19 / 28
19
「……お嬢様、やはり出ましたわ。王都の社交界隈で、お嬢様に関する極めて低俗で非論理的な噂が流布されております」
舞踏会の翌朝。滞在先の公爵邸別邸にて、ベティが苦虫を噛み潰したような顔で一枚のビラを持ってきました。
私は優雅に(といっても、頭の中では昨夜の商談の利回り計算をしていますが)朝食のキタノイチゴジャムをパンに塗っていた手を止めました。
「ほう。非論理的、ですか。具体的にどのような内容かしら? 私の計算能力が実は魔導具による不正だとか、イチゴの裏に世界征服の意図が隠されているとか?」
「いえ、もっと頭の悪い内容ですわ。……いわく、『セリーナ・エルバートは隣国の王子を色香でたぶらかし、我が国の機密を売り渡そうとしている売国奴である』。さらに付け加えて『彼女の美貌は整形魔法による偽物であり、性格は魔女そのもの』だそうですわ」
「ぷっ……! ははは、整形魔法! それ、術式の構成案があるならぜひ見せていただきたいものですわね。ダウンタイムなしで美貌を維持できるなら、美容市場における独占的利益が見込めますわ」
私はあまりの滑稽さに、思わずティーカップを置いて笑ってしまいました。
「お嬢様、笑い事ではありませんわ! 出所は明らか……あの男爵令嬢、ミーナ様です。彼女、昨夜の舞踏会で殿下に冷たくされた腹いせに、一晩中かかってこのビラを書き上げたらしいですわよ」
「一晩中……。彼女の情熱のベクトルが、なぜこれほどまでに非生産的な方向へ向くのか、一度脳内の構造をスキャンしてみたいものですわ。……ですがベティ、安心なさい。そんなことは百も承知ですわよ」
私はパチンと指を鳴らしました。
すると、公爵家の使用人たちが、巨大な束になった「別の紙」を抱えて入ってきました。
「それは……何ですの?」
「これこそが、私の『アンサー・タブロイド』ですわ。昨夜、殿下から愛の告白(笑)を受けた直後、私はミーナ様が同様の嫌がらせを仕掛けてくる確率を九十八パーセントと算出しました。ですから、彼女がビラを刷っている間に、私はそのすべての内容を論理的に論破し、証拠写真を添えた『真実の報告書』を五千部作成させたのです」
私は束の一枚を手に取りました。
『検証:公爵令嬢セリーナに関する噂の真偽について。1. 色香による誘惑→事実誤認。レオナード殿下との接触時間は8割が経済議論である(議事録公開中)。2. 整形魔法→物理的に不可能。該当魔法の消費魔力と維持コストを計算した結果、私の資産でも赤字になるため不採用。……』
「お嬢様……。これ、情報の網羅性が高すぎて、もはや学術論文ですわ」
「当然ですわ。噂を打ち消すには、感情ではなく『圧倒的なデータ』をぶつけるのが一番です。ベティ、これを今すぐ王都の主要な広場、および各貴族の屋敷へばら撒きなさい。ミーナ様のビラ一枚に対して、こちらは三枚。空中戦で圧倒するのですわ!」
その日の午後。王都は、前代未聞の「ビラ合戦」に沸きました。
ミーナ様が「セリーナ様は怖い魔女です!」という情緒的な訴えをバラ撒く一方で、私の配布したビラは「魔女と定義されるための魔力出力値の不足に関する証明」や「私がどれだけ合法的に儲けているかという収支決算書」を淡々と示し続けました。
結果、市民たちの反応は極めて現実的なものとなりました。
「なあ、このセリーナ様のビラ、裏面にキタノイチゴの割引券がついてるぞ!」
「魔女かどうかなんてどうでもいいわ。この計算の正確さ、家計簿の相談に乗ってほしいくらいよ」
完全に風向きが変わった頃、私は公爵邸の庭で、悔しさのあまり顔を真っ赤にして乗り込んできたミーナ様と対峙しました。
「セリーナ様! ひどいです、あんな……あんな理屈っぽい紙を配って、私の純粋な気持ちを台無しにするなんて!」
「ミーナ様。あなたの『純粋な気持ち』とやらは、私にとって一銭の価値も生み出さないどころか、私の社会的信用の維持コストを増大させるだけの『有害なノイズ』ですわ。これ以上続けるなら、名誉毀損による損害賠償請求訴訟を、私の精鋭弁護士軍団と共に起こさせていただきますわよ?」
「ううっ……! ウィルフレッド様ー! セリーナ様がいじめるんですー!」
ミーナ様は泣き叫びながら、後ろでオロオロしていたウィルフレッド殿下にしがみつきました。しかし、殿下の反応は以前とは違っていました。
「……ミーナ、もうやめろ。セリーナの配布した資料を読んだが……彼女の言うことは、すべてにおいて筋が通っている。それに、この『ポエムの文法的誤り指摘コーナー』は……さすがに堪えたぞ……」
ウィルフレッド殿下の手には、私のビラの付録「王宮の非効率なポエム文化への改善案」が握られていました。
「殿下、ご理解いただけて光栄ですわ。……さて、ミーナ様。今回の逆襲(笑)にかかった私の印刷代と人件費、および精神的苦痛への対価。……後ほど、正確な請求書を送らせていただきますわね」
「ひっ……!」
ミーナ様は、そのまま腰を抜かして座り込んでしまいました。
感情に任せた攻撃など、論理の要塞の前では、ただの自滅行為に過ぎませんわ。
「セリーナ嬢。君は本当に、隙がないな」
いつの間にかバルコニーに現れたレオナード殿下が、感心したように私を見下ろしていました。
「あら、殿下。見ていらしたのですか。……私の情報戦略、いかがでしたかしら?」
「完璧すぎて、少し怖いくらいだよ。……だが、私の愛に関する『分析』だけは、まだ不十分なようだな。ビラのどこにも、私の求婚に対する前向きな回答が載っていなかったぞ?」
「それは、現在進行形の中間報告(ペンディング)事項ですから。結論を急ぐのは、投資失敗の元ですわ」
私は不敵に微笑み、最後の一枚のビラを空へと放り投げました。
悪役令嬢の逆襲は、常に「利益」と「勝利」という二つの果実を、確実に手に入れるのですわ!
