悪役令嬢「婚約破棄?待ってました!」

パリパリかぷちーの

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「待て!」

高らかな退場宣言(ナーナリアの心の中では)を決めた瞬間。

背後から、エドワード王子の焦ったような声が追いかけてきた。

「(……まだ何かありましたの?)」

ナーナリアは、心底面倒くさそうに振り返った。

そこには、信じられないものを見るような目で立ち尽くす、元婚約者の姿があった。

「ナーナリア! 貴様、私に捨てられたのだぞ!」

王子が、わなわなと震えながら詰め寄ってくる。

「わかっているのか! 婚約破棄だ!」

「はい。確かに承りましたわ」

「なのに、なぜ! なぜ貴様は平然としている!」

「平然と、ですか?」

ナーナリアは、首をこてんと傾げた。

「(だって、嬉しくてたまりませんもの。平然を装うので精一杯ですわ)」

「王子……もうおやめくださいまし……」

王子の隣で、ヒロインのリリアが涙目で袖を引いている。

(ああ、健気なヒロインですこと)

「ダメだリリア! 私は、この女の反省した顔を見るまでは許さん!」

エドワード王子は、完全にヒートアップしていた。

「ナーナリア! 貴様の敗北だ! 私に謝罪し、リリアに土下座するなら、今からでも……」

「反省?」

ナーナリアは、王子の言葉を遮った。

「いったい、何についての反省を求めていらっしゃるのですか?」

「決まっている! リリアへの数々の嫌がらせと! そして、私を裏切ったことだ!」

「裏切った?」

(裏切ったのは、そちらではございませんこと?)

ナーナリアの視線が、ふと王子の背後にあるデザートテーブルに吸い寄せられた。

そこには、美しい三段重ねのケーキスタンド。
輝くような赤いベリーが、雪のような生クリームの上に鎮座している。

「……殿下」

「な、なんだ!」

「あそこの新作ケーキ、もうお召し上がりになりました?」

「……は?」

王子が、間の抜けた声を出す。

「いえ、ですから。あそこのケーキですわ。とても美味しそう」

「き、貴様……!」

「あ。あちらのショコラ・オペラも捨てがたいですわね。このわたくしを待っているかのよう」

「ふ、ふざけるなあああ!」

王子の絶叫が、パーティー会場に響き渡った。

「人が、真剣に話をしているのに! ケーキだと!?」

「真剣なお話は、もう終わったのではなくて?」

「まだだ! 貴様が泣いて謝るまでは!」

「(この人、わたくしが泣いて謝るところを見たかっただけですのね……趣味が悪いですわ)」

ナーナリアが冷めた目で見ていると、ついに主役が動いた。

「うぅ……ひっ……」

リリアが、その場にへなへなと泣き崩れた。

「もう……やめてください……!」

「リリア!」

王子が慌てて駆け寄る。

「私のせいで……私のせいで、ナーナリア様が王子に……!」

(出ましたわ、被害者ムーブ)

「ナーナリア様の仰る通りです! 私が、王子のおそばに寄ったから……!」

「そんなことはない! リリアは悪くない!」

王子がリリアを抱きしめ、ナーナリアを睨む。

「ほら見ろ! リリアがこんなに苦しんでいる!」

「…………」

周囲の貴族たちが、遠巻きにこの茶番を見ている。

((おい、見たか? 侯爵令嬢、眉一つ動かしてないぞ))

((というか、ケーキ見てないか?))

((王子、必死すぎでは……))

((リリア様、またあのパターンね……))

「冷ややかな周囲の目」が、リリアと王子に突き刺さる。

だが、二人は自分たちの世界に没頭していて気づかない。

「さて」

ナーナリアは、侍女にだけ聞こえる声で呟いた。

「ねえ、アマンダ。今からあそこのケーキを強奪してくるのは、マナー違反かしら」

「(ため息)……お嬢様。それはマナー違反というより、強盗でございます」

「ちっ。仕方ありませんわね」

ナーナリアは、残念そうに肩をすくめた。

そして、抱き合う二人に向かって、はっきりとした声を出す。

「劇場型の痴話喧嘩は、どうぞ皆様のいなくなった後でごゆっくり」

「ち、痴話喧嘩!?」

「では、わたくし、愛犬が本当に、本気で待っておりますので」

ナーナリアは、今度こそ完璧なカーテシーを披露した。

「エドワード殿下、リリア様。どうぞ、末永くお幸せに」

「ま、待て! ナーナリア! 私の話は!」

王子の悲痛な叫び。
しかし、ナーナリアはもう振り返らない。

(ああ、ケーキ……)

(わたくしの、ベリーたっぷりのケーキ……!)

(きっと、ケルベロスが家で暴れていますわ。早く帰らないと)

「な……なぜだ……」

王子の震える声が、遠ざかる背中に投げかけられる。

「なぜ、泣かない! なぜ、すがらないのだ……!」

それが、エドワード王子の最大の「誤算」。
彼は最後まで、ナーナリアが自分に執着していると信じて疑わなかったのだ。

「(泣く? なぜですの? 婚約破棄おめでとうパーティーですのに)」

ナーナリアは、軽い足取りで会場を後にした。
もちろん、頭の中は「いかにして侍女の目を盗み、帰り道でケーキを買うか」でいっぱいだった。
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