11 / 28
11
しおりを挟む
正式な「終身雇用契約」を結んでから一夜。
私は公爵城のふかふかな天蓋付きベッドで、朝日を浴びて目覚めた。
隣のサイドテーブルには、最高級のハーブティーと、今日の「業務スケジュール」が置かれている。
「……ふふ。今日からは『婚約者』としての初出勤ですわね!」
私は勢いよく起き上がり、鏡の前で自分の肌をチェックした。
ギルバート先生の徹底した管理プログラムのおかげで、クマ一つない完璧なコンディションだ。
私はすぐに着替えを済ませ、城の大会議室へと向かった。
会議室には、領地の各部門を束ねる責任者たちが集まっていた。
皆、先生の「ホワイト経営」によって血色が良い。
だが、そこに私が現れると、空気がピリリと引き締まった。
「皆様、おはようございます! 本日から私も、この領地の『ホワイト化推進担当』として尽力させていただきますわ!」
私が宣言すると、最前列に座っていた財務担当の老紳士が、感極まったように立ち上がった。
「ユーム様! 閣下からお聞きしております。王宮のブラックな嵐を一人で食い止めていた伝説の事務処理能力、ぜひ我らにもご教授ください!」
「伝説だなんて、大げさですわ。私はただ、定時でエステに行くために効率を求めただけですもの。……さて、早速ですが、本日の第一議題です」
私は魔法で動く黒板を使い、大きく文字を書いた。
『全領民への「戦略的お昼寝」の義務化について』
会議室に、どよめきが走った。
「ユーム様……『戦略的お昼寝』とは、一体……?」
「いいえ、難しく考える必要はありません。午後の二時から三時までの間、全領民に一斉の休息を命じるのです。この間、城の門も閉鎖。業務連絡も一切禁止ですわ」
「し、しかし、それでは作業が停滞するのでは……?」
「逆ですわ! 人間、一番眠くなる時間に無理をして働いても、ミスが増えるだけ。それならいっそ全員で寝てしまい、起きた後の三時間で二倍の成果を出せばよろしいのです! これこそ、私が妃教育の『午睡の作法』で学んだ真理ですわ!」
私は自信満々に言い放った。
実際、あの地獄(天国)の教育では、午後のティータイムの後に「瞑想(お昼寝)」の時間が組み込まれていた。
そのおかげで、私は夜の激務(夜会)も乗り切れたのだ。
「なるほど……! 『午睡の作法』を国家経営に応用するとは! 流石は閣下が選んだ御方だ!」
「素晴らしい! 早速、全領地に通達を出しましょう!」
責任者たちは、熱狂的に私の提案を承認した。
ホワイトな環境に慣れている彼らにとって、私の「さらなるホワイト化」は福音のように聞こえたらしい。
その後も、私の提案は止まらなかった。
『美容予算の三割増額(視覚的清潔感の維持のため)』
『笑顔手当の新設(メンタルヘルス向上のため)』
『上司への「ありがとう」の義務化(良好な人間関係構築のため)』
次々と決まっていくホワイト改革に、会議室は希望の光に包まれていった。
そこへ、様子を見に来たギルバート先生が、入り口で腕を組んで微笑んでいた。
「……やれやれ。私が教えた『管理術』を、ここまで完璧に、かつ大胆に使いこなすとはね。私のユームは、やはり最高の経営者だ」
「先生! 見てください、皆様のこのやる気! これなら来期の領地収益は三割アップ間違いなしですわ!」
私は駆け寄り、先生の手を取った。
先生は私の手を優しく握り返し、その耳元でだけ聞こえるように囁いた。
「ええ、期待していますよ。……ですがユーム、あまり『仕事』に熱中しすぎて、私との『福利厚生(抱擁)』の時間を削らないようにしてくださいね?」
「まあ! 先生ったら、冗談がお上手ですわ。抱擁は健康増進に繋がると、先生の授業で教わりましたもの。最優先事項に決まっていますわ!」
私が明るく答えると、先生は少しだけ顔を赤らめ、私の髪を愛おしそうに撫でた。
その頃、王宮の執務室。
そこには、私の「ホワイト改革」とは真逆の、地獄絵図が広がっていた。
「……陛下、申し上げにくいのですが。……アキレス殿下が書いた『予算計画書』の内容が……」
「どうした、申してみよ」
「……全編、『ユーム、戻ってきてくれ』という血文字のような走り書きで埋め尽くされております……」
国王は、深く、深く頭を抱えた。
隣ではララ様が、あまりの空腹に、机の上の花瓶の水を飲もうとして文官に止められていた。
「……ギルバート公爵領から、最新の統計が届きました……。ユーム様が導入した『戦略的お昼寝』により、領民の幸福度が九割を超え、労働効率が爆発的に上昇しているそうです……」
「な……なんだと!? 寝ているだけで、効率が上がるだと!? そんな馬鹿なことが……!」
アキレス王子の絶叫が、埃の舞う暗い部屋に虚しく響いた。
彼らには一生理解できないだろう。
幸せな人間こそが、最強の成果を出すという「ホワイトの極意」を。
私は公爵城のふかふかな天蓋付きベッドで、朝日を浴びて目覚めた。
隣のサイドテーブルには、最高級のハーブティーと、今日の「業務スケジュール」が置かれている。
「……ふふ。今日からは『婚約者』としての初出勤ですわね!」
私は勢いよく起き上がり、鏡の前で自分の肌をチェックした。
