婚約破棄と追放ですか。悪役令嬢ですものね。

パリパリかぷちーの

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辺境での生活が始まって、一月ほどが過ぎた。

館の掃除や水汲みといった日々の雑務にもすっかり慣れ、私の生活は薬草の研究を中心に回り始めていた。

日の出と共に起き、午前中は館の周りの草原で薬草を採取しては、種類ごとに仕分けして乾燥させる。午後は書斎にこもり、持ち込んだ専門書と採取した薬草を照らし合わせ、その効能を記録していく。

誰にも邪魔されない、穏やかで満ち足りた時間。王都にいた頃には、決して得られなかったものだった。

「この辺りの薬草は、もうほとんど調べ尽くしてしまったわね」

ある晴れた日の午後、私は乾燥棚に並べた薬草を見ながら呟いた。

草原に自生する薬草は、基本的なものがほとんどだ。より珍しく、強い薬効を持つものは、やはり森の奥深くに行かなければ見つからないだろう。

館の裏に広がる深く、静かな森。

これまで、少し怖いような気もして足を踏み入れるのを躊躇していた。しかし、知的好奇心は、わずかな恐怖心に勝る。

「よし」

私は決心すると、採取用の籠と小さなナイフを手に、森へと向かった。

ひんやりとした空気が、火照った肌に心地よい。木々の隙間からこぼれる陽光が、地面でまだら模様を作っている。

夢中で足元の植物に目を凝らしながら、私は森の奥へと進んでいった。

しばらく歩いただろうか。不意に、獣とは違ううめき声のようなものが、風に乗って耳に届いた。

「……?」

私は足を止め、警戒しながら周囲に意識を集中させる。

声は、そう遠くない場所から聞こえてくるようだった。私はナイフを握りしめ、音を立てないように、慎重に声のする方へと近づいていく。

大きな樫の木の影に回り込んだ瞬間、私は息を呑んだ。

そこに、一人の男性が倒れていた。

旅人のような、丈夫そうだが着古された革の服。年は、私と同じくらいだろうか。艶のある黒髪が、汗で額に張り付いている。

そして、彼の右足からは、おびただしい量の血が流れていた。ズボンは赤黒く染まり、その周りの土をも濡らしている。

私が近づく気配に気づいたのか、彼がゆっくりと顔を上げた。

鋭い、黒曜石のような瞳が、私を射抜く。その視線は、怪我人とは思えないほど力強く、警戒心に満ちていた。

「……誰だ、お前は」

低く、掠れた声だった。

「この近くの館に住む者です。あなたこそ、このような場所で何を?」

私は警戒を解かずに、冷静に問い返した。こんな森の奥で人に会うなど、普通ではない。

「……見ての通り、少ししくじっただけだ」

彼は忌々しげにそう吐き捨てると、自分の足を見下ろした。おそらく、狩りの最中に罠にでもかかったか、あるいは何かに襲われたのかもしれない。

その尊大な態度に少し眉をひそめたが、これだけの出血を放置すれば命に関わる。

私はため息を一つついて、彼に近づいた。

「おい、近づくな」

彼が威嚇するような声を上げる。

「その足、手当てをしなければ危険です。じっとしていなさい」

私は彼の制止を無視して傷口を覗き込む。思ったよりも傷は深い。

「幸い、毒はなさそうね」

私はそう呟くと、すぐに周囲を見回した。必要な薬草は、この辺りにあるはずだ。

すぐに見つけた止血効果のある薬草を数枚摘み取ると、私は何の躊躇もなくそれを口に含んで噛み砕く。

「なっ……おい、お前、何を!」

私の奇妙な行動に、彼が驚愕の声を上げた。

私は答えず、ペースト状になった薬草を、彼の傷口に直接塗りつけた。

「ぐっ……!」

染みるのか、彼が苦痛の声を漏らす。

「黙ってなさい。すぐに痛みは引きます。傷口が化膿するよりましでしょう」

ぶっきらぼうな私の言葉に、彼は何か言い返そうとして、しかし結局口をつぐんだ。

私は手早く処置を終えると、今度は痛みを和らげる効果のある別の薬草を探し始めた。

しばらくの沈黙の後、彼が口を開いた。

「……痛みが、引いてきた」

その声には、先程までの敵意とは違う、純粋な驚きが滲んでいた。

彼は自分の足と、薬草を探す私の横顔を、交互に見ている。

その黒曜石の瞳から、少しずつ警戒の色が薄れていくのを私は背中で感じていた。

やがて彼は、静かに問いかけた。

「……お前、何者だ?」

その声には、隠しきれない興味とわずかな探るような響きが混じっていた。
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