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「……重い」
本日、二回目(舞踏会の時以来)の感想である。
帝都の大聖堂。
パイプオルガンの荘厳な音色が響く中、私はバージンロードを歩いていた。
身に纏っているのは、純白のウェディングドレス。
だが、ただのドレスではない。
ルーカス殿下が「予算無制限」で特注させたそれは、生地にミスリル銀糸が織り込まれ、裾には千個の真珠、胸元には大粒のダイヤが光っている。
総重量、二十キロ。
これはドレスではない。白い拘束具だ。
「……シルビア、顔が強張っているぞ」
隣を歩く父(南の島から一時帰国したランカスター元公爵)が、小声で囁いてくる。
「感動で震えているのか?」
「いいえ、筋肉疲労で震えているのです。一歩歩くごとに、私のカロリーが激しく消費されています」
私は笑顔を貼り付けたまま答えた。
「それに、このバージンロード。長さ五十メートルもありますね。深紅の絨毯は特注品……メートル単価金貨二枚として、これだけで百枚の出費。……歩くのが勿体ないです」
「お前、結婚式の最中に絨毯の原価計算をする花嫁がいるか」
父は呆れつつも、私を祭壇の前までエスコートしてくれた。
そこで待っていたのは、帝国の正装――黒と金のマントを羽織ったルーカス殿下だ。
いつもの野性味あふれる雰囲気とは違い、髪を撫でつけ、凛とした立ち姿は悔しいほど様になっている。
「……綺麗だぞ、シルビア」
殿下が手を差し伸べながら、熱っぽい視線を送ってくる。
「二十キロの装備を背負わせた感想がそれですか?」
「重さは愛の重さだ。耐えろ」
私は殿下の手を取り、祭壇の前に並んだ。
神父が咳払いをして、聖書を開く。
「えー、新郎ルーカス・フォン・バルバロッサ。汝、健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も……」
「神父様、ストップ」
私は手を挙げた。
「な、何でしょうか新婦よ。今、一番いいところですが」
「『貧しき時』という仮定は不要です」
私はキッパリと言い放った。
「私が管理する以上、この国が貧しくなることはあり得ません。不吉な条項は削除してください」
「は、はあ……。では、えー……これを愛し、敬い、慰め、助け……」
「『敬い』については、相互不可侵条約およびパートナーシップ協定に基づきます。『慰め』については、彼が自業自得で落ち込んでいる場合は対象外とします」
「……あの、進めてもいいですか?」
神父が助けを求めるように殿下を見る。
殿下は肩を震わせて笑っていた。
「ハハハ! いいぞシルビア、その調子だ! 神父、細かい定型文は省略しろ。こいつが『Yes』と言えばそれでいい」
「は、はい……。では、汝シルビアは、ルーカスを夫とすることを誓いますか?」
「契約書(婚姻届)に署名捺印済みですので、法的効力はすでに発生していますが……まあ、儀式として追認します。『Yes』」
「……誓いが成立しました」
神父が疲れたように宣言した。
「では、指輪の交換を」
殿下がポケットから取り出したのは、私の瞳の色と同じサファイアの指輪だった。
以前もらったネックレスと対になるデザインだ。
「左手を出せ」
殿下は私の薬指に、ゆっくりとそれを嵌めた。
「これで、お前は名実ともに俺のものだ。……逃がさないぞ」
「逃げませんよ。これだけの高待遇(ホワイト職場)、手放す理由がありません」
私も殿下の指に、シンプルなプラチナのリングを嵌めた。
「では、誓いの口づけを……」
神父が言った瞬間。
殿下の目が、肉食獣のようにギラリと光った。
(……あ、まずい)
私は昨日の会話を思い出した。
『三十秒はするつもりだ』。
「で、殿下。ここは神聖な場ですので、慎ましやかに……」
「約束は守る主義でな」
殿下は私の腰を強引に引き寄せ、ヴェールを跳ね上げた。
「観念しろ」
「んっ……!?」
唇が塞がれた。
軽いキスではない。
深く、熱く、そして長いキスだ。
会場がどよめく。
「おおっ!」「殿下、情熱的!」「見てるこっちが恥ずかしい!」
(い、息が……!)
