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「王子。新しいお紅茶がはいりましたわ。よろしければ、いかがですの?」
第二王子の執務室。
リリアは、甘い香りの湯気が立つティーカップを、完璧な角度でエドワード王子の前に差し出した。
しかし。
「……ああ」
エドワード王子は、窓の外……王都の喧騒に視線を向けたまま、生返事をしただけだった。
紅茶には、目もくれない。
「……王子?」
「(……あの女。今日も、あの氷人形と、王都(カフェ)へ出かけているのか……!)」
ボソリと呟かれた独り言。
それは、リリアの耳にも、はっきりと届いていた。
「(……また、ですの)」
リリアは、完璧な笑顔を顔に貼り付けたまま、内心で、本日三度目(通算百回目)の舌打ちをした。
(この王子……わたくしという、可憐で若く、美しい婚約者候補(仮)が目の前にいるというのに!)
(頭の中は、あの婚約破棄した『悪役令嬢』のことばかり!)
「王子。お悩み事ですか?」
リリアは、わざと心配そうに、王子の顔を覗き込んだ。
「あ、ああ、リリアか」
王子は、そこで初めて、リリアの存在に(本格的に)気づいたかのように、ぎこちなく振り返った。
「すまない、考え事をしていた」
「(わたくしの淹れた紅茶が、冷めてしまいますわ)」
「……ナーナリア様の、ことでございますね?」
「(ギクッ!)」
王子の肩が、わかりやすく跳ねる。
「な、なぜ、そう思う!」
「ふふ。わたくしには、お分かりになりますもの。王子のお心は、いつもナーナリア様を……ご心配なさっていらっしゃいます」
リリアは、あえて『心配』という言葉を選んだ。
「そ、そうだ! そうなのだ、リリア!」
王子は、待ってましたとばかりに、リリアの言葉に乗っかる。
「心配でならん! あのナーナリアが、あのカイ・ランバートと『デキている』などという、馬鹿げた噂が王宮(ここ)まで流れてきている!」
「まあ……」
「あの女のことだ! きっと、あの氷人形を、色香で(ナーナリアに色香などないが!)たぶらかしているに違いない!」
「(……本気で、そう思っていらっしゃるのね、この方)」
リリアは、もはや哀れみすら感じ始めていた。
(婚約破棄(あんな派手な)をしておいて、今更、元婚約者の動向をストーキングまがいに探って……)
(わたくしが、新しいお相手ですのに!)
リリアの苛立ちは、そこにあった。
すべてが、計画通りだったはずだ。
エドワード王子に近づき、ナーナリアの「悪行(リリアが仕組んだもの多数)」を涙ながらに訴え、王子が正義感からナーナリアを断罪し、自分が王子の隣に収まる。
完璧な「ヒロイン」ムーブだった。
(それなのに、どうして!)
(あの悪役令嬢は、泣きもせず、謝りもせず、あろうことか、わたくしたち(主に王子)の前より、ずっと楽しそうにしているの!?)
王宮の噂も、リリアの計算とは、少し違った方向に進んでいた。
『ナーナリア様、可哀想に。王子に捨てられて……』
(↑これは、想定通り)
『でも、ご覧になって? すぐに、あの氷の騎士様が護衛に……』
『毎日、王都でデートですって』
『この間のパーティーでも、上着を……!』
『もしかして、王子との婚約中から、カイ様と……?』
『いいえ! カイ様が、傷心のナーナリア様を、慰めているのよ!』
(……何ですの、それ!)
(いつの間にか、あの女が『悲劇のヒロイン』で、わたくしが『王子を横取りした計算高い女』みたいになっているじゃない!)
「このままじゃ……!」
リリアは、思わず、小さな声で呟いていた。
「ん? なんだ、リリア」
「い、いえ! 『このままじゃ、カイ様が可哀想ですわ』と!」
リリアは、慌てて笑顔を取り繕った。
(そうよ! このままじゃ、わたくしが、悪役令嬢みたいじゃない!)
(それは、絶対に、許せない!)
「王子」
「なんだ」
「わたくし、決心いたしましたわ」
リリアは、エドワード王子の手を、両手で(か弱く)包み込んだ。
「わたくも、王子の『視察』に、本格的にご協力いたします!」
「おお! 本当か、リリア!」
「はい! あのナーナリア様の『化けの皮』を剥がし、カイ様の目を覚まさせるために!」
(そして、王子の目も、あの女から、わたくしに、完全に戻すために!)
「(……ううむ)」
王子は、リリアの健気な(と彼は思った)申し出に感動しつつ、ほんの少し、昨日の「違和感」を思い出していた。
(……リリアは、本当に、俺がナーナリアを気にするのを、許してくれるのか?)
(普通、嫉妬するのでは……?)
