婚約破棄されたのですが、甘くない溺愛ルートですか?

パリパリかぷちーの

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「帰りません」

「帰れ」

「嫌だ」

「しつこい!」

玄関前での押し問答は、すでに1時間を経過していた。

アレクシス・ド・ヴァルグ公爵は、石像のように動かない。

私が何を言っても、彼は無表情(に見えるが、たぶん真剣な顔)で首を横に振るだけだ。

「公爵様、暇なのですか? 隣国の要人でしょう? 国境警備とか、魔物討伐とか、公務があるはずです」

「休暇を取った」

「いつまで?」

「お前が首を縦に振るまで」

「じゃあ一生ですね。無期限の休暇、おめでとうございます」

私はピシャリと言い放ち、扉を閉めようとした。

ガシッ。

また止められる。

「……腹が減った」

「は?」

「ここに来るまで、何も食べていない。茶の一杯くらい出してもいいのではないか」

彼は少しだけ視線を逸らして言った。

その言葉に、私はハッとした。

情に絆されたわけではない。

ある閃きが、脳裏をよぎったのだ。

私は彼の全身を、じっくりと観察した。

身長190センチ超え(推定)の巨体。

丸太のような腕。

そして、噂に聞く強大な魔力。

(……待てよ。この男、使えるのでは?)

この廃屋は、まだ修繕が必要な箇所が山ほどある。

屋根の穴、崩れた塀、重たい家具の移動、井戸の清掃……。

私とマリーの二人だけでは、数ヶ月かかる重労働だ。

しかし、この「歩く重機」のような男がいれば?

私は計算機を叩くように、頭の中でそろばんを弾いた。

・コスト:食事代(保存食で可)

・パフォーマンス:超人的な身体能力+魔法

・リスク:顔が怖い、会話が通じない

(……利益の方が大きいわ)

私はニヤリと口角を上げた。

悪役令嬢スイッチ、オン。

「あら、お腹が空いていらっしゃるの? それは大変失礼いたしました」

私は態度を180度変え、優雅な笑みを浮かべた。

「わかりました。お食事を提供いたしましょう。ただし」

「ただし?」

「タダというわけにはまいりません。我が家は現在、深刻な人手不足でして」

私は背後に隠していた雑巾とバケツを取り出し、彼の前に突き出した。

「働かざる者、食うべからず。ご飯が食べたければ、労働を提供していただきます」

「……俺に、雑用をしろと?」

「お嫌ですか? 氷の公爵様ともあろうお方が、まさか掃除一つできないなんてことはございませんよね?」

私は挑発的に小首を傾げた。

アレクシス公爵の目が、ギラリと光る。

「……ふん。俺に不可能はない」

「言質を取りましたよ。では、契約成立です!」

私は彼の手を取り(一瞬ビクッとされたが無視して)、屋敷の中へと引きずり込んだ。

***

15分後。

アレクシス公爵は、私のジャージ(予備の特大サイズ)に着替えさせられていた。

上はブカブカだが、ズボンの丈が足りていない。

七分丈のようになっているが、今はファッションチェックをしている場合ではない。

「第一任務! 屋根の修繕!」

私は庭から屋根を指差した。

「あそこの瓦が剥がれています。雨漏りが酷いのです。梯子はありませんが、公爵様なら登れますよね?」

「……愚問だ」

彼は短く答えると、膝を曲げ、タンッ! と地面を蹴った。

それだけで、彼の体はふわりと浮き上がり、二階の屋根へと着地した。

身体強化魔法だ。

「おお……」

マリーが感嘆の声を漏らす。

「資材はどうする?」

「今投げます!」

私は庭に積んであった木の板と瓦を、魔法でふわりと浮かせた。

実は私、生活魔法くらいなら使えるのだ。

「これを使って塞いでください。釘は口にくわえて! 手際よくお願いします!」

「……注文の多い女だ」

彼は文句を言いながらも、驚くべき手際で作業を始めた。

カン、カン、カン!

正確無比なハンマー捌き。

軍人で鍛えられた身体能力は、日曜大工においても最強だった。

「終わったぞ」

「早っ! じゃあ次は井戸の浚渫(しゅんせつ)!」

「……なんだそれは」

「井戸の底に泥が溜まって水が出ないんです。魔法で泥をかき出してください。あ、水属性ですよね? 洗浄もお願いします」

「俺の魔法は、敵軍を壊滅させるためのものだが……」

「泥も敵軍も似たようなものです! やって!」

彼は溜息をつきながら、井戸に手をかざした。

『水流よ、穿て』

ゴオオオオオオッ!

井戸の中から水柱が上がり、泥と共に空へ噴き出した。

そしてキラキラと輝く綺麗な水が湧き出してくる。

「完璧です! 次は庭の草むしり! 範囲が広いので『氷魔法』で一旦凍らせてから砕く作戦でいきます!」

「……俺をなんだと思っている」

「超便利な便利屋さんです」

「……」

彼は不満げな顔をしつつも、私の指示に従った。

パキパキパキ……!

庭の雑草が一瞬で凍りつき、彼が指を鳴らすと粉々に砕け散った。

除草剤も草刈り機もいらない。

なんてエコでクリーンなエネルギーだろうか。

「凄い……凄いわアレクシス様!」

私は思わず拍手をした。

「貴方、才能ありますよ! 公爵辞めて庭師になったらどうですか? 年収倍になりますよ!」

「……公爵の年収を知って言っているのか?」

「とにかく素晴らしいです! 今まで見た男性の中で、一番役に立ちます!」

「役に立つ……?」

彼は動きを止めた。

そして、なぜか顔を赤らめた。

「……そうか。役に立つか」

「はい! 最高です!」

「……悪くない響きだ」

(え、そこ喜ぶところ?)