ギルバート先生の徹底した管理プログラムのおかげで、クマ一つない完璧なコンディションだ。
私はすぐに着替えを済ませ、城の大会議室へと向かった。
会議室には、領地の各部門を束ねる責任者たちが集まっていた。
皆、先生の「ホワイト経営」によって血色が良い。
だが、そこに私が現れると、空気がピリリと引き締まった。
「皆様、おはようございます! 本日から私も、この領地の『ホワイト化推進担当』として尽力させていただきますわ!」
私が宣言すると、最前列に座っていた財務担当の老紳士が、感極まったように立ち上がった。
「ユーム様! 閣下からお聞きしております。王宮のブラックな嵐を一人で食い止めていた伝説の事務処理能力、ぜひ我らにもご教授ください!」
「伝説だなんて、大げさですわ。私はただ、定時でエステに行くために効率を求めただけですもの。……さて、早速ですが、本日の第一議題です」
私は魔法で動く黒板を使い、大きく文字を書いた。
『全領民への「戦略的お昼寝」の義務化について』
会議室に、どよめきが走った。
「ユーム様……『戦略的お昼寝』とは、一体……?」
「いいえ、難しく考える必要はありません。午後の二時から三時までの間、全領民に一斉の休息を命じるのです。この間、城の門も閉鎖。業務連絡も一切禁止ですわ」
「し、しかし、それでは作業が停滞するのでは……?」
「逆ですわ! 人間、一番眠くなる時間に無理をして働いても、ミスが増えるだけ。それならいっそ全員で寝てしまい、起きた後の三時間で二倍の成果を出せばよろしいのです! これこそ、私が妃教育の『午睡の作法』で学んだ真理ですわ!」
私は自信満々に言い放った。
実際、あの地獄(天国)の教育では、午後のティータイムの後に「瞑想(お昼寝)」の時間が組み込まれていた。
そのおかげで、私は夜の激務(夜会)も乗り切れたのだ。
「なるほど……! 『午睡の作法』を国家経営に応用するとは! 流石は閣下が選んだ御方だ!」
「素晴らしい! 早速、全領地に通達を出しましょう!」
責任者たちは、熱狂的に私の提案を承認した。
ホワイトな環境に慣れている彼らにとって、私の「さらなるホワイト化」は福音のように聞こえたらしい。
その後も、私の提案は止まらなかった。
『美容予算の三割増額(視覚的清潔感の維持のため)』
『笑顔手当の新設(メンタルヘルス向上のため)』
『上司への「ありがとう」の義務化(良好な人間関係構築のため)』
次々と決まっていくホワイト改革に、会議室は希望の光に包まれていった。
そこへ、様子を見に来たギルバート先生が、入り口で腕を組んで微笑んでいた。
「……やれやれ。私が教えた『管理術』を、ここまで完璧に、かつ大胆に使いこなすとはね。私のユームは、やはり最高の経営者だ」
「先生! 見てください、皆様のこのやる気! これなら来期の領地収益は三割アップ間違いなしですわ!」
私は駆け寄り、先生の手を取った。
先生は私の手を優しく握り返し、その耳元でだけ聞こえるように囁いた。
「ええ、期待していますよ。……ですがユーム、あまり『仕事』に熱中しすぎて、私との『福利厚生(抱擁)』の時間を削らないようにしてくださいね?」
「まあ! 先生ったら、冗談がお上手ですわ。抱擁は健康増進に繋がると、先生の授業で教わりましたもの。最優先事項に決まっていますわ!」
私が明るく答えると、先生は少しだけ顔を赤らめ、私の髪を愛おしそうに撫でた。
その頃、王宮の執務室。
そこには、私の「ホワイト改革」とは真逆の、地獄絵図が広がっていた。
「……陛下、申し上げにくいのですが。……アキレス殿下が書いた『予算計画書』の内容が……」
「どうした、申してみよ」
「……全編、『ユーム、戻ってきてくれ』という血文字のような走り書きで埋め尽くされております……」
国王は、深く、深く頭を抱えた。
隣ではララ様が、あまりの空腹に、机の上の花瓶の水を飲もうとして文官に止められていた。
「……ギルバート公爵領から、最新の統計が届きました……。ユーム様が導入した『戦略的お昼寝』により、領民の幸福度が九割を超え、労働効率が爆発的に上昇しているそうです……」
「な……なんだと!? 寝ているだけで、効率が上がるだと!? そんな馬鹿なことが……!」
アキレス王子の絶叫が、埃の舞う暗い部屋に虚しく響いた。
彼らには一生理解できないだろう。
幸せな人間こそが、最強の成果を出すという「ホワイトの極意」を。
33
あなたにおすすめの小説
皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
幼い頃から天の声が聞こえるシラク公爵の娘であるミレーヌ。
この天の声にはいろいろと助けられていた。父親の命を救ってくれたのもこの天の声。
そして、進学に向けて騎士科か魔導科を選択しなければならなくなったとき、助言をしてくれたのも天の声。
ミレーヌはこの天の声に従い、騎士科を選ぶことにした。
なぜなら、魔導科を選ぶと、皇子の婚約者という立派な役割がもれなくついてきてしまうからだ。
※完結しました。新年早々、クスっとしていただけたら幸いです。軽くお読みください。
