悪役令嬢の華麗なる敗北宣言!

パリパリかぷちーの

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「……はぁ。この数字、何度見ても美しくありませんね」

翌日の午後。

私は帝国の事務室で、眉間にシワを寄せていた。

目の前にあるのは、部下が作成した『王国の経済状況予測グラフ』だ。

右肩下がりどころではない。
断崖絶壁を転がり落ちるような、見事な急降下を描いている。

「教官。王国の通貨価値、先週比でさらに二割下落しています」

筋肉文官の一人が、痛ましそうな顔で報告する。

「原因は?」

「例の『マリア嬢外交トラブル』による貿易停止と、レイド王子の『散財』です。どうやら王子、昨日の賭けに負けた腹いせに、城下町で『ヤケ買い』をしたそうで……」

「……あのバカ」

私はペンをへし折りそうになった。

国が瀕死の状態なのに、さらに傷口に塩を塗り込むとは。

「救いようがありませんね。放っておきましょう。私たちが干渉すると内政干渉になりますから」

私が新しいペンを取り出した、その時だった。

バンッ!!

事務室の扉が、乱暴に開かれた。

「シ、シルビアァァァ!!」

転がり込んできたのは、ボロボロの衣服を纏ったレイド殿下だった。

昨日の水没で風邪を引いたのか、鼻をすすり、目の下には隈ができている。

「……警備員! 不審者です! つまみ出して!」

私が指示を出すと、レイド殿下は床を這いつくばって私のデスクにしがみついた。

「ま、待ってくれ! 頼む! 話を聞いてくれ!」

「聞きません。私の時給は高いですよ?」

「払う! 払うから! ……出世払いで!」

「信用度ゼロの言葉ですね」

私は冷たく見下ろしたが、部下の筋肉文官たちが「教官、ちょっと話くらいは……あまりに哀れで……」と情けをかけたので、仕方なく三分だけ時間をやることにした。

「どうぞ。三分でプレゼンしてください」

「し、シルビア……」

レイド殿下は立ち上がり、ゴホンと咳払いをした。

そして、私の手を取ろうとして――私の視線に射抜かれて手を引っ込めた。

「単刀直入に言おう。……僕と、やり直さないか?」

「……はい?」

「結婚しよう、シルビア。そして王国に帰り、僕の妃として国を導いてくれ」

殿下は真剣な眼差し(充血しているが)で言った。

「僕は気づいたんだ。マリアは可愛いが、彼女には『王妃の器』がない。書類も読めないし、外交もできないし、予算の計算もできない」

「知っていましたよ、最初から」

「だが、君は違う! 君にはその全てがある! 君の事務処理能力、交渉術、そして金への執着……それこそが、今の王国に必要なものだ!」

レイド殿下は熱弁を振るう。

「僕は君の『能力』を愛しているんだ! 君という『有能なリソース』を誰よりも評価している! だから、僕の元へ戻ってきてくれ!」

「…………」

室内に、凍りつくような沈黙が流れた。

筋肉文官たちが、ドン引きした顔で顔を見合わせている。
「うわぁ……」「言っちゃったよ……」「最低だ……」という心の声が聞こえてくる。

私はゆっくりと、持っていたペンを置いた。

「……殿下。一つ質問してもよろしいですか?」

「な、なんだ? 式場の手配か?」

「貴方様は今、私にプロポーズをしているのですか? それとも、求人募集をしているのですか?」

「え? 同じことだろう? 王妃という『職』を与えるのだから」

「違います」

私は立ち上がり、レイド殿下の胸元に指を突きつけた。

「それは『愛』ではありません。ただの『労働力の搾取』です」

「なっ……」

「『能力を愛している』? 笑わせないでください。貴方様は、私が便利だから欲しいだけでしょう? 面倒な仕事を全部押し付けて、自分は楽をしたいだけでしょう?」

「そ、それは……王族は激務だから、分担作業というか……」

「マリア様には『愛している』と言い、私には『能力を愛している』と言う。……どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのですか」

