悪役令嬢の華麗なる敗北宣言!

パリパリかぷちーの

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「……肉、肉、また肉! この国には『野菜』という概念が輸入されていないのですか?」

御前試合の祝勝会。

王城の大広間では、勝利したルーカス殿下を祝う宴が開催されていた。

テーブルに並ぶのは、丸焼き、ステーキ、角煮、ハンバーグ。

茶色い。圧倒的に茶色い。

「文句を言うな。今日はめでたい日だ。カロリーは正義だ」

ルーカス殿下は上機嫌で、骨付き肉を豪快に齧っている。

「私の胃腸はそこまで頑丈ではありません。サラダを所望します。キャベツの千切りでもいいですから」

私は皿の上の肉塊を睨みつつ、小さく切り分けて口に運んだ。

周囲では、筋肉自慢の貴族や騎士たちが「殿下、あの一撃は凄かった!」「あいつの飛びっぷり、芸術点高かったな!」と盛り上がっている。

完全に男子校のノリだ。

「……ふう。少し酔いました」

肉の脂と熱気、そして男臭さに当てられた私は、グラスを置いて立ち上がった。

「どこへ行く?」

「バルコニーへ。外の空気を吸って、肺を洗浄してきます」

「俺も行く」

「来ないでください。貴方様は主役でしょう。ここで部下たちと筋肉談義に花を咲かせていてください」

「嫌だ。あいつらの話は『プロテインの味』か『ダンベルの重さ』しかない。飽きた」

殿下は私の返事も待たずに立ち上がり、私の腰に手を回した。

「エスコートしてやる」

「……ただの夜風に当たるだけですが」

私たちは喧騒を抜け、静かなバルコニーへと出た。

夜風が心地よい。

空には満月が輝き、庭園の木々が静かに揺れている。

「……静かだな」

殿下が手すりに肘をつき、夜空を見上げた。

「ええ。中が騒がしすぎますから」

「シルビア」

「なんですか」

「今日はお前の元婚約者を空に飛ばしたが……せいせいしたか?」

「そうですね。物理的に排除できたのは爽快でした。あそこまで綺麗に飛んでいくと、いっそ清々しいです」

私は正直に答えた。

「でも、少し心配ではあります」

「なんだ? まだあいつが気になるのか?」

殿下の声が少し低くなる。

「いいえ。彼が着水したお堀の水質汚染が心配です。あの金ピカ鎧の塗料、有害物質が含まれていないかしら」

「……お前、本当にブレないな」

殿下は呆れたように笑った。

その時だった。

「みーつーけーまーしーたーよー!」

背後から、怨念のこもったような声が聞こえた。

振り返ると、バルコニーの入り口に、ずぶ濡れの幽霊……ではなく、マリア嬢が立っていた。

ドレスは泥だらけ、髪には藻が絡まり、アイメイクが落ちてパンダのようになっている。

「……マリア様。ここは関係者以外立ち入り禁止区域ですが、警備はどうなっていますか?」

私は冷静に指摘した。

「警備なんて関係ないですぅ! シルビア様、許しません!」

マリア嬢がトテトテと近づいてくる。

その目には涙が溜まっていた。

「レイド様があんなに酷い目に遭わされて……風邪を引いて寝込んじゃったんですよ!? かわいそうだと思わないんですか!」

「自業自得です。喧嘩を売ったのはそちらでしょう」

「ひどい! やっぱり貴女は冷血女です! 悪魔です! 可愛くないです!」

マリア嬢は私をビシッと指さし、ルーカス殿下に向かって叫んだ。

「皇太子様! 目を覚ましてください! こんな可愛げのない、お金のことしか言わない女のどこがいいんですか!?」

彼女は必死に訴えた。

「私を見てください! 私はドジだけど一生懸命で、愛に生きてるんです! 女の子は守りたくなるような儚さが必要なんですよ! シルビア様みたいに、一人で生きていけそうな女は可愛くないじゃないですか!」

