悪役令嬢の華麗なる敗北宣言!

パリパリかぷちーの

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「……素晴らしい。完全な屈折率、内包された魔力量、そして何よりこの重量感」

帝国の執務室。

私は窓辺に立ち、朝日に透かした『星の涙(スター・ティア)』をうっとりと眺めていた。

昨晩のギャンブルで巻き上げた、国家予算十年分のダイヤモンドだ。

「これを粉砕して魔力発電の炉にくべれば、帝都の電気代が半世紀タダになりますね。あるいは、細かくカットして貴族たちに売りつければ、さらに資産を倍増できるかも……」

私の頭の中で、黄金色の計算機が弾かれる音がする。

「おい、シルビア。朝から石ころ相手にニヤニヤするな。気味が悪いぞ」

ソファでくつろいでいたルーカス殿下が、呆れたように声をかけてきた。

「石ころではありません。『固形化された希望』です」

私はダイヤを専用のケース(厳重な封印付き)にしまい、デスクに戻った。

「それで、殿下。入りましたか? 『あの国』の最新情報は」

「ああ、ついさっき諜報員から報告があった」

殿下は一枚の羊皮紙をヒラヒラとさせた。

「結論から言おう。……ランカスター王国は、終わった」

「詳細を」

「お前の元婚約者が『星の涙』を持ち出したことが国王にバレて、勘当されたそうだ。王籍剥奪、平民への降格処分だ」

「妥当な判断ですね。むしろ遅すぎたくらいです」

私はコーヒーを一口すすった。香ばしい香りが鼻を抜ける。

「で、その元王子は?」

「城を追い出され、今は宿無しだそうだ。借金取りに追われて、下水道を逃げ回っているらしい」

「……プッ」

私は思わず吹き出した。

「下水道? あの潔癖症のレイド殿下が? 泥水で顔を洗う日が来るとは、因果応報もここまで来ると芸術的ですね」

「さらに笑えるのが、あのピンク頭の女だ」

「マリア様ですか? どうせ『愛があれば平民でも幸せですぅ!』とか言ってついて行ったのでしょう?」

「いいや。レイドが平民になった瞬間、『生理的に無理』と言って別れを告げたそうだ」

「……速い」

私は感心した。

「彼女の切り替えの早さは、私の事務処理速度に匹敵しますね」

「今は、隣国の富豪商人の愛人に収まったらしい。『パパ活』とか言っていたぞ」

「たくましい……。ある意味、彼女こそ最強のサバイバーかもしれません」

私はカップを置き、窓の外――遠く離れた故郷の方角を見た。

かつて私が身を粉にして支えていた国。
私が去り、財産がなくなり、王族が愚行を重ねた結果、脆くも崩れ去った砂上の楼閣。

「……悲しくないのか?」

殿下が静かに尋ねた。

「お前が生まれ育った国だろう」

「悲しい?」

私は首を傾げた。

「いいえ。むしろ清々しいです。腐った患部を切除できたのですから、あの国の人々にとっても、長い目で見れば良かったのですよ」

私は冷徹に言い放った。

「無能な王族の下で搾取され続けるより、一度リセットして新しい体制を作った方が合理的です。……まあ、その引き金を引いたのは私ですが」

「ククク……本当に、お前は悪党だな」

殿下は楽しそうに笑い、立ち上がって私のそばに来た。

「だが、そこがいい。お前のその冷酷さは、ダイヤモンドよりも美しいぞ」

「お世辞は結構です。それより殿下、今日の予定は?」

「今日は仕事はない。お前に見せたいものがある」

「見せたいもの? 新しい筋肉トレーニング器具ですか?」

「違う。……ついて来い」

殿下に連れられてやってきたのは、城の地下深くに存在する『大金庫室』だった。

巨大な鉄の扉。
幾重にも張り巡らされた魔法結界。

殿下が掌をかざすと、重厚な音を立てて扉が開いた。

「うわぁ……」

中に入った瞬間、私は言葉を失った。

そこは、金色の海だった。

床一面に敷き詰められた金貨、銀貨。
壁際の棚に並ぶ宝飾品、魔導具、古代の遺物。

「これが帝国の全財産だ」

殿下が誇らしげに腕を広げた。