私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます
・めぐめぐ・
恋愛
公爵令嬢であるアンティローゼは、婚約者エリオットの想い人であるルシア伯爵令嬢に嫌がらせをしていたことが原因で婚約破棄され、彼に突き飛ばされた拍子に頭をぶつけて死んでしまった。
気が付くと闇の世界にいた。
そこで彼女は、不思議な男の声によってこの世界の真実を知る。
この世界が恋愛小説であり《読者》という存在の影響下にあることを。
そしてアンティローゼが《悪役令嬢》であり、彼女が《悪役令嬢》である限り、断罪され死ぬ運命から逃れることができないことを――
全てを知った彼女は決意した。
「……もう、あなたたちの思惑には乗らない。私は、《悪役令嬢》の役を降りさせて頂くわ」
※全12話 約15,000字。完結してるのでエタりません♪
※よくある悪役令嬢設定です。
※頭空っぽにして読んでね!
※ご都合主義です。
※息抜きと勢いで書いた作品なので、生暖かく見守って頂けると嬉しいです(笑)
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
婚約破棄します
アズやっこ
恋愛
私は第一王子の婚約者として10年この身を王家に捧げてきた。
厳しい王子妃教育もいつか殿下の隣に立つ為だと思えばこそ耐えられた。殿下の婚約者として恥じないようにといつも心掛けてきた。
だからこそ、私から婚約破棄を言わせていただきます。
❈ 作者独自の世界観です。
【完結】「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と言っていた婚約者と婚約破棄したいだけだったのに、なぜか契約聖女になってしまいました
As-me.com
恋愛
完結しました。
番外編(編集済み)と、外伝(新作)アップしました。
とある日、偶然にも婚約者が「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」とお友達に楽しそうに宣言するのを聞いてしまいました。
例え2番目でもちゃんと愛しているから結婚にはなんの問題も無いとおっしゃっていますが……そんな婚約者様がとんでもない問題児だと発覚します。
なんてことでしょう。愛も無い、信頼も無い、領地にメリットも無い。そんな無い無い尽くしの婚約者様と結婚しても幸せになれる気がしません。
ねぇ、婚約者様。私はあなたと結婚なんてしたくありませんわ。絶対婚約破棄しますから!
あなたはあなたで、1番好きな人と結婚してくださいな。
※この作品は『「俺は2番目に好きな女と結婚するんだ」と婚約者が言っていたので、1番好きな女性と結婚させてあげることにしました。 』を書き直しています。内容はほぼ一緒ですが、細かい設定や登場人物の性格などを書き直す予定です。
誰も愛してくれないと言ったのは、あなたでしょう?〜冷徹家臣と偽りの妻契約〜
山田空
恋愛
王国有数の名家に生まれたエルナは、
幼い頃から“家の役目”を果たすためだけに生きてきた。
父に褒められたことは一度もなく、
婚約者には「君に愛情などない」と言われ、
社交界では「冷たい令嬢」と噂され続けた。
——ある夜。
唯一の味方だった侍女が「あなたのせいで」と呟いて去っていく。
心が折れかけていたその時、
父の側近であり冷徹で有名な青年・レオンが
淡々と告げた。
「エルナ様、家を出ましょう。
あなたはもう、これ以上傷つく必要がない」
突然の“駆け落ち”に見える提案。
だがその実態は——
『他家からの縁談に対抗するための“偽装夫婦契約”。
期間は一年、互いに干渉しないこと』
はずだった。
しかし共に暮らし始めてすぐ、
レオンの態度は“契約の冷たさ”とは程遠くなる。
「……触れていいですか」
「無理をしないで。泣きたいなら泣きなさい」
「あなたを愛さないなど、できるはずがない」
彼の優しさは偽りか、それとも——。
一年後、契約の終わりが迫る頃、
エルナの前に姿を見せたのは
かつて彼女を切り捨てた婚約者だった。
「戻ってきてくれ。
本当に愛していたのは……君だ」
愛を知らずに生きてきた令嬢が人生で初めて“選ぶ”物語。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
親切なミザリー
みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。
ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。
ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。
こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。
‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。
※不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる