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「……誓います」
「……誓う」
ガレリア公爵城の大聖堂。
ステンドグラスから差し込む光の中、私とアレクシス公爵は祭壇の前に立っていた。
厳かなパイプオルガンの音色。
参列席からは、騎士団長バルガスの「うぐっ、ぐすっ……閣下ぁ……!」という汚い泣き声と、ミーナ様の「モグモグ……このカナッペ美味しい……」という咀嚼音が聞こえてくる。
カオスだが、私たちらしい式だ。
神父様が咳払いをした。
「では、誓いの口付けを……」
アレクシス公爵が、震える手で私のベールを上げる。
彼の顔は緊張で強張り、耳まで真っ赤だ。
「……ソフィエ。綺麗だ」
「ありがとうございます。貴方も、今日は3割増しで男前ですよ」
私たちが顔を近づけた、その瞬間。
ドォォォォォォォン!!
大聖堂の重厚な扉が、爆発音と共に吹き飛んだ。
「なっ!?」
「敵襲か!?」
騎士たちが一斉に剣を抜く。
土煙の向こうから現れたのは、一人の女性だった。
プラチナブロンドの髪を高く結い上げ、漆黒のドレスを纏った、氷のような美女。
その背後には、吹雪が渦巻いている。
アレクシス公爵が目を見開いた。
「……母上……!?」
会場がざわめく。
先代公爵夫人、ベアトリス様。
アレクシス様の実の母であり、彼を「化け物」と恐れて疎遠になったと言われている人物だ。
彼女はカツ、カツ、と凍てつく床を歩き、祭壇へと近づいてくる。
その迫力は、アレクシス様の比ではない。
まさに『氷の女帝』。
「……アレクシス」
彼女は息子の前で立ち止まり、扇子で口元を隠したまま、冷ややかな視線を送った。
「……結婚するとは聞いたけれど。随分と地味な式ね」
「……帰ってください」
アレクシス公爵が、私を庇うように前に出た。
その声には、明らかな拒絶と、微かな怯えが混じっていた。
「貴女には関係ない。俺の……俺の大事な花嫁だ。貴女のように、俺を恐れて逃げ出すような弱い女じゃない」
「……」
「俺は、この人を愛している。誰にも邪魔はさせない。たとえ母上でもだ!」
公爵の周囲に氷の剣が出現する。
一触即発。
会場の空気が張り詰めた。
私は、アレクシス様の背中越しに、お義母様(仮)の顔をじっと観察した。
その目は、冷酷に見える。
だが……扇子を持つ手が、小刻みに震えている。
そして、その視線は、アレクシス様の顔ではなく、彼の『ネクタイ』のあたりを彷徨っている。
(……あれ?)
私はピンときた。
この既視感。
この不器用なオーラ。
私はアレクシス様の前にスッと出た。
「ソフィエ!?」
「初めまして、お義母様。ソフィエです」
私は優雅にカーテシーをした。
「わざわざ遠方から、しかも扉を破壊してのご入場、痛み入ります。修理費は後ほど請求させていただきますね」
「……っ!」
ベアトリス様が息を呑む。
「……貴女、怖くないの? わたくしのこの冷気が」
「いいえ。むしろ涼しくて快適です。今日はドレスの中が蒸れますので」
「……」
ベアトリス様はポカンとした後、プルプルと震え出した。
そして。
「……か、可愛いじゃないのぉぉぉ!!」
「はい?」
ガバッ!
彼女はいきなり私に抱きついた。
「な、なっ……母上!?」
「ああ、ごめんなさいねアレクシス! わたくし、感動しちゃって! まさか貴方が、こんなに度胸のある素敵なお嫁さんを見つけるなんて!」
キャラが変わった。
いや、これが素か。
ベアトリス様は、私をスリスリしながら叫んだ。
「招待状が来ないから、わたくし、てっきり嫌われているのかと思って! でも居ても立っても居られなくて、こっそり見に来たら……もう、我慢できなくて飛び込んじゃったわ!」
「……待ってください、母上」
アレクシス様が混乱している。
「貴女は……俺を、恐れていたのでは? 俺が氷魔法を暴走させた時、俺を『化け物』を見る目で……」
「違うわよ!」
ベアトリス様が叫んだ。
「あれは『尊い』を見る目よ!」
「は?」
「わたくしも氷魔法の使い手でしょう? だからわかるのよ。5歳にしてあの魔力量! あの美しい氷の結晶! もう、才能が爆発しすぎてて、親として『この子は天才だわ! でも近づいたら私の魔力と共鳴して国が凍るわ!』って戦慄したの!」
「……共鳴?」
「そうよ! 強すぎる氷魔法使い同士が近づくと、魔力干渉で気温が絶対零度まで下がるの! だから泣く泣く離れて暮らしていたのよ! 貴方を守るために!」
「……」
アレクシス様が、口を半開きにして固まった。
10年以上の確執の原因が、ただの『親バカ』と『物理法則』だったとは。
「なんだ……そう、だったのか……」
「当たり前でしょう! 嫌いなわけないじゃない! 貴方はわたくしの自慢の息子よ!」