一秒、五秒、十秒……。
離れない。
殿下の腕力が強すぎて、身動きが取れない。
二十秒。
酸素が足りない。目の前がチカチカしてきた。
これは愛の儀式ではない。呼吸困難による暗殺未遂だ。
三十秒。
ようやく、唇が離れた。
「……ぷはっ!」
私は肩で息をして、殿下を睨みつけた。
「はぁ、はぁ……! 殿下……! 殺人未遂で……訴えますよ……!」
「ハハハ、顔が赤いぞ。可愛いな」
殿下は満足げに唇を舐めた。
「これで国民にも知れ渡っただろう。俺たちの仲が『窒息するほど』深いとな」
「……後で、酸素ボンベ代を請求しますからね」
フラつく足で、私たちは参列者の方へ向き直った。
ワァァァァァッ!!
割れんばかりの拍手と歓声。
筋肉文官たちが号泣しながらハンカチを噛んでいる。
「おめでとうございますぅぅ! あねごぉぉぉ!」
「教官! 末長く爆発してください!」
その歓声の中、私は冷静に視線を巡らせた。
(……よし、人数確認。招待客三百五十名。全員出席ね)
私の目は、彼らの懐具合をスキャンしていた。
(隣国の石油王、ご祝儀は金貨五百枚と予想。あそこの商会主は、前回の借りを返すために奮発しているはず……。ガンダル将軍は、どうせ武器現物支給でしょうから質屋行き……)
頭の中で、ご祝儀の総額が計算されていく。
チャリン、チャリン、チャリン。
脳内でレジスターが鳴り響く。
「……よし。黒字確定ね」
私は小さくガッツポーズをした。
「おいシルビア。何をニヤニヤしている」
「愛の結晶(現金)が積み上がる幻影を見ていたのです」
式のラストイベント、ブーケトス。
私は背中を向けて、花束を構えた。
「さあ、未婚の女性方! 受け取りなさい! 次は貴女たちの番ですよ!」
普通なら、ここで幸せのお裾分けとして投げる。
しかし、私はシルビアだ。
「ただし! このブーケの中には『王室御用達エステ・無料チケット』と『ルーカス殿下のサイン入りブロマイド(転売可)』が仕込まれています!」
「キャーーーーッ!!」
女性客たちの目の色が変わった。
殺気だ。
幸せを掴むためではない。特典(利益)を掴むための戦いだ。
「行きますよ! 3、2、1……!」
私がブーケを高く放り投げた瞬間、聖堂内はラグビーのスクラムのような肉弾戦と化した。
「私のよ! どきなさい!」
「エステ券は譲らないわ!」
「殿下のブロマイドで家を建てるのよ!」
阿鼻叫喚。
「……平和だな」
殿下がその光景を見て呟いた。
「どこがですか。あれが人間の欲望の縮図です」
私はドレスの裾を払った。
「さあ、殿下。次は披露宴です。料理の原価率をチェックしに行きますよ」
「お前なぁ……。今日くらい、仕事は忘れろ」
「これが私の『生き甲斐』ですから」
私は殿下の腕に抱きついた。
「それに……夜までは、まだ時間がありますし」
「……!」
殿下がピクリと反応し、耳を赤くした。
「……そうだな。夜はこれからだ」
「期待していますよ。私の体力が残っていれば、ですが」
私たちは腕を組み、光あふれる聖堂の出口へと歩き出した。
門出の日は快晴。
私の行く手には、金貨と書類と、そして少々手のかかる愛しい旦那様が待っている。
これ以上ない、最高の「悪役令嬢ライフ」の始まりだった。
本日、二回目(舞踏会の時以来)の感想である。
帝都の大聖堂。
パイプオルガンの荘厳な音色が響く中、私はバージンロードを歩いていた。
身に纏っているのは、純白のウェディングドレス。
だが、ただのドレスではない。
ルーカス殿下が「予算無制限」で特注させたそれは、生地にミスリル銀糸が織り込まれ、裾には千個の真珠、胸元には大粒のダイヤが光っている。
