悪役令嬢の華麗なる敗北宣言!

パリパリかぷちーの

文字の大きさ
21 / 28

21

「……素晴らしい。完全な屈折率、内包された魔力量、そして何よりこの重量感」

帝国の執務室。

私は窓辺に立ち、朝日に透かした『星の涙(スター・ティア)』をうっとりと眺めていた。

昨晩のギャンブルで巻き上げた、国家予算十年分のダイヤモンドだ。

「これを粉砕して魔力発電の炉にくべれば、帝都の電気代が半世紀タダになりますね。あるいは、細かくカットして貴族たちに売りつければ、さらに資産を倍増できるかも……」

私の頭の中で、黄金色の計算機が弾かれる音がする。

「おい、シルビア。朝から石ころ相手にニヤニヤするな。気味が悪いぞ」

ソファでくつろいでいたルーカス殿下が、呆れたように声をかけてきた。

「石ころではありません。『固形化された希望』です」

私はダイヤを専用のケース(厳重な封印付き)にしまい、デスクに戻った。

「それで、殿下。入りましたか? 『あの国』の最新情報は」

「ああ、ついさっき諜報員から報告があった」

殿下は一枚の羊皮紙をヒラヒラとさせた。

「結論から言おう。……ランカスター王国は、終わった」

「詳細を」

「お前の元婚約者が『星の涙』を持ち出したことが国王にバレて、勘当されたそうだ。王籍剥奪、平民への降格処分だ」

「妥当な判断ですね。むしろ遅すぎたくらいです」

私はコーヒーを一口すすった。香ばしい香りが鼻を抜ける。

「で、その元王子は?」

「城を追い出され、今は宿無しだそうだ。借金取りに追われて、下水道を逃げ回っているらしい」

「……プッ」

私は思わず吹き出した。

「下水道? あの潔癖症のレイド殿下が? 泥水で顔を洗う日が来るとは、因果応報もここまで来ると芸術的ですね」

「さらに笑えるのが、あのピンク頭の女だ」

「マリア様ですか? どうせ『愛があれば平民でも幸せですぅ!』とか言ってついて行ったのでしょう?」

「いいや。レイドが平民になった瞬間、『生理的に無理』と言って別れを告げたそうだ」

「……速い」

私は感心した。

「彼女の切り替えの早さは、私の事務処理速度に匹敵しますね」

「今は、隣国の富豪商人の愛人に収まったらしい。『パパ活』とか言っていたぞ」

「たくましい……。ある意味、彼女こそ最強のサバイバーかもしれません」

私はカップを置き、窓の外――遠く離れた故郷の方角を見た。

かつて私が身を粉にして支えていた国。
私が去り、財産がなくなり、王族が愚行を重ねた結果、脆くも崩れ去った砂上の楼閣。

「……悲しくないのか?」

殿下が静かに尋ねた。

「お前が生まれ育った国だろう」

「悲しい?」

私は首を傾げた。

「いいえ。むしろ清々しいです。腐った患部を切除できたのですから、あの国の人々にとっても、長い目で見れば良かったのですよ」

私は冷徹に言い放った。

