透明な回想録 ~Transparent reminiscences~

スーパーアドシスO

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書庫にて 2

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突如、書庫全体を揺さぶる程の壮絶な爆発音が響き渡った。

日常生活でこんな爆発音なんて採石場でしか聞いた事が無い。
近所に採石場があったので発破音は時々耳にしていたが、あれもそれなりに迫力のある音だった。
間近で轟いた爆発は、発破音の乾いた高音なものと比較すると、低く圧縮したような音で腹に堪えるもの。
耳を襲う音も尋常では無かったが、身体全体を揺さぶるような振動が凄まじい。

俺たち二人はビクっと肩を振るわせてから、顔を見合わせた。
甘いムードは突然の爆発音と共に霧散する。


轟音と共に崩れ去った壁から、夕刻の赤い光が漏れ出す。
赤い陽の光に照らされた黒煙の中、少しずつ人のようなシルエットが浮かびあがる。


欠陥住宅がいきなり崩壊したとか、急にそこだけ地面が陥没したとかそういうものでは無い。
人為的に破壊されたのだ。
おい、……そこは入り口じゃないぞ。
ドアなら幾らでもあるだろうに、何故わざわざ入り口を作るという方法を選んだ?

こんな無作法な入室方法をするやつが、まともな人間では無いことくらいは俺にもわかる。
もしも、壁のまん前に居たら今頃ミンチになっていただろうと考えるとゾっとする。
一体どんなヤツが入ってきたのか正体を確かめようと、刺し込む光の先に目を凝らした。


一対の翼が見えた。

翼ということは、……天使なのか?
そのシルエットは天使であった、ただ一点を除いて。

――頭部が鳥のものだったのだ、それも真っ黒な。

長く鋭い剣を床に突き立てると、両手を天に掲げる。
丸く大きな眼球が不気味に赤く発光した。

「我が名はアンドラス、この地の者を鏖殺する尖兵として参着したァッッ!」

フクロウのような頭部をした異形が、こちらに友好的で無いことは誰が見ても明白であった。
舞い上げられた粉塵が霧のように漂う中で、血のように赤い眼光から放たれるのは紛れもない殺意。
コイツに話し合いや冗談が通じるとはとても思えない。


いくら鉄筋が入ってないとはいえ、破壊された壁は厚さ3メートル以上はありそうだ。
爆発音の正体は壁をぶち抜く音。
地鳴りのような振動の正体は壁が崩れ去る音。
音の発生源には納得したが、その方法には納得出来なかった。

こんな分厚い壁、どうやってぶち抜いた?
まるで発泡スチロールでも突き破るみたいな壊れ方だったぞ。
戦車の砲撃でも無理だろ、こんな壁……。

「出てこい、下界の者よォッッ!」

背筋に冷たいものが走った。
俺達の存在にコイツは気付いていない、そう直感した。
中に人が居ることがわかっていて壁をぶち抜いたわけでは無い、ぶち抜いたついでに人を探しているようだ。

「この神殿の者を皆殺しにして血煙舞う乱世再開の狼煙としてくれるわァッッッ!」

しわがれた女の声と野太い男の声が、同時に発声しているような禍々しい声。
声の主は床に突き刺さった剣を抜き、頭部のみを左右にキョロキョロと動かして辺りをうかがっている。

壁に大穴が空くと同時にセリカが俺の手を引き、本棚の陰に誘導してくれた。
そのまま物音を立てない様に、書庫の中心に位置する例の巨大な柱兼本棚の陰に移動する。

「……おい、なんか物騒なやつがきたぞ。ドッキリとかじゃないよな? 頭取ってネタばらしとかないよな?」

咄嗟な出来事のあまり、訳のわからないことを耳打ちする。

「視野が狭いんでしょうか、こちらの存在には気付いてない様子です」

そう耳打ちで返し、人差し指を口の前に立てるジェスチャーをするセリカ。
俺とは正反対に彼女は冷静だった。


あれだけ派手な登場をして、中に誰も居なかったらどうするつもりだったんだアイツ……。

もっとも、先程の轟音の出処を探りに誰かがこの場に足を踏み入れる危険性はあるが。
今ここに来訪者が訪れたなら間違いなく、ヤツの殺意を一身に受ける事になるだろう。

「出てこぬか。ならばそのまま死ぬが良いッッ!」

誰に向けるでもなくそう言い放つ鳥頭。
怒号が響いた直後、強烈な臭気が鼻を衝いた。
それは嗅いだ事のある匂いだった。


――硫黄の匂い。


本と本のわずかな隙間から遠目に、鳥頭が煙に包まれる様子が見えた。
くちばしの隙間から大量のガスを噴出させ、己の翼でどんどん部屋中に充満するように送りこんでくる。
……粉塵が落ち着いたと思ったら今度はガスか。

俺の脳裏に幻想的にライトアップされた、湯煙が立ち昇る草津温泉の湯畑が浮かんだ。
そう言えば、一人で片道15時間くらいかけて行ったっけ。
あの無料で入浴可能な温泉、……クソ熱かったな。
現地の子供が顔色一つ変えずに浸かっていたので、俺もと一気に肩まで浸かって酷い目を見た。
そこまで連れて行ってくれたのは、肩と肩があたる距離で隣り合わせに立つこの子なんだよな。

生きるか死ぬかの場面で、余計な思い出を振り返っている場合ではないのだが……。


「このままだとアイツに見つかって真っ二つにされるか、呼吸困難で死ぬかのどっちかだよな」

あの……、ノーパン女装状態で中毒死とか悲惨過ぎるんですが。

まずいことに、身を潜めている柱がある場所はこの空間で一番低い位置にある。
円状の書庫は中心から階段状にどんどん高くなっているのだ。
このままでは真っ先に、今居る場所にガスが溜まり窒息してしまう。

「あんまり眉間にしわ寄せてると元に戻らなくなりますよ。幸い、この広い空間であのガスが致死量になるまで充満するには、もう少し余裕がありそうですし」

人差し指で俺のおでこを、ツンっとつつき目を細めるセリカ。
この状況下においてでも、冗談交じりに俺を励まそうとしてくれることに感謝した。


「……ありがとう、もしこの場を生きて切り抜けられたら、この世界でもまた二人で綺麗な風景を見よう」


「知ってますか、ご主人さま? そういうの、フラグって言うんですよ」

口元を覆いながらクスッとしたその表情が、たまらなく俺の心をくすぐった。
今日一日だけで、セリカは幾度となく笑顔を向けてくれた。
穏やかに笑うこの表情が、彼女には一番良く似合っている。

彼女の笑顔を守るためにはどうすればいいのか?

「……全く、一日のうちに色んなことが起こりすぎだ。さて、俺は何をすべきか、何が出来るか」

元の世界では決して見ることの叶わなかったその笑顔を、俺はもう知ってしまったのだから。
爪が白くなるぐらい強く握り締めた拳を見つめ、考えた。
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