ベアトリス様は、アレクシス様の頬を両手で挟んだ。
「大きく……なったわね。立派よ、アレクシス」
「……母上……」
アレクシス様の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
会場中が、もらい泣きする。
バルガス団長に至っては号泣して床を叩いている。
「……さて」
私はパンと手を叩いた。
「感動の和解も済みましたし、式を続けましょうか。お義母様もご一緒に」
「ええ、もちろん! ……あ、そうだわ。お祝いを持ってきたの」
ベアトリス様がパチンと指を鳴らした。
ズズズズズ……。
大聖堂の床から、巨大な氷の塊がせり上がってきた。
それは、精巧に彫られた『私とアレクシス様が抱き合っている等身大の像』だった。
しかも、無駄にキラキラ光っている。
「……いらない」
アレクシス様が即答した。
「えぇーっ! 徹夜で作ったのに!」
「どこに置くんだこんな恥ずかしいもの!」
「玄関よ! 魔除けになるわ!」
「なるか!」
「まあまあ」
私は仲裁に入った。
「夏場になったら、かき氷機として使いましょう。実用的です」
「ソフィエ、お前な……」
こうして、最強の姑(天然)を加え、私たちの結婚式は再開された。
「誓います」
「誓います」
今度こそ、誰にも邪魔されることなく。
私たちは誓いのキスを交わした。
唇が触れ合った瞬間、会場全体が温かい光と、祝福の拍手に包まれた。
「おめでとうーー!!」
「閣下ー! ソフィエ様ー!」
「お幸せにー!」
フラワーシャワーの中を歩きながら、私は隣のアレクシス様を見上げた。
彼は、今まで見た中で一番、幸せそうに笑っていた。
「……ソフィエ」
「はい」
「愛している。……死ぬまで、俺のそばにいてくれ」
「ええ。契約ですから」
私は彼の腕をぎゅっと抱きしめた。
「更新料は高いですよ? 毎日、愛の言葉を囁いてくださいね」
「……善処する」
こうして。
王宮を追放された悪役令嬢は、氷の公爵の心を溶かし、最強のパートナーを手に入れた。
元婚約者は『お飾りの王様』として再就職し、ヒロインは『パティシエ』として覚醒し、姑は『孫バカ』になる予感しかしなかったが……。
まあ、それはこれからのお話。
私の『悪役令嬢スローライフ(という名のハードワーク)』は、ここからが本番なのだから。
「……誓う」
ガレリア公爵城の大聖堂。
ステンドグラスから差し込む光の中、私とアレクシス公爵は祭壇の前に立っていた。
厳かなパイプオルガンの音色。
参列席からは、騎士団長バルガスの「うぐっ、ぐすっ……閣下ぁ……!」という汚い泣き声と、ミーナ様の「モグモグ……このカナッペ美味しい……」という咀嚼音が聞こえてくる。
カオスだが、私たちらしい式だ。
神父様が咳払いをした。
「では、誓いの口付けを……」
アレクシス公爵が、震える手で私のベールを上げる。
彼の顔は緊張で強張り、耳まで真っ赤だ。
「……ソフィエ。綺麗だ」
「ありがとうございます。貴方も、今日は3割増しで男前ですよ」
私たちが顔を近づけた、その瞬間。
ドォォォォォォォン!!
大聖堂の重厚な扉が、爆発音と共に吹き飛んだ。
「なっ!?」
「敵襲か!?」
騎士たちが一斉に剣を抜く。
土煙の向こうから現れたのは、一人の女性だった。
プラチナブロンドの髪を高く結い上げ、漆黒のドレスを纏った、氷のような美女。
その背後には、吹雪が渦巻いている。
アレクシス公爵が目を見開いた。
「……母上……!?」
会場がざわめく。
先代公爵夫人、ベアトリス様。
アレクシス様の実の母であり、彼を「化け物」と恐れて疎遠になったと言われている人物だ。
彼女はカツ、カツ、と凍てつく床を歩き、祭壇へと近づいてくる。
その迫力は、アレクシス様の比ではない。
まさに『氷の女帝』。
「……アレクシス」
彼女は息子の前で立ち止まり、扇子で口元を隠したまま、冷ややかな視線を送った。
「……結婚するとは聞いたけれど。随分と地味な式ね」
「……帰ってください」
アレクシス公爵が、私を庇うように前に出た。
その声には、明らかな拒絶と、微かな怯えが混じっていた。
「貴女には関係ない。俺の……俺の大事な花嫁だ。貴女のように、俺を恐れて逃げ出すような弱い女じゃない」
「……」
「俺は、この人を愛している。誰にも邪魔はさせない。たとえ母上でもだ!」
公爵の周囲に氷の剣が出現する。
一触即発。
会場の空気が張り詰めた。
私は、アレクシス様の背中越しに、お義母様(仮)の顔をじっと観察した。
その目は、冷酷に見える。
だが……扇子を持つ手が、小刻みに震えている。
そして、その視線は、アレクシス様の顔ではなく、彼の『ネクタイ』のあたりを彷徨っている。
(……あれ?)