「無能な王族の下で搾取され続けるより、一度リセットして新しい体制を作った方が合理的です。……まあ、その引き金を引いたのは私ですが」

「ククク……本当に、お前は悪党だな」

殿下は楽しそうに笑い、立ち上がって私のそばに来た。

「だが、そこがいい。お前のその冷酷さは、ダイヤモンドよりも美しいぞ」

「お世辞は結構です。それより殿下、今日の予定は?」

「今日は仕事はない。お前に見せたいものがある」

「見せたいもの? 新しい筋肉トレーニング器具ですか?」

「違う。……ついて来い」

殿下に連れられてやってきたのは、城の地下深くに存在する『大金庫室』だった。

巨大な鉄の扉。
幾重にも張り巡らされた魔法結界。

殿下が掌をかざすと、重厚な音を立てて扉が開いた。

「うわぁ……」

中に入った瞬間、私は言葉を失った。

そこは、金色の海だった。

床一面に敷き詰められた金貨、銀貨。
壁際の棚に並ぶ宝飾品、魔導具、古代の遺物。

「これが帝国の全財産だ」

殿下が誇らしげに腕を広げた。

「先代たちが戦争で奪い……いや、集めた富の結晶だ。そして、今回お前が稼いだ『星の涙』や賭けの収益も、ここに加わる」

「……目が眩みそうです」

私は正直な感想を漏らした。

これだけの資産があれば、何でもできる。
国を買うことさえ可能だろう。

「シルビア」

殿下が、金貨の山の上で私を振り返った。

「俺は、この国庫の管理を、誰に任せるかずっと悩んでいた」

「……はあ。まあ、ガンダル将軍に任せたら、三日で武器に変えてしまうでしょうしね」

「そうだ。俺の部下は筋肉バカばかりだ。金を持たせればロクなことに使わん」

殿下は一歩、私に近づいた。

「だが、お前なら違う。お前なら、この莫大な富を腐らせることなく、さらに増やし、国を富ませることができる」

「それは……まあ、私の専門分野ですから」

「だから、シルビア」

殿下は私の手を取り、その指にそっと口づけをした。

金色の瞳が、真剣な光を帯びて私を見つめる。

「お前に、この鍵を預けたい」

殿下のもう片方の手には、あの夜、どんぐりの隣にあった『国庫の鍵』が握られていた。

「……雇用契約の更新ですか?」

私は鼓動を抑えながら聞いた。

「いいや」

殿下は首を横に振った。

「これは『永久就職』のオファーだ」

「……え?」

「俺の妃になれ、シルビア」

直球だった。

変化球も、駆け引きもない、剛速球のプロポーズ。

「俺の隣で、この国を支配しろ。俺が武力で敵を蹴散らし、お前が知力で国を治める。……最強のペアだと思わんか?」

「…………」

私は口を開けて、殿下を見つめ返した。

ロマンチックな言葉はない。
愛しているとか、一生守るとか、そういう甘いセリフは一つもない。

ただ、「一緒に世界を支配しよう」という、悪党同士の契約のような誘い文句。

でも。

(……ああ、なんてこの人らしいのかしら)