「王子? どうか、なさいました?」
「あ、いや……なんでもない」
(そうだ。リリアは、心が広いのだ。ナーナリアとは違う)
エドワード王子は、自ら、その都合の良い結論に飛びついた。
「よし! では、リリア! 明日、早速、あの二人がよく行くという、カフェ『甘味の園』に、我々も『視察』と称して乗り込むぞ!」
「(……乗り込む、ですの?)」
リリアは、その、あまりにも脳筋な王子の発想に、一瞬だけ、眩暈を覚えた。
(……ダメだわ。この王子に任せていては、絶対に、あの女(ナーナリア)のペースに巻き込まれる)
リリアは、素早く頭を回転させた。
(もっと、確実な方法で……)
(わたくしが『被害者』で、ナーナリア様が『加害者』だと、誰の目にも明らかな状況を、もう一度、作る!)
「……王子」
リリアは、先ほどの「視察」の提案を、一瞬で上書きする、さらに甘い提案を口にした。
「その『視察』も、素晴らしいのですが……その前に、一つ、いかがでしょう?」
「なんだ?」
「わたくし、王子のために、皆様をお招きして、小さなお茶会を開きたいのですわ」
「茶会? なぜ、今」
「もちろん、ナーナリア様と、カイ様も、お招きするのです」
「なっ!?」
「ふふふ」
リリアは、天使のような笑顔で、悪魔のような企みを隠した。
「わたくしと王子が、こうして、公の場で仲睦まじい姿をお見せすれば……」
「……」
「ナーナリア様も、ご自分の『立場』を、ご理解なさって、きっと、カイ様への『嫌がらせ(色誘)』も、諦めてくださるはずですわ」
「(……!)」
エドワードは、その提案に、目を見開いた。
(公の場で、ナーナリアに、俺とリリアの仲を、見せつける……?)
「(……それは、いいかもしれない!)」
(あの女の、悔しがる顔が見られる……!)
「そうか! リリア! 素晴らしいアイデアだ!」
「(……ふふ。かかりましたわね)」
「よし! すぐに手配を!」
「はい、王子! 喜んで!」
リリアは、完璧な淑女の礼をしながら、心の中で、次の舞台(という名の罠)の脚本を、練り始めていた。
(見てらっしゃい、ナーナリア様。次の主役は、わたくし。そして、貴方は、わたくしを引き立てるための、惨めな『悪役令嬢』に戻っていただくのですから)
第二王子の執務室。
リリアは、甘い香りの湯気が立つティーカップを、完璧な角度でエドワード王子の前に差し出した。
しかし。
「……ああ」
エドワード王子は、窓の外……王都の喧騒に視線を向けたまま、生返事をしただけだった。
紅茶には、目もくれない。
「……王子?」
「(……あの女。今日も、あの氷人形と、王都(カフェ)へ出かけているのか……!)」
ボソリと呟かれた独り言。
それは、リリアの耳にも、はっきりと届いていた。
「(……また、ですの)」
リリアは、完璧な笑顔を顔に貼り付けたまま、内心で、本日三度目(通算百回目)の舌打ちをした。
(この王子……わたくしという、可憐で若く、美しい婚約者候補(仮)が目の前にいるというのに!)
(頭の中は、あの婚約破棄した『悪役令嬢』のことばかり!)
「王子。お悩み事ですか?」
リリアは、わざと心配そうに、王子の顔を覗き込んだ。
「あ、ああ、リリアか」
王子は、そこで初めて、リリアの存在に(本格的に)気づいたかのように、ぎこちなく振り返った。
「すまない、考え事をしていた」
「(わたくしの淹れた紅茶が、冷めてしまいますわ)」
「……ナーナリア様の、ことでございますね?」
「(ギクッ!)」
王子の肩が、わかりやすく跳ねる。
「な、なぜ、そう思う!」
「ふふ。わたくしには、お分かりになりますもの。王子のお心は、いつもナーナリア様を……ご心配なさっていらっしゃいます」
リリアは、あえて『心配』という言葉を選んだ。
「そ、そうだ! そうなのだ、リリア!」
王子は、待ってましたとばかりに、リリアの言葉に乗っかる。
「心配でならん! あのナーナリアが、あのカイ・ランバートと『デキている』などという、馬鹿げた噂が王宮(ここ)まで流れてきている!」
「まあ……」
「あの女のことだ! きっと、あの氷人形を、色香で(ナーナリアに色香などないが!)たぶらかしているに違いない!」
「(……本気で、そう思っていらっしゃるのね、この方)」
リリアは、もはや哀れみすら感じ始めていた。
(婚約破棄(あんな派手な)をしておいて、今更、元婚約者の動向をストーキングまがいに探って……)
(わたくしが、新しいお相手ですのに!)
リリアの苛立ちは、そこにあった。
すべてが、計画通りだったはずだ。
エドワード王子に近づき、ナーナリアの「悪行(リリアが仕組んだもの多数)」を涙ながらに訴え、王子が正義感からナーナリアを断罪し、自分が王子の隣に収まる。
完璧な「ヒロイン」ムーブだった。
(それなのに、どうして!)
(あの悪役令嬢は、泣きもせず、謝りもせず、あろうことか、わたくしたち(主に王子)の前より、ずっと楽しそうにしているの!?)
王宮の噂も、リリアの計算とは、少し違った方向に進んでいた。
『ナーナリア様、可哀想に。王子に捨てられて……』
(↑これは、想定通り)
『でも、ご覧になって? すぐに、あの氷の騎士様が護衛に……』
『毎日、王都でデートですって』
『この間のパーティーでも、上着を……!』
『もしかして、王子との婚約中から、カイ様と……?』
『いいえ! カイ様が、傷心のナーナリア様を、慰めているのよ!』
(……何ですの、それ!)
(いつの間にか、あの女が『悲劇のヒロイン』で、わたくしが『王子を横取りした計算高い女』みたいになっているじゃない!)
「このままじゃ……!」
リリアは、思わず、小さな声で呟いていた。
「ん? なんだ、リリア」
「い、いえ! 『このままじゃ、カイ様が可哀想ですわ』と!」
リリアは、慌てて笑顔を取り繕った。
(そうよ! このままじゃ、わたくしが、悪役令嬢みたいじゃない!)
(それは、絶対に、許せない!)
「王子」
「なんだ」
「わたくし、決心いたしましたわ」
リリアは、エドワード王子の手を、両手で(か弱く)包み込んだ。
「わたくも、王子の『視察』に、本格的にご協力いたします!」
「おお! 本当か、リリア!」
「はい! あのナーナリア様の『化けの皮』を剥がし、カイ様の目を覚まさせるために!」
(そして、王子の目も、あの女から、わたくしに、完全に戻すために!)
「(……ううむ)」
王子は、リリアの健気な(と彼は思った)申し出に感動しつつ、ほんの少し、昨日の「違和感」を思い出していた。
(……リリアは、本当に、俺がナーナリアを気にするのを、許してくれるのか?)
(普通、嫉妬するのでは……?)
「王子? どうか、なさいました?」
「あ、いや……なんでもない」
(そうだ。リリアは、心が広いのだ。ナーナリアとは違う)
エドワード王子は、自ら、その都合の良い結論に飛びついた。
「よし! では、リリア! 明日、早速、あの二人がよく行くという、カフェ『甘味の園』に、我々も『視察』と称して乗り込むぞ!」
「(……乗り込む、ですの?)」
リリアは、その、あまりにも脳筋な王子の発想に、一瞬だけ、眩暈を覚えた。
(……ダメだわ。この王子に任せていては、絶対に、あの女(ナーナリア)のペースに巻き込まれる)
リリアは、素早く頭を回転させた。
(もっと、確実な方法で……)
(わたくしが『被害者』で、ナーナリア様が『加害者』だと、誰の目にも明らかな状況を、もう一度、作る!)
「……王子」
リリアは、先ほどの「視察」の提案を、一瞬で上書きする、さらに甘い提案を口にした。
「その『視察』も、素晴らしいのですが……その前に、一つ、いかがでしょう?」
「なんだ?」
「わたくし、王子のために、皆様をお招きして、小さなお茶会を開きたいのですわ」
「茶会? なぜ、今」
「もちろん、ナーナリア様と、カイ様も、お招きするのです」
「なっ!?」
「ふふふ」
リリアは、天使のような笑顔で、悪魔のような企みを隠した。
「わたくしと王子が、こうして、公の場で仲睦まじい姿をお見せすれば……」
「……」
「ナーナリア様も、ご自分の『立場』を、ご理解なさって、きっと、カイ様への『嫌がらせ(色誘)』も、諦めてくださるはずですわ」
「(……!)」
エドワードは、その提案に、目を見開いた。
(公の場で、ナーナリアに、俺とリリアの仲を、見せつける……?)
「(……それは、いいかもしれない!)」
(あの女の、悔しがる顔が見られる……!)
「そうか! リリア! 素晴らしいアイデアだ!」
「(……ふふ。かかりましたわね)」
「よし! すぐに手配を!」
「はい、王子! 喜んで!」
リリアは、完璧な淑女の礼をしながら、心の中で、次の舞台(という名の罠)の脚本を、練り始めていた。
(見てらっしゃい、ナーナリア様。次の主役は、わたくし。そして、貴方は、わたくしを引き立てるための、惨めな『悪役令嬢』に戻っていただくのですから)
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