婚約破棄されたのですが、甘くない溺愛ルートですか?

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
11 / 25

11

「ちちうぇぇぇぇぇ!! 酷いんだよぉぉぉぉ!!」

王宮の謁見の間。

厳粛なはずのその場所は、3歳児のような泣き声を上げる第一王子、ジェラルドによって保育園と化していた。

玉座に座る国王、オルランド3世は、こめかみに青筋を浮かべて震えている。

「……ジェラルド。貴様、何をしに行ったのだ」

「ソフィエを迎えに行ったんだよ! なのに、あいつ、僕を『不潔』扱いして! しかも隣国の公爵とよろしくやってて! ミーナもペットになってて!」

「情報量が多すぎて理解できん!!」

国王が怒号を上げた。

「整理しろ! まずソフィエ嬢はどうした! 連れ戻せたのか!?」

「無理だよ! あそこには魔王がいるんだ! アレクシスだよ! あの氷の公爵が、ピンクのジャージ着て鍬を振り回してくるんだよ! 勝てるわけないじゃないか!」

「……公爵が、ジャージで、鍬?」

国王は遠い目をした。

自分の息子がついに精神を病んだと思ったらしい。

「嘘じゃないよ! それに、これを見てよ! ソフィエからの手紙だ!」

ジェラルドは、皺くちゃになった『請求書』を差し出した。

宰相がそれを受け取り、恭しく国王に手渡す。

国王は片眼鏡をかけ、羊皮紙に目を通した。

「……む」

眉間の皺が深くなる。

「……ふむ」

顔色が青ざめていく。

「……ご、5億……!?」

「でしょ!? おかしいでしょ!? あいつ、金亡者になっちゃったんだよ!」

ジェラルドが喚くが、国王の手はワナワナと震えていた。

「ば、馬鹿者……! これは……正当な請求だ……!」

「えっ?」

「見ろ、この内訳を。『未払い残業代:金貨3000枚』『深夜労働割増分:金貨2000枚』『精神的苦痛による慰謝料』……すべて、労働法に基づいた完璧な計算式で算出されている。一銭の誤差もない……!」

国王は呻いた。

「しかも、添付書類に『業務日誌』の写しがついている。ここには、お前がいつ、どんな無茶振りをして、彼女が何時間働いたかが分刻みで記録されている……! これでは裁判になっても負けるぞ!」

「そ、そんなぁ……」

「さらに、ここだ。『現物支給の場合、北の鉱山開発権を要求する』とある」

国王は羊皮紙を叩きつけた。

「彼女は知っているのだ! 我々が現金を用意できないことを! そして、あの鉱山が、我が国の重要な資金源であることも! ここを奪われたら、我が国は経済的に死ぬ!」

「じゃあ、踏み倒せばいいじゃないですか」

ジェラルドが鼻をほじりながら言った。

その瞬間。

バァァァァン!!

謁見の間の扉が乱暴に開かれた。

「へ、陛下ぁぁぁぁ!! もう無理ですぅぅぅ!!」

飛び込んできたのは、目の下に隈を作り、髪を振り乱した財務大臣だった。

「どうした、騒々しい!」

「た、大変なんです! ソフィエ様がいなくなってから、予算の計算が合いません! 彼女独自の『超圧縮記帳法』が解読できず、どこに何を使えばいいのか誰もわからないんです!」

