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本章

見知らぬ大地に降り立ちて 6

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警棒と呼称しているキーツの振う得物は、全長45cm程度のボタンとトリガーのついた握り易い太さの棒である、手元のトリガーを引きながら振る事で10m程度の光刃が発生し対象を攻撃する鎮圧用途の武器である、その光刃の色により効果が変わり現在は緑色である為、効果は麻痺である、整備士曰く刃そのものを横から見ても見ることは出来ないが、使用者の安全面を考えわざわざ光刃に色を付けているそうである、ましてその着色の技術の方が本来用途の技術より高度であるらしい、刑事仲間でこの武器を好んで使用する者は少なく、キーツは時折変わり者呼ばわりされていた、本人も自覚しており、その点を指摘されると射撃が苦手だと適当に返していたものである。

集団はその一瞬を理解できずに佇むのみであったが、警戒音が無くなりやがてドサリと数体の対象が崩れ落ちた、立ち上がる気配は無い、

「効果有り、設定を記録、レベル1麻痺、範囲10」

「記録します、マルチ警棒、レベル1麻痺、範囲10、大気内、他観測記録に準じる」
ジルフェが復唱すると同時に、

「制圧開始」
キーツはそう言って対象へ向かって大地を蹴り一息に彼我の距離を詰め光刃を振う、集団は逃げることはおろかキーツに背を向ける事も出来ぬまま次々とその場に倒れ、当たり所の悪かった個体は崩れ落ちたままビクビクと痙攣している、

「左5体、沈黙、対象に動き無し、このまま押し切る」
キーツはそのまま集団の中心部へ躍り出ると自身を軸にクルリと舞った、稚拙な舞いである、舞踏等と呼べる代物ではないが彼を彩った緑色の光の帯は、無粋な作業スーツで身を包む男を刹那の間スポットライトの当たる舞台役者へと変貌させた。
数十秒の出来事である、敵対生物と仮定したそれらは皆無残に倒れ伏していた、

「制圧完了、対象を保護する」
キーツは足元に転がる3体を確認する、3体共に手枷と足枷を嵌められ血に汚れた布切れで顔を覆われていた、意識はある様子だが視界を奪われている状態では状況把握は出来ないであろう、ふと、キーツはそこで手を止めた、暫く彼らを観察しジルフェを呼び出す、

「ジルフェ、保護対象も麻痺処理をした上で救出する」

「何か問題がありましたかマスター」

「いや、何か奇妙だと感じてね、」
とキーツは警棒を一閃し3体の意識を奪うと、もう1体へ近づく、こちらはリーダー格に捕らわれ片腕を無くした個体である、2体の大型のそれも他と同様地に伏しており、対象はそのそばで呻いていた、

「無事か?」
キーツは彼を抱き起こし無駄とは知りつつも声を掛ける、彼は何事か言葉を発するがキーツにとっては意味を為さない、視線は弱弱しくもはっきりとキーツを認識し、残った右腕には充分な力が感じられた、

「止血する、ジルフェ、制御を頼む」
ジルフェからの返答を待たずキーツは治療ジェルを取り出すとドクドクと体液を流し続ける肩部へそれを塗り付ける、

「治療開始します、止血、切断面保護、殺菌処理」
ジェルが一瞬黄色く発光し活動開始を告げた、

「麻酔も頼む、彼らと同様眠らせた上で調査対象とする」
キーツはそう言って優しく横たえた、やがて彼の瞼はゆっくりと落ち吐息が安定する、

「さて、後始末はどうするか」

そう言って周囲を見渡そうと立ち上がった刹那、キーツの視界の端に影が差したかと思った瞬間、全身に強い衝撃を受けキーツは宙を舞った、湿った地面を2度3度転がりうつ伏せの状態で静止する、
「グハッ」
衝撃により圧迫された肺から大気が押し出された、間抜けな音だ等と場違いな事を思いつつ身体を確認する、四肢には力が入る骨折箇所は無い、内臓も無事なようだ、しかし若干の打撲は覚悟する必要があるかなと思いつつ、半身を上げ衝撃の元凶を探る、が視界には何も映らない、ただ真っ黒な闇の中に幾つかの筋が走るのみである、

「マスター」

ジルフェの声が響き無事だと一言伝えそれ以後の通信を封じた、モニターが死んでいたのだ、キーツは素早くヘルメットを脱ぎ捨てると改めて周囲を確認する、裸眼で捉える森の闇は深かった、ランタンをと思うが戦闘中に展開できる代物ではない、投光照明をと右肩に手を伸ばし一旦止めた、闇の中に影が確認できる、自分が居たであろう空間に2体の雄々しい影が屹立するのを視認できた、ボス格の2体であろう、さらに小型の一体が確認できる、巣穴に戻っていた個体であった、キーツはそういやいたな等と呑気に眺めてしまう、彼らは麻痺の影響と事態の確認の為かそれぞれ次の行動に映らずその場を動けないでいた、僥倖である、キーツは素早く身を起こし警棒を探る、こちらも幸いにも足元に転がっていた、黄色の警告灯が点滅している、設定された個人の手元を離れると点灯する機構である、そのまま放置するとロックされ使用不能になりやがて自壊する。