舞踏会の翌朝。滞在先の公爵邸別邸にて、ベティが苦虫を噛み潰したような顔で一枚のビラを持ってきました。
私は優雅に(といっても、頭の中では昨夜の商談の利回り計算をしていますが)朝食のキタノイチゴジャムをパンに塗っていた手を止めました。
「ほう。非論理的、ですか。具体的にどのような内容かしら? 私の計算能力が実は魔導具による不正だとか、イチゴの裏に世界征服の意図が隠されているとか?」
「いえ、もっと頭の悪い内容ですわ。……いわく、『セリーナ・エルバートは隣国の王子を色香でたぶらかし、我が国の機密を売り渡そうとしている売国奴である』。さらに付け加えて『彼女の美貌は整形魔法による偽物であり、性格は魔女そのもの』だそうですわ」
「ぷっ……! ははは、整形魔法! それ、術式の構成案があるならぜひ見せていただきたいものですわね。ダウンタイムなしで美貌を維持できるなら、美容市場における独占的利益が見込めますわ」
私はあまりの滑稽さに、思わずティーカップを置いて笑ってしまいました。
「お嬢様、笑い事ではありませんわ! 出所は明らか……あの男爵令嬢、ミーナ様です。彼女、昨夜の舞踏会で殿下に冷たくされた腹いせに、一晩中かかってこのビラを書き上げたらしいですわよ」
「一晩中……。彼女の情熱のベクトルが、なぜこれほどまでに非生産的な方向へ向くのか、一度脳内の構造をスキャンしてみたいものですわ。……ですがベティ、安心なさい。そんなことは百も承知ですわよ」
私はパチンと指を鳴らしました。
すると、公爵家の使用人たちが、巨大な束になった「別の紙」を抱えて入ってきました。
「それは……何ですの?」
「これこそが、私の『アンサー・タブロイド』ですわ。昨夜、殿下から愛の告白(笑)を受けた直後、私はミーナ様が同様の嫌がらせを仕掛けてくる確率を九十八パーセントと算出しました。ですから、彼女がビラを刷っている間に、私はそのすべての内容を論理的に論破し、証拠写真を添えた『真実の報告書』を五千部作成させたのです」
私は束の一枚を手に取りました。
『検証:公爵令嬢セリーナに関する噂の真偽について。1. 色香による誘惑→事実誤認。レオナード殿下との接触時間は8割が経済議論である(議事録公開中)。2. 整形魔法→物理的に不可能。該当魔法の消費魔力と維持コストを計算した結果、私の資産でも赤字になるため不採用。……』
「お嬢様……。これ、情報の網羅性が高すぎて、もはや学術論文ですわ」
「当然ですわ。噂を打ち消すには、感情ではなく『圧倒的なデータ』をぶつけるのが一番です。ベティ、これを今すぐ王都の主要な広場、および各貴族の屋敷へばら撒きなさい。ミーナ様のビラ一枚に対して、こちらは三枚。空中戦で圧倒するのですわ!」
その日の午後。王都は、前代未聞の「ビラ合戦」に沸きました。
ミーナ様が「セリーナ様は怖い魔女です!」という情緒的な訴えをバラ撒く一方で、私の配布したビラは「魔女と定義されるための魔力出力値の不足に関する証明」や「私がどれだけ合法的に儲けているかという収支決算書」を淡々と示し続けました。
結果、市民たちの反応は極めて現実的なものとなりました。
「なあ、このセリーナ様のビラ、裏面にキタノイチゴの割引券がついてるぞ!」
「魔女かどうかなんてどうでもいいわ。この計算の正確さ、家計簿の相談に乗ってほしいくらいよ」
完全に風向きが変わった頃、私は公爵邸の庭で、悔しさのあまり顔を真っ赤にして乗り込んできたミーナ様と対峙しました。
「セリーナ様! ひどいです、あんな……あんな理屈っぽい紙を配って、私の純粋な気持ちを台無しにするなんて!」
「ミーナ様。あなたの『純粋な気持ち』とやらは、私にとって一銭の価値も生み出さないどころか、私の社会的信用の維持コストを増大させるだけの『有害なノイズ』ですわ。これ以上続けるなら、名誉毀損による損害賠償請求訴訟を、私の精鋭弁護士軍団と共に起こさせていただきますわよ?」
「ううっ……! ウィルフレッド様ー! セリーナ様がいじめるんですー!」
ミーナ様は泣き叫びながら、後ろでオロオロしていたウィルフレッド殿下にしがみつきました。しかし、殿下の反応は以前とは違っていました。
