4 / 25
4
「帰りません」
「帰れ」
「嫌だ」
「しつこい!」
玄関前での押し問答は、すでに1時間を経過していた。
アレクシス・ド・ヴァルグ公爵は、石像のように動かない。
私が何を言っても、彼は無表情(に見えるが、たぶん真剣な顔)で首を横に振るだけだ。
「公爵様、暇なのですか? 隣国の要人でしょう? 国境警備とか、魔物討伐とか、公務があるはずです」
「休暇を取った」
「いつまで?」
「お前が首を縦に振るまで」
「じゃあ一生ですね。無期限の休暇、おめでとうございます」
私はピシャリと言い放ち、扉を閉めようとした。
ガシッ。
また止められる。
「……腹が減った」
「は?」
「ここに来るまで、何も食べていない。茶の一杯くらい出してもいいのではないか」
彼は少しだけ視線を逸らして言った。
その言葉に、私はハッとした。
情に絆されたわけではない。
ある閃きが、脳裏をよぎったのだ。
私は彼の全身を、じっくりと観察した。
身長190センチ超え(推定)の巨体。
丸太のような腕。
そして、噂に聞く強大な魔力。
(……待てよ。この男、使えるのでは?)
この廃屋は、まだ修繕が必要な箇所が山ほどある。
屋根の穴、崩れた塀、重たい家具の移動、井戸の清掃……。
私とマリーの二人だけでは、数ヶ月かかる重労働だ。
しかし、この「歩く重機」のような男がいれば?
私は計算機を叩くように、頭の中でそろばんを弾いた。
・コスト:食事代(保存食で可)
・パフォーマンス:超人的な身体能力+魔法
・リスク:顔が怖い、会話が通じない
(……利益の方が大きいわ)
私はニヤリと口角を上げた。
悪役令嬢スイッチ、オン。
「あら、お腹が空いていらっしゃるの? それは大変失礼いたしました」
私は態度を180度変え、優雅な笑みを浮かべた。
「わかりました。お食事を提供いたしましょう。ただし」
「ただし?」
「タダというわけにはまいりません。我が家は現在、深刻な人手不足でして」
私は背後に隠していた雑巾とバケツを取り出し、彼の前に突き出した。
「働かざる者、食うべからず。ご飯が食べたければ、労働を提供していただきます」
「……俺に、雑用をしろと?」
「お嫌ですか? 氷の公爵様ともあろうお方が、まさか掃除一つできないなんてことはございませんよね?」
私は挑発的に小首を傾げた。
アレクシス公爵の目が、ギラリと光る。
「……ふん。俺に不可能はない」
「言質を取りましたよ。では、契約成立です!」
私は彼の手を取り(一瞬ビクッとされたが無視して)、屋敷の中へと引きずり込んだ。
***
15分後。
アレクシス公爵は、私のジャージ(予備の特大サイズ)に着替えさせられていた。
上はブカブカだが、ズボンの丈が足りていない。
七分丈のようになっているが、今はファッションチェックをしている場合ではない。
「第一任務! 屋根の修繕!」
私は庭から屋根を指差した。
「あそこの瓦が剥がれています。雨漏りが酷いのです。梯子はありませんが、公爵様なら登れますよね?」
「……愚問だ」
彼は短く答えると、膝を曲げ、タンッ! と地面を蹴った。
それだけで、彼の体はふわりと浮き上がり、二階の屋根へと着地した。
身体強化魔法だ。
「おお……」
マリーが感嘆の声を漏らす。
「資材はどうする?」
「今投げます!」
私は庭に積んであった木の板と瓦を、魔法でふわりと浮かせた。
実は私、生活魔法くらいなら使えるのだ。
「これを使って塞いでください。釘は口にくわえて! 手際よくお願いします!」
「……注文の多い女だ」
彼は文句を言いながらも、驚くべき手際で作業を始めた。
カン、カン、カン!
正確無比なハンマー捌き。
軍人で鍛えられた身体能力は、日曜大工においても最強だった。
「終わったぞ」
「早っ! じゃあ次は井戸の浚渫(しゅんせつ)!」
「……なんだそれは」
「井戸の底に泥が溜まって水が出ないんです。魔法で泥をかき出してください。あ、水属性ですよね? 洗浄もお願いします」
「俺の魔法は、敵軍を壊滅させるためのものだが……」
「泥も敵軍も似たようなものです! やって!」
彼は溜息をつきながら、井戸に手をかざした。
『水流よ、穿て』
ゴオオオオオオッ!