「マスター」
再度の呼び出しである、こちらの身体状況は逐一把握している筈なので、分っていると言を制して警棒を拾い上げつつ2体の影へ走り込んだ、

「レベル3、麻痺、範囲4」
ジルフェに伝えつつ手前の一体へ切りかかる、近くで見るとその影はやはり巨大であった、キーツの身長でも肩部程度迄しか届かない。

キーツは走り込みざま大きく跳躍し巨大な頭部から脊椎、身体の中央部を縦に光刃を走らせた、緑色の閃光が走り一瞬周囲を照らし出す、視界の端には未だ状況を理解していない小型の一体、奥の大型の一体は得物を振り回さんと大きく構え、こちらに向き直る、と切りつけられた一体が大の字に倒れ込みもう一体への遮蔽物が無くなった、

「有効、但し要経過観察」
倒れた一体を足場にもう一体へ切りかかる、先程の衝撃の元となった個体であろう、巨大な棍棒を両手で構え完全にこちらへ正対している、が、

「遅い」

キーツの光刃が再び暗闇を照らし、まばたきの間で闇が戻った。やがて巨大な影が倒れ落ちそれを確認したキーツはふっと肺の空気を押し出すと、警棒の設定を変更しつつ自身を中心に緑の円陣を描く、森は再び静寂を取り戻すがやがて小型の一体が倒れる音が微かに響き戦闘は終了した。

「状況終了、確認頼む」

「了解、状況終了、動体反応確認、生命反応確認、ジュウシの待機を解除します」
ふぅーっと大きく息を吐く、露出した頬を柔らかく湿った風が通り過ぎヘルメットを外した事を思い出すと、途端に顔を顰めてしまう、様々な臭気がキーツを襲っていた、森林特有の浄化された大気、強い獣臭、僅かな酸化鉄、堆積し腐った落ち葉、生命力に溢れたそれらの臭気はキーツに初めて地球に降りた時の事を思い出させた。

それは地球に降りた際にもやはり顰めっ面を崩さないキーツに駐在員のユユタンはやがてここの空気が安らぎになるよと、人目を避けた森の中で母艦からの転送後実体化してすぐに言われた言葉であった、自己紹介の前の初めての会話でもあった。
しかしてその言葉は真実となり、地球で暮らし始めて数か月後にはキーツは一人湖の見える森の中でのキャンプを何よりも癒しと思える様になっていたのであるが、

「うん、森の空気は変わらないものだな」
そう懐かし気に言葉にすると、大きく深呼吸をした、地球のそれと変わらない味であった、獣臭さは気になったが、

「マスター、後始末は如何致しますか」
気付くとジュウシが姿を表し周辺を警戒している、

「対象者を救出、保護、他はどうしようか・・・、巣穴に放り込んで入口を土砂で埋めようか、暫くは出てこれなくなるんでないかな」

「はい、生物保護の観点からも宜しいかと考えます」

「人手が足りなさそうだね、ジュウシをもう一機、ダンゴはすぐ動けるよね、装備は任せる」
ダンゴとはアヤコ専用のジュウシと同型の支援機である、他に個別名の無い支援機が2機配備されているが通常利用していたのはジュウシとダンゴの2機だけであった、何故アヤコの命名が「ダンゴ」であるかは今持って不明である。

「了解しました、対象者の保護を優先、敵対生物は巣穴へ投棄、その後出入口を封鎖致します、封鎖作業は一任下さいますか?」

「一任する、出来るだけ自然に見えるように、俺は敵対生物の処理から始める、対象者の保護を頼む」

「了解しました」
キーツはジルフェの声を背後に聞きながら巣穴の入口へ足を向けた、最後に倒した一体が俯せに倒れている、

「ジルフェ、灯りを、あ、いいや」
そういって右肩の投光照明を起動し、改めて敵対生物と仮称した生物を観察する。

光の輪の中のそれはやはり醜悪な容姿であった、肌の色は暗い緑色で体毛は薄く浮腫のような瘤が全身に認められる、大きな頭部は肉食動物のように前方に細長く、その巨大さに不釣り合いな小さな目と耳、その野蛮性を強調する大きく裂けた口元とそこに並ぶ黄色く逞しい牙、この個体もその身体には不釣り合いな皮鎧を身に着けているが所々締め付けが強すぎるのか肉を挟んで痛々しく見えた、

「ジルフェ、この生物のサンプルを回収できるか?」

「少々お待ちをそちらへ参ります」
ややあって4体の敵対生物を抱えたジュウシがキーツの側に立つ、

「参りました、サンプルの件ですが、遺伝子等基礎情報は収集済みとなります、生態情報等も収集が必要と判断されるのであれば長期的な遠隔監視が有効と思いますが」

「うーん、そこまではどうだろう、生態情報は現地民から聞いたほうが早そうだけど」
と救出対象者へ目を向ける、ただ、と言葉を続け、

「なんか、不自然なんだよ、この生物・・・」
足元の生物を見下ろし、本能的な違和感を言葉にしようとして口籠った、

「不自然ですか?基礎情報を見る限り特殊な生物である点は否めません、ラボにて解析が必要と判断します」

「ん、ではもろもろ頼む」

「了解しました」
こういった調査業務はアヤコに丸投げしていたな等と考えながらキーツは救出対象者へ足を向けた。
その刹那である、全身から力が抜け思考が途切れた、ゆっくりと踏み荒らされた叢が近づき全身を打ち付け、呼吸が苦しいと思った瞬間に意識が遠ざかる、ジルフェの悲鳴に似た警告が辛うじて認識できたがやがてそれも聞こえなくなり、その意識を再び失った。
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