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本章

見知らぬ大地に降り立ちて 1

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気付くと医療カプセルの中であった、四肢は緩やかに拘束され、身体の各所をセンサーが蠢く不快感を感じ、何度体験しても慣れる事が無い、立っているのか寝ているのか知覚不能な浮遊感に、目覚めて数秒であるというのにもう辟易とする、つまり実に不愉快なのであったこの医療カプセルは、何度も世話になり、何度も命を助けられた装置であるが、恐らくこれは自分に似た種族を想定して作られたものではないと、カプセルで目覚めるたびに感じるのである。
やがてキーツの視覚はぼんやりとした像を結び、緑色の覗き窓越しに数台のジルフェが忙しげに飛び回るのが把握できた。

「ジルフェ、状況説明を」
若干の頭痛を感じつつ、キーツはジルフェを呼び出す、整合の取れない思考の中で日常で最も使われた言葉が口を動かす、

「マスター、御気分ハイカガデスカ」
すぐにカプセル内のスピーカーから耳慣れた機械音声が響く、やや高音のそれが頭蓋に響きキーツは顔を顰めた、

「状況ヲ説明イタシマス、マスターノ容体ニツイテデスガ」

「悪い、その前に出してくれ、可能か?」

「ハイ、現状モニターニ不具合ハアリマセン、マスター自身ハイカガデスカ」

「問題無いと思う、やや頭痛はするが、二日酔いの感じに似ているか・・・、いや、これはカプセルが原因だ」

「ワカリマシタ、カプセル開放致シマス」
医療カプセルのロックが外れ、ゆっくりと上部がスライドすると同時にキーツに接続された諸々のセンサーが収納された。
キーツはふうと溜息を吐き上体を起こすと、カプセルの外縁を手摺に立ち上がる、しかし、軽い立ち眩みを起こしカプセルに腰掛け直した。

あぁーだるいと弱音を吐きつつ両手で顔を覆い俯くと、サイドテーブルにグラスと水差しが搬送される、
「マスター、水分ヲ摂取シテクダサイ、食事ノ摂取モ推奨イタシマス」
ジルフェの1機がキーツの側に近寄り浮揚する、

「分った、それで、現状はどうなっている」

「ハイ、マスターノ容体ニツイテデスガ、次元航行中ノアクシデントニヨリ昏倒、医療カプセルニ収容イタシマシタ、軽度ナ脳震盪ト判断シ投薬ニテ対応、4時間程度経過観察ヲイタシマシテ現状ニ至リマス」
キンキンと響く機械音が頭痛を増長させ、吐き気すら感じ始める、キーツはこれはいかんなと立ち上がり背筋を伸ばすと水差しに手を伸ばす、

「俺の身体は大丈夫だ、多分、それで艦はどういう状況・・・いや」
とキーツはグラスに半分程注いだ水に眼を落とし、ゆっくりと巡りだした思考の中から現状に至る記憶の再構成を進め、重大な問題に気付く、

「アヤコは、アヤコはどうなった」
キーツの口調は不安で震えている、

「ハイ、ミストレスハ現在行方不明トナッテオリマス、3時間前ヨリ捜索開始、本艦ヲ中心ニ」

「行方不明とはどういう事だ、ありえん」

「現状ヲ認識願イマス、本艦ハ原因不明ノワームホールニ遭遇シマシタ、ソノ影響ニヨリ未知ノ惑星ノ大気圏内ニ転送、ソノ際に船外活動中デアッタ、ミストレス、ソウヤ4番艦、ジルフェユニット3機、全テト情報リンク・識別リンク共ニ途絶、惑星ニ不時着後、安全ヲ確認シタノチ捜索作業開始シテオリマス」

「それが3時間前か」

「ハイ、転送時ノ時空ノ歪ミノ影響ト考エラレマスガ、マスターハ昏倒シマシタ、医療カプセルヘ搬送シ、緊急事態トミナシ、艦ノ制御ヲ掌握ノノチ水辺ニ不時着シテオリマス、艦ハ安定、船体ニダメージハアリマセン」
グラスを煽るとキーツはふうと溜息を吐き、人差し指でこめかみをグリグリと押さえ、

「困ったな、何をすればいいかまるででてこない」
改めてアヤコの任務上の重要性を感じ、それ以上の喪失感に翻弄される、不安と焦燥が心の中で渦巻きつつ、落ち着かない混乱がそれらをさらに冗長させていく、

「いかん」
何をすれば良いか、最初に手掛けるべきことはと思考を繰り返すも考えがまるでまとまらない、

「マスター、休息ヲ、思考パターンガ著シク乱レテオリマス」
キーツはジルフェを見上げ何度目かの溜息を吐く、

「そうだな、とりあえず、音声を女声に切り替えてくれ、落ち着いた方の声で頼む」
そういって、再び医療カプセルに腰掛け重い頭を右手で支える、

「了解しました、こちらで宜しいでしょうか」
瞬時に機械音が女声に切り替わり、その安定し抑揚の少ない声音が微かであるが思考の平穏を促したようだ、キーツは俯きながら声にならない独り言を並べ、動きの鈍い脳髄を無理矢理に回転させる、

「ジルフェ、確認する」

「はい、マスター」

「この惑星はデータベースに存在しないのか」

「はい、マスター、銀河連合に記録される可住惑星のいずれとも合致しません、より詳しい情報が必要であれば、調査衛星の打ち上げをお勧めします」

「可住惑星と言ったが、それの根拠は?」

「大気組成を検査致しました、前任務地「地球」及び母星の大気組成と近似しています、未知のエネルギー物質を検出致しましたが、概ね呼吸に関しては乗員2名に適すると判断致します、尚、艦内へは外気の流入はありません。重力に関しても同様です、母星1に対し、本惑星は0.982、地球は1.1でしたので、より快適と言えるかと考えます。恒星放射線及び対流放射線に関しても基準値以内、紫外線・赤外線共に基準値以内、周辺環境の光学調査により地表面については、地球と同等の構成物質及び動植物群で覆われていると判断できます、以上により、銀河連邦の定める「標準型知性体揺籃惑星」と規定されます」