私はピンときた。
この既視感。
この不器用なオーラ。
私はアレクシス様の前にスッと出た。
「ソフィエ!?」
「初めまして、お義母様。ソフィエです」
私は優雅にカーテシーをした。
「わざわざ遠方から、しかも扉を破壊してのご入場、痛み入ります。修理費は後ほど請求させていただきますね」
「……っ!」
ベアトリス様が息を呑む。
「……貴女、怖くないの? わたくしのこの冷気が」
「いいえ。むしろ涼しくて快適です。今日はドレスの中が蒸れますので」
「……」
ベアトリス様はポカンとした後、プルプルと震え出した。
そして。
「……か、可愛いじゃないのぉぉぉ!!」
「はい?」
ガバッ!
彼女はいきなり私に抱きついた。
「な、なっ……母上!?」
「ああ、ごめんなさいねアレクシス! わたくし、感動しちゃって! まさか貴方が、こんなに度胸のある素敵なお嫁さんを見つけるなんて!」
キャラが変わった。
いや、これが素か。
ベアトリス様は、私をスリスリしながら叫んだ。
「招待状が来ないから、わたくし、てっきり嫌われているのかと思って! でも居ても立っても居られなくて、こっそり見に来たら……もう、我慢できなくて飛び込んじゃったわ!」
「……待ってください、母上」
アレクシス様が混乱している。
「貴女は……俺を、恐れていたのでは? 俺が氷魔法を暴走させた時、俺を『化け物』を見る目で……」
「違うわよ!」
ベアトリス様が叫んだ。
「あれは『尊い』を見る目よ!」
「は?」
「わたくしも氷魔法の使い手でしょう? だからわかるのよ。5歳にしてあの魔力量! あの美しい氷の結晶! もう、才能が爆発しすぎてて、親として『この子は天才だわ! でも近づいたら私の魔力と共鳴して国が凍るわ!』って戦慄したの!」
「……共鳴?」
「そうよ! 強すぎる氷魔法使い同士が近づくと、魔力干渉で気温が絶対零度まで下がるの! だから泣く泣く離れて暮らしていたのよ! 貴方を守るために!」
「……」
アレクシス様が、口を半開きにして固まった。
10年以上の確執の原因が、ただの『親バカ』と『物理法則』だったとは。
「なんだ……そう、だったのか……」
「当たり前でしょう! 嫌いなわけないじゃない! 貴方はわたくしの自慢の息子よ!」
ベアトリス様は、アレクシス様の頬を両手で挟んだ。
「大きく……なったわね。立派よ、アレクシス」
「……母上……」
アレクシス様の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
会場中が、もらい泣きする。
バルガス団長に至っては号泣して床を叩いている。
「……さて」
私はパンと手を叩いた。
「感動の和解も済みましたし、式を続けましょうか。お義母様もご一緒に」
「ええ、もちろん! ……あ、そうだわ。お祝いを持ってきたの」
ベアトリス様がパチンと指を鳴らした。
ズズズズズ……。
大聖堂の床から、巨大な氷の塊がせり上がってきた。
それは、精巧に彫られた『私とアレクシス様が抱き合っている等身大の像』だった。
しかも、無駄にキラキラ光っている。
「……いらない」
アレクシス様が即答した。
「えぇーっ! 徹夜で作ったのに!」
「どこに置くんだこんな恥ずかしいもの!」
「玄関よ! 魔除けになるわ!」
「なるか!」
「まあまあ」
私は仲裁に入った。
「夏場になったら、かき氷機として使いましょう。実用的です」
「ソフィエ、お前な……」
こうして、最強の姑(天然)を加え、私たちの結婚式は再開された。
「誓います」
「誓います」
今度こそ、誰にも邪魔されることなく。
私たちは誓いのキスを交わした。
唇が触れ合った瞬間、会場全体が温かい光と、祝福の拍手に包まれた。
「おめでとうーー!!」
「閣下ー! ソフィエ様ー!」
「お幸せにー!」
フラワーシャワーの中を歩きながら、私は隣のアレクシス様を見上げた。
彼は、今まで見た中で一番、幸せそうに笑っていた。
「……ソフィエ」
「はい」
「愛している。……死ぬまで、俺のそばにいてくれ」
「ええ。契約ですから」
私は彼の腕をぎゅっと抱きしめた。
「更新料は高いですよ? 毎日、愛の言葉を囁いてくださいね」
「……善処する」
こうして。
王宮を追放された悪役令嬢は、氷の公爵の心を溶かし、最強のパートナーを手に入れた。
元婚約者は『お飾りの王様』として再就職し、ヒロインは『パティシエ』として覚醒し、姑は『孫バカ』になる予感しかしなかったが……。
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