総重量、二十キロ。
これはドレスではない。白い拘束具だ。
「……シルビア、顔が強張っているぞ」
隣を歩く父(南の島から一時帰国したランカスター元公爵)が、小声で囁いてくる。
「感動で震えているのか?」
「いいえ、筋肉疲労で震えているのです。一歩歩くごとに、私のカロリーが激しく消費されています」
私は笑顔を貼り付けたまま答えた。
「それに、このバージンロード。長さ五十メートルもありますね。深紅の絨毯は特注品……メートル単価金貨二枚として、これだけで百枚の出費。……歩くのが勿体ないです」
「お前、結婚式の最中に絨毯の原価計算をする花嫁がいるか」
父は呆れつつも、私を祭壇の前までエスコートしてくれた。
そこで待っていたのは、帝国の正装――黒と金のマントを羽織ったルーカス殿下だ。
いつもの野性味あふれる雰囲気とは違い、髪を撫でつけ、凛とした立ち姿は悔しいほど様になっている。
「……綺麗だぞ、シルビア」
殿下が手を差し伸べながら、熱っぽい視線を送ってくる。
「二十キロの装備を背負わせた感想がそれですか?」
「重さは愛の重さだ。耐えろ」
私は殿下の手を取り、祭壇の前に並んだ。
神父が咳払いをして、聖書を開く。
「えー、新郎ルーカス・フォン・バルバロッサ。汝、健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も……」
「神父様、ストップ」
私は手を挙げた。
「な、何でしょうか新婦よ。今、一番いいところですが」
「『貧しき時』という仮定は不要です」
私はキッパリと言い放った。
「私が管理する以上、この国が貧しくなることはあり得ません。不吉な条項は削除してください」
「は、はあ……。では、えー……これを愛し、敬い、慰め、助け……」
「『敬い』については、相互不可侵条約およびパートナーシップ協定に基づきます。『慰め』については、彼が自業自得で落ち込んでいる場合は対象外とします」
「……あの、進めてもいいですか?」
神父が助けを求めるように殿下を見る。
殿下は肩を震わせて笑っていた。
「ハハハ! いいぞシルビア、その調子だ! 神父、細かい定型文は省略しろ。こいつが『Yes』と言えばそれでいい」
「は、はい……。では、汝シルビアは、ルーカスを夫とすることを誓いますか?」
「契約書(婚姻届)に署名捺印済みですので、法的効力はすでに発生していますが……まあ、儀式として追認します。『Yes』」
「……誓いが成立しました」
神父が疲れたように宣言した。
「では、指輪の交換を」
殿下がポケットから取り出したのは、私の瞳の色と同じサファイアの指輪だった。
以前もらったネックレスと対になるデザインだ。
「左手を出せ」
殿下は私の薬指に、ゆっくりとそれを嵌めた。
「これで、お前は名実ともに俺のものだ。……逃がさないぞ」
「逃げませんよ。これだけの高待遇(ホワイト職場)、手放す理由がありません」
私も殿下の指に、シンプルなプラチナのリングを嵌めた。
「では、誓いの口づけを……」
神父が言った瞬間。
殿下の目が、肉食獣のようにギラリと光った。
(……あ、まずい)
私は昨日の会話を思い出した。
『三十秒はするつもりだ』。
「で、殿下。ここは神聖な場ですので、慎ましやかに……」
「約束は守る主義でな」
殿下は私の腰を強引に引き寄せ、ヴェールを跳ね上げた。
「観念しろ」
「んっ……!?」
唇が塞がれた。
軽いキスではない。
深く、熱く、そして長いキスだ。
会場がどよめく。
「おおっ!」「殿下、情熱的!」「見てるこっちが恥ずかしい!」
(い、息が……!)