私の心臓が、金貨の輝き以上に激しく跳ねた。

レイド殿下の「君の能力を愛してる」という言葉には反吐が出たのに。
ルーカス殿下の「俺の隣で支配しろ」という言葉には、背筋がゾクゾクするほどの歓喜を覚える。

それはきっと、彼が私を「道具」としてではなく、「対等な共犯者」として見ているからだ。

「……条件を確認させてください」

私は震える声で言った。

「な、なんだ? まだ条件があるのか?」

殿下が少し不安そうにする。

「休暇は?」

「好きな時に取れ。俺も一緒に行く」

「食事は?」

「毎日、最高級の肉を食わせる。……チッ、野菜もだ」

「……私の発言権は?」

「俺と同等……いや、財務に関しては俺以上だ。お前が『ダメ』と言えば、俺は新しい剣一本買えん」

完璧だ。
これ以上の好条件は、世界中どこを探してもないだろう。

私は、ゆっくりと深呼吸をして、そしてニヤリと笑った。

「……悪くありませんね」

私は殿下の手から、国庫の鍵を受け取った。

「謹んで、お受けいたします。ボス……いいえ、ルーカス様」

「!」

殿下の顔が、パァッと輝いた。
太陽のような、少年のように無邪気な笑顔。

「やった……! 勝った! 俺の勝ちだ!」

殿下は突然、私を抱き上げた。
高い高いをするように、空中でくるりと回る。

「きゃっ! 殿下、危ないです! 下は金貨ですよ!」

「関係あるか! 嬉しいんだよ!」

殿下は私を降ろすと、そのまま強く抱きしめた。

「約束するぞ、シルビア。お前を絶対に飽きさせない。毎日が刺激的で、退屈しない最高の日々をくれてやる」

「ええ。期待していますわ」

私は殿下の広い背中に手を回した。

「ですが覚悟してくださいね? 私の財布の紐は、ダイヤモンドより固いですから」

「望むところだ」

金貨の山に囲まれて、私たちは初めての口づけを交わした。

甘いムードなどない、鉄と金と筋肉の匂いがするプロポーズ。
けれど、悪役令嬢の私には、これ以上ないほどお似合いのハッピーエンドの始まりだった。
感想 3

あなたにおすすめの小説

蔑ろにされた王妃と見限られた国王

奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています 国王陛下には愛する女性がいた。 彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。 私は、そんな陛下と結婚した。 国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。 でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。 そしてもう一つ。 私も陛下も知らないことがあった。 彼女のことを。彼女の正体を。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

愛を乞うても

豆狸
恋愛
愛を乞うても、どんなに乞うても、私は愛されることはありませんでした。 父にも母にも婚約者にも、そして生まれて初めて恋した人にも。 だから、私は──

【本編完結・番外編追記】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。

As-me.com
恋愛
ある日、偶然に「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言する婚約者を見つけてしまいました。 例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃりますが……そんな婚約者様はとんでもない問題児でした。 愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。 ねぇ、婚約者様。私は他の女性を愛するあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄します! あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。 番外編追記しました。 スピンオフ作品「幼なじみの年下王太子は取り扱い注意!」は、番外編のその後の話です。大人になったルゥナの話です。こちらもよろしくお願いします! ※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』のリメイク版です。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定などを書き直してあります。 *元作品は都合により削除致しました。

【完結】あなたのいない世界、うふふ。

やまぐちこはる
恋愛
17歳のヨヌク子爵家令嬢アニエラは栗毛に栗色の瞳の穏やかな令嬢だった。近衛騎士で伯爵家三男、かつ騎士爵を賜るトーソルド・ロイリーと幼少から婚約しており、成人とともに政略的な結婚をした。 しかしトーソルドには恋人がおり、結婚式のあと、初夜を迎える前に出たまま戻ることもなく、一人ロイリー騎士爵家を切り盛りするはめになる。 とはいえ、アニエラにはさほどの不満はない。結婚前だって殆ど会うこともなかったのだから。 =========== 感想は一件づつ個別のお返事ができなくなっておりますが、有り難く拝読しております。 4万文字ほどの作品で、最終話まで予約投稿済です。お楽しみいただけましたら幸いでございます。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

願いの代償

らがまふぃん
恋愛
誰も彼もが軽視する。婚約者に家族までも。 公爵家に生まれ、王太子の婚約者となっても、誰からも認められることのないメルナーゼ・カーマイン。 唐突に思う。 どうして頑張っているのか。 どうして生きていたいのか。 もう、いいのではないだろうか。 メルナーゼが生を諦めたとき、世界の運命が決まった。 *ご都合主義です。わかりづらいなどありましたらすみません。笑って読んでくださいませ。本編15話で完結です。番外編を数話、気まぐれに投稿します。よろしくお願いいたします。 ※ありがたいことにHOTランキング入りいたしました。たくさんの方の目に触れる機会に感謝です。本編は終了しましたが、番外編も投稿予定ですので、気長にお付き合いくださると嬉しいです。たくさんのお気に入り登録、しおり、エール、いいねをありがとうございます。R7.1/31 *らがまふぃん活動三周年周年記念として、R7.11/4に一話お届けいたします。楽しく活動させていただき、ありがとうございます。

【完結】婚約破棄される前に察して距離を置いていたら、幼なじみの第三王子が本気になっていました〜義妹と元婚約者? もう過去の人です〜

井上 佳
恋愛
婚約者に裏切られた侯爵令嬢は、 嘆くことも、復讐に走ることもなかった。 彼女が選んだのは、沈黙と誇り。 だがその姿は、 密かに彼女を想い続けていた第三王子の心を動かす。 「私は、国よりも君を選ぶ」 婚約破棄、王位継承、外交圧力―― すべてを越えて選び取る、正統な幸福。 これは、 強く、静かな恋の物語。 2026/02/23 完結