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本章

逃避行 野生動物 1/6

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結局タンガ川沿いに東進する事となった、森の中を往くよりも危険は少なく、街道を往くよりも捕縛の可能性が低い、道なき道を進むことが気になったが森と大河の合間は岩場が多く比較的に歩き安かった。

タンガ川は川幅は100メートル程度で緩やかに流れる大河である、地形の関係かタホ川と呼ばれるより大きな川からタズ川とタンガ川に別れて東に流れ海へ注いでいる、昨晩タンガ川は運航に不向きである事をテインが話していたが実際にその景観をみるとなるほどと頷けた、岩場の多い土地を無理矢理に蛇行している川なのである、その為要所要所に段差が多く突き出た岩塊がナイフのように波を掻き分けていたりもする、タズ川及びタホ川では川船の行き来もあるというがタンガ川では難しいらしく、豊かな川であるにも関わらず周辺には集落が形成されていなかった、その点逃避行にはうってつけと言えなくもない。

現在テインをジュウシに乗せキーツと獣人二人は徒歩である、テインが裸足であった事が大きな理由で当初無理して歩こうとした為足裏に傷を負いそれほど大きい傷では無かったが出血が見られた為治療を施し包帯を巻いた次第である。
何とか履物の代用品がないかと手持ちの道具を漁ったが相応しいものはなく、キーツの履くサンダルもその足には大きすぎて合わずそれではとジュウシに乗せたのである、当初子供を置いて自分が乗る事に抵抗していたテインであったが当の子供二人は元気一杯で走り回るものだから遠慮する事は無いと割り切ったようであった、ジュウシに載せていた一部の荷物をキーツが背負う事になった事には特に感慨は無いようである。

三人は奴隷の首輪をつけたままである、捕縛された場合に言い訳に使えるかもしれないとのテインの案があった為だ、この首輪とキーツの持つ証文があればある程度言い訳も効くとの言である、キーツにとってそれは何の問題も無くただ彼等が正式に開放されるまで首輪の不愉快さに耐えられれば良いだけの事であった。
服装も変わらずである、どうやら穀物用の麻袋を加工しただけの代物であるが代替できる品をキーツが持っている筈もなく、無論それなりのものをレプエリケーターで作成する事は難しくないが何故それをキーツが所持していたかの理由付けは難しく、ジルフェと相談し取り合えずそのままでという結論になった、衣服の作成よりも移動を優先したのである。
但しそれぞれにマント代わりの外套は設えた、昨晩使用したマントの大きい方を二つに切り子供用に仕立て直しておりキーツが用意した原始的な裁縫道具でテインは手際よくそれらを作り上げていた。

ジルフェの報告によるとギャエルは無事原隊に合流できた様子である、街道に出て西へ向かう途中で襲撃された場所に行き当ったが、道路上は綺麗に片付いており馬車等の残骸は脇に山積みとなっていた、ギャエルはそれに面食らったようで頻りに周辺を探索したり残骸を調査していたようである、ギャエルにしてみればつい半日前の事件であったが、実際の経過時間は約4日程度であった、まさに狐につままれた状態でギャエルは暫くその場を動けなかったようである、しかし幸運な事に街道を通りかかった隊商と合流し無事原隊復帰の道筋を得たようだ、ジルフェの監視はそこで終了させたが大きな問題が発生しなければ彼の思惑通りになるだろう、奴隷関連以外はであるが。

そんなこんなで旅人達は東に向かって進んでいる、岩場で足元が良いとはいえジュウシが偽装した馬では通れない地形が多いのが難点となり所々で大きく迂回する必要があった、そのたびごとに森の中を進む為その歩みは遅いものとなっていた。

「休憩しようか」
太陽が中点に差し掛かる頃にキーツは森の外縁を飛び跳ねているエルステとフリンダに声を掛ける、腰掛けるのに丁度良い平らな大岩が有りそこへ荷物を下ろす。

「なかなか進みませんね」
テインはジュウシから降り片足を気にしながらキーツの側へ来て一息吐く、沸騰させ冷ました水を入れた革袋を二つ手に提げていて、一つをキーツに手渡すと二人が来るのを待っていた、

「彼等は元気だね」
キーツは革袋を呷りながらこちらを目指す二人を眺める、この旅の目的がどうであれとても長閑な風景である。

「そうですね、でも、少し注意しておかないと・・・杞憂であれば良いですが」
テインの言葉にキーツが確認をとろうと口を開いた瞬間に、

「お腹、すいた」

「腹、減った」
子供達はテインの持つ革袋を争うように呷りそう言ってテインに纏わりつく、

「はいはい、どうします?」
テインはキーツに問い掛ける、キーツはそうだね昼食にしようかと下ろした荷物から布袋を取り出した、事前に準備していた乾パンの袋の一つを取り出す、昨晩彼等に渡した分は朝食として皆で別けて空になっていた。

「一人旅だったからこれで充分だったんだけど、心許なくなったなぁ」
そういって一掴み程度を各自に分けた、

「では、食料調達が必要ですね」
テインはそう言って乾パンを口に運ぶ、

「ところでこの固いパン・・・でいいと思うんですが、どうやって作るのですか」
テインはキーツの隣りに腰掛け自然に聞いて来る、

「どうやって?うーん、作り方迄は知らないなぁ、でも、美味しいよね」

「えぇ、初めて食べる美味しさです、甘さがあって口触りも良いですし、何より腹持ちが良いですね、どこで手に入れられたのか大変興味があるのですが」
テインはそう言ってキーツを見上げる、どこと言われてもなぁとキーツはとぼけつつ乾パンを頬張った。

「南の方とだけ言えるかな、地名や店の名を出しても分からないでしょう」
キーツは煙に巻く事とした、何でもかんでも南の方ではそのうち辛くなりそうだなと思う、

「そうですか、ではそちらに詳しいのが故郷におりますのでその人に話して頂ければと思います」
テインはそう言ってニヤリと笑う、これは誤魔化している事を勘付いている微笑みなのか、純粋にそう思っているだけなのか判断が難しかった。

相手は接触を持ち始めて数時間の知性体である、表出する感情表現がキーツの持つ常識から乖離したものである可能性がありそういった情緒面を含め彼等を知る事が浸透同化に於いては最も重要な要素でもあった、さらに表情の読めない獣人が二人側に控えているのである、彼等を知って彼等の社会に溶け込む事は簡単では無いと実感する、その点ギャエルの人種側はまだ楽なのかもしれないなと考える。

「それより、足はどう?包帯変えようか?」
話題を逸らすべく彼女の足に視線を向け数刻前に彼女の足に巻いた包帯を確認する、出血の様子は無い、

「大丈夫そうだけど一度締め直すか」
キーツはテインの前に跪くとその足を自分の太腿に載せた、

「や、ごめんなさい、ありがとうございます」
テインは恐縮しつつもマントの端を腰に回し両太腿をギュッと締めた、キーツは彼女が下着も履いてなかった事を思い出しその場でクルリと彼女に背を向け、脇の下に足を挟むように体位を変える。
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