井戸の中から水柱が上がり、泥と共に空へ噴き出した。
そしてキラキラと輝く綺麗な水が湧き出してくる。
「完璧です! 次は庭の草むしり! 範囲が広いので『氷魔法』で一旦凍らせてから砕く作戦でいきます!」
「……俺をなんだと思っている」
「超便利な便利屋さんです」
「……」
彼は不満げな顔をしつつも、私の指示に従った。
パキパキパキ……!
庭の雑草が一瞬で凍りつき、彼が指を鳴らすと粉々に砕け散った。
除草剤も草刈り機もいらない。
なんてエコでクリーンなエネルギーだろうか。
「凄い……凄いわアレクシス様!」
私は思わず拍手をした。
「貴方、才能ありますよ! 公爵辞めて庭師になったらどうですか? 年収倍になりますよ!」
「……公爵の年収を知って言っているのか?」
「とにかく素晴らしいです! 今まで見た男性の中で、一番役に立ちます!」
「役に立つ……?」
彼は動きを止めた。
そして、なぜか顔を赤らめた。
「……そうか。役に立つか」
「はい! 最高です!」
「……悪くない響きだ」
(え、そこ喜ぶところ?)
私は首を傾げたが、彼がやる気になっているなら好都合だ。
「じゃあ、その調子で薪割りもお願いします!」
「任せろ」
彼は先ほどより軽快な動きで斧を振り上げ……いや、手刀で丸太を両断した。
どうなっているんだ、あの筋肉は。
***
夕方。
屋敷は見違えるように綺麗になっていた。
屋根は直り、井戸水は澄み、庭は整地され、一年分くらいの薪が積み上げられている。
「素晴らしい……」
私はテラスで紅茶(マリーが淹れた)を飲みながら、労働の成果を眺めていた。
その横で、汗一つかいていないアレクシス公爵が、無言でカップを傾けている。
「約束通り、食事にしますか」
私は言った。
「マリー、今夜は特別メニューよ。彼の分も作って」
「はい、お嬢様!」
出されたのは、近所の森で採れたキノコと、保存食の干し肉を使ったシチュー。
そして、私が家庭菜園(予定地)の隅で見つけた野草のサラダ。
王侯貴族に出すにはあまりに粗末な食事だ。
だが、アレクシス公爵はそれを一口食べると、目を見開いた。
「……美味い」
「え?」
「王宮の料理より、味がする」
「それは、労働の後のご飯だからですよ。スパイスは『達成感』です」
「達成感……」
彼はスプーンを見つめ、深く頷いた。
「確かに。敵を倒した後の酒は美味いが、それとは違う……もっと、満たされる感覚だ」
「でしょう? 生産的な活動は心を豊かにするのです。書類上の数字をいじるだけの公務とは違います」
「……お前は、いつもこうなのか?」
「こう、とは?」
「何でも自分でやり、状況を楽しみ、誰にも頼らない」
彼は真剣な眼差しで私を見た。
その青い瞳には、朝のような威圧感はなく、代わりに好奇心と……微かな熱が宿っていた。
「私の信条は『自分の機嫌は自分で取る』ですので」
私はシチューを啜った。
「誰かに幸せにしてもらうのを待っていたら、お婆ちゃんになってしまいます。私は、私の手で、私が一番快適な場所を作りたいだけです」
「……そうか」
彼は静かに言った。
「俺は、ずっと『公爵』として生きることを強いられてきた。周囲は俺を恐れ、俺もまた、他者を排除することで自分を守ってきた」
「まあ、その目つきなら仕方ないですね」
「……正直だな」
「事実ですから」
彼はふっと笑った。
朝の不気味な笑みとは違う、自然な笑みだった。
「ソフィエ。俺は、お前が気に入った」
「それはどうも。労働力としてなら歓迎しますよ」
「いや、そうではない。俺は……」
彼が何か言いかけた時。
遠くから、蹄の音が聞こえてきた。
パカラッ、パカラッ、パカラッ!
