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冬が終わり王都にようやく春の兆しが見え始めた頃。
あれほど深刻だった食糧危機は奇跡的な速さで沈静化へと向かっていた。
リーニャとカイウスが切り開いた北の交易路から、大量の種籾や食料が途切れることなく王都へと運び込まれる。
リーニャが定めた厳格で公平な配給制度によって食料は飢えた民の元へ確実に届けられた。
不正を働こうとした商人たちはカイウスの騎士団によって一人残らず摘発された。
王都の街には驚くべきことに一つの暴動も大きな混乱も起こらなかった。
人々はもはや絶望していない。
自分たちには国を正しい方へ導いてくれる本物の指導者がいることを知っているからだ。
街角で子供たちが歌う歌があった。
『北から来たのは聖女様。氷の騎士と手を取って。鉄の意志で国を救う。我らの鉄血聖女様』
その素朴な歌はいつしか王都中の誰もが口ずさむ希望の歌となっていた。
リーニャが食料備蓄庫の視察のために馬で街を視察すれば、その道は民衆の歓声で埋め尽くされる。
「聖女様だ!」
「リーニャ様、万歳!」
彼らが向けるのはかつてのような悪役令嬢への侮蔑の視線ではない。
国を自分たちの命を救ってくれた英雄への心からの感謝と敬愛の眼差しだった。
その光景を王宮の一室から静かに見下ろしている者がいた。
エミリア・ローゼンタール。
彼女はもはや誰からも見向きもされなくなっていた。
かつて彼女の周りを甘い言葉で取り巻いていた貴族たちは今や彼女の姿を見かけるとそそくさと逃げていく。
アルベルトさえもあの日以来一度も彼女の部屋を訪れてはいない。
エミリアは窓の外で民衆から熱狂的な歓声を受けるリーニャの姿を見つめていた。
(どうして……?)
彼女にはどうしても理解できなかった。
(わたくしはただ皆に優しく愛を持って接したかっただけなのに……)
(あの人はあんなに冷たくて厳しくて数字のことしか口にしないのに……)
(どうして皆あの人についていくの……?)
彼女の純粋すぎた世界は完全に壊れてしまった。
そしてその壊れた世界の中で彼女は永遠に答えの出ない問いをただ繰り返すだけだった。
彼女の完全な敗北。
それは誰かが彼女を断罪したからではない。
あまりにも残酷な現実が彼女の存在そのものを無価値だと証明してしまった結果だった。
王宮の大会議室では財務大臣が晴れやかな顔で再建の進捗を報告していた。
「――以上をもちまして我が国の食糧危機は完全に回避されたとご報告申し上げます!」
その言葉に会議室は大きな拍手に包まれた。
「これもひとえにリーニャ様の的確なご指導の賜物!」
「カイウス辺境伯様のご協力にも感謝せねば!」
大臣も貴族も誰もがリーニャとカイウスを称賛した。
それはお世辞ではない。
彼らもまた自分たちの首が皮一枚で繋がったことをよく理解しているのだ。
アルベルトはその光景をただ黙って玉座から見ていることしかできなかった。
会議が終わりリーニャはカイウスと共に王宮のバルコニーに出た。
眼下には活気を取り戻しつつある王都の街並みが広がっている。
夕日がその街をオレンジ色に染めていた。
「見事だったリーニャ。君は本当にこの国を救った」
隣に立つカイウスが静かにそう言った。
その声には深い労いの響きがあった。
リーニャは街から目を離さずに答えた。
「いいえまだですわ。本当の再建はこれから始まります」
飢餓は去った。
しかしこの国が抱える根本的な問題はまだ何も解決していない。
彼女の戦いはまだ始まったばかりだった。
あれほど深刻だった食糧危機は奇跡的な速さで沈静化へと向かっていた。
リーニャとカイウスが切り開いた北の交易路から、大量の種籾や食料が途切れることなく王都へと運び込まれる。
リーニャが定めた厳格で公平な配給制度によって食料は飢えた民の元へ確実に届けられた。
不正を働こうとした商人たちはカイウスの騎士団によって一人残らず摘発された。
王都の街には驚くべきことに一つの暴動も大きな混乱も起こらなかった。
人々はもはや絶望していない。
自分たちには国を正しい方へ導いてくれる本物の指導者がいることを知っているからだ。
街角で子供たちが歌う歌があった。
『北から来たのは聖女様。氷の騎士と手を取って。鉄の意志で国を救う。我らの鉄血聖女様』
その素朴な歌はいつしか王都中の誰もが口ずさむ希望の歌となっていた。
リーニャが食料備蓄庫の視察のために馬で街を視察すれば、その道は民衆の歓声で埋め尽くされる。
「聖女様だ!」
「リーニャ様、万歳!」
彼らが向けるのはかつてのような悪役令嬢への侮蔑の視線ではない。
国を自分たちの命を救ってくれた英雄への心からの感謝と敬愛の眼差しだった。
その光景を王宮の一室から静かに見下ろしている者がいた。
エミリア・ローゼンタール。
彼女はもはや誰からも見向きもされなくなっていた。
かつて彼女の周りを甘い言葉で取り巻いていた貴族たちは今や彼女の姿を見かけるとそそくさと逃げていく。
アルベルトさえもあの日以来一度も彼女の部屋を訪れてはいない。
エミリアは窓の外で民衆から熱狂的な歓声を受けるリーニャの姿を見つめていた。
(どうして……?)
彼女にはどうしても理解できなかった。
(わたくしはただ皆に優しく愛を持って接したかっただけなのに……)
(あの人はあんなに冷たくて厳しくて数字のことしか口にしないのに……)
(どうして皆あの人についていくの……?)
彼女の純粋すぎた世界は完全に壊れてしまった。
そしてその壊れた世界の中で彼女は永遠に答えの出ない問いをただ繰り返すだけだった。
彼女の完全な敗北。
それは誰かが彼女を断罪したからではない。
あまりにも残酷な現実が彼女の存在そのものを無価値だと証明してしまった結果だった。
王宮の大会議室では財務大臣が晴れやかな顔で再建の進捗を報告していた。
「――以上をもちまして我が国の食糧危機は完全に回避されたとご報告申し上げます!」
その言葉に会議室は大きな拍手に包まれた。
「これもひとえにリーニャ様の的確なご指導の賜物!」
「カイウス辺境伯様のご協力にも感謝せねば!」
大臣も貴族も誰もがリーニャとカイウスを称賛した。
それはお世辞ではない。
彼らもまた自分たちの首が皮一枚で繋がったことをよく理解しているのだ。
アルベルトはその光景をただ黙って玉座から見ていることしかできなかった。
会議が終わりリーニャはカイウスと共に王宮のバルコニーに出た。
眼下には活気を取り戻しつつある王都の街並みが広がっている。
夕日がその街をオレンジ色に染めていた。
「見事だったリーニャ。君は本当にこの国を救った」
隣に立つカイウスが静かにそう言った。
その声には深い労いの響きがあった。
リーニャは街から目を離さずに答えた。
「いいえまだですわ。本当の再建はこれから始まります」
飢餓は去った。
しかしこの国が抱える根本的な問題はまだ何も解決していない。
彼女の戦いはまだ始まったばかりだった。
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