悪役令嬢の華麗なる敗北宣言!

パリパリかぷちーの

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「……長い」

結婚式を一週間後に控えたある日。

帝国の法務局にて、私は目の前に広げられた巻物――床まで届くほどの長さがある――を見下ろして呟いた。

「これは何ですか? 嫌がらせですか?」

「滅相もございません! これぞ帝国に伝わる由緒正しき『婚姻誓約書』でございます!」

法務大臣である老齢の官僚が、震える手で巻物を押さえている。

「歴代の皇后陛下は、皆様この誓約書にサインをしてこられました。さあ、シルビア様もこちらに署名を……」

「待ちなさい。中身も読まずにサインをする馬鹿がどこにいますか」

私は懐から老眼鏡(伊達メガネ。知的に見える演出用)を取り出し、巻物の冒頭から読み始めた。

「第1条:妻は夫を敬い、三歩下がって歩くこと」

「……」

「第2条:妻は夫の言葉に絶対服従とし、口答えを禁ずる」

「……」

「第3条:妻は毎朝、夫の剣を磨き、靴を舐めて忠誠を誓うこと」

「…………」

ブチッ。

私のこめかみで、何かが切れる音がした。

「ふざけているのですか?」

「は、はい?」

「いつの時代の法律ですか、これは。化石ですか? 博物館に寄贈した方がよろしいのでは?」

私は法務大臣を睨みつけた。

「三歩下がって歩く? 効率が悪いです。並んで歩けば会話のタイムラグがゼロになります。靴を舐める? 衛生的に問題があります。剣を磨く? 専門の職人に任せた方が切れ味が保てます」

「し、しかし、これは伝統で……」

「伝統が飯を食わせてくれますか? 伝統が国を守りますか?」

私はデスクにあった赤ペン(極太)のキャップを、親指で弾き飛ばした。

「全面改定します」

「へっ!?」

「今から私が、このカビの生えた契約書を、現代的かつ合理的な『パートナーシップ協定』に書き換えます。文句があるならルーカス殿下を通してください」

私は猛然とペンを走らせ始めた。

キュッ、キュッ、キュッ!

赤いインクが、古い因習を次々と塗りつぶしていく。

『第1条:妻は夫と対等であり、戦略的パートナーとして並走する』
『第2条:夫の判断にミスがある場合、妻は速やかに指摘し、修正させる権利を持つ』
『第3条:剣の手入れは経費で外注する』

「ああっ! 国宝級の巻物がっ! 真っ赤にっ!」

法務大臣が泡を吹いて倒れそうになる。

そこへ、騒ぎを聞きつけたルーカス殿下がやってきた。

「何事だ、シルビア。また誰かを泣かせているのか?」

「人聞きが悪い。私はただ、この国の『OS(基本ソフト)』をアップデートしているだけです」

私は修正だらけになった巻物を殿下に見せた。

「殿下、読んでください。この第15条『妻は夫の浮気を黙認すること』。これ、どう思います?」

「あ? ふざけるな。俺が浮気などするわけがないだろう。俺の目にはお前しか映っていない」

「ですよね。では削除。ついでに『夫が浮気をした場合、慰謝料として国家予算の五百年分を支払い、かつ裸で市中引き回しの上、ドラゴンの餌にする』という条項を追加しておきます」

「……厳しいな。まあ、やるつもりはないから構わんが」

殿下は笑って承諾した。

「そ、そんな……! 殿下、よろしいのですか!? これでは帝国の威厳が……!」

法務大臣がすがりつく。

「おい爺さん。時代は変わるんだ」

殿下は私の肩を抱き寄せた。

「俺が選んだのは、人形のような妃じゃない。俺と一緒に国を動かす『共犯者』だ。古い法律なんぞに縛られて、こいつの能力が発揮できないなら、そんな法律は燃やしてしまえ」

「ひえええ……」

「それに、見てみろ。こいつの修正案の方が、よほど合理的だ」

殿下は巻物の後半を指さした。

『第50条:公務における利益配分について。妻が立案し成功した政策に関しては、純利益の20%を妻の個人資産としてプールする』

「ちゃっかり自分の報酬も確保しているあたり、さすがだ」

「当然です。無償労働はモチベーションを下げますから」

私は胸を張った。

「よし、承認だ! その修正案で製本しろ!」

殿下の鶴の一声で、帝国史上初の『対等な婚姻契約書』が爆誕することになった。



数時間後。

完成した新しい契約書(製本済み)を前に、私たちは改めて向かい合った。

「では、サインを」

「ああ」

ルーカス殿下が、力強い筆致で署名する。

続いて、私がペンを取る。

『シルビア・ランカスター』

……いや、違うわね。

私は一瞬ためらい、そして書き記した。

『シルビア・フォン・バルバロッサ』

その名前を書いた瞬間、胸の奥が少しだけ熱くなった。

ああ、本当に。
私はこの国の人間に、この人の妻になるのだ。

「……書き慣れない名前ですね」

「すぐに慣れるさ。これから死ぬまで、毎日書くことになるんだからな」

殿下は私のサインを見て、満足げに目を細めた。

「これで契約成立だな。クーリングオフは不可だぞ」

「しませんよ。これだけの好条件、手放すほど私は馬鹿ではありません」

私はニッコリと笑った。

「さて、契約締結の記念に……何か要望はあるか?」

殿下が聞いた。

「そうですね……」

私は少し考え、そして真面目な顔で言った。

「ハンコを作りたいです」

「ハンコ?」

「はい。私の承認印です。『承認』『却下』『要再提出』『至急』……これらのスタンプがあれば、事務処理の速度が三倍になります」

「……色気のない要望だな」

殿下は呆れたが、すぐに「いいだろう、純金で作らせてやる」と約束してくれた。

「あと、もう一つ」

私は少しだけ声を落とした。

「……結婚式の誓いのキスですが」

「ん? なんだ、恥ずかしいのか?」

「違います。時間の問題です。リハーサルでは十秒でしたが、本番では五秒に短縮してください」

「は?」

「長すぎると、写真映りの角度が崩れますし、何より私が息切れして酸欠になります。効率的に、美しく、パッと終わらせましょう」

「……断る」

殿下は即答した。

「そこだけは譲れん。俺は三十秒はするつもりだ」

「さ、三十秒!? 放送事故ですよ!」

「国民に見せつけてやるんだ。俺たちがどれだけラブラブかをな」

「ラブラブという死語を使わないでください!」

「決定事項だ。嫌なら……肺活量を鍛えておけ」

殿下はニヤリと笑い、私の唇を指でなぞった。

「特訓に付き合ってやってもいいぞ?」

「……結構です! 事務室に戻ります!」

私は顔を赤くして、逃げるように法務局を後にした。

背後で殿下の高笑いが聞こえる。

契約書は完璧に書き換えたはずなのに。
どうやらこの『夫』という生き物だけは、私の計算通りには動いてくれそうにない。

「……まあ、いいわ」

私は廊下を歩きながら、新しい苗字を口の中で反芻した。

「シルビア・フォン・バルバロッサ……」

悪くない響きだ。
悪役令嬢改め、悪役王妃。
その肩書きに恥じないよう、この国を――そしてあの筋肉皇太子を、徹底的に管理してやろうと心に誓った。
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