「なんだと!?」

「それに、隣国の商会から『ソフィエ様がいないなら取引停止だ』と連絡が! 物流が止まります!」

「陛下!!」

続いて、外務大臣が転がり込んできた。

「ガレリア帝国から『我が国の公爵に対する不敬罪』で宣戦布告寸前です! 『ジャージ姿を笑った詫びを入れろ』という意味不明な要求が!」

「へ、陛下!!」

さらに、宮廷料理長まで入ってきた。

「ソフィエ様秘伝の『王子の偏食対策レシピ』が紛失しました! 殿下がピーマンを食べてくれません!」

「知らんわそんなこと!!」

国王は絶叫した。

玉座から立ち上がり、頭を抱える。

「なぜだ……たった一人の小娘がいなくなっただけで、なぜ国が傾くのだ……!?」

「父上、大袈裟ですよ」

ジェラルドが呑気に言った。

「代わりなんていくらでもいるでしょう? そうだ、王立学園の首席を連れてくれば……」

「そいつは昨日、『ソフィエ様のいない職場なんてブラックすぎて死ねる』と言って辞表を出して逃亡したわ!!」

「えぇ……」

国王はガックリと項垂れた。

ようやく理解したのだ。

ソフィエ・フォン・ローゼンという存在が、単なる「婚約者」ではなく、この国の「中枢プロセッサ」そのものだったことに。

彼女は、王子の世話をしつつ、裏で国の行政、財政、外交の全てを円滑に回していた『影の宰相』だったのだ。

それを、あろうことか「可愛げがない」という理由で切り捨てた。

自分で自分の心臓をえぐり出したようなものだ。

「……詰んだ」

国王が呟いた。

「え?」

「詰んだのだ。金はない。人はいない。外交問題は爆発寸前。そして王子は……このザマだ」

国王は、未だに「僕の靴下~」と言っている息子を冷ややかな目で見下ろした。

「……ジェラルド」

「な、なに? 父上、目が怖いよ」

「お前が……お前が全ての元凶だ!!」

「ぎゃあ!!」

国王は笏(しゃく)を振り上げ、息子をポカポカと殴り始めた。

「痛い! 暴力反対! 父上、落ち着いて!」

「落ち着いていられるか! このままでは革命が起きる! いや、その前に国が破産する!」

「へ、陛下! 暴力はいけません!」

宰相が止めに入るが、その宰相も過労でフラフラだ。

「……こうなったら、手段は一つしかない」

国王は肩で息をしながら、乱れた王冠を直した。

「……手段?」

ジェラルドが涙目で尋ねる。

「そうだ。プライドもへったくれもない。私が……国王である私が、直接出向く」

「ええっ!? 父上が!?」

「そうだ。そして、ソフィエ嬢に土下座をしてでも戻ってきてもらうのだ。国王の土下座なら、多少は心が動くだろう」

「で、でも、あそこにはアレクシスがいるよ? 殺されるよ?」

「……その時は、お前を盾にする」

「ひどい!!」

「準備だ! 馬車を出せ! 一番速いやつだ! 手土産も忘れるな! ソフィエ嬢の好きな……なんだ、彼女は何が好きなんだ!?」

謁見の間が静まり返る。

誰も、ソフィエの趣味嗜好を知らなかったのだ。

彼女が何を食べ、何を好み、何に笑うのか。

誰も興味を持っていなかった。

ただ「便利だから」という理由だけで使っていたツケが、ここに来て最悪の形で回ってきた。

「……わからん」

国王が呆然と呟く。

「誰も……知らんのか……?」

「……たしか、書類整理がお好きだったような……」

財務大臣が自信なさげに言う。

「手土産に書類を持って行ってどうする! 『仕事あげるから戻ってきて』なんて言ったら殺されるぞ!」

「あ! そういえば!」

ジェラルドが手を挙げた。

「彼女、『星』が好きだと言っていた気がする!」

「星?」

「ああ。『流れ星に、殿下との破局を願っていた』と言っていたからな!」

「それは嫌味だ気づけ馬鹿者!!」

結局。

王宮の賢い大人たちは、半日かけて会議をした結果、『最高級の紅茶葉』と『白紙の小切手』、そして『国王の土下座』という三点セットを持っていくことに決めた。

だが、彼らは知らなかった。

ソフィエは今、そんなものよりも遥かに価値のあるもの――『心からの信頼』と『温かい食卓』を手に入れていることを。

今更、金や権力をチラつかせたところで、彼女の心は1ミリも動かないことを。

***

一方、北の別邸。

「ハックション!」

私は盛大にくしゃみをした。

「……風邪か?」

アレクシス公爵が、心配そうに私の肩にショールをかけてくれる。

「いえ、誰かが私の噂をしているようです。たぶん、王宮あたりで」

「……あいつらか。まだ懲りていないようだな」

「でしょうね。そろそろ『ラスボス(国王)』が出てくる頃合いかと」

私は予言者のように呟いた。

「まあ、誰が来ようと返り討ちにするだけですけど」

「頼もしいな」

「それよりアレクシス様、今日は領地の視察に行きましょう」

「視察?」