私の声は低く、そして鋭く響いた。

「私が求めているのは、対等なパートナーシップです。互いに敬意を払い、背中を預けられる関係です。……今の私の上司(ルーカス殿下)のようにね」

「あ、あの野蛮人か!? あいつは君を働かせているだけじゃないか!」

「ええ、働いていますよ。ですが、彼は私に『全権』を預けてくれます。私の判断を信じ、私の失敗すら笑って許容し、そして何より――」

私は昨夜のバルコニーでの言葉を思い出し、少しだけ顔を赤らめた。

「……私の『可愛げのなさ』も含めて、受け入れてくれます」

「はぁ? なんだそれ! 意味が分からん!」

「貴方様には一生分からないでしょうね」

私は扇子をパチンと閉じた。

「交渉決裂です。お引き取りください」

「ま、待ってくれ! まだ条件がある! 君が戻ってくれたら、君の部屋を一番日当たりの良い場所に変える! それに、毎日おやつもつける!」

「小学生ですか」

「王家の宝物庫の鍵も渡す!」

「もう空っぽでしょう? 私が中身を知らないとでも?」

「ぐぬぬ……! ど、どうすれば戻ってくれるんだ! 金か!? 地位か!?」

レイド殿下は半泣きになりながら叫んだ。

「今のままじゃ、国が……国が破産するんだよぉぉぉ! 僕が責任を取らされるんだよぉぉぉ!」

結局、自分の保身だ。

この男は、最後の最後まで、自分が可愛いだけなのだ。

「……哀れですね」

私が冷たく言い放った時。

「おい。騒がしいぞ」

聞き覚えのある低い声がして、背後の扉が開いた。

ルーカス殿下だ。

手には、巨大なハンマー(なぜ?)を持っている。

「ル、ルーカス……!」

レイド殿下がビクリと震え上がる。

「俺の事務室で何をしている。また空を飛びたいのか?」

ルーカス殿下は不機嫌そうにレイド殿下を見下ろした。

「い、いや、僕はただ、シルビアに正当なオファーを……」

「オファーだと? 『能力を愛している』とかいう、寝言のようなセリフがか?」

「き、聞いてたのか!?」

「全部丸聞こえだ。壁が薄いからな(嘘だけど)」

ルーカス殿下は私の隣に立ち、自然な動作で私の肩を抱いた。

「残念だったな、小僧。こいつはもう、俺の『心臓』だ」

「し、心臓……?」

「ああ。こいつが止まれば、俺の国も止まる。こいつが笑えば、俺も笑う。……そういう存在だ」

殿下はニヤリと笑った。

「能力? そんなものはオマケだ。俺はこいつの『存在そのもの』を買っている」

「~~~~っ!」

レイド殿下は言葉を失った。

圧倒的な格の違い。
器の違い。
そして何より、愛の深さ(?)の違い。

「勝負あったな」

ルーカス殿下はハンマーをドン!と床に置いた。

「さあ、消えろ。それとも、このハンマーで『論理的』に退場させられたいか?」

「ひ、ひいいいい!」

レイド殿下は脱兎のごとく逃げ出した。

「覚えてろよぉぉぉ! いつか絶対に後悔させてやるぅぅぅ!」

捨て台詞を残し、廊下の彼方へと消えていく。

「……ふん、雑魚が」

ルーカス殿下は鼻を鳴らし、私に向き直った。

「大丈夫か、シルビア。変な菌は移ってないか?」

「……大丈夫です。消毒用アルコールを撒いておきます」

私は平静を装ったが、心臓は早鐘を打っていた。

(……『心臓』だなんて。またサラッと恥ずかしいことを……!)

「殿下。今の発言、録音しておけばよかったです。『心臓発言』に対する特別手当を請求できたのに」

照れ隠しにそう言うと、殿下は豪快に笑った。

「ハハハ! いくらでも請求しろ。俺の全てはお前のものだ」

「……そのセリフ、国庫が潤ってから言ってくださいね」

私は赤くなった顔を書類で隠した。

筋肉文官たちが「ヒューヒュー!」「お熱いねぇ!」と口笛を吹く中、私は彼らに「残業!」と一喝して黙らせた。

こうして、元婚約者の「最低のプロポーズ」は撃退された。
しかし、これで彼が完全に諦めたとは思えない。
窮鼠猫を噛む。追い詰められたバカ王子が次に何をするか……。

私は『危機管理マニュアル』のページを、もう一枚増やすことにした。
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