「知性体の可能性は?」

「あります、視覚情報のみでの判断になりますが、集落又は街、幾何学的な街路を確認致しました、これにより本艦はそれらから距離を取り接触の危険性が少ない地点に着陸しております」

「文明度は分るか?」

「不明です、機械的規則性を持つ電波・電磁波は観測されておりません、集落の視覚情報から判断しますと銅器から鉄器時代程度と類推できますが、確定できません、しかしながら本艦センサー範囲内に限りますが数か所にて極小規模の空間歪曲の痕跡が存在し、次元孔の痕跡もあります、共に原因不明です、自然発生によるものとは考えられません」

「よく分らん文明度だな、銀河内の位置や恒星系の情報は」

「不明です、観測衛星の打ち上げをお勧めします」

「わかった、監視衛星の打ち上げを許可する、搭載してあったか?」

「はい、地球にて使用しなかった分がありますので、対応可能です。惑星全体を調査の為6基の衛星が必要と判断致します、搭載数は20基ありますので不測の事態を考慮しましても充分かと」

「わかった、大至急手配してくれ」

「コピー、調査衛星打ち上げ作業に入ります、軌道計算の後順次打ち上げ致します、固有名称がありません、名付けますか」
名付けねぇとキーツは軽く背を伸ばし、

「ショウケラで、附番は01始まりで」

「コピー、固有名「ショウケラ」に設定、打ち上げ順に01から附番致します」

「観測衛星はあったっけ?」
キーツは思い出したように問う、

「はい、観測衛星は3基搭載されております、観測精度を上げるため3基の同時運用をお勧め致します」

「分った、観測衛星も手配、固有名は」
再び軽く背を伸ばし、あらぬ方向に視線を巡らすと、

「カツラオだ、附番は同様に、母星への救難信号も中継できるよね」

「コピー、固有名「カツラオ」に設定、打ち上げ順に01から附番致します。救難信号の中継及び増幅は必要ないかと考えますが、可能です」

「必要ない?」

「はい、次元通信にて発信しております、反応はありません、次元空間内の通信及び航行の痕跡も発見できません、通常空間においても発信致しますか?」

「必要ないか、無用な電波をばら撒く必要は無いが、次元内でも痕跡無とは困ったな」

「はい、本艦は特殊な状況に置かれていると推測致します」
特殊ねぇ、とキーツは独り言ち漸く立ち上がると身体をゆっくりと伸ばし、体内の血流を活性化する、

「だいぶ、調子が戻って来た、アヤコについて分った事は」
キーツは最も重要な問題を問い掛けつつ、大きく身体を伸ばしていく、

「はい、現状不明であるとしか申し上げられません、本艦センサー外をハヤブサ4基にて探索中目ぼしい痕跡はありません、ショウケラによる観測を待つのが宜しいかと」

「そうか、アヤコに関する事で何かあるか」

「はい、船外活動にて回収した不明物質についての分析結果の一部が辛うじて転送されております」

「ヘッドセットを、モニターへ映してくれ」
すぐさま白色のヘッドセットがサイドボードに転送され、キーツはそれを装着する、

「モニターを確認下さい、判明したのは外殻の構成組織と重量及び形状です」
モニターには構成組織の物質パターンをグラフ化したものと形状の3次元データである、

「これは、何だ、物質パターンから生物?しかし生物が生成できない物質も含まれる?」

「はい、物質構成から生物であると予想できますが、宇宙空間に耐えられるよう外殻部に特殊な防護物質が含まれておるようです」

「聞いた事がないな、データベースに該当する生物は無いのか」

「3件あります」

「あるのかよ」

「しかし、知性を持つ生物ではありません、次元空間内の生物である可能性もありますが、であれば大発見です」

「その3件についてのデータを表示してくれ」

「はい、こちらになります」
モニターが切り替わり3つのカード状の画面が重ね合わされる、モニターの表面を指で捲りつつそれぞれにざっと眼を通す、

「怪しいのはこれか、LB009恒星系第9惑星生物・・・何だこれ・・・あぁ学術名か、通称スライム型3995」

「怪しいとは?」

「収監しているクリトラ夫婦の出身惑星がLB009恒星系の第2惑星だろ、出元が一緒だな、しかし・・・、ペットにしても手下にしても足りないな、いろいろと」

「はい、愛玩生物としての飼育例は殆どありません、知性もありませんので、巨大なアメーバの域を出ていない生物です」

「艦体に付着していたのだから、なんらかの意思を持っての筈だが、詳しい資料はあるか」

「いえ、データベースには以上です、勿論ですが犯罪歴及び犯罪に使用された記録もありません」

「わかった、取り合えず回収箱から出さなければ問題にはならないだろう、それを危惧するにはアヤコを見付けなければだな」

「はい、後10分でショウケラの発射作業に入ります、発射終了予定は10時間後、監視網完成は12時間後となります」

「よし、ならばだ」
とキーツはヘッドセットのモニターを格納し、

「今、出来る事をしておこう、その上で優先事項を決めて対処だ」
空元気に溢れた言葉で己を鼓舞し、

「艦内を調査する、ダメージは無いと思うが念の為だ、ついてこい」

「はい、マスター」
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