯浴みの際はたしかに、タオルがあった。浴室に、それから御不浄にも手を拭くタオルがあったはず。
なのにそこには、からんと不自然に空いた空間があるだけ。
なんで、と思いかけて、そんなの1つだ、と思い直す。
王宮の使用人がこんなミスをするはずない。第一、きちんと設えられていたのは俺も見ている。
ならば、これは、あの男がしたことだ。
起きた俺がうろたえて、片付けようとして、タオルを探すのをわかってそうしたのだろう。
―――くそ。最悪だ。
けれどもう迷っている時間はない。
塵紙を大量に使い、ベッドはとりあえずシーツを剥がしてぐちゃぐちゃに丸めて、淫靡なにおいの満ちた部屋を換気しようと窓を開けた。
晴れた空。白いバルコニー。昨晩の闇の中、あの男がいたことが嘘のようだ。
ちょうど庭にいた執事服の男と目があい、自分の格好を思い出して慌てて中に引っ込む。
バスローブの一枚すら残っていなかったから、全裸のまま。
一瞬ではあったが、乳首のピアスは、全身を彩る鞭跡は、見られていないだろうか。
勃ちあがったままの欲望は…?
「…………んっ、はぁっ、」
どっどっと脈打つ鼓動を感じながら、再び身体をめぐった熱を、深呼吸してやり過ごす。
『自慰は禁止です』
その言葉が男の声で脳内に響き、ずるずると壁に凭れて座り込む。
とりあえず百回くらいあの男を罵って気を逸らし、もう一度後片付けに取り掛かった。
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