私は首を傾げたが、彼がやる気になっているなら好都合だ。

「じゃあ、その調子で薪割りもお願いします!」

「任せろ」

彼は先ほどより軽快な動きで斧を振り上げ……いや、手刀で丸太を両断した。

どうなっているんだ、あの筋肉は。

***

夕方。

屋敷は見違えるように綺麗になっていた。

屋根は直り、井戸水は澄み、庭は整地され、一年分くらいの薪が積み上げられている。

「素晴らしい……」

私はテラスで紅茶(マリーが淹れた)を飲みながら、労働の成果を眺めていた。

その横で、汗一つかいていないアレクシス公爵が、無言でカップを傾けている。

「約束通り、食事にしますか」

私は言った。

「マリー、今夜は特別メニューよ。彼の分も作って」

「はい、お嬢様!」

出されたのは、近所の森で採れたキノコと、保存食の干し肉を使ったシチュー。

そして、私が家庭菜園(予定地)の隅で見つけた野草のサラダ。

王侯貴族に出すにはあまりに粗末な食事だ。

だが、アレクシス公爵はそれを一口食べると、目を見開いた。

「……美味い」

「え?」

「王宮の料理より、味がする」

「それは、労働の後のご飯だからですよ。スパイスは『達成感』です」

「達成感……」

彼はスプーンを見つめ、深く頷いた。

「確かに。敵を倒した後の酒は美味いが、それとは違う……もっと、満たされる感覚だ」

「でしょう? 生産的な活動は心を豊かにするのです。書類上の数字をいじるだけの公務とは違います」

「……お前は、いつもこうなのか?」

「こう、とは?」

「何でも自分でやり、状況を楽しみ、誰にも頼らない」

彼は真剣な眼差しで私を見た。

その青い瞳には、朝のような威圧感はなく、代わりに好奇心と……微かな熱が宿っていた。

「私の信条は『自分の機嫌は自分で取る』ですので」

私はシチューを啜った。

「誰かに幸せにしてもらうのを待っていたら、お婆ちゃんになってしまいます。私は、私の手で、私が一番快適な場所を作りたいだけです」

「……そうか」

彼は静かに言った。

「俺は、ずっと『公爵』として生きることを強いられてきた。周囲は俺を恐れ、俺もまた、他者を排除することで自分を守ってきた」

「まあ、その目つきなら仕方ないですね」

「……正直だな」

「事実ですから」

彼はふっと笑った。

朝の不気味な笑みとは違う、自然な笑みだった。

「ソフィエ。俺は、お前が気に入った」

「それはどうも。労働力としてなら歓迎しますよ」

「いや、そうではない。俺は……」

彼が何か言いかけた時。

遠くから、蹄の音が聞こえてきた。

パカラッ、パカラッ、パカラッ!

一台の馬車ではない。

数台、いや、一小隊規模の馬蹄の音だ。

「……客か?」

アレクシス公爵の目が、瞬時に『軍人の目』に戻る。

私は嫌な予感がして立ち上がった。

門の向こうから現れたのは、煌びやかな王家の紋章が入った馬車と、武装した騎士たちだった。

「げっ」

思わず声が出た。

先頭の馬車から降りてきたのは、銀縁メガネをかけた神経質そうな男。

王宮の文官長、セオドアだ。

彼は私を見つけるなり、ヒステリックな声を上げた。

「ソフィエ様! やっと見つけましたぞ! こんなあばら家に隠れているとは!」

「……セオドア様。何の御用でしょうか。私はもう一般人ですが」

「何を仰る! 王宮が大変なことになっているのですよ! 貴方様がいなくなったせいで、決裁書類が山積みです! ジェラルド殿下は『僕のハンカチはどこだ』と泣き喚き、予算委員会は紛糾し、隣国との条約更新の期限も迫っている!」

「知ったことではありません。自業自得という言葉を辞書で引いてください」

「ええい、問答無用! 国王陛下の命令です! 強制的にでも連れ戻せとのこと! 衛兵、捕らえよ!」

セオドアの合図で、騎士たちがガチャガチャと剣を構えて前進してくる。

「なっ……暴力で解決するつもり!?」

私が身構えた、その時。

ドォン!!

轟音と共に、地面から巨大な氷の壁が突き出した。

騎士たちの目の前に、青白い氷壁が立ちはだかる。

「うわぁっ!?」

「な、なんだ!?」

騎士たちが腰を抜かす中、私の隣にいた『ジャージ姿の男』が一歩前に出た。

「……俺の庭師(パートナー)に、気安く触れるな」

アレクシス公爵の声が、絶対零度の冷気を伴って響く。

「さもなければ、この国ごと氷河期にしてやる」

「ひ、ひぃぃぃぃ!? その魔力、その威圧感……ま、まさか、隣国の『氷の公爵』!?」

「なぜここに!? しかも、なぜジャージを!?」

セオドアが絶叫した。

あ、そこは突っ込むんだ。

私は呆れつつも、頼もしすぎる背中を見上げた。

どうやら、私の労働力(彼)は、警備員としても優秀すぎるようだった。

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