「はい。貴方の治めるガレリア側の領地です。婚約者として、将来の住処を見ておきたいので」

「……!」

アレクシス公爵の表情が、パァッと明るくなった(当社比)。

「……俺の、国へ……?」

「はい。嫌ですか?」

「嫌なわけがあるか。歓迎する。……だが」

彼は少し言い淀んだ。

「俺の城は……ここ以上に殺風景だぞ。氷の城と呼ばれているくらいだ」

「あら、リフォームのしがいがありますね」

私が笑うと、彼もつられて口元を緩めた。

「そうか。……なら、行こう。俺の世界を、お前に見せたい」

こうして私たちは、王宮が大混乱に陥っているのを尻目に、初めての『国境越えデート』へと出発することになった。

そこには、王宮のドロドロした政治とは無縁の、厳しくも美しい景色と、新たな出会いが待っていた。

感想 1

あなたにおすすめの小説

愛さないと言われた妻、侍女と出て行く

菜花
ファンタジー
お前を愛することはないと夫に言われたコレットは、その日のうちに侍女のイネスと屋敷を出て行った。カクヨム様でも投稿しています。

俺が悪役令嬢になって汚名を返上するまで (旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

南野海風
ファンタジー
気がついたら、俺は乙女ゲーの悪役令嬢になってました。 こいつは悪役令嬢らしく皆に嫌われ、周囲に味方はほぼいません。 完全没落まで一年という短い期間しか残っていません。 この無理ゲーの攻略方法を、誰か教えてください。 ライトオタクを自認する高校生男子・弓原陽が辿る、悪役令嬢としての一年間。 彼は令嬢の身体を得て、この世界で何を考え、何を為すのか……彼の乙女ゲーム攻略が始まる。 ※書籍化に伴いダイジェスト化しております。ご了承ください。(旧タイトル・男版 乙女ゲーの悪役令嬢になったよくある話)

【完結】クビだと言われ、実家に帰らないといけないの?と思っていたけれどどうにかなりそうです。

まりぃべる
ファンタジー
「お前はクビだ!今すぐ出て行け!!」 そう、第二王子に言われました。 そんな…せっかく王宮の侍女の仕事にありつけたのに…! でも王宮の庭園で、出会った人に連れてこられた先で、どうにかなりそうです!? ☆★☆★ 全33話です。出来上がってますので、随時更新していきます。 読んでいただけると嬉しいです。

ある日、私は事故で死んだ───はずなのに、目が覚めたら事故の日の朝なんですけど!?

ねーさん
恋愛
   アイリスは十六歳の誕生日の前の日に、姉ヴィクトリアと幼なじみジェイドと共に馬車で王宮に向かう途中、事故に遭い命を落とした───はずだったが、目覚めると何故か事故の日の朝に巻き戻っていた。  何度もその日を繰り返して、その度事故に遭って死んでしまうアイリス。  何度目の「今日」かもわからなくなった頃、目が覚めると、そこにはヴィクトリアの婚約者で第三王子ウォルターがいた。  「明日」が来たんだわ。私、十六歳になれたんだ…

異世界に逃げたシングルマザー経理は、定時退勤だけは譲れない

木風
恋愛
DV夫から一歳の娘を抱えて逃げた鈴木優子は、光に飲まれて異世界の王宮へ転移してしまう。 生きるために差し出した武器は簿記と経理経験――崩壊寸前の王宮会計を『複式簿記』で立て直すことに。 ただし譲れない条件はひとつ、「午後五時の定時退勤」。娘の迎えが最優先だからだ。 その姿勢に、なぜか若き国王ヴィクトルが毎日経理室へ通い始めて――仕事と子育ての先に、家族の形が芽吹いていく。

今更ですか?結構です。

みん
恋愛
完結後に、“置き場”に後日談を投稿しています。 エルダイン辺境伯の長女フェリシティは、自国であるコルネリア王国の第一王子メルヴィルの5人居る婚約者候補の1人である。その婚約者候補5人の中でも幼い頃から仲が良かった為、フェリシティが婚約者になると思われていたが──。 え?今更ですか?誰もがそれを望んでいるとは思わないで下さい──と、フェリシティはニッコリ微笑んだ。 相変わらずのゆるふわ設定なので、優しく見てもらえると助かります。

全てを奪われてしまいそうなので、ざまぁします!!

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
義母に全てを奪われたジュディ。何とかメイドの仕事を見つけるも義母がお金の無心にやって来ます。 私、もう我慢の限界なんですっ!!

【完結】ケーキの為にと頑張っていたらこうなりました

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 前世持ちのファビアは、ちょっと変わった子爵令嬢に育っていた。その彼女の望みは、一生ケーキを食べて暮らす事! その為に彼女は魔法学園に通う事にした。  継母の策略を蹴散らし、非常識な義妹に振り回されつつも、ケーキの為に頑張ります!