一秒、五秒、十秒……。
離れない。
殿下の腕力が強すぎて、身動きが取れない。
二十秒。
酸素が足りない。目の前がチカチカしてきた。
これは愛の儀式ではない。呼吸困難による暗殺未遂だ。
三十秒。
ようやく、唇が離れた。
「……ぷはっ!」
私は肩で息をして、殿下を睨みつけた。
「はぁ、はぁ……! 殿下……! 殺人未遂で……訴えますよ……!」
「ハハハ、顔が赤いぞ。可愛いな」
殿下は満足げに唇を舐めた。
「これで国民にも知れ渡っただろう。俺たちの仲が『窒息するほど』深いとな」
「……後で、酸素ボンベ代を請求しますからね」
フラつく足で、私たちは参列者の方へ向き直った。
ワァァァァァッ!!
割れんばかりの拍手と歓声。
筋肉文官たちが号泣しながらハンカチを噛んでいる。
「おめでとうございますぅぅ! あねごぉぉぉ!」
「教官! 末長く爆発してください!」
その歓声の中、私は冷静に視線を巡らせた。
(……よし、人数確認。招待客三百五十名。全員出席ね)
私の目は、彼らの懐具合をスキャンしていた。
(隣国の石油王、ご祝儀は金貨五百枚と予想。あそこの商会主は、前回の借りを返すために奮発しているはず……。ガンダル将軍は、どうせ武器現物支給でしょうから質屋行き……)
頭の中で、ご祝儀の総額が計算されていく。
チャリン、チャリン、チャリン。
脳内でレジスターが鳴り響く。
「……よし。黒字確定ね」
私は小さくガッツポーズをした。
「おいシルビア。何をニヤニヤしている」
「愛の結晶(現金)が積み上がる幻影を見ていたのです」
式のラストイベント、ブーケトス。
私は背中を向けて、花束を構えた。
「さあ、未婚の女性方! 受け取りなさい! 次は貴女たちの番ですよ!」
普通なら、ここで幸せのお裾分けとして投げる。
しかし、私はシルビアだ。
「ただし! このブーケの中には『王室御用達エステ・無料チケット』と『ルーカス殿下のサイン入りブロマイド(転売可)』が仕込まれています!」
「キャーーーーッ!!」
女性客たちの目の色が変わった。
殺気だ。
幸せを掴むためではない。特典(利益)を掴むための戦いだ。
「行きますよ! 3、2、1……!」
私がブーケを高く放り投げた瞬間、聖堂内はラグビーのスクラムのような肉弾戦と化した。
「私のよ! どきなさい!」
「エステ券は譲らないわ!」
「殿下のブロマイドで家を建てるのよ!」
阿鼻叫喚。
「……平和だな」
殿下がその光景を見て呟いた。
「どこがですか。あれが人間の欲望の縮図です」
私はドレスの裾を払った。
「さあ、殿下。次は披露宴です。料理の原価率をチェックしに行きますよ」
「お前なぁ……。今日くらい、仕事は忘れろ」
「これが私の『生き甲斐』ですから」
私は殿下の腕に抱きついた。
「それに……夜までは、まだ時間がありますし」
「……!」
殿下がピクリと反応し、耳を赤くした。
「……そうだな。夜はこれからだ」
「期待していますよ。私の体力が残っていれば、ですが」
私たちは腕を組み、光あふれる聖堂の出口へと歩き出した。
門出の日は快晴。
私の行く手には、金貨と書類と、そして少々手のかかる愛しい旦那様が待っている。
これ以上ない、最高の「悪役令嬢ライフ」の始まりだった。
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