偽りの婚約者に愛を誓いますか?

パリパリかぷちーの

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ソフィアと、そしてレオン様の言葉に背中を押され、私は一つの決意を固めていた。

もう、偽りの仮面を被るのはやめよう。契約という言葉に縛られるのは、もう終わりにする。ただ、私の心のままに、彼と向き合おう、と。

その決意の第一歩として、私はアンテル様を乗馬に誘った。以前のような「務め」としてではなく、純粋に、二人で過ごす時間として。

「いい天気だな」

森を抜ける風を感じながら、隣を歩く彼が、穏やかな声で言った。

「ええ、本当に。絶好の乗馬日和ですわね」

私も、自然な笑顔で応える。私たちの間を流れる空気は、以前とは比べ物にならないくらい、優しく、温かいものに変わっていた。

私たちは、とりとめのない会話を交わした。新しく出版された歴史書のこと。街で見つけた焼き菓子の店の新作のこと。彼が庭で見かけた、あの白猫のこと。

他愛のない会話の一つ一つが、宝物のようにきらきらと輝いて、私の心を満たしていく。彼も同じ気持ちでいてくれるのか、その横顔は、私が今まで見た中で、最も穏やかで、幸せそうに見えた。

(ああ、この時間が、ずっと続けばいいのに)

そんなことを考えていた、まさにその時だった。

森の小道の先、カーブの向こうから、けたたましい馬の蹄の音と、車輪の軋む音が聞こえてきた。尋常ではないその音に、私とアンテル様は顔を見合わせ、ぴたりと馬を止める。

次の瞬間、私たちの目の前に、一台の荷馬車が猛スピードで姿を現した。

御者台には誰も乗っていない。馬は目に狂気を宿し、口から泡を吹いて暴走している。何かに酷く驚き、完全にパニックに陥っているのだ。

コントロールを失った馬車は、左右に激しく揺れながら、一直線に、私たちに向かって突っ込んでくる!

「レノア、伏せろ!」

アンテル様の鋭い声が響く。彼は瞬時に状況を判断し、自分の馬を巧みに操って、衝突を避けようとした。

だが、私の乗っていた馬が、その異常な光景に驚き、パニックを起こしてしまった。

「ヒヒーンッ!」

馬は激しく嘶くと、その場に立ち上がらんばかりに前脚を高く上げる。私は必死に手綱を握りしめたが、暴れる馬の力に抗うことはできない。

視界がぐらりと傾き、体が宙に浮く感覚。

「まずい……っ!」

振り落とされる!

「レノアッ!」

アンテルの、今まで聞いたこともないような、悲痛な絶叫が森に響き渡った。

スローモーションのように、全てが見えた。迫りくる地面。暴走する馬車。そして、最後に見たのは、自分の馬から身を躍らせ、必死の形相で、私に向かって手を伸ばす、彼の姿だった。

気づけば、私はアンテル様の腕の中にいた。彼は私を庇うようにして馬から飛び降り、二人で草の上に転がり落ちる。

「……っ!」

鈍い痛み。けれど、それ以上に、私を包む彼の腕の力強さと、すぐ近くにある彼の温もりが、私の全ての感覚を支配した。

「レノア!無事か!?」

体を起こした彼は、見たこともないほど必死な形相で私の肩を掴んだ。その瞳は恐怖と安堵で揺れている。

「は、はい……。アンテル様こそ、お怪我は……」

彼の右腕の袖が、赤く染まっているのが見えた。飛び降りた際に、地面にあった鋭い石で腕を切ってしまったようだ。

「こんなもの、かすり傷だ」

彼はそう言うが、傷は明らかに深い。

「いけませんわ!すぐに手当てをしないと!」

私はハンカチを取り出し、彼の腕の傷口を強く押さえる。

「君は、何ともないのか。本当に、どこも痛くないのか」

彼は自分の怪我よりも、私のことばかりを心配している。その姿に、胸が熱くなる。

「私は、大丈夫です。あなたが、守ってくださったから」

まっすぐに彼の瞳を見つめて言うと、彼は一瞬息を呑み、そして、ふっと表情を緩めた。

「……そうか。よかった……」

彼は、心の底から安堵したように、笑った。

それは、今まで見た、はにかんだような笑みや、皮肉めいた笑みとは全く違う。私の無事を、自分のことのように喜んでくれる、温かくて、優しい、初めて見る本当の笑顔だった。

その笑顔に、私は完全に心を奪われてしまった。ああ、この人のこの笑顔を、私は守りたい。

「……君が無事で、本当によかった」

彼は、もう一度、今度ははっきりと声に出して言った。その声は、愛おしいものに触れるように、甘く、そして優しかった。

暴走した馬車も、自分の怪我も、もうどうでもよくなっていた。

ただ、彼の笑顔が、彼の声が、彼の優しさが、私の世界を全て満たしていく。この瞬間のために、私は生まれてきたのかもしれない。そんな気さえした。
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