「……ミーナ、もうやめろ。セリーナの配布した資料を読んだが……彼女の言うことは、すべてにおいて筋が通っている。それに、この『ポエムの文法的誤り指摘コーナー』は……さすがに堪えたぞ……」
ウィルフレッド殿下の手には、私のビラの付録「王宮の非効率なポエム文化への改善案」が握られていました。
「殿下、ご理解いただけて光栄ですわ。……さて、ミーナ様。今回の逆襲(笑)にかかった私の印刷代と人件費、および精神的苦痛への対価。……後ほど、正確な請求書を送らせていただきますわね」
「ひっ……!」
ミーナ様は、そのまま腰を抜かして座り込んでしまいました。
感情に任せた攻撃など、論理の要塞の前では、ただの自滅行為に過ぎませんわ。
「セリーナ嬢。君は本当に、隙がないな」
いつの間にかバルコニーに現れたレオナード殿下が、感心したように私を見下ろしていました。
「あら、殿下。見ていらしたのですか。……私の情報戦略、いかがでしたかしら?」
「完璧すぎて、少し怖いくらいだよ。……だが、私の愛に関する『分析』だけは、まだ不十分なようだな。ビラのどこにも、私の求婚に対する前向きな回答が載っていなかったぞ?」
「それは、現在進行形の中間報告(ペンディング)事項ですから。結論を急ぐのは、投資失敗の元ですわ」
私は不敵に微笑み、最後の一枚のビラを空へと放り投げました。
悪役令嬢の逆襲は、常に「利益」と「勝利」という二つの果実を、確実に手に入れるのですわ!
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
誘拐された公爵令嬢ですが、なぜか皇帝に溺愛されています』
富士山麓
恋愛
舞踏会で王太子から婚約破棄を告げられそうになった瞬間――
目の前に現れたのは、馬に乗った仮面の皇帝だった。
そのまま攫われた公爵令嬢ビアンキーナは、誘拐されたはずなのに超VIP待遇。
一方、助けようともしなかった王太子は「無能」と嘲笑され、静かに失墜していく。
選ばれる側から、選ぶ側へ。
これは、誰も断罪せず、すべてを終わらせた令嬢の物語。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
なんでも奪っていく妹に、婚約者まで奪われました
ねむ太朗
恋愛
伯爵令嬢のリリアーナは、小さい頃から、妹のエルーシアにネックレスや髪飾りなどのお気に入りの物を奪われてきた。
とうとう、婚約者のルシアンまでも妹に奪われてしまい……
後妻の条件を出したら……
しゃーりん
恋愛
妻と離婚した伯爵令息アークライトは、友人に聞かれて自分が後妻に望む条件をいくつか挙げた。
格上の貴族から厄介な女性を押しつけられることを危惧し、友人の勧めで伯爵令嬢マデリーンと結婚することになった。
だがこのマデリーン、アークライトの出した条件にそれほどズレてはいないが、貴族令嬢としての教育を受けていないという驚きの事実が発覚したのだ。
しかし、明るく真面目なマデリーンをアークライトはすぐに好きになるというお話です。
【完結】研究一筋令嬢の朝
彩華(あやはな)
恋愛
研究二徹夜明けすぐに出席した、王立学園高等科、研究科卒業式後のダンスパーティ。そこで、婚約者である第二王子に呼び出された私こと、アイリ・マクアリス。婚約破棄?!いじめ?隣の女性は誰?なんでキラキラの室長までもが来るの?・・・もう、どうでもいい!!私は早く帰って寝たいの、寝たいのよ!!室長、後は任せます!!
☆初投稿になります。よろしくお願いします。三人目線の三部作になります。
ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ
ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。
スピーナ子爵家の次女。
どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。
ウィオラはいつも『じゃない方』
認められない、
選ばれない…
そんなウィオラは――
中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。
よろしくお願いします。