一台の馬車ではない。
数台、いや、一小隊規模の馬蹄の音だ。
「……客か?」
アレクシス公爵の目が、瞬時に『軍人の目』に戻る。
私は嫌な予感がして立ち上がった。
門の向こうから現れたのは、煌びやかな王家の紋章が入った馬車と、武装した騎士たちだった。
「げっ」
思わず声が出た。
先頭の馬車から降りてきたのは、銀縁メガネをかけた神経質そうな男。
王宮の文官長、セオドアだ。
彼は私を見つけるなり、ヒステリックな声を上げた。
「ソフィエ様! やっと見つけましたぞ! こんなあばら家に隠れているとは!」
「……セオドア様。何の御用でしょうか。私はもう一般人ですが」
「何を仰る! 王宮が大変なことになっているのですよ! 貴方様がいなくなったせいで、決裁書類が山積みです! ジェラルド殿下は『僕のハンカチはどこだ』と泣き喚き、予算委員会は紛糾し、隣国との条約更新の期限も迫っている!」
「知ったことではありません。自業自得という言葉を辞書で引いてください」
「ええい、問答無用! 国王陛下の命令です! 強制的にでも連れ戻せとのこと! 衛兵、捕らえよ!」
セオドアの合図で、騎士たちがガチャガチャと剣を構えて前進してくる。
「なっ……暴力で解決するつもり!?」
私が身構えた、その時。
ドォン!!
轟音と共に、地面から巨大な氷の壁が突き出した。
騎士たちの目の前に、青白い氷壁が立ちはだかる。
「うわぁっ!?」
「な、なんだ!?」
騎士たちが腰を抜かす中、私の隣にいた『ジャージ姿の男』が一歩前に出た。
「……俺の庭師(パートナー)に、気安く触れるな」
アレクシス公爵の声が、絶対零度の冷気を伴って響く。
「さもなければ、この国ごと氷河期にしてやる」
「ひ、ひぃぃぃぃ!? その魔力、その威圧感……ま、まさか、隣国の『氷の公爵』!?」
「なぜここに!? しかも、なぜジャージを!?」
セオドアが絶叫した。
あ、そこは突っ込むんだ。
私は呆れつつも、頼もしすぎる背中を見上げた。
どうやら、私の労働力(彼)は、警備員としても優秀すぎるようだった。
「帰れ」
「嫌だ」
「しつこい!」
玄関前での押し問答は、すでに1時間を経過していた。
アレクシス・ド・ヴァルグ公爵は、石像のように動かない。
私が何を言っても、彼は無表情(に見えるが、たぶん真剣な顔)で首を横に振るだけだ。
「公爵様、暇なのですか? 隣国の要人でしょう? 国境警備とか、魔物討伐とか、公務があるはずです」
「休暇を取った」
「いつまで?」
「お前が首を縦に振るまで」
「じゃあ一生ですね。無期限の休暇、おめでとうございます」
私はピシャリと言い放ち、扉を閉めようとした。
ガシッ。
また止められる。
「……腹が減った」
「は?」
「ここに来るまで、何も食べていない。茶の一杯くらい出してもいいのではないか」
彼は少しだけ視線を逸らして言った。
その言葉に、私はハッとした。
情に絆されたわけではない。
ある閃きが、脳裏をよぎったのだ。
私は彼の全身を、じっくりと観察した。
身長190センチ超え(推定)の巨体。
丸太のような腕。
そして、噂に聞く強大な魔力。
(……待てよ。この男、使えるのでは?)
この廃屋は、まだ修繕が必要な箇所が山ほどある。
屋根の穴、崩れた塀、重たい家具の移動、井戸の清掃……。
私とマリーの二人だけでは、数ヶ月かかる重労働だ。
しかし、この「歩く重機」のような男がいれば?