「先代たちが戦争で奪い……いや、集めた富の結晶だ。そして、今回お前が稼いだ『星の涙』や賭けの収益も、ここに加わる」

「……目が眩みそうです」

私は正直な感想を漏らした。

これだけの資産があれば、何でもできる。
国を買うことさえ可能だろう。

「シルビア」

殿下が、金貨の山の上で私を振り返った。

「俺は、この国庫の管理を、誰に任せるかずっと悩んでいた」

「……はあ。まあ、ガンダル将軍に任せたら、三日で武器に変えてしまうでしょうしね」

「そうだ。俺の部下は筋肉バカばかりだ。金を持たせればロクなことに使わん」

殿下は一歩、私に近づいた。

「だが、お前なら違う。お前なら、この莫大な富を腐らせることなく、さらに増やし、国を富ませることができる」

「それは……まあ、私の専門分野ですから」

「だから、シルビア」

殿下は私の手を取り、その指にそっと口づけをした。

金色の瞳が、真剣な光を帯びて私を見つめる。

「お前に、この鍵を預けたい」

殿下のもう片方の手には、あの夜、どんぐりの隣にあった『国庫の鍵』が握られていた。

「……雇用契約の更新ですか?」

私は鼓動を抑えながら聞いた。

「いいや」

殿下は首を横に振った。

「これは『永久就職』のオファーだ」

「……え?」

「俺の妃になれ、シルビア」

直球だった。

変化球も、駆け引きもない、剛速球のプロポーズ。

「俺の隣で、この国を支配しろ。俺が武力で敵を蹴散らし、お前が知力で国を治める。……最強のペアだと思わんか?」

「…………」

私は口を開けて、殿下を見つめ返した。

ロマンチックな言葉はない。
愛しているとか、一生守るとか、そういう甘いセリフは一つもない。

ただ、「一緒に世界を支配しよう」という、悪党同士の契約のような誘い文句。

でも。

(……ああ、なんてこの人らしいのかしら)

私の心臓が、金貨の輝き以上に激しく跳ねた。

レイド殿下の「君の能力を愛してる」という言葉には反吐が出たのに。
ルーカス殿下の「俺の隣で支配しろ」という言葉には、背筋がゾクゾクするほどの歓喜を覚える。

それはきっと、彼が私を「道具」としてではなく、「対等な共犯者」として見ているからだ。

「……条件を確認させてください」

私は震える声で言った。

「な、なんだ? まだ条件があるのか?」

殿下が少し不安そうにする。

「休暇は?」

「好きな時に取れ。俺も一緒に行く」

「食事は?」

「毎日、最高級の肉を食わせる。……チッ、野菜もだ」

「……私の発言権は?」

「俺と同等……いや、財務に関しては俺以上だ。お前が『ダメ』と言えば、俺は新しい剣一本買えん」

完璧だ。
これ以上の好条件は、世界中どこを探してもないだろう。

私は、ゆっくりと深呼吸をして、そしてニヤリと笑った。

「……悪くありませんね」

私は殿下の手から、国庫の鍵を受け取った。

「謹んで、お受けいたします。ボス……いいえ、ルーカス様」

「!」

殿下の顔が、パァッと輝いた。
太陽のような、少年のように無邪気な笑顔。

「やった……! 勝った! 俺の勝ちだ!」

殿下は突然、私を抱き上げた。
高い高いをするように、空中でくるりと回る。

「きゃっ! 殿下、危ないです! 下は金貨ですよ!」

「関係あるか! 嬉しいんだよ!」

殿下は私を降ろすと、そのまま強く抱きしめた。

「約束するぞ、シルビア。お前を絶対に飽きさせない。毎日が刺激的で、退屈しない最高の日々をくれてやる」

「ええ。期待していますわ」

私は殿下の広い背中に手を回した。

「ですが覚悟してくださいね? 私の財布の紐は、ダイヤモンドより固いですから」

「望むところだ」

金貨の山に囲まれて、私たちは初めての口づけを交わした。

甘いムードなどない、鉄と金と筋肉の匂いがするプロポーズ。
けれど、悪役令嬢の私には、これ以上ないほどお似合いのハッピーエンドの始まりだった。
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