なるほど。
彼女の主張は、ある意味でこの世界の「ヒロイン像」を体現している。

無力で、純粋で、庇護欲をそそる存在。
それに比べて、私は確かに真逆だ。

「……そうですね。おっしゃる通りです」

私は扇子を開いた。

「私は可愛くありません。自分でも分かっています。ですから、殿下。そろそろこの『可愛い』マリア嬢を相手にしてあげてはどうですか? 私は肉の原価計算に戻りますので」

私が踵を返そうとした時。

ガシッ。

腕を掴まれた。

「……殿下?」

振り返ると、ルーカス殿下が真剣な眼差しで私を見ていた。

「待て。勝手に決めるな」

殿下は私を引き寄せ、マリア嬢を見下ろした。

「おい、ピンク頭」

「マ、マリアですぅ……」

「俺はな、ペットが欲しいわけじゃないんだ」

「えっ?」

「『守りたくなる』? 『儚い』? そんなものは邪魔なだけだ。戦場(ここ)は帝国だぞ? 俺の横に立つ人間に必要なのは、愛嬌じゃなくて『牙』だ」

殿下は私の肩を抱き寄せた。

「俺が欲しいのは、俺の背中を預けられる強さだ。俺が間違っていれば噛みつき、俺が暴れれば止め、国が傾けば支える。……そういう『対等な女』だ」

「で、でも……それじゃあ、癒しがないじゃないですかぁ……」

「癒し? こいつが俺の無駄遣いを叱ってくれる時が、俺にとって一番の癒しだ」

「……変態ですか?」

私は思わずツッコミを入れた。

殿下は私の言葉を無視して、ニヤリと笑った。

「それに、お前は勘違いしている」

「な、何をです?」

「シルビアは『可愛くない』と言ったな?」

殿下は私の顔を覗き込んだ。

至近距離。
金色の瞳が、夜の闇の中で燃えるように輝いている。

「俺には、こいつの『可愛くなさ』が、最高に可愛く見えるんだがな」

「…………は?」

思考が停止した。

「計算高いくせに、予想外のことで慌てる顔。金貨を見てニヤつく悪党面。そして今みたいに、不意打ちを食らって赤くなる顔」

殿下の指先が、私の頬をなぞる。

「全部、たまらなく可愛いぞ?」

「……っ!!」

私の顔から火が出た。

(な、な、なによそれ!? 文脈がおかしい! それは褒め言葉なの!?)

今までどんな嫌味や罵倒を受けても眉一つ動かさなかった私が、たった一言で動揺している。

「う、うそぉ……」

マリア嬢が絶句した。

「そんなのマニアックすぎますぅ……! 筋肉と思考回路が繋がってるんですかぁ……!」

彼女はショックのあまり膝をついた。

「もういい! 知らない! 勝手にイチャイチャしてればいいじゃないですか! ……うわぁぁぁん!」

マリア嬢は泣きながら走り去っていった。
二度目の敗走だ。

バルコニーには、再び静寂が戻った。

しかし、私の心臓はドラムロールのように鳴り響いている。

「……殿下」

「なんだ」

「今の発言は、マリア様を追い払うための演技ですよね?」

私は震える声で確認した。

「さあな」

殿下はとぼけるように夜空を見上げた。

「……肯定してください。でないと、私の精神的平穏が保てません」

「事実を言ったまでだ」

殿下は私の腰に回した手を強めた。

「俺は、お前がいい。他の誰でもない、お前がいいんだ」

「……それ、給料の話ですよね? 秘書官として優秀だという意味ですよね?」

「鈍いな。それとも、わざとか?」

殿下が顔を近づけてくる。

唇が触れそうな距離。

私はパニックになり、とっさに叫んだ。

「あ、明日の朝食のメニュー! 変更を申請します! 野菜を! 野菜を食べないと、その……脳の血管が詰まって変なことを言い出すんですよ!」

私は殿下の腕をすり抜けて、逃げるようにバルコニーの扉へ走った。

「お、おやすみなさいませ!」

「……逃げたか」

背後で殿下の楽しそうな笑い声が聞こえた。

「まあいい。外堀は埋めた。あとは……ゆっくりと攻略(おと)すだけだ」

そんな独り言は、夜風にかき消されて聞こえなかった。

部屋に戻った私は、ベッドに顔を埋めて足をバタバタさせた。

「なによ、あの筋肉皇太子……! 調子が狂うじゃない……!」

鏡を見ると、私の顔は熟れたトマトのように真っ赤だった。

こんな顔、絶対に誰にも見せられない。

「……可愛くないのが可愛い、だなんて」

その言葉が、頭の中でリフレインする。

(……慰謝料に上乗せしてやるんだから)

私は枕をギュッと抱きしめた。
その夜、私はなかなか寝付けず、羊の代わりに金貨を数えたが、五千枚数えても殿下の顔が消えなかった。
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