悪役令嬢の華麗なる敗北宣言!

パリパリかぷちーの

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「シルビア・ランカスター公爵令嬢! 貴様との婚約は、今この時をもって破棄する!」

王城の広間。

シャンデリアが煌めく舞踏会の最中、その声は雷鳴のように響き渡った。

音楽が止まり、踊っていた貴族たちが一斉に視線を向ける。

ホールの中心に立っているのは、この国の第二王子レイド。

そして、彼の腕にへばりつくようにして身を寄せているのは、ピンク色の髪を揺らす男爵令嬢マリアだ。

「……あーあ、とうとう言っちゃったわね」

扇子の影で、私は小さく溜息をついた。

もちろん、悲嘆に暮れたわけではない。

むしろ逆だ。

「待ちくたびれましたわ、殿下」

私はスッと背筋を伸ばし、優雅なカーテシーを披露してから顔を上げた。

「シルビア、貴様のその冷徹な態度にはもうウンザリなんだ! 愛らしいマリアをいじめ抜き、階段から突き落とそうとしたことも知っているぞ!」

レイド殿下がビシッと私を指さす。

周囲からはヒソヒソと、「まさかあの悪役令嬢が」「やはり噂は本当だったのか」などという声が聞こえてくる。

私の吊り上がった目と、少しキツめの顔立ちのせいか、社交界での私はすっかり「悪役」扱いだ。

まあ、否定するのも面倒だから放置していたけれど。

「いじめた、ですか? 具体的には?」

「とぼけるな! マリアの教科書を破いたり、ドレスにワインをかけたりしただろう!」

「殿下。私の時給をご存じですか?」

「は?」

「私が公爵家の領地経営代行で稼ぎ出す利益を労働時間で割ると、一時間あたり金貨五十枚になります。そんな私が、一文の得にもならない嫌がらせに貴重な時間を割くとお思いで?」

「なっ……なんだその言い草は! 金の話ばかりしやがって!」

レイド殿下が顔を真っ赤にして怒鳴る。

その横で、マリア嬢がウルウルと涙目で殿下を見上げた。

「レイド様ぁ……シルビア様を責めないであげてくださいぃ。私が至らないばかりに……」

「マリア……君はなんて優しいんだ。それに比べてこいつは!」

ああ、もう。茶番が長い。

私はドレスの隠しポケットから、懐中時計を取り出してチラリと確認した。

そろそろ実家からの馬車が裏門に到着する頃だ。

これ以上、この生産性のない会話に付き合っている暇はない。

「殿下、冤罪の証明は後日書面にて行いますが、まずは確認させてください」

私は扇子をパチンと閉じた。

「婚約破棄、というのは本気ですね? 撤回はなさいませんね?」

「当たり前だ! 誰が貴様のような可愛げのない女と結婚などするか! 俺が愛しているのはマリアだけだ!」

「言質、いただきました」

私はニッコリと微笑んだ。

おそらく、今夜一番の笑顔だったと思う。

「では、こちらにサインをお願いします」

「……は?」

私が虚空に指を鳴らすと、影からスッと執事が現れた。

彼が恭しく差し出したのは、分厚い革張りのバインダーと、最高級の万年筆。

「な、なんだこれは」

「『婚約破棄合意書』ならびに『精神的苦痛による慰謝料請求書』、そして『過去十年間に我が家が殿下に献上した品々の返還リスト』でございます」

「はあああ!?」

会場がどよめいた。

レイド殿下は目を白黒させている。

「準備が良すぎるだろう!? まるで最初からこうなることが分かっていたみたいじゃないか!」

「ええ、分かっていましたとも。殿下の思考回路は単純……いえ、分かりやすいですから」

「今、単純って言い直さなかったか!?」

「殿下、細かいことはいいのです。さあ、ここにサインを。一筆書くだけで、貴方様は愛するマリア嬢と自由になれるのですよ?」

私はペンのキャップを外し、柄の方を殿下に向けて差し出した。

まるで悪魔の契約書を迫るような構図だが、私にとっては天国へのパスポートだ。

「さあ! さあさあ!」

「ぐっ……なんかペースに乗せられている気がするが……ええい、書けばいいんだろう書けば!」

レイド殿下は私の勢いに気圧されたのか、奪い取るようにペンを受け取り、サラサラと署名した。

その瞬間、私の心の中でファンファーレが鳴り響く。

(やったー! 自由だー! これで王妃教育とも、あの退屈なお茶会ともオサラバよ!)

「確認いたしました。法的効力は即時発生します」

私は素早く書類を回収し、執事に手渡した。

「慰謝料の請求額は、王家の年間予算の約二パーセントに相当します。一括払いが難しい場合は、分割払いのご相談にも乗りますので。ただし、利子はつきますが」

「に、二パーセントだと!?」

「当然です。公爵家の顔に泥を塗り、私の貴重な青春を浪費させたのですから。これでも安いくらいですよ」

「シルビア様……お金のことばかり。やっぱり心が貧しいのですね……かわいそう」

マリア嬢が憐れむような目を向けてくる。

普段ならイラッとするところだが、今の私は無敵だ。

「マリア様。貴女も他人を憐れむ余裕があるなら、王妃教育の予習をしておいた方がよろしいのでは?」

「え?」

「王太子妃となるからには、六か国語の習得、王宮儀礼の暗記、国政の基礎知識、そして年間数百件に及ぶ公務が待っています。お花畑でキャッキャウフフしている暇など、秒もありませんよ?」

「そ、そんな……レイド様、そんなの聞いてません!」

マリア嬢が青ざめて殿下にすがりつく。

殿下もまた、青い顔をしていた。

「ま、待てシルビア。お前がいなくなったら、来週の隣国との通商会議の資料は誰が作るんだ?」

「ご自分でどうぞ」

「む、無理だ! あれは貴様がいつも三日で仕上げていたから……」

「知りません。私はもう、貴方様の婚約者ではありませんので」

私は冷たく言い放つと、踵を返した。

「それでは皆様、ごきげんよう。お二人の愛の行方が、破綻……いえ、永遠であることをお祈りしております」

ドレスの裾を翻し、私は出口へと歩き出した。

背後で「待て! 待ってくれシルビア!」という殿下の叫び声が聞こえたが、雑音として処理する。

会場の扉を開けると、夜の冷たい空気が頬を撫でた。

「ああ、なんて美味しい空気なのかしら!」

私は夜空を見上げて、大きく伸びをした。

満天の星が、私の再出発を祝福しているように輝いている。

「お嬢様、素晴らしい手際でございました」

執事が馬車のドアを開けながら、感心したように言った。

「ええ。これでやっと、田舎の別荘でスローライフが送れるわ。農業をして、美味しい野菜を食べて、昼まで寝るの!」

長年の夢が、すぐそこまで来ている。

私は軽やかに馬車へと乗り込んだ。

……まさか、この数時間後に、隣国の「野蛮な皇太子」に拉致されることになるとは、夢にも思わずに。
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