悪役令嬢「婚約破棄?待ってました!」

パリパリかぷちーの

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王立学園の卒業記念パーティー。

その会場は、国の未来を担う若者たちの熱気と、華やかな装飾で満ちていた。

きらびやかなシャンデリアが、床に磨かれた大理石を照らし出す。

「……退屈ですわ」

侯爵令嬢ナーナリア・フォン・グランツは、壁際に立ちながら小さく呟いた。

手にしたシャンパングラス(もちろん中身はジンジャーエール)を、意味もなく揺らす。

「早く終わらないかしら。愛犬のケルベロスがお腹を空かせて待っていますのに」

「ナーナリア様。またそのようなことを」

隣に立つ侍女が、呆れたようにため息をついた。

「ですが、本当に退屈なのですもの。同じような挨拶。同じような笑顔。つまらない」

「つまらなくとも、しっかり『悪役令嬢』の役目を果たしてくださいませ」

「わたくし、悪役を演じているつもりは」

「自覚がないのが一番タチが悪いと、屋敷の者たちが申しておりました」

「なんですって!?」

ナーナリアが侍女に詰め寄ろうとした、その時。

会場の空気が、ふと変わった。

「皆様! エドワード第二王子殿下と、リリア様がお見えです!」

入り口がにわかに騒がしくなる。

現れたのは、この国の第二王子エドワード。
そして、その腕に可憐に寄り添う男爵令嬢リリア。

「まあ、リリア様……本当に王子と」

「なんてお似合いなのかしら」

「それに比べて、あちらの侯爵令嬢は……」

ひそひそと交わされる声。
悪意ある視線が、ナーナリアに突き刺さる。

(あー、はいはい。お似合いですこと)

ナーナリアは興味なさそうに、再びグラスに口をつけた。

(わたくしは、早く帰ってケルベロスと遊びたいだけですわ)

しかし。
その王子とヒロインは、まっすぐナーナリアに向かって歩いてくるではないか。

周囲の貴族たちが、さっと道を開ける。

「(……面倒なことになりましたわ)」

ナーナリアは、ゆっくりと背筋を伸ばした。

「ナーナリア・フォン・グランツ」

エドワード王子が、冷たい声で彼女の名前を呼んだ。

「はい。王子殿下。ごきげんよう」

優雅にカーテシー(淑女の礼)をとるナーナリア。

その隣で、リリアが「うぅ……」と小さく怯えている。

(またですわ。その演技)

ナーナリアは内心で舌打ちした。

「貴様は、まだ反省していないのか」

「反省? 何のことでございましょう」

「とぼけるな! 貴様がこのリリアにした、数々の非道な行いをだ!」

王子の声が、静まり返った会場に響き渡る。

「リリアの教科書を隠し! 階段から突き落とそうとし! ドレスに泥を塗った!」

「(教科書は知りませんわ。階段は彼女が勝手に転んだだけ。ドレスは……ああ、あれはわたくしのケルベロスが興奮して飛びついただけですわね)」

「言い訳があるなら、聞いてやろう!」

王子が、リリアの肩を抱きしめる。

「ひっ……王子、もうやめてください。私が我慢すれば……」

リリアが、涙ながらに王子を見上げる。

(出ましたわ。ヒロインの十八番)

「ダメだリリア! 私の気が済まない!」

王子はナーナリアを、強く強く睨みつけた。

「(おお、すごい眼力。明日の新聞に載りそうですわね、『王子、睨む』と)」

ナーナリアが、そんな現実逃避をしていると。

ついに、その瞬間がやってきた。

「ナーナリア・フォン・グランツ! 貴様のような冷酷な女は、王妃にふさわしくない!」

(はい、キましたわ!)

ナーナリアは、心の中で(物理的に)ガッツポーズをした。

「よって! 貴様との婚約を、今この場で破棄する!」

シーン……。

会場が、水を打ったように静まり返る。
全員が、ナーナリアの反応を固唾をのんで見守っていた。

泣き崩れるか。
怒り狂うか。
あるいは、失神するか。

「…………」

ナーナリアは、ゆっくりと顔を上げた。

王子は「どうだ!」と言わんばかりの得意げな顔。
リリアは「ふふ……」と、勝利の笑みを浮かべている(ようにナーナリアには見えた)。

(ああ、やっと……やっとですわ!)

(これで、あのお妃教育からも、退屈な王宮からも、何よりこの王子からも解放される!)

(自由! フリーダム! イエス!)

込み上げる歓喜を、ナーナリアは必死で抑え込んだ。
ここで喜んでしまっては、話がややこしくなる。

「……承知」

「え?」

王子が、素っ頓狂な声を上げた。

「承知いたしましたわ。エドワード殿下」

ナーナリアは、完璧なカーテシーを披露する。

「そ、そうか。……いや、待て。それだけか?」

「それだけとは?」

「貴様、私に未練はないのか! 謝罪は!」

「(ないですわ。まったく)」

ナーナリアは、にっこりと(侯爵令嬢としての完璧な)笑顔を作った。

「殿下とリリア様が、真実の愛で結ばれることを、心よりお祝い申し上げます」

「なっ……!」

「それでは、わたくしはこれにて失礼いたしますわ」

「お、おい! 待て! ナーナリア!」

呼び止める王子の声を背中で聞きながら。

ナーナリア・フォン・グランツは、卒業パーティーの会場を、誰よりも晴れやかな気分で後にした。

(さあ、帰りましょう! ケルベロス!)

(まずは自由を祝して、お肉屋で一番高い骨を買って帰らなくては!)

「悪役令嬢」の、あまりにもあっさりとした退場。
残された会場は、ただただ困惑に包まれるのだった。
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