悪役令嬢の華麗なる敗北宣言!

パリパリかぷちーの

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それから、五年後。

バルバロッサ帝国は、かつてない黄金時代を迎えていた。

軍事力は大陸最強。
経済力は世界一。
そして、行政の効率性は「神の御業」と称されるほど洗練されていた。

その中心にいるのは、もちろん私だ。

「……却下。この『皇帝陛下生誕祭』の予算、ケーキのサイズが大きすぎます。カロリー過多です。半分にしなさい」

帝城の執務室。
私は積み上げられた書類の山を、機関銃のような速度で処理していた。

「は、はいっ! 直ちに修正します、シルビア皇后陛下!」

文官たちが震え上がる。
彼らの動きは洗練されている。
かつての筋肉一辺倒だった彼らも、今や「電卓片手にベンチプレスができる」ハイブリッド官僚へと進化していた。

「シルビア。根を詰めるなよ」

背後から、低い声がかかる。
ルーカスだ。
彼は今や皇帝として、帝国の頂点に君臨している。

「休憩だ。茶が入ったぞ」

彼が差し出したのは、湯気を立てるティーカップ。
香りが良い。最高級の茶葉だ。

「ありがとうございます、あなた。……ですが、まだ北方の鉄道敷設計画の精査が」

「あとだ。俺とのティータイムより優先すべき仕事など、この世に存在しない」

彼は強引に私のペンを取り上げ、隣のソファに座らせた。

「……相変わらず、強引ですね」

「お前が放っておくと死ぬまで働きそうだからな」

ルーカスはニヤリと笑い、私の隣にドカッと腰を下ろした。

五年経っても、その野性味と、私への溺愛ぶりは変わっていない。
むしろ、年々悪化している気さえする。

「そういえば、シルビア。例の『元王子』の噂を聞いたか?」

「レイド殿下ですか? いいえ、興味がないので」

私は紅茶を一口すすった。

「風の噂によると、隣国のサーカス団で『空飛ぶ人間大砲』として人気を博しているそうだ」

「……は?」

「あの御前試合での『吹っ飛び芸』が評価されたらしい。今では『キャプテン・レイド』と呼ばれ、マリアとかいう助手と一緒に、地方巡業をしているとか」

「……」

私はカップを置き、天を仰いだ。

「適材適所、ですね。彼もようやく、自分の才能を生かせる天職に出会えたようで何よりです」

「ククク、違いない」

かつての婚約者と、彼を奪ったヒロイン。
彼らが泥にまみれながらも、逞しく生きていると聞いて、私は少しだけ笑ってしまった。

「ママ! パパ!」

その時、執務室の扉がバンッ! と開かれた。

入ってきたのは、四歳になる私たちの息子、レオンだ。

彼は右手に自分の身長ほどもある木刀を引きずり、左手には分厚い『帝国六法全書』を抱えている。

「どうした、レオン。また財務大臣を論破したのか?」

ルーカスが目を細めて息子を迎える。

「違うよパパ! 剣の稽古をしてたんだけど、道場の床材の摩擦係数が気になって! これじゃあ効率的な足運びができないから、予算申請書を書いてきたの!」

レオンは私のデスクに、拙い字で書かれた(しかし書式は完璧な)申請書を叩きつけた。

「……」

私は申請書を手に取り、内容を確認した。

『件名:道場床材の改修について』
『理由:滑りやすさによる修行効率の低下(損失概算:金貨五枚/日)』
『要求:南国産の特注木材への張り替え』

「……完璧なプレゼンね」

私は思わず唸った。

「ですがレオン。南国産の木材は輸送コストがかかります。国内産のヒノキで代用した場合の比較見積もりは?」

「あ、それは考えてなかった……」

「やり直しです。コストパフォーマンスを意識しなさい」

「うう……ママ、厳しい……」

レオンは頬を膨らませたが、すぐに「次は完璧にするもん!」と言って、計算しながら走り去っていった。

「……将来有望だな」

ルーカスが満足げに頷く。

「ええ。貴方様の筋肉と、私の頭脳。……とんでもない『ハイブリッド悪役』が育ちそうです」

「世界を征服する日も近いな」

「世界征服なんて面倒なことはさせませんよ。管理コストが莫大ですから」

私たちは顔を見合わせて笑った。

窓の外には、帝都の美しい街並みが広がっている。
かつて煤煙にまみれていた空は、魔力フィルターの導入によって澄み渡り、整備された街道には人々の笑顔があふれている。

私が作り、彼が守った国。

「シルビア」

ルーカスが私の手を握った。

「幸せか?」

唐突な問いかけ。

私は少し考えて、いつものように答えた。

「そうですね。GDPは右肩上がり、失業率は過去最低、外貨準備高も潤沢です。客観的数値に基づき、非常に幸福度の高い状態であると推測されます」

「……お前なぁ」

ルーカスは苦笑し、私の腰を引き寄せた。

「数字じゃなくて、お前の心の話だ」

金色の瞳が、至近距離で私を見つめる。
そこには、出会った頃と同じ――いいえ、それ以上の熱量が宿っていた。

私は観念して、小さく微笑んだ。

「……計算外のことばかりですが」

私は彼の方に体を預けた。

「退屈しませんね。毎日が刺激的で、忙しくて、騒がしくて。……貴方様との生活は、どんな宝石よりも価値があります」

「素直でよろしい」

ルーカスは満足げに、私の唇にキスを落とした。

「これからも頼むぞ、俺の参謀。……いや、最愛の妻よ」

「ええ。死ぬまで管理して差し上げますわ、私のボス」

私たちはキスをした。
甘く、長く、そして少しだけ書類のインクの匂いがするキスを。

悪役令嬢として婚約破棄され、隣国の皇太子に拉致され、いつの間にか皇后になってしまった私。

スローライフの夢は遠のいたけれど。
この忙しくも愛おしい日々こそが、私にとってのハッピーエンドなのかもしれない。

「さあ、休憩終わりです! 午後の公務が詰まっていますよ!」

「鬼かお前は!」

「鬼嫁ですが何か?」

私はペンを取り、再び書類の山に向かった。
その薬指には、青いサファイアの指輪が、永遠の愛を誓うように輝いていた。
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感想 3

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みんなの感想(3件)

まつの
2025.12.25 まつの
ネタバレ含む
解除
chikizo
2025.12.22 chikizo
ネタバレ含む
2025.12.25 パリパリかぷちーの

chikizo様

何作も読んで頂いたりご感想もありがとうございます!
しごでき主人公たちを気に入って頂けたようでうれしいです。パ〇〇ロ殿下♥

今後も気に入って頂ける作品を投稿できるよう精進いたします✨️

解除
みすたぁ
2025.12.18 みすたぁ
ネタバレ含む
2025.12.25 パリパリかぷちーの

みすたぁ様
ご指摘頂きありがとうございます。

1デッキ(52枚)ではおっしゃる通り成立しません。

マルチデッキとして、カードカウンティングを防ぐために2つ以上のデッキを混ぜて使うことがあります。その場合は、エースが合計8枚あるため、フォーカードとロイヤルが同時に存在できます。

『2デッキ混合ルール』ということで成立させて頂きます。

教えて頂きありがとうございます。

解除

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