私は計算機を叩くように、頭の中でそろばんを弾いた。
・コスト:食事代(保存食で可)
・パフォーマンス:超人的な身体能力+魔法
・リスク:顔が怖い、会話が通じない
(……利益の方が大きいわ)
私はニヤリと口角を上げた。
悪役令嬢スイッチ、オン。
「あら、お腹が空いていらっしゃるの? それは大変失礼いたしました」
私は態度を180度変え、優雅な笑みを浮かべた。
「わかりました。お食事を提供いたしましょう。ただし」
「ただし?」
「タダというわけにはまいりません。我が家は現在、深刻な人手不足でして」
私は背後に隠していた雑巾とバケツを取り出し、彼の前に突き出した。
「働かざる者、食うべからず。ご飯が食べたければ、労働を提供していただきます」
「……俺に、雑用をしろと?」
「お嫌ですか? 氷の公爵様ともあろうお方が、まさか掃除一つできないなんてことはございませんよね?」
私は挑発的に小首を傾げた。
アレクシス公爵の目が、ギラリと光る。
「……ふん。俺に不可能はない」
「言質を取りましたよ。では、契約成立です!」
私は彼の手を取り(一瞬ビクッとされたが無視して)、屋敷の中へと引きずり込んだ。
***
15分後。
アレクシス公爵は、私のジャージ(予備の特大サイズ)に着替えさせられていた。
上はブカブカだが、ズボンの丈が足りていない。
七分丈のようになっているが、今はファッションチェックをしている場合ではない。
「第一任務! 屋根の修繕!」
私は庭から屋根を指差した。
「あそこの瓦が剥がれています。雨漏りが酷いのです。梯子はありませんが、公爵様なら登れますよね?」
「……愚問だ」
彼は短く答えると、膝を曲げ、タンッ! と地面を蹴った。
それだけで、彼の体はふわりと浮き上がり、二階の屋根へと着地した。
身体強化魔法だ。
「おお……」
マリーが感嘆の声を漏らす。
「資材はどうする?」
「今投げます!」
私は庭に積んであった木の板と瓦を、魔法でふわりと浮かせた。
実は私、生活魔法くらいなら使えるのだ。
「これを使って塞いでください。釘は口にくわえて! 手際よくお願いします!」
「……注文の多い女だ」
彼は文句を言いながらも、驚くべき手際で作業を始めた。
カン、カン、カン!
正確無比なハンマー捌き。
軍人で鍛えられた身体能力は、日曜大工においても最強だった。
「終わったぞ」
「早っ! じゃあ次は井戸の浚渫(しゅんせつ)!」
「……なんだそれは」
「井戸の底に泥が溜まって水が出ないんです。魔法で泥をかき出してください。あ、水属性ですよね? 洗浄もお願いします」
「俺の魔法は、敵軍を壊滅させるためのものだが……」
「泥も敵軍も似たようなものです! やって!」
彼は溜息をつきながら、井戸に手をかざした。
『水流よ、穿て』
ゴオオオオオオッ!
井戸の中から水柱が上がり、泥と共に空へ噴き出した。
そしてキラキラと輝く綺麗な水が湧き出してくる。
「完璧です! 次は庭の草むしり! 範囲が広いので『氷魔法』で一旦凍らせてから砕く作戦でいきます!」
「……俺をなんだと思っている」
「超便利な便利屋さんです」
「……」
彼は不満げな顔をしつつも、私の指示に従った。
パキパキパキ……!
庭の雑草が一瞬で凍りつき、彼が指を鳴らすと粉々に砕け散った。
除草剤も草刈り機もいらない。
なんてエコでクリーンなエネルギーだろうか。
「凄い……凄いわアレクシス様!」
私は思わず拍手をした。
「貴方、才能ありますよ! 公爵辞めて庭師になったらどうですか? 年収倍になりますよ!」
「……公爵の年収を知って言っているのか?」
「とにかく素晴らしいです! 今まで見た男性の中で、一番役に立ちます!」
「役に立つ……?」
彼は動きを止めた。
そして、なぜか顔を赤らめた。
「……そうか。役に立つか」
「はい! 最高です!」
「……悪くない響きだ」
(え、そこ喜ぶところ?)
私は首を傾げたが、彼がやる気になっているなら好都合だ。
「じゃあ、その調子で薪割りもお願いします!」
「任せろ」
彼は先ほどより軽快な動きで斧を振り上げ……いや、手刀で丸太を両断した。
どうなっているんだ、あの筋肉は。
***
夕方。
屋敷は見違えるように綺麗になっていた。
屋根は直り、井戸水は澄み、庭は整地され、一年分くらいの薪が積み上げられている。
「素晴らしい……」
私はテラスで紅茶(マリーが淹れた)を飲みながら、労働の成果を眺めていた。
その横で、汗一つかいていないアレクシス公爵が、無言でカップを傾けている。
「約束通り、食事にしますか」
私は言った。
「マリー、今夜は特別メニューよ。彼の分も作って」
「はい、お嬢様!」
出されたのは、近所の森で採れたキノコと、保存食の干し肉を使ったシチュー。
そして、私が家庭菜園(予定地)の隅で見つけた野草のサラダ。
王侯貴族に出すにはあまりに粗末な食事だ。
だが、アレクシス公爵はそれを一口食べると、目を見開いた。
「……美味い」
「え?」
「王宮の料理より、味がする」
「それは、労働の後のご飯だからですよ。スパイスは『達成感』です」
「達成感……」
彼はスプーンを見つめ、深く頷いた。
「確かに。敵を倒した後の酒は美味いが、それとは違う……もっと、満たされる感覚だ」
「でしょう? 生産的な活動は心を豊かにするのです。書類上の数字をいじるだけの公務とは違います」
「……お前は、いつもこうなのか?」
「こう、とは?」
「何でも自分でやり、状況を楽しみ、誰にも頼らない」
彼は真剣な眼差しで私を見た。
その青い瞳には、朝のような威圧感はなく、代わりに好奇心と……微かな熱が宿っていた。
「私の信条は『自分の機嫌は自分で取る』ですので」
私はシチューを啜った。
「誰かに幸せにしてもらうのを待っていたら、お婆ちゃんになってしまいます。私は、私の手で、私が一番快適な場所を作りたいだけです」
「……そうか」
彼は静かに言った。
「俺は、ずっと『公爵』として生きることを強いられてきた。周囲は俺を恐れ、俺もまた、他者を排除することで自分を守ってきた」
「まあ、その目つきなら仕方ないですね」
「……正直だな」
「事実ですから」
彼はふっと笑った。
朝の不気味な笑みとは違う、自然な笑みだった。
「ソフィエ。俺は、お前が気に入った」
「それはどうも。労働力としてなら歓迎しますよ」
「いや、そうではない。俺は……」
彼が何か言いかけた時。
遠くから、蹄の音が聞こえてきた。
パカラッ、パカラッ、パカラッ!
一台の馬車ではない。
数台、いや、一小隊規模の馬蹄の音だ。
「……客か?」
アレクシス公爵の目が、瞬時に『軍人の目』に戻る。
私は嫌な予感がして立ち上がった。
門の向こうから現れたのは、煌びやかな王家の紋章が入った馬車と、武装した騎士たちだった。
「げっ」
思わず声が出た。
先頭の馬車から降りてきたのは、銀縁メガネをかけた神経質そうな男。
王宮の文官長、セオドアだ。
彼は私を見つけるなり、ヒステリックな声を上げた。
「ソフィエ様! やっと見つけましたぞ! こんなあばら家に隠れているとは!」
「……セオドア様。何の御用でしょうか。私はもう一般人ですが」
「何を仰る! 王宮が大変なことになっているのですよ! 貴方様がいなくなったせいで、決裁書類が山積みです! ジェラルド殿下は『僕のハンカチはどこだ』と泣き喚き、予算委員会は紛糾し、隣国との条約更新の期限も迫っている!」
「知ったことではありません。自業自得という言葉を辞書で引いてください」
「ええい、問答無用! 国王陛下の命令です! 強制的にでも連れ戻せとのこと! 衛兵、捕らえよ!」
セオドアの合図で、騎士たちがガチャガチャと剣を構えて前進してくる。
「なっ……暴力で解決するつもり!?」
私が身構えた、その時。
ドォン!!
轟音と共に、地面から巨大な氷の壁が突き出した。
騎士たちの目の前に、青白い氷壁が立ちはだかる。
「うわぁっ!?」
「な、なんだ!?」
騎士たちが腰を抜かす中、私の隣にいた『ジャージ姿の男』が一歩前に出た。
「……俺の庭師(パートナー)に、気安く触れるな」
アレクシス公爵の声が、絶対零度の冷気を伴って響く。
「さもなければ、この国ごと氷河期にしてやる」
「ひ、ひぃぃぃぃ!? その魔力、その威圧感……ま、まさか、隣国の『氷の公爵』!?」
「なぜここに!? しかも、なぜジャージを!?」
セオドアが絶叫した。
あ、そこは突っ込むんだ。
私は呆れつつも、頼もしすぎる背中を見上げた。
どうやら、私の労働力(彼)は、警備員としても優秀すぎるようだった。
あなたにおすすめの小説
異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない
木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。
生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。
ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。
その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。
俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)
南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。
こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。
完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。
この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。
ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。
彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。
※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)
【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。
まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」
そう、第二王子に言われました。
そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…!
でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!?
☆★☆★
全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。
読んでいただけると嬉しいです。
ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?
ねーさん
恋愛
アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。
何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。
何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。
「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
今更ですか?結構です。
みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。
エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。
え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。
相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。
全てを奪われてしまいそうなので、ざまぁします!!
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
義母に全てを奪われたジュディ。何とかメイドの仕事を見つけるも義母がお金の無心にやって来ます。
私、もう我